「地球という『皆の共通の家』にいつくしみを」

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(2016.9.2 バチカン放送) 教皇フランシスコは、9月1日の「環境保護のための世界祈願日」にあたり、「わたしたち共通の家にいつくしみを注ごう」をテーマとするメッセージを出された。

環境問題への関心を深め、それについて考察し祈ることを目的としたこの記念日は、教皇フランシスコによって昨年8月に制定され、コンスタンティノポリ総主教庁も同日に同じ目的を持って祈ることから、この記念日はエキュメニカルな性格をも備えている。

教皇は今回のメッセージで「地球の叫びに耳を傾けることは、貧しい人たちの叫びに耳を傾けること」と述べ、「わたしたちの共通の家」である地球を守るために、今「針路を変える」べき時である、とし、他のキリスト教教会や諸宗教と共に地球の未来に対する心配を分かち合う必要性を強調している。
また、教皇は「貧しい人々の苦しみと環境破壊との間に、密接な関係がある」ことを指摘し、「自然を傷めつけることは、人間を傷めつけること」としつつ、「新しいいつくしみの業」として地球を大切にし、わたしたちの無責任で自己中心的な態度によって引き起こされる環境破壊を放置しないよう、訴えている。
教皇は、そのためにも、教皇は「生活スタイルを改め、経済・政治・社会・文化が目先だけの利益によって支配されること」がないようにと、願っている。「環境保護のための世界祈願日」のために、同日午後、バチカンの聖ペトロ大聖堂で、教皇による夕べの祈りがとり行われた。
メッセージ全文はhttp://w2.vatican.va/content/francesco/en/messages/pont-messages/2016/documents/papa-francesco_20160901_messaggio-giornata-cura-creato.htmlでご覧になれます。

2016年9月2日

教皇、さらに”人間の統合的発展に奉仕する省”設置、長官にタークソン枢機卿

(2016.8.31 CRUX バチカン特派員・イネス・サン・マーチン) 教皇フランシスコは31日、”人間開発を推進する新たな組織”(英語のa new dicastery for “Promoting Human Development”の直訳。バチカン放送の日本語仮訳は「人間の統合的発展に奉仕するための省」)の設置を公表した。

新組織は、バチカンの既存の四つの組織-正義と平和評議会、開発援助促進評議会、移住・移動者司牧評議会、保健従事者評議会-を再編統合して作される。フランシスコは教皇就任当初から、貧しい人びとへの正義、紛争の解決、彼が「throwaway culture 棄てる文化」と呼ぶものとの戦いを、カトリック教会の至上命題することを訴えており、これらを受けたものだ。

新年1月1日に発足し、初代長官には、教皇の新任が厚く、アフリカ出身者では最高位のピーター・タークソン枢機卿が就任する。

新組織の扱う重点事項は、移民、助けを必要とする人々、病苦に苦しむ人々、社会から排除され、粗末に扱われている人々、受刑者、失業者、武装闘争に巻き込まれた人々、自然災害の犠牲者、新湯吊形の奴隷扱いや拷問の被害者への対処となる見通し。難民・出稼ぎ労働者問題担当部門は当面、教皇のもとに置かれる予定だ。

複数のバチカンの官庁の再編統合は、教皇フランシスコが重要課題としている広範な教皇庁改革の一環。今回の強力な新官庁の設立公表は、二週間前に、やはり複数の組織の再編統合による強力官庁、「 信徒・家庭・生命省」の設立が公表されたのに続くものだ。いずれも、教皇が世界中から選んだ9人の枢機卿で構成する顧問団との対話から生まれた。

 

2016年8月31日

独カトリック司教協議会がルターを「信仰の教師」と呼ぶ

 

 【2016.8.22CJC】独カトリック司教協議会がマルチン・ルターを「信仰の教師」と呼ぶレポートを発表した。

 「エキュメニカルな展望における宗教改革」と題する文書は200ページを超している。プロテスタント宗教改革がカトリック側には、否定的、軽蔑的な光の中で捉えられることが多すぎる、と論議を提起している。マグデブルグのゲルハルト・ファイゲ司教(エキュメニカル委員会議長)が発表したもので、ルターをその「悔い改めと改宗における革新に対する関心」を理由に称賛している。

 文書は、カトリックとプロテスタントの間のより密接な結びつきを歓迎、特に1980年と99年に発表された、義認問題に関する共同声明を取り上げている。

 教義上の違いはなおあるが、「もはや教会を分裂させる効果はありえない」と言う。

2016年8月22日

教皇、トルコの結婚披露宴テロ事件、暴力行為非難

(2016.8.21 バチカン放送) 8月20日、トルコで結婚披露宴の最中に起こったテロ事件は50人の死者と94人の負傷者を出した。日曜正午聖ペトロ広場でのアンジェラスの祈りの際に教皇フランシスコはあらゆる暴力行為を非難するとともに犠牲者たちのために祈り、その家族や関係者たちに心の痛みと連帯を伝えた。:  

 

 今日のミサの福音朗読で、キリストは救いについての考察を促しています。ルカ福音史家はイエスはエルサレムに向かう旅の途中であったと記しています。そこで一人の人がイエスに救われる人は少ないのでしょうかと尋ねます。イエスはこの質問には直接にこたえることはせず、観点を別の方向に向けます。  

 

 「狭い門から入るよう努力しなさい。多くの人々がそこから入ろうとしますが入れないのです」と答えます。イエスは門の象徴を使用することによってわたしたちに救われる人々の数を問題にするのではなく、皆がどの道を通して救いに到れるのかを理解するよう導かれるのです。数は問題ではありません。門を通って進みなさいと言われます。しかしこの門は一体どこにあるのですか。どんな門ですか。誰がこの門なのですか。イエス自身が救いに到る門です。ヨハネによる福音の中でイエス自身が「わたしは門である」と言っています。イエスこそがわたしたちを救いに導くのです。 

 しかし同時にこの門は狭いと言われます。何故狭いのでしょうか。それはわたしたちが傲慢心や欺瞞さらに,様々な欲望で膨れ上がっていては通り抜けることが出来ないからです。神以外の全てから解放されスリムになっていなければ通り抜けられないほど狭い門なのです。自分自身が罪人であり神の赦しと慈しみが必要であるとの自覚を持って,自分自身を脱ぎ捨て身軽になった時始めて、通り抜けることが出来るのです。しかもこの救いの門は誰のためにも大きく開かれています。神のいつくしみの門は全ての人々のためにいつも開かれているのです。このことを決して忘れないようにしましょう。自分自身を捨て去り身軽になって喜んでこの門をくぐり神の愛の世界に入りましょう。  

 親愛なる兄弟姉妹の皆さん、昨日愛するトルコでまたテロ事件が起こったと知らされました。大変悲しいことです。多くの犠牲者たちが出ました。全ての犠牲者またそのご家族や関係者たちのために祈りましょう。神がいち早く平和をもたらしてくださいますように」。

2016年8月21日

教皇、「信徒・家庭・生命省」を新設、長官に米司教(

2016.8.17バチカン放送) 教皇フランシスコは、自発教令を通して、バチカンに信徒・家庭・生命を扱う新組織を設立された。

 8月17日、教皇は自発教令の形を持つ使徒的書簡「セドゥラ・マーテル」を発表。「思いやり深い母としての教会は、常に、長き世紀にわたり、信徒、家庭、命を大切にし、いつくしみ深い救い主の愛を表してきました」。このように始まる同書簡で、教皇は、信徒と家庭と人間の生命が福音の生きた証し、贖い主の愛の表現となるよう、これらを支え、助けることを望まれ、今日の状況を考慮すると同時に、教会の求めに適合した、新しい組織の必要を述べられた。
 創設される「信徒・家庭・生命省」は、独自の規約を持ち、これまでの教皇庁信徒評議会と教皇庁家庭評議会の管轄と機能を合わせた組織となる。
 これに伴い、教皇庁信徒評議会と教皇庁家庭評議会は今年9月1日をもって、両評議会は廃止され、新組織に移行する。
 教皇は新組織の長官として、米国ダラス教区のケビン・ジョゼフ・ファレル司教を任命された。また、これまで家庭評議会議長を務めたヴィンチェンツォ・パリヤ大司教を、教皇庁立生命アカデミーの会長に、結婚と家庭のための教皇庁立研究所「ヨハネ・パウロ2世」の理事長に任命された。

 

新省の設立は使徒的勧告「愛の喜び」受けた適切な対応
(2016.8.17 CRUX)
 バチカンの主要組織で米国の教会から選ばれた初のトップとなるファレル司教は、1947年アイルランド生まれ、スペインの大学を卒業後、ローマのグレゴリアン大学で哲学と神学、聖トマスアクイナス大学で教理、司牧神学を修めた。ローマで司祭叙階、メキシコで司牧活動をはじめ、1984に米国に移り、2001年にワシントン大司教区の補佐司教、2007年にダラス司教。この間、米国のノートルダム大学で経営、管理修士号取得、米国カトリック司教協議会事務局で経理担当、同予算・金融委員長を務める。
 教皇の顧問格のワシントン大司教、ドナルド・ワール枢機卿は、17日に発表した声明で、「世界のカトリック教会から広範かつ熱烈に支持されている使徒的勧告「愛の喜び」を受けた速やかな新組織設立は、極めて適切な措置。さらなる重要な統治への新たなバチカンの担当部署を我々は手にした」と決定を歓迎。新しい省は、次官ポストと、三名の次官補ポストも予定され、これらの中に、一般信徒が任命される可能性が高い。
(2016.8.17 CRUXエディター・ ジョン・アレンJR)
 新設される省の初代長官にケビン・ファレル・ダラス司教を選んだことで、教皇は、米国のカトリック教会内部の穏健派に大きな勝利をもたらし、教皇が米国の教会に冷淡ではないかと懸念もつ人々を安心させた。穏健派はバチカンに強力な友を得たと受け止めることができるだろう。使徒的勧告は、離婚して民法上の再婚をした信徒に聖体拝領を認めることに意思確認など識別を条件として前向きの姿勢を打ち出しているが、この問題は新省で扱われる。初代長官となるファレル司教は、勧告が発表された時にこれを支持する姿勢を明らかにしている。
*CRUXは米国の有力日刊紙「ボストン・グローブ」が創刊し、現在はKnights of Columbus など米国のカトリック団体・個人の支援を受けて発行しているカトリック専門のインターネット・マガジンです。バチカンや世界のカトリック教会の事情に精通した執筆者をそろえ、公正、的確な報道で高い評価をえています。「カトリック・あい」は
2016年8月17日

米司教協議会「誰に投票すべきか」でなく「どのように投票するか」を語れ

 

(2016・8.11 CRUX)米国民は今年11月に総選挙に行くが、大半の人は二人の大統領候補者に関心がある。二人の経歴、個人的性格、そして政党基盤をもとに、どちらに投票するか決めるのは、敬虔なカトリック教徒にとって難しいことだ。しかし、今度の選挙で有権者が選ぶのは、大統領だけではない。米国議会の469議席(上院34議席、下院435議席)をはじめ、12州の知事、各州議会議員、主要都市の市長、その他の多くの地方の主張なども選ばれる。大統領候補はこれらの中で最も高い関心を持たれるが、優れて良い政治は、信頼できる高潔な米議会議員、州と地方の長や議員の選挙を通して実現するのだ。

米国民を助けるために、米国カトリック司教協議会が二部構成の「忠実な米国民にとっての意識形成」を発行した。小教区で手引きとして使えるようにし、ウエブサイトでも見ることができる。司祭と信徒は総選挙での賢い選択のために活用することが求められている。

第一部は、カトリック信者に、カトリックの社会教説の4つの基本的な原則-人間の尊厳、共通善の重要性、補完性の原理(subsidiarity=家庭から政府にいたる様々な社会組織で、下位の組織が上位の組織に吸収されたり、圧迫されたりしないよう、補完を目的とした場合だけ、上位組織が介入できる、という原理)、連帯-の重要性について注意を喚起している。

これらの原則は、人間を政治的な政策決定の中心に置いてき、人間らしい家族・社会を強めていく必要性と、権力と資源を「大きな政府」から「地域に根ざした暮らし、地域に根ざした愛」に移していく必要性を強調するものだ。

第二部は、積極的な倫理的選択を行う賢明さをどのように働かせるか、複雑で判断が難しい時にどう対応し、投票の際にありふれたわなに落ち込むのをどうやって避けたらいいかについて、具体的に説明し、最後に、司教団として、公共政策の10の分野について、カトリック信者が注意を払うべき原則を、以下のように列挙している。

  • 受胎から自然な死に至るまで、人間的な生き方を守ることの要請
  • 結婚と家庭生活についての歴史に根ざした理解の擁護
  • 貧しい人々を保護し、助ける一方で、国境を守る人の移動への公正な対応。
  • 貧困に対する戦いの必要
  • すべての人々に十分な機会と教育を与える必要
  • 信教の自由の保護
  • すべての人々に十分な保健サービスの提供
  • あらゆる形の人種差別や偏見の回避
  • 軍事力の行使についての道徳的制約
  • 正義、平和、環境対策の推進に向けた国際協力の必要

これらの原則は、カトリック教会の司祭、信徒に、内容と形式ともに明確な指針を提供するものだ。司祭たちがこれらを堅持するなら、互いに連帯し、政治についての話のわなに落ち込まないようにしながら、羊の群れの世話をすることができるだろう。

(ドワイト・ロンゲネッカー神父 Crux より)

・・Cruxは、カトリック専門のニュース、分析、評論を網羅する米国のインターネット・メディア。 2014年9月に米国の主要日刊紙の一つである「ボストン・グローブ」(欧米を中心にした聖職者による幼児性的虐待事件摘発のきっかけとなった世界的なスクープで有名。最近、映画化され、日本でも全国上映された)の報道活動の一環として創刊されました。現在は、米国に本拠を置くカトリック団体とパートナーシップを組み、多くのカトリック関係団体、機関、個人の支援を受けて、バチカンを含め,どこからも干渉を受けない、独立系カトリック・メディアとして高い評価を受けています。「かとりっくあい」は、カトリック専門の非営利メディアとしてCruxが発信するニュース、分析、評論の日本語への翻訳、転載について了解をいただいています。

 

 

2016年8月12日

米国務省、宗教の自由で年次報告

 【2016.8.11 CJC】米国務省は8月10日、各国の宗教の自由に関する年次報告書(2015年)を発表した。国内の少数宗教集団に対する各国政府の抑圧がなおも懸念される中で、宗教的テロリストの脅威も増している

 欧州への移民や難民申請者について、「いくつかの政府が、宗教を理由に移民の入国を懸念している」と指摘し、宗教差別に憂慮を示した。

 報告書は、ハンガリーのオルバーン・ヴィクトル首相が「欧州のキリスト教的価値」の擁護を繰り返し強調したり、スロバキア当局者が「イスラム教徒を治安や文化、社会への潜在的脅威」としてキリスト者難民だけを選別すると言明したりしていることを挙げている。

 報告書は、約200国について個別に「信教の自由」への対応に関し、調査した結果をまとめている。

 中国浙江省で2013年以降、キリスト教会が破壊されたり、1500以上の十字架が撤去されているとし、教会の法律顧問をしていた人権派弁護士が15年8月から数カ月間拘束されたことにも触れている。

 日本については、NGO諸団体や『世界平和統一家庭連合』(旧統一教会)や『法輪功』などへの対応に関心を寄せている。「反ユダヤ主義」にからむ人権侵害については、『サイモン・ウイゼンタール・センター』代表と会談したことを記している。

 福岡にある、広島以西では最大のイスラム教モスクを在福岡領事館員が訪問したこと、在札幌領事館員が創価学会関係者、北海道神宮の神官と、信教の自由に関する米国の立ち位置に関して討議したという。

2016年8月11日

シリアを憂慮「無実の人々の犠牲、受け入れがたい」

(2016.8.8 バチカン放送) 教皇フランシスコは、民間人の犠牲が続くシリア内戦の深刻な状況に憂慮を示された。
8月7日、バチカンで行われた日曜正午の祈りの集いで、教皇はシリア情勢について、次のように述べられた。
「残念ながら、シリア、特にアレッポから、戦争による市民の犠牲のニュースが続いています。
たくさんの子どもたちをも含む、多くの無実の人々が、この紛争の代償を払わなくてはならないのは、受け入れがたいことです。それは、人々の無関心、権力者たちの平和に対する意志の欠如の代償です。
シリアの兄弟姉妹たちのために祈りと連帯をもって寄添い、おとめマリアの母としての保護のもとに彼らをゆだねましょう。皆で沈黙のうちに祈ったあと、アベ・マリアの祈りを唱えましょう」。
2016年8月8日

日本の障害者施設での殺傷事件に、教皇の悲しみ 

(2016.7.27バチカン放送) 教皇フランシスコは、相模原の障害者施設で起きた殺傷事件の犠牲者のために祈られた。
教皇は、バチカン国務長官ピエトロ・パロリン枢機卿を通し、カトリック東京大司教区の岡田武夫大司教に宛てた電報で、この事件に深い悲しみを表された。
この悲劇に見舞われたすべての人々に教皇は精神的に寄添いながら、犠牲者の冥福と、負傷者の回復のために祈りを約束された。教皇は、この出来事に悲しむ日本の人々に、平和と和解を祈られている。
2016年7月27日

あらゆる暴力行為非難、ドイツ、アフガニスタン事件

(2016.7.24バチカン放送) 教皇フランシスコは、バチカンで7月24日、日曜正午の祈りを巡礼者と共に唱えられた。
この集いの中で教皇は、7月22日(金)に起きたドイツ・ミュンヘンでの銃乱射事件、23日(土)のアフガニスタン・カブールでの爆弾テロを、忌まわしく悲しむべき事件と述べ、あらゆる形の暴力行為を次のように非難された。
  「つい最近も、苦しみと死をもたらす忌まわしい暴力やテロ行為が起きたことは、わたしたちの心に再び暗い影を落としています。ドイツのミュンヘンでの暴力事件、またアフガニスタン・カブールでのテロは多くの無実の人の命を奪いました。わたしは犠牲者とご遺族、負傷者のために祈りたいと思います。皆さんもまた、主がすべての人々に一致と兄弟愛の心を与えてくださるようわたしと共に祈ってください。平和と安全の実現が困難であればあるほど、わたしたちの祈りはますます熱心なものでなくてはなりません」。
  教皇はさらに、今月26日(火)からポーランド・クラクフで開催される「第31回世界青年大会」のために祈るよう、このように信者らに呼びかけられた。「ここ数日、世界中からの若者たちが『第31回世界青年の日』の大会が行なわれるクラクフへと向かっています。聖ヨハネ・パウロ2世のとりつぎのもとに、これらの若者たちと出会い、彼らといつくしみの聖年を祝うために、わたしもまた27日(水)から出発します。皆さんも祈りを通してこの訪問を見守ってください。若い巡礼者たちをはじめ、大会に参加する多くの司教や、司祭、修道者たちを歓迎するために働いている方々にここから感謝を申し上げます。また、この大会に直接参加できず、メディアを通してこの大会の様子を追う若者たちに特別な挨拶をおくります。祈りの中で皆で一致しましょう」。
  集いの説教では、教皇はこの日の福音朗読箇所を取り上げ、以下のように話された。
  「今日の主日のミサの福音朗読は、神への祈り「主の祈り」の意味について考察するよう促しています。主はわたしたち一人ひとりを、またわたしたちの必要を、誰よりもよくご存知です。しかし、主はわたしたちがそれを大胆に熱心に願うことを望んでおいでです。なぜなら、祈りは主の救いのみ業に参与するための、わたしたちの手段だからです。祈りは、わたしたちの手にある第一の道具です。一生懸命祈ることは、わたしたちの信仰と忍耐を強めるのに役立ちます。すなわち、本当に重要で必要なことのために、わたしたちが神と共に戦う能力を強化してくれるのです。祈りにおいてわたしたちは一人ではありません。いつも神とわたしの二人です。大切なことのために、神とわたしの二人で一緒に戦うのです。
  イエスが弟子たちに「主の祈り」を教えられた時、そこに三つの基本的な必要が明示されました。それらは、「パン」と「赦し」と「誘惑に対抗するための助け」です。パンなしに、赦しなしに、また誘惑において神からの助けなしに、誰も生きることはできません。なぜなら「パン」は毎日必要不可欠なものであり、また赦しも同様です。赦しは何よりもわたしたちが神からいただく第一の賜物です。
  自分は神の限りないいつくしみによって赦された罪人であるという自覚を持つ者だけが、兄弟姉妹たちに対して具体的な和解の態度を示すことができるのです。もし、自分が神から赦された罪人であるとの自覚がないならば、誰も決して人を赦すことも、人と和解することもできないでしょう。すべては自分は赦された罪人であると感じる心から始まるのです。
  わたしたちの人間的な状態は、常に悪の誘惑や腐敗の危険にさらされていると、誰もが実感します。だからこそ天の御父に、すべての誘惑に打ち勝つ力として、聖霊を熱心に祈り求めなければならないのです」。
2016年7月24日