(2020.7.24 LaCroix France Claire Lesegretain)

Archbishop Luigi Ventura, former Apostolic Nuncio to France, in Paris on December 4, 2016. (Photo by CORINNE SIMON/CIRIC)
2009年から昨年末までフランス駐在バチカン大使を務めたルイジ・ベンツラ大司教が、今秋、パリの刑事裁判所で、大使勤務中の10年間に多数の男性を性的に暴行した罪で裁かれることになった。
このことを最初に伝えたのはフランス語のラジオネットワークEurope1で、23日のことだったが、パリ刑事裁判所の広報担当判事は、La Croixに取材に対して、この報道を確認。
「大司教は性的暴行の罪で起訴されているが、召喚状に対する大司教の返事がないため、”条件付き時制”を適用し、11月10日を出廷期限とした」と説明。通常、手続き上の問題がなければ、この日にパリの刑事裁判所で裁判にかけられることになる、と述べた。
*「不適切な接触をされた」
ベンツラ大司教に対しては、4人の男性からの訴えが出ており、うち3人は「不適切な接触」をされた、としている。
4人のうちの1人、ベンジャミン・ガイ氏は「これはとても好ましいことです。なぜなら、ベンツラ大司教の地位と権力から考えれば、このような事態は避けられないことではなかったらです… 大司教の取った行為に対する答えとしてフランスの法廷に立ってもらうことが、当初からの目的でしたが」と述べ、大司教が実際に法廷に立つかどうかは「私には分かりませんが、そう願っています」と語った。
*「これは陰謀だ」
パリ検察庁は昨年3月、当時まだバチカン大使だったベンツラ大司教の外交特権の解除を請求した。これはフランスの司法史上、前代未聞のことで、請求は法務省を経て、バチカンとの窓口である外務省に示された。
大司教は、昨年4月のパリ司法警察による尋問で、原告たちと対面させられたが、容疑を否定し、「これは私に対する『陰謀』だ」と反論している。
彼は、昨年12月の75歳のバチカンの役職定年を迎えて駐仏大使を辞任したが、それより3か月前の昨年9月にバチカンに戻っていた。
*駐カナダ大使時代にも性的嫌がらせで訴えが
ベンツラ大司教は1944年に北イタリアで生まれ、1969年に司祭叙階して5年後にバチカンの外交官養成機関である Accademica Ecclesiasticaに入学。卒業後、駐ボリビア大使館勤務を振り出しに、駐英大使館を経て、バチカン国務省に戻った後、1995年にブルキナファソ、ニジェール、コートジボワールの駐在大使となり、1999年に駐チリ大使、2001年に駐カナダ大使を経て、2009年から10年間、駐仏大使を務めていた。
だが、駐カナダ大使時代に性的嫌がらせを働いたとの訴えが、今回の原告以外の男性から出されていた。
バチカンは23日、大司教の無実を繰り返す一方で、彼がフランスの司法制度を信頼していること、司法手続きを進めるために外交特権を放棄したこと、そしてフランスの司法当局に協力することを確認している。
(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)
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ローマ-昨年2月に教皇フランシスコが全世界の司教協議会会長を集め、聖職者の性的虐待問題に関する歴史的な”サミット”を開いてから、21日で一年たった。この会議は、(注:聖職者による性的虐待に関する透明性を高め、説明責任を果たす全教会的な文化を促進することを狙っていた。
それから一年後のまさに今、世界的な問題として、別の種類の”伝染性疾患”に焦点があっているー新型コロナウイルスは21日までに中国本土で2100人以上を殺し、感染者は世界全体で約75600人で、その大半は中国の湖北省の人々で占められている。
この二つ、聖職者による性的虐待と新型コロナウイルスは一見、何の関係もないように見えるが、少しばかり共通したところがある。
新型ウイルスの発生から2か月たった今、私たちは、少なくとも”震源地”以外の、感染者が出た場所と人数について信頼のおける基礎的な統計データをもって語ることが可能だ。
よく言われているように、中国当局は発生当初、この伝染病を隠そうとし、今もなお、新たな感染者と死者の規模について、きちんと情報が提供されているのか、強い疑念がある。それでも、世界中の粘り強い研究者たちは正確な現状を把握しようと努力を続け、”震源地”以外の地域での感染状況やそれへの対処については、かなり良く現状が把握できるようになっている。。
それに比べると、聖職者による性的虐待という”病弊”は顕在化して何十年もたつのに、世界的な状況についてそのようなデータが存在しないのだ。
米国、オーストラリア、アイルランド、ドイツなど”震源地”になってきた地域については、性的虐待の案件数、被害者数、そして虐待の罪を犯した司祭の割合に関する、しっかりした情報が手に入るが、その他の地域への拡散状況について知る手掛かりは十分にない。
そこで見られる傾向は、誰もが語る見方と先入観を反映し、裏付けなしの話をすることだ。たとえば、信徒数でアフリカ最大のカトリック国、コンゴ民主共和国のマルセル・ウテムビ・タパ大司教は「わが国では、聖職者の性的虐待は稀です」と言う。
彼が言っていることは、1990年代後半から2000年代初めにかけて性的虐待による危機が起きて以来、アフリカの多くの司教たちが言ってきたことと変わらない。いわく、「聖職者による児童性的虐待は、主に西洋の問題だ」、いわく、「アフリカの同性愛に対する社会的不名誉を考えると、少年を食い物にする司祭は多数にならない」、いわく、「聖職者による性的不正行為に問題がアフリカであるとすれば、それは他の形態、特に成人女性との関係だ」と。
欧米を除く世界の他の地域の司教たちからも同じような話を聞く。性的虐待の被害者のほとんどは、それに冷ややかに反応し、否定的だ。
今週ローマで、米国を拠点とする「司教たちに説明責任を求める会」が企画した記者会見で、世界中の聖職者による性的虐待に関する質問がでた。それに対する答えは自明-米国や他の場所について私たちが知っていることと同じ、つまり、聖職者の約5〜8パーセントが性的虐待の罪を犯している、というものだった。要するに、コンゴやフィリピンでわずかな数の報告しかないのは、被害者が被害を公表するのを思いとどまらせる”恥の文化”によるもので、被害の実情に、地理的な違いはないのだ。
新型コロナウイルスの大規模な感染の疫学的な研究は、別の話を語っている。感染の拡大は、保健機関や研究者によって熱心に検査・研究されている。その結果として首尾一貫した結論のの1つは、伝染病あるいは感染症の広がり方がとても不均一だということだ。さまざまな集団がまったく同じ感染リスクにさらされている場合でも、どれだけ激しい感染被害に遭うかは、全体の健康状態、安全でない水や食物の摂取の有無、医療の質、日常的な飲食物の内容、空気の汚染度、その他の様々な要因によるのだ。
言い換えれば、医療研究者は「病気の原因、広がり、そしてその影響がどこでも同じであるかどうか推測することは、病気と戦うのに役に立たない」と言うだろう。ひな形で始めてデータがそれに合せるようにするのではなく、データを集め、それから、その意味を理解せねばならない-と。
確かに、新型コロナウイルスがもたらしている危機と聖職者による性的虐待が引き起こしている危機に類似性がある、というのは表現として不正確だ。伝染病は一般的に言って「自然現象」だし、未成年性的虐待は「忌まわしい犯罪」だ。にもかかわらず、この二つを比べるのは有益だ。
たとえば、危機が頂点に達した何年かの間、欧米文化に他の場所では見られないレベルの虐待を生み出したものがあった可能性があるのか? あるいは、被害者が救済を求めるための法的および文化的な支援システムを欠いた地域で、聖職者主義がはびこる地域で、そして、青少年、児童と性的に関係することに対する文化的な態度が大きく相違する地域で、危機はずっと深刻になる可能性があるのか?
現時点で、いずれの質問に対する唯一つの答えは「そのような可能性はもちろんある。だが、実際のところ、分からない」だ。世界保健機関からの、全世界の児童虐待に関する総合的なデータを使えば、その可能性は憂鬱になるくらい高いことになるが、正確に実態を表わしていない。
そうして、私たちは、教皇が開いた”サミット”から一年後の今、に引き戻される。
ここで驚くべきことは、「あまりにも多くのことが分かっていない」ということだ。世界のほとんどの地域の教会当局も司法当局も、信頼するに足る”画像”を提供する人的・物的資源を投入していないので、この問題について、私たちは憶測と予測の域から出られずにいる。
確かに、性的虐待の罪を犯した者とそれを隠蔽した者を特定する作業は、なすべき作業の中でも、極めて重要だー対応が遅れることで、訴訟沙汰になり、マスコミを騒がせ、抗議運動を引き起こす可能性があるからだ。また、聖職者による性的虐待の発生と拡散、それを加速し、あるいは妨げる環境的、文化的な要因について解析する、時間のかかる、目立たない作業も、必須の作業リストに加える価値がある。
おそらく、この種の研究を行うための基盤を広げることは、”サミット”一周年記念から取り出すべき性的虐待問題対策の一つだ。”疾病”は、カトリック教会にとって、他で起きていることと同じように、動かし難い現実。その”疾病”がどこで起き、どのように広がるかについて信頼できる追尾システムを作ることができれば、素晴らしいことだ。