教皇フランシスコ 2017の”勤務評定”は(CRUX)

(2017.12.17~20 Crux VATICAN CORRESPONDENT Inés San Martín)

Pope Francis in 2017: Question marks over what counts as ‘reform’

Pope Francis stands during the audience with Ecuador’s President Lenin Moreno at the Vatican, Saturday, Dec. 16, 2017. (Credit: Andreas Solaro/Pool Photo via AP.)

*平和確立を目指した外国訪問

 教皇フランシスコは就任当初から「改革者」のレッテルを貼られていた。同時に初めから、教皇にとって「改革」が正確に何を意味するのか少々不鮮明だった。それが、一部の専門家が「司牧の転換」と呼ぶ政治的、神学的な教会の指導方針を変えるような教会のイメージを回復させるものなのか、それともバチカンそのものの基本的なハウスクリーニングなのか。

 それ以外に何かあるのか、それともそれ以上のものはないのか。実際のところ、差し引きゼロのようなものなのか、それとも危険な偏りのあるものなのか。これらの問いにどのように答えるかによって、改革者としての教皇フランシスコの評価は意気揚々とした成功を収めるか、意気消沈した失敗か、に別れるのだ。いずれにしても、2017年は改革の第一線で多事多端な年だった。そのなかでも際立った幾つかを振り返ると・・

・バチカン機構改革は進んでいるが・・

 2013年に教皇に選出された時、彼は自分が支持された理由の一つに、バチカンの官僚機構がいかに非効率的で対応が遅いか、現場の経験の不足した人々がいかに視野が狭く、内向きになっているかを痛切に認識していたことがあった。

 それで、教皇に選出されてすぐ、バチカン改革のための枢機卿8人によるグループを発足させた。その後、国務長官を加えて9人の枢機卿顧問団(C9)として、彼らの助言と協力を得る体制を作り、これまでに20回以上の会合を開いている。顧問団のメンバーは南極大陸を除くすべての大陸から集められ、個人的にも、政治的にも、神学的にも様々な背景をもっている。バチカンの憲法を書き変える仕事を任されているが、現時点では、いつ作業がされるのかまだ不明だ。

 そのC9の助言を受けて、発足した2つの”巨大官庁”でいくつかの進展を見たのも、2017年だった。一つはガーナのピーター・タークソン枢機卿が長官を務める「人間開発のための部署」、もう一つが米国のケビン・ファレル枢機卿が長官の「信徒・家庭・いのちの部署」。

 幹部人事で注目されたのは、定年にはまだ間のあるドイツのゲルハルト・ミュラー枢機卿を任期満了を持って教理省長官のポストから外し、後任にスペインのイエズス会員、ルイス・ラダリア・フェレール大司教を就けたことだった。フェレール新長官は神学的には前任者と同様に保守的な立場をとっているとされていることから、この交代人事は、神学的な見解の相違よりも、教皇に対する忠誠が理由であったようだ。ミュラー枢機卿は、教皇が昨春に公布した使徒的書簡「(家庭における)愛の喜び Amoris Laetitia」で示した離婚・再婚者への聖体拝領を前向きに対応する方針に批判的な立場を鮮明にしていたが、フェレール新長官は論争の圏外にいた。

 バチカン機構改革の関連では、各国司教団のバチカン訪問に関しても手が付けられた。バチカン訪問は5年に一度行われており、教皇とともにバチカンの各役所のトップも参加して会合が行われ、議論がある問題には司教団に見解が示されるが、教皇はその場合にバチカンの官僚たちの立場に立つことはめったにない。教皇は現場の教会の活動を重視しており、最近のメキシコシティとパリの両大司教に、現場で長期にわたって宣教活動を続けてきた人材を充てることで、それを明確にしている。

・聖職者の弱者性的虐待への対応に疑問符

 聖職者による性的虐待への対応では、教皇が設置した「弱者保護のための委員会」が膠着状態にあり、12月17日で3年の任期が切れる委員の交代人事に注目が集まっている。 欧米を中心にほぼ全世界に拡大している幼児など弱者に対する性的虐待は宗教改革以来の最悪の教会スキャンダルとされているが、対応のかなめであるはずの委員会がバチカンの担当部署から適切な支援、協力を得られず、実績をあげられずにいる。3月にはアイルランドの性的虐待被害者代表、マリー・コリンズ女史がバチカン官僚への不満を残して委員を辞任し、12月になって、もう一人の被害者代表、英国のピーター・サンダース氏が任期満了を前に抗議の辞任を表明した。

  2017年にもう一つのスキャンダルが浮上した。オーストラリアのジョージ・ペル枢機卿が6月、自国で「過去の性的違反の罪」で起訴されたのだ。枢機卿はこれに反論し、教皇から任命された教皇庁財務事務局長官を休職して、自己弁護のために帰国している。

もう一つの問題は新年2018年1月に訪問予定の南米チリで、彼が2015年にオソロ教区長に任命したホアン・バロス司教に関わるものだ。司教は、同国で最も悪名高い小児性愛者である司祭を弁護しており、バロス司教の行為に抗議する人々を「左翼の扇動者に引きずられた‶目の見えない人々〟」と2015年10月に聖ペトロ広場での説教で教皇が語ったビデオがさらに批判の油に火を注ぐ結果となっていた。教皇はチリ訪問中に、バロス問題の対応について説明を求められることになるだろう。

・バチカン財政に問題続く

 フランシスコが2013年3月に教皇に選出され、選挙会場だったシスティナ礼拝堂を去る時、何人かの枢機卿が「カルビの二の前はごめんだ」と漏らした。「カルビ」とは、イタリアの銀行家でバチカン銀行と黒い噂のあったロベルト・カルビのこと。彼は、1982年にロンドンのテームズ河にかかるブラックフライヤーズ橋で謎の死を遂げたが、今だにその死因が明らかにされず、様々な憶測をよんでいる。

 →「カトリック・あい」注=その死を機に、彼と親交のあったバチカン銀行総裁が深く関係するスキャンダルが明らかになり、バチカンの資金がマフィアがらみの運用に回されて巨額の損失を発生させたとされ、バチカンは信用失墜とともに、長期にわたってその損失解消に大きな犠牲を余儀なくされ、様々な弊害を呼ぶことになった。

 その後も、バチカンの財政を巡る問題は消えておらず、何人かの枢機卿の言葉は、その問題を念頭に置いたものだったのだ。

 就任まもなく、教皇フランシスコはバチカンの資金管理体制を、透明性を高め、説明責任を果たせるように、全面的に見直し、三つの機関―政策を立案する経済評議会、政策を実施する財務事務局、そして財政・会計規律を保つ財務検査官―を新設したが、2017年末までに、これらの機関のうち二つが機能不全に陥り、財務関係の実権は国務省―改革によって”牙”を抜こうとした”保守派”の砦―に戻ってしまった。

 財務事務局の責任者、オーストラリアのペル枢機卿は母国の捜査当局から幼児性的虐待への関与の疑いで起訴され、公判中で、業務への復帰の見通しは立たず、財務検査官のイタリア人、リベロ・ミロ―ネ氏は6月に何の説明もなく、職を去った。ミローネ氏は11月に、バチカン銀行のジウリオ・マッティエッティ理事補に呼ばれた。マッティエッティもまた、説明なしにバチカン市国から追われている。

 財務犯罪にかかわるバチカンでの裁判の行方が注目されていたが、これも多くの関係者に不満を残している。教皇がスポンサーになっているローマの子供病院の運営基金から、50万ドルをバチカン前国務長官のタルチシオ・ベルトーネ枢機卿の居宅改修費に不正に支出したとして、基金の責任者の一般信徒が有罪となったが、受益者である当のベルトーネ枢機卿には罰則の適用がされなかったばかりが、調査もされなかったのだ。

 教皇が初志を貫徹しようとすれば、2018年は教皇にとって苦難の年となるだろう。

・バチカンからの権限分散は

 教皇フランシスコは、バチカンからの権限分散にも努めた。2017年で最大のものは、9月に実施した典礼文の翻訳に関する教会法の改正―翻訳の実質的な権限のかなりの部分をバチカンから世界の現地の司教協議会に移すこと―だった。この決定は、バチカンのこの部門の責任者、ロバート・サラ典礼秘跡省長官の反発を受けたが、「今後も典礼文翻訳の最終決定権はバチカンにある」とする長官の主張を、教皇はただちに、否定する形で公に修正した。

 関係者の中には、現在進んでいるドイツとイタリアの司教団による翻訳作業を念頭に置いて、この教皇の対応を「進歩派の勝利」と見る向きがある。だが、そうした動きの一方で、フランスの司教団は、ミサ典礼文の中で、キリストは「for all(全ての人のため)」に亡くなられた、ではなく、「多くの人のため(for many)」に亡くなられた、とすべきだ、とする前教皇ベネディクト16世の主張に沿って翻訳しなおそうとするなど、逆行する動きもある。

 

 *「平和の教皇」の歩みとそのほかの言動

  カトリック教会の教えや、教会法の規定別にして、俗論では、教皇職は基本的に手に負えない仕事だ、ということになる。それは人々が、教皇たちに「生身の聖人」でることは言うに及ばず、「メディア受けする”ロック・スター”」「世界第一級の説教師」「そして米フォーチュン誌が選ぶ世界の500人の経営者」を合わせた役を演じることを期待するからだ。また人々は教皇たちに、魔法の杖で世界のあらゆる問題を消し去ることのできる敏腕政治家であることも期待する。そのようなことは極めて非現実的な期待だが、だからといって教皇たちがそうなろうとする努力を止めさせることにはならないし、とくに教皇フランシスコは歴代の教皇の中でも最大限以上のことをしようとする人だ。

 教皇就任当初から「平和の教皇」であることを強く願い、今世紀初頭からの世界の特徴である小規模で広く分散した「第三次世界大戦」と彼が名付けた諸紛争の解決に取り組もうとして来た。例えば、西欧のシリアへの軍事介入の抑制、米国とキューバの長年にわたる冷戦状態の緩和、など、東西冷戦構造の崩壊前後に世界を飛び回った元教皇・聖ヨハネ・パウロ二世に劣らぬ努力を重ねている。

 そうした中で、2017年は教皇にとって、幅広い世界平和のためのさらなる活動の年となった。教皇就任翌年の2014年、教皇は、現代の奴隷制度である‶人間性に対する罪”を強く批判し、2015年に回勅Laudato Siを発して環境問題を取り上げ、2016年には世界中、とくに身近な欧州に起きている移民・難民の危機に世界の人々の注意を向けた。2017年は、これらに合わせてカトリック教会として「世界貧困の日」を定めた。

・平和の追求を最大のテーマに

 だが、教皇にとって、2017年の最大のテーマは「平和の追求」だった。11月、バチカン主催の核軍縮を強く求める国際会議で、教皇は「核抑止の論理は道義的に正当ではない。大量破壊兵器は恐怖の心理を裏切るものだ」と糾弾した。教皇は諸聖人の祝日の11月2日に、イタリア・ネッツモにある第二次大戦で命を落としたシシリー系アメリカ人2000人が埋葬されている墓地を訪れ、全ての死者、とくに「再度の戦争に直面しているこの時期に、ここに眠っておられる人々のために」祈りをささげた。

 教皇は「私たちはすべての死者のために祈ります。特に若い人々、世界中で起きている戦いで日々、命を落としているたくさんの若者のために祈ります」とし、小規模の戦闘が至る所に広がっている現在の戦争の特徴を念頭に置いて祈り、さらに、「子供たちさえも命を落としている。死は戦争がもたらすもの。主が私たちが嘆きの声をあげるのを、主が許してくださいますように」と祈った。

 教皇は外国訪問で、平和をメッセージの核に置き、朝鮮半島問題を取り上げた時には「この地域の紛争が人間性の”良い部分”を脅かしている」と警告。また、年初には、平和と環境を組み合わせる形で、世界は「水をめぐる戦い」に目を向けよう、と呼びかけをした。

・そのほか言動のいくつか

 教皇を巡る主要課題のほかに、20017年にはいくつかのことがあった。

 カトリック教会の教理を巡る保守派の教皇に対する抵抗。9月ににわかに広がりを見せたが、間もなく沈静に向かったのだが・・。米国司教団の前教理責任者の神学者トーマス・ワインナンディ師が教皇に出した手紙が公になったあとに職を去ったが、その手紙には、教皇が昨春に公布した使徒的勧告「(家庭における)愛の喜びAmorisLaetitia」で離婚・再婚者に対する伝統的な教会の教えを変えようとしている、と非難する内容が書かれていた。

 教皇は10月には、心身障害者を排除するような”優性保護的な傾向”が見られることを批判し、子供の保護推進を訴え、子供たちを命を落とす中で富の蓄積を進めるのは「死をもたらす偶像崇拝だ」と弾劾した。また、アマゾン地域関係国の司教会議を招集することになった。

 2017年はまた、聖母マリアがボスニアの小さな町に聖母マリアが出現したと信じる人々にとって記念すべき年になった。教皇が2月に、ヘンリック・ホーセル大司教に対して、すでに何百万の人が巡礼の訪れている現地の調査を命じたのだ。また、教皇はファティマ巡礼から帰国後に、同地に現れた聖母マリアが三つの預言をしたことの信ぴょう性を確認する必要性を認めた。

 7月には、教皇は英国で不治の病にかかった生後10か月の幼児の両親が延命を希望して裁判に直面した際、彼らの立場に立った。病院の介護支援にもかかわらず、幼児は死亡した。

 それより先の6月に、教皇はナイジェリアの一教区で司祭の職務停止を警告したものの、現在も問題は解決を見ていない。左右の対立が先鋭化する状態に対して、教会を「左右の厳格な区別なく、多様な考え方を受け入れる」川に例えて、歩み寄りを促したのだが・・

 このように、教皇のいくつもの言動が2017年に教会関係者に衝撃波をもたらした。それは今後も続くことだろう。日々の朝のミサの説教で、毎週恒例の一般謁見、日曜の正午のお告げの祈りで、そして様々な会見の場での演説で、教皇は様々なテーマについて語り続ける・・

 教皇の新年の外国訪問の日程は、チリとペルー以外はまだ具体的に公表されていない。だが、家庭についての世界会議に参加するためにアイルランドを訪問することになるだろう。81歳になったばかりのこの人について、一つだけはっきりしていることがある。それは、この「ラテンアメリカのつむじ風」がまもなくペースを落とす、というようなことは、期待してはならない、ということだ。

 

(翻訳・「カトリック・あい」南條俊二)

・・Cruxは、カトリック専門のニュース、分析、評論を網羅する米国のインターネット・メディアです。 2014年9月に米国の主要日刊紙の一つである「ボストン・グローブ」 (欧米を中心にした聖職者による幼児性的虐待事件摘発のきっかけとなった世界的なスクープで有名。映画化され、日本でも昨年、全国上映された)の報道活動の一環として創刊されました。現在は、米国に本拠を置くカトリック団体とパートナーシップを組み、多くのカトリック関係団体、機関、個人の支援を受けて、バチカンを含め,どこからも干渉を受けない、独立系カトリック・メディアとして世界的に高い評価を受けています。「カトリック・あい」は、カトリック専門の非営利メディアとして、Cruxが発信するニュース、分析、評論の日本語への翻訳、転載について了解を得て、掲載します。

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2017年12月24日