☩「クリスマスとその先を導くキリストの光を、私たちが証しできますように」教皇、待降節第三主日の正午の祈りで

(2023.12.17 Vatican News)

   教皇フランシスコは17日、待降節第三主日の正午の祈りの説教で、この日の福音を取り上げ、イエスの到来の証人となるために神がおつかわしになった洗礼者ヨハネの姿をもとに「光を証しする」ことの意味について語られた。

 まず教皇は、ヨハネの証言の本質と彼が述べた光を振り返り、「洗礼者ヨハネの証言は、『率直な言葉、誠実な振る舞い、そして清貧な生き方』を通してなされました」とされた。

 彼は、罪の赦しを人々に得させるために悔い改めの洗礼を宣べ伝え、ユダヤ全土から多くの人が彼のもとにやって来る… 「それは、特に、彼の一貫した、真摯な振る舞いが、他の見栄えのいい、高名で力のある者たちとは違っていたからです。彼の正真正銘の、勇気ある精神が、人々を皆の手本となるような人生を送るためにもっと良いことをしたい、という動機付けになったのです」と説かれた。

 そして、現在も、「主は、(洗礼者ヨハネを派遣されたように)あらゆる年齢層の男女を、あなたのまわりに派遣されています。そのことをどうやって認識するか分かりますか?私たちは、そういう人たちの証言から学び、挑戦を受けようとしていますか?」と問いかけられた。

 また教皇は、「ヨハネのやさしい輝きのような性格は、キリスト、この世に来られるイエス、神の子羊、そして『救いの神』の光を証しすることから来ているのです」とされ、ヨハネが集まった人々に「自分は光でも、メシアでもない、御言葉に向かって自分の兄弟姉妹と共に歩む『声』だ。光はキリストで、自分はランプだ」と語ったことを思い起こされて、「キリストだけが、私たちを請け出し、解放し、癒し、啓発してくださるのです」と強調された。

 さらに、洗礼者ヨハネの証言は、私たちに「神の中にだけ、私たちは人生の光を見出し、神の恵みによって、私たちは他の人々への奉仕、謙遜、そして誠実な生き方を通して、輝くランプとなり、他の人々がイエスを出会う道を見つけるのを助けることができるのです」と説かれた。

 説教の最後に教皇は、信者たちに、「私たちが日々の暮らしを通して、どのように、クリスマスとその先を導くキリストの光を証しすることができるか」を自問するよう勧められ、「聖母マリア、聖なる者の鏡が、私たちをイエス、この世に来られる光を映すものとなるよう、助けてくださいますように」と祈られた。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

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2023年12月17日