・チリ性的虐待事件のカギ握るサンチャゴ大司教区事務総長逮捕(CRUX)

(2018.7.13 Crux Vatican Correspondent Inés San Martín)

 チリのカトリック教会が聖職者による性的虐待による危機に置かれ続ける中で、同国の司法当局が、首都サンチャゴの前・大司教区事務総長、オスカル・ムニョス・トレド神父を幼児虐待容疑で逮捕、大司教区事務所の二度目の家宅捜査を実施し、対応に行き詰まりを見せる教会当局に代わって、真相解明に乗り出した。性的虐待で揺れるチリの教会は一層困難な事態に追い込まれている。

 この一月、警察はサンチャゴの教会裁判所とランカグア司教区事務所からの性的虐待に関係する書類を押収し、さらに、5月からムニョス容疑者に関する捜査を続けていた。事務総長としての彼の職務の中に、聖職者による性的虐待の被害者の証言を集めて管理することがあったが、今回の逮捕容疑には、彼自身が自分の甥5人を含む少なくとも7人に対して性的虐待をしたことが含まれている。性的虐待は2000年以降に行われたとされており、同国刑法上の時効にはまだなっていないため、13日からの裁判で有罪となれば、刑務所入りとなる。

 ムニョスの逮捕はエミリアノ・アリアス検察官の指示で行われたが、検察官は、幼児性的虐待と買春を含む不適切な性的行為のネットワークに参加していた容疑でランカグア教区の14人の司祭についても捜査している。ムニョス容疑者は1月に、自身の犯した性的虐待一件を教会に報告しているが、検察側はさらに多くの被害者がいる可能性を否定していない。またサンチャゴ大司教区内に彼の共犯者がいた可能性についても調べを進めている、という。

 ムニョス容疑者が訴えを聴取した被害者の中には、2011年にバチカンの裁判所から「一生の痛悔と祈り」の刑を言い渡されたチリで最悪の幼児性愛者であるフェルナンド・カラディマ神父の犠牲になった男性たちも含まれている。被害者の1人、ホアン・カルロス・クルス氏はツイッターで、「性的虐待をされたとの訴えの聴取担当の神父が、自分自身でも性的虐待を繰り返していたことに、強い失望と怒りを覚えます」と訴えた。

 こうしたチリの教会における深刻な不祥事に関して、教皇は1月のチリ訪問まで、司教団を擁護する側に立っていたが、現地訪問で被害者の声を聴いたのを契機に、厳正に裁く姿勢に大きく変化、チリ司教団全員をバチカンに呼んで、性的虐待とその隠蔽について、事情を聴取。責任を取って辞表を出した現役司教全員30人以上のうち、教皇は先月、若い神学生複数に性的虐待をした1人を含む5人の辞任を認める形で事実上、更迭している。

 ムニョスは、サンチャゴの名誉大司教で教皇の枢機卿顧問団のメンバーでもあるフランシスコ・ハビエル・エラズリス枢機卿によってサンチャゴ教区の副事務総長に任命され、2011年に後任大司教のリカルド・エザッチ枢機卿の下で事務総長に昇進した。この二人の枢機卿も、カラディマ神父の犯罪を隠ぺいしたとして、被害者たちから訴えられている。

【ニュース解説】前事務総長の逮捕がチリの聖職者性的虐待の全体像解明に光を当てる

(2018.7.15 Crux Editor John L. Allen Jr.)

 聖職者による幼児性的虐待によるカトリック教会の一国を巻き込む大きな危機は、2002年に表面化した米国から、2009年からのアイルランドと続き、さらに南米チリで広がり続けているが、首都サンチャゴの前・大司教区事務総長の逮捕で新たな局面を迎えた。前事務総長の逮捕容疑は2002年から今年にかけての聖職者による7件の性的虐待、強姦を知っていながら、警察当局に通報しなかった、というもので、被害者は、自分の5人の甥を含む11歳から17歳の少年とされている。

 前事務総長の逮捕は、警察当局による大司教区事務局の強制捜査とともに行われたが、強制捜査は、教会幹部たちが被害者からの性的虐待などの訴えを知っていながら、警察当局への通報しなかったことを立証するためのものだった。極めて皮肉なことに、逮捕された前事務総長のオスカル・ムニョス・トレド神父が被害者から性的虐待の証言を聴取する責任者の立場にあったこと、そればかりか、本人自身が容疑の内の一件の性的虐待を行っていた。

 被害者の1人で現在哲学者となっているホセ・アンドレス・ムリリョ氏は、14日、地元紙のインタビューに応じ、「これは極めて深刻な問題なので、(警察当局の動きとは別に)法的な措置を取ろうと検討しています」と語っている。そして、教皇が5月にチリの司教団をバチカンに召喚した際、彼らを厳しく批判し、彼らのうち何人かは重大な判断の誤り、証拠隠滅のような犯罪をおかしている、と述べたことに言及。ムニョス容疑者の案件は「司教団に対して極めて厳しい態度を込めた教皇の言葉はいまも生きていることを示しています。政府はこの問題に、もっと早く関与すべきでした。教会は自分から動こうとしなかった。”隠ぺいの文化”は、少なくとも性的虐待のような重大犯罪について、いまも”健在”なのです」と指摘した。

 チリの”ドラマ”の上演が続けられるに従って、四つの大局的な結論が見えてきた。

 一つは、チリが例外で、世界の他の地域で同じような醜聞が噴出することはない、と信じる理由は少しもない、ということだ。世界の事情に詳しい専門家は、ポーランド、フィリピン、そしてイタリアのような主要カトリック国で、”ダム”が決壊寸前ではない、としたら驚きだ。つまり、危機が間もなく起ころうとしている可能性がある、ということだ。

 現在のところまだスキャンダルに巻き込まれていない所にいる前向きな考えを持つ教会幹部は、司法当局や警察の捜査を待つくらいなら、犯罪にあたりそうな記録を自分で見つけ出すことに懸命になるかもしれない。

 二つめに、カトリック官僚の多くが最近の何年か売り込んできた話は、性的虐待のスキャンダルは酷いことだが、その多くは過去のこと、というものだ。何十年も前の多少の性的虐待と隠ぺいは、現在の教会が採用している強力な新たな取り決めのもとでは起こりえない、と彼らは主張する。だが、ムニョス容疑者の件が明らかにしているように、それを実行しようとする意志があって初めて効力を発揮するのだ。過去の話、と言い逃れができないのは、教会幹部が警察に通報しなかったことと合わせて、彼の虐待容疑は現在にまで及んでいるからだ。

 米国や多くの欧州諸国も含めて、世界の多くの地域で、カトリック教会は峠を越しているのは間違いない-これらの地域では、児童保護の専門家が教会を先導者であり同盟者とみるようになってきている。だが、その一方で、他の多くの地域は、峠を越すには程遠い状態にあり、教会がしばしば、峠があることすら認識していないように見える。

 三つめに、教皇フランシスコが、チリ問題への自身の対応がどのように認識されているかという点で、第三段階に入っているようだ。教皇のこの問題への対応の第一段階は、2015年から今年1月まで。この期間、教皇はホアン・バロス司教を強く擁護し続けた-チリで最も悪名高い幼児性愛者の司祭による犯罪を隠ぺいしたとして訴えられていたこの司教を、オルソノ教区長への任命していた。教皇は、この危機を乗り越えられるとの希望を抱いているように見えた。

 今年1月にチリを訪問した後、教皇は急旋回を演じた-性的虐待の調査団を現地に派遣し、被害者と面談させ、それをもとにチリの司教団をバチカンに呼んで、厳しく叱責した。そして、これまでに5人の司教の辞表を受理し、他の司教についても更迭の意向を示して、被害者と改革派の全面的な支持を得た。

 だが、注目点は今、バロス(の更迭)のような容易に得られるものから、大物-具体的に言えば、1998年から2010年まで首都サンチャゴの大司教として権勢をふるったフランシスコ・シャビエル・エラズリス枢機卿とリカルド・エザッチ現サンチャゴ大司教の処遇を、教皇がどう判断するか、に移っている。2人は、少なくとも、ムリリョ氏が指摘するような”隠ぺいの文化”を容認してきたことで、最悪の場合は、それを助長するような行為をしたことの罪を、問われようとしている。

 教皇は、これまでのところ、この2人についてまだ措置をとっていない。関係筋が理解できないとしているのは、エラズリス枢機卿への対応だ。教皇にとって、少なくとも、かれがその一員である枢機卿顧問団から外すことは簡単だと思われるからだ。もしも、チリの危機が今、幕を下ろすとすれば、教皇は時間をかけすぎて最後まで行きつけないから、と言うことになるが、教皇は結局は正しいことをしようとされる。もしも、エラズリスとエザッチのような人物に対して何もしないなら、教皇の役割に不吉な影を投げかけるだろう。

 そして最後に四つめは、エラズリスとエザッチがおそらく懸念すべき審判を下すのは、教皇フランシスコではなく、ムニョスを逮捕しサンチャゴ大司教区の文書保管所を捜索したチリのエミリアノ・アリアス検察官であろう、ということだ。チリの一連の汚職事件の摘発を主導してきたことで名の高い猪突猛進型の改革派、死の恐怖と直面した経験をもつアリアス検察官は、性的虐待そのものではなく、それを隠ぺいしたことに関心を持っている、としている。

 教皇が性的虐待の報告を隠した教会指導者たちを特定し、処罰することを期待するのは確かに正当なことである一方、現実の世界の見地からは、教皇が何をしようと、しまいと、大した問題ではない。エラズリスとエザッチのような強い権力を持っていた高位聖職者たちは、メディアと世論と言う法廷ですでに面目を失っており、さらに、法的な裁きに直面している。言い方を変えれば、もし、あなたが、21世紀初めのカトリックの指導者で、バチカンの反応についてどのように気にかけようとも、性的虐待を隠ぺいするように仕向けられたとしたら、ある意味で、教皇は、あなたが抱えた悩みのためのうち、最も小さいものであるだろう。

(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)

・・Cruxは、カトリック専門のニュース、分析、評論を網羅する米国のインターネット・メディアです。 2014年9月に米国の主要日刊紙の一つである「ボストン・グローブ」 (欧米を中心にした聖職者による幼児性的虐待事件摘発のきっかけとなった世界的なスクープで有名。映画化され、日本でも昨年、全国上映された)の報道活動の一環として創刊されました。現在は、米国に本拠を置くカトリック団体とパートナーシップを組み、多くのカトリック関係団体、機関、個人の支援を受けて、バチカンを含め,どこからも干渉を受けない、独立系カトリック・メディアとして世界的に高い評価を受けています。「カトリック・あい」は、カトリック専門の非営利メディアとして、Cruxが発信するニュース、分析、評論の日本語への翻訳、転載について了解を得て、掲載しています。

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2018年7月15日