
(2025.9.20 Vatican News Christopher Wells)
教皇レオ14世は20日、「正義の聖年」に参加した教会法や民事法の専門家たちに対するあいさつで、正義とその社会的機能について考察、「常に神に目を向けつつ、人々への奉仕において正義の行使を最大限に表現するように」と呼びかけられた。
教皇は「正義は、社会の秩序ある発展のためにも、またあらゆる男女の良心を鼓舞し導く基本徳目としても、欠かすことができません」とされた。
そして、「正義を愛し悪を避けよ」という聖書の教えと「各人にその人にふさわしいものを与えること」という正義の伝統的な定義を指摘しつつ、「このように定義される正義でさえ、あらゆる人に内在する深い渇望を尽くすものではありません… 正義とは、個人の尊厳、他者との関係、そして共同体の構造と共有された規則をもつ共存の共働的な側面を結びつけるものです」と言明。
また、「正義は、何よりもまず徳、すなわち理性と信仰に従って私たちの行動を秩序づける堅固で安定した志向であり、神と隣人にその人にふさわしいものを与えようとする絶え間なく堅固な意志から成るもの」と述べられた。
教皇はさらに、「正義は、各人の権利を尊重する姿勢を与え、共通善を守る調和を促進しますが、福音は、より高い正義について語っています… それは、関係性における解釈の鍵として慈悲を据え、人を赦しへと導くものだ、ということです」とされ、されに「それは、赦しの力であり、愛の戒めに内在するものであり、超自然的なものと人間的なものを結びつける正義の構成要素となります」と語られた。
そして、「福音的正義は、人間的な正義に背を向けるのではなく、それを問い直し、再構築し、常にさらに進むよう強く促し、和解へと駆り立てます」とされた。
続けて教皇は、「悪を罰するだけでなく修復するのは、困難な課題ではあるが、非の打ちどころのない生き方に身を捧げる者にとって不可能ではありません」と述べ、現代世界で顕著になっている「拡大する差別」が「正義へのアクセス拒否」へと向かう傾向を認めつつ、「真の平等とは、単なる法の下の形式的な平等ではなく、共有された価値観の体系によって、すべての人が自らの願望を実現し、尊厳に内在する権利を保障するもの」と説かれた。
そして、法律家として重視すべきは、現在の聖年が、「これまで重視されることのなかった正義に関する側面、つまり、社会環境が容認できないほど不公平で非人道的なために『正義を渇望』する多くの国々と人々の置かれた現実について、私たちに省察を促していること」と指摘。聖アウグスティヌスの言葉を引用する形で、「正義なくして国家は統治され得ない。真の正義なき国家に法が存在することは不可能です… 正義とは、人間のみならず神に対しても、各人にその当然の報いを与える徳。だから、人間を神から遠ざけるものは、真の人間の正義ではない」と強調された。 挨拶の終わりに教皇は、「聖アウグスティヌスの厳しい言葉が、私たち一人ひとりに、神に目を向けつつ、民衆への奉仕において正義の行使を常に最大限に表現するよう促し、それによって正義と権利と人間の尊厳を完全に表現することを願うものです」と訴えられた。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)