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(2025.10.12 Vatican News Deborah Castellano Lubov)
教皇レオ14世は12日の聖ペトロ広場でのマリアの霊性記念ミサで、信者たちに対し、聖母マリアを御子イエス・キリストに従う素晴らしい模範として仰ぎ見るよう促された。
- *マリアの霊性の中心はキリストにある
- ミサ中の説教で教皇はマリアの霊性について、「それは、死からの復活の輝きの中で新たな週を開く日曜日のようなものです。『イエス・キリストを思い起こす』―これだけが重要であり、これが人間の霊性と神の道とを区別するものです」と述べられた。
- そして、「マリアへの信心は、私たちが福音に奉仕し、より完全に生きる助けとなります… マリアの霊性は福音に仕え、その簡素さを明らかにするのです」と説かれた。
- さらに教皇は、「ナザレのマリアへの私たちの愛情は、彼女と共にイエスの弟子となるよう導きます… 復活された方が今も私たちのもとに来られ、呼びかけてくださる人生の出来事を、黙想し深く考えるよう教えてくださるのです」と語られた。
- 「マリアの霊性は信者を神の救いの業へと招き入れる。天が開かれた歴史の中に私たちを浸らせます」とされ、「それは私たちに、高ぶる者がその思い上がりの中で打ち砕かれ、力ある者がその座から引きずり降ろされ、富める者が手ぶらで追い返されるのを見る助けとなります。私たちを駆り立て、飢えた者を良いもので満たし、卑しい者を高め、神の憐れみを覚え、御腕の力に信頼するよう促すのです」と強調された。
- *マリアの「はい」は一度きりでなく、日々新たな誓い
- マリアが神の御心を受け入れたことについて、教皇は、彼女の「はい」は一度きりの行為ではなく、日々の誓いだった、と指摘。「イエスは、マリアに『はい』を求めたように、私たちも御国の一員となるよう招いておられます。その『はい』は一度与えられた後も、日々新たにされるのです」と述べられた。
- さらに、「マリアの歩みは、常にイエスと、困っている人々へと近づく歩み。マリアの歩みはイエスの歩みに従うものであり、それは私たちをすべての人間、特に貧しい人々、傷ついた人々、罪人との出会いへと導きます」と語られた。
- *マリアにおいて、謙遜と慈愛が「強者の美徳」と知る
- また教皇は、「真のマリアの霊性は教会生活において神の優しさを明らかにし、教会において神の優しさ、すなわち『母となる』という神の在り方を明らかにします」とされ、教皇フランシスコの使徒的勧告『福音の喜び』を引用して「私たちがマリアに目を向けるとき、愛と優しさの革命的な性質を改めて信じるようになるのです… マリアにおいて、私たちは謙遜と慈愛が『弱者の美徳』ではなく、自らを重要だと感じさせるために他者を粗末に扱うことがない『強者の美徳』であることを知ります」と強調。
- *マリアへの信仰は思いやりを持つ行動と社会的変革へ導く 続けて教皇は、「マリアへの信仰は、思いやりを失うことなく行動と社会的変革へと導く」とされ、「マリアを黙想するとき、私たちは『権力ある者をその座から引き下ろし』『富める者を空腹のまま追い返す』と神を賛美した彼女が、正義を求める私たちの歩みに家庭的な温もりを与えてくださる方でもあることに気づきます」と語られた。
そして、「正義と平和が求められるこの世界で、キリスト教の霊性と、神の祝福を受けた出来事や場所への民衆の信仰を再び呼び起こしましょう。それらは地球の姿を永遠に変えたのです。刷新と変革の原動力として用いましょう」と信者たちを促され、「この聖年は単なる祝典ではなく、より深い変革への招き。私たちが祝うこの聖年を、回心と償い、省察と解放の時とすることが求められています」と述べられた。
- *神の恵みが私たちに触れても、応えないことがある
- また教皇は、この日のミサで読まれたルカ福音書に記された規定の病を患っている十人のうち、イエスに癒された後、サマリア人一人を除いて、感謝を捧げに戻らなかったという記述について考察され、「福音書に登場するらい病人のうち、感謝を捧げに戻らなかった者たちは、『神の恵みが私たちに触れても応えない』ことがあることを思い出させます」と指摘。
そして、「神の恵みは、私たちを癒やすことができますが、それでもなお私たちはそれを受け入れないことがあるのです。それゆえ、私たちが神殿に詣でる際、イエスに従うことにつながらないような態度を取らないよう、注意しましょう」と促された。
教皇はまた、信者を隣人から隔てるような宗教的慣行に対して警告。「ある種の礼拝は他者との交わりを育まず、私たちの心を鈍らせる可能性があります… そのような場合、神が私たちの人生に置かれた人々との出会いを逃してしまいます。マリアのように世界を変えることに貢献することも、マグニフィカトの喜びを分かち合うこともできなくなるのです」とされ、「異なる人々—しばしば貧しい人々—を敵や『避けるべき、拒絶すべき癩者』としてレッテルを貼るような、信仰の悪用を避けるように心がけましょう」と信者たちに勧められた。
教皇は最後に、教会を聖母マリアに委ねる祈りで説教を締めくくられた。「私たちの希望である至聖なるマリアが、私たちのために執り成し、十字架にかけられた主イエスへと導き続けてくださいますように… 主イエスにこそ、すべての人の救いがあります」。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)