「The Promotion of a Culture of Peace」ギャラガー・バチカン外務長官(要約)

 現代世界では、社会から疎外されている人、助けを求めている人のことを配慮しなけらばならない、と言われ、人と人、国と国などの障壁をなくし、オープンな世界にしなけらばならない、と言われながら、出来ないのが現実です。私たちが目指すべき核となるのは「平和」。教皇フランシスコは、先月の恒例の駐バチカン外交団に対する年頭あいさつでも、平和の実現に積極的に努力するように求め、単に政府レベルにとどまらず、個々人と社会が一致協力することの必要性を説かれました。

 カトリック教会の現在の平和への取り組みは、教皇ヨハネ23世1963年4月に発せられた回勅「パーチェム・イン・テリス(地上の平和)」に始まりました(「カトリック・あい」注・カトリック信者だけでなく、「すべての善意の人びと」に宛てて教皇が発した初の回勅であり、人間個人が有する生存、尊厳、自由、教育といった権利を列挙するとともに、核兵器や軍拡競争を終わらせるための取り組みについて言及した)。これは、教会の教義であるにとどまらず、国際社会が取り組むべき優先課題なのです。言うまでもなく、カトリック教会の平和のビジョンは国際社会が額面通り共有できるものではありません。必要とされるのは、個人、国家、宗教などのそれぞれのレベルで分離・対立の原因となっているものを除くことなのです。

 平和への努力は、まず、人間関係の基本に戻るところから始める必要があります。国々のリーダーは、人間の基本的権利を守り、育てるという基盤に立脚し、政治的、法制度的手段を使って平和実現に努めなばなりませんが、「平和の文化」との関係を無視してはなりません。世界で起きている紛争の現実を直視すべきだし、あらゆる手を尽くして、それでもやむを得ない場合には、正当な武力の行使を否定することはできませんが、事の本質を見失うことがあってはなりません。

 戦時下では戦時国際法に基ずく行動が求められ、捕虜の虐待などは認められないにもかかわらず、基本的人権を無視する行為が起きている。現在の〝戦争″は在来型の内戦や国家間の紛争だけでなく、テロやさまざまな形で起きています。人々の間に恐怖や疑惑を高め、力を合わせる動きを壊してしまう。若者も、高齢者も、悲嘆の中で命を落としている。国家間の対話だけでは解決できません。

 教皇フランシスコは2015年秋の国連総会での演説で「特定の明白な自然倫理制限の認識がなければ、また必要不可欠な人間発達の要件の迅速な実行がなされなければ、『戦争の惨害から将来の世代を救済』し『社会進歩と生活基準を向上する』という理想は、達成できないか、さらに悪い状態となります。そしてあらゆる乱用や破壊の言い訳をすることになり、あるいは人々にとって無縁の特異な基準やライフスタイルを押し付けることでイデオロギーの植民地化をし、最終的には責任を負えない状況に陥ります。戦争は全ての権利を否定し環境を無残に破壊します。全ての人間が進歩していくには、国家や人間同士の戦争を避けるため、たゆまぬ努力をする必要があります」と話されました。

 そして、この目標を達成するためには「国際連合憲章の章でも提示されている通り、真の基本的な法規定で構成されてる協議された法の支配を確実にし、交渉、仲裁や調停を精力的に行なうことが必要です。・・国際連合憲章が、偽りの意図を覆い隠すことなく正義の義務的基準点として、尊敬され、透明性と誠実性を持って、下心なしで適用されたときに、平和的結果が得られるでしょう」と強調されました。

 この時の国連持続可能な開発サミット」で採択された「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ」では、「平和と安全」の項で、「持続可能な開発は、平和と安全なくしては実現できない。・・新アジェンダは、司法への 平等なアクセスを提供し、(発展の権利を含む)人権の尊重、効果的な法の支配及び全ての レベルでのグッド・ガバナンス並びに透明、効果的かつ責任ある制度に基礎をおいた平和 で、公正かつ、包摂的な社会を構築する必要性を認める。・・我々は、平和構築及び国家建設において・・紛争の解決又は予防、及び紛争後の国々の支援のため の努力を倍加しなければならない。経済的・社会的発展及び環境の面でも悪影響 を及ぼし続けている植民地下及び外国占領下にある人民の自決の権利の完全な実現への障 害を除去するために、国際法に合致する更なる効果的な手段と行動を求める」としています。

 そして「文化」の項で、「我々は、文化間の理解、寛容、相互尊重、グローバル・シチズンシップとし ての倫理、共同の責任を促進することを約束する。我々は、世界の自然と文化の多様性を 認め、すべての文化・文明は持続可能な開発に貢献するばかりでなく、重要な成功への鍵 であると認識する」と「平和の文化」の重要性を強調しています。真の「平和の文化」はすべての人が関与したうえでの成果でなければなりません。

 教皇フランシスコは先の駐バチカン外交団へのあいさつで、平和実現のために大胆さと構想力の必要を力説されました。困難な障害はあっても、平和の文化を国際社会、地域社会、そして個々人の関係の中で育てることが今、最も必要とされているのです。

質疑

(「カトリック・あい」南條)「今、世界中で深刻な議論を呼んでいます。それは就任したばかりの米国のトランプ大統領の言動、とくに先週署名した大統領令で、中東・アフリカのイスラム7か国からの入国を差し止めたことです。教皇フランシスコの2月の祈りの意向は、弱いもの、助けを求める者を慈しみをもって受け入れる、というものであり、教皇が、トランプ大統領の就任時に送ったメッセージでも弱い者たちへの配慮を強く求めていた。それに全く反するものです。ここ数日の動きとして、米国や英国などの司教団が、入国差し止めの措置を撤回するよう求める声明を出していますが、バチカンも具体的な意思表明をすべき時ではありませんか」

 外務長官「私たちは幅広い視野で対応する必要があります。また、特定の政策が今とられていても、変わっていくこともある。拙速な判断はしたくありません。今起きていることに、色々の人が意見を表明する権利はありますが、バチカンとしては、動きを見ながら、色々な人の声を聴いているところなのです。国際社会の原理原則に従う必要がありますし、個別の件に触れるのは差し控えたい」

(2017.2.2 日本・バチカン外交関係樹立75周年記念・上智大学主催特別講演会で) 要約文責・「カトリック・あい」南條俊二

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2017年2月2日