20年ほど前に洗礼を受けたばかりの私は、真っ白な心で希望にあふれていた。「信者になったのだから、きっと私は毎年クリスマスのミサに与るものだ」と疑いもしなかった。そう、あのクリスマスがやってくるまでは…。
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8年ほど前、初めての入院から帰宅した。退院後の私が、『母の娘』としてではなく、『ひとりの人間』として歩み始めた時、母とのトラブルがたくさん起きた。母からは「こんなひどい娘、退院してこなければよかった。障害者のくせに、何もしないでごはん食べてずるい」と罵声を浴びせられた。父は、その様子をただ見ているだけで、止めようとはしなかった。
さらにショックだったのは、担当医に、幼少期から母にされて辛かったことを相談した時。「お母さんがあなたにしてきたことは、虐待です」ときっぱり告げられたのだ。自分の親からされたことが、単なる躾や口喧嘩ではなく、虐待だった、という事実は、とても受け止めきれなかった。しばらくは認めたくなかった。
秋も深まり、冬の入り口に立った頃、医療、福祉、警察などの専門家たちからのアドバイスを受け、実家から逃げて、とある場所で避難することになった。すべてを失った現実が辛すぎて、涙もすっかり枯れてしまった。
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その年のクリスマスは、ひとりで過ごすことになった。寂しさに加え、ミサに行くことさえできない状況に、すっかり落ち込んでいた。そんな時、ちょうどクリスマス・イブの夕方、私が避難していた場所に、カードが届いた。シスターYからのメッセージだった。
「おうちを出た理由、分かりました。涙いっぱいのお捧げでしたね。でも、今まで育ててくれたことには、感謝ですね。お母さんが元気になるよう、祈りましょう。赤ちゃんのイエス様と再出発!」
枯れ果てていたはずの目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。「辛いときこそ、イエス様は、私のすぐそばにいる。それを忘れそうになっても、思い出させてくれる人が、私には、いる」と、改めて感じた。
真っ暗な空には、いくつかの小さな星たちが輝いていた。生まれて初めてひとりで過ごすクリスマスだった。深い孤独と、悲しみの中で「ひとかけらの希望をつかみ取ろう」と決めた。
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私は、あの日以上に、イエス様を身近に感じたクリスマスは、まだ体験していない。『私は弱いときにこそ、強い』というパウロの言葉が、胸に響いた。これからだって、きっと大丈夫! 主の深いご配慮は、いつも不思議で素晴らしいのだから。
メリー・クリスマス! すべての人に、愛と希望と喜びを!!
(カトリック東京教区信徒・三品麻衣)