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2017.2.24 Crux staff ) 教皇フランシスコが23日朝、お住いの聖マルタの館でのミサの説教で、昨年4月に公布した家庭についての使徒的勧告「愛の喜び」の中で議論を呼んでいる離婚・再婚者に対する聖体拝領の問題について触れ、「大事なことは、正義と慈しみをともに持つことであり、細かい法律解釈にとらわれないことです」と強調された。
説教で、教皇は、この日の福音朗読で読まれた「離婚のルールについての律法学者の問いに対するイエスの答え」を取り上げられ、「イエスは、それが律法にかなっているかどうかについてお応えにならず、
casuistry( 決疑論)に踏み込むこともされませんでした」と、具体的なケースに対する幅広い原則の適用に関する道徳神学の用語を使ってお話しになった。ただ、その「casuistry( 決疑論 )」は、本来の意味-社会の慣行や教会などの律法に照らして行為の道徳的正邪を決めようとすること-でお使いになったのではなく、神の意志を解釈するための律法重視の方法の同義語として使われたようだ。
教皇は律法学者たちを指して、「彼らは信仰について『できる』『できない』という視点からだけで考えたのです」と語り、これに対して、「イエスはいつも真理をお話しになりました」とし、「そのような理由から、イエスは弟子たちにありのままにこう述べたのです。『妻を離縁して他の人と結婚する者は誰もが、妻に対して不倫を犯すことになる。妻が夫を離縁して他の人に嫁ぐ場合も、不倫を犯すことになる』と」。さらに、イエスが「決疑論も許しも無しに語られた」ことを強調された。
そのうえで、教皇は「もしも、イエスが不倫を重大な罪とされたのなら、イエスが不倫を犯した者と言葉を交わし、彼女に『私はあなたを罪に定めない。行きなさい。そして二度と罪を犯さないように』と話すことが、どうして可能なのでしょうか?」と問いかけ、「イエスの道は、私たちははっきりと知ることができますが、不倫から真理そして慈しみに至る行程なのです」と説明され、さらに、イエスは、不倫の問題を棚上げし、自分を試みようとする人々、『できる』『できない』の論法で考えようとする人々に対して、同じ次元ではなく、福音の他の道筋を使って、彼らを『偽善者』として評された、と語られた。
教皇によれば、キリストの道が示すのは、注意深い律法的な論証ではなく、慈しみと正義を合わせることであり、「(不倫への)誘惑に心が惹かれた時、不倫から抜け出し、真理と慈しみを目指す道は容易ではありません。神の恩恵が必要であり、神の恩恵によって私たちは(真理と慈しみに向かって)前に進むことができるのです」と訴えられた。そして「決疑論的な発想をする人はこう尋ねるでしょう。『神に対して重要なのは何ですか。正義ですか、それとも慈しみですか?』と。それはうんざりするような発想です。二通りの道があるのではなく、道は一つです。神にとって正義は慈しみであり、慈しみは正義なのです」と説明された。
そして、「主は、このような道が分かるように私たちを助けてくださいます。たしかに易しい道ではありませんが、私たちを幸せにし、多くの人を幸せにする道なのです」と結論付けられた。(翻訳・南條俊二)
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