「神は私たちをあわれみ、救いに来る!」

  (2016.12.14 バチカン放送)

 12月14日バチカン・パウロ6世ホールを一杯に埋め尽くした世界各国からの巡礼者たちに,教皇フランシスコは「近づいているクリスマスの喜びは、『神から赦された』という喜びであり、神はこの希望のメッセージを人々に伝えるためにキリスト者を派遣される」と次のように話された。

 「親愛なる兄弟姉妹の皆さん、何もかも必要とされる小さな赤ちゃんとなって人々の間にお生まれになった神の御子をベトレヘムの馬小屋に見る時、私たちの心の中に大きな希望が生まれます。世界中の小さなものたちは,神の約束が成就するのを見るでしょう。

 キリスト教的なこの希望は一体何を意味するのでしょうか。旧約の預言者イザヤはバビロニアの捕囚にあったイスラエルの民に救い主が救いにやってくるだろう、との希望を伝えます。神は、暗闇の中にあっても信仰のうちに忠実にとどまり続ける人々の傍らに、常に留まられます。

 何もかもがうまく行かず全てが終わってしまったような状態の中で、信仰を保つのも困難になり、『もう何もないのだ』という絶望感に襲われるとき、預言者が素晴らしいニュースを伝えてくれます。神は全てを新たにするために、平和の王国を築くために、近づいています。神は両手を広く開き、自由と慰めをもたらすためにおいでになります。悪がいつまでも勝利することはありません。苦しみには終わりがあります。絶望は打ち破られます。なぜなら神はもうわたしたちの間においでになられるからです。

 神はご自分の民を見捨てませんでした。 なぜなら、神の恵みは罪よりもはるかに大きいからです。私たちはこのことを本当に学ばなければなりません。私たちの頭は固くてなかなか学ぼうとはしない。でも、自問してみてください。神と罪とどっちのほうが大きいのでしょうか。誰が最後に勝つのでしょうか。神ですかそれとも罪ですか。神はいかなる罪にも打ち勝つことが出来るお方ではないでしょうか。神は愛によって罪に打ち勝つのです。

 私たちが罪を犯すとき、人の中にある神の御姿は罪によって破壊されてしまいます。神はその罪から人間を解放してくれるのです。この神の愛の業こそわたしたちがクリスマスにお祝いする神の平和の王国,赦しの王国の実現そのものなのです。

 クリスマスの最も大きな喜びは、心の喜びです。神は、私たちの罪を消し去り、私たちを赦してくださいました。私たちをあわれみ、救いに来てくれたのです。これがクリスマスの真の喜びです」。

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2016年12月15日