(評論)フランシスコは「慈しみの教皇」だった(Vatican News)

Pope Francis hugs a young boy during his weekly General Audience on August 17, 2022Pope Francis hugs a young boy during his weekly General Audience on August 17, 2022 EDITORIAL

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2025年4月21日

・教皇フランシスコが21日、主のご復活の翌日に亡くなられた

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

 

2025年4月21日

(評論)フランスで 復活祭に洗礼を受ける昨年の1.5倍、1万人強の人々、調査で分かったことは(LaCroix)

2024年3月30日、ノートルダム・ド・ラ・ガレ(パリ)の復活祭の前夜祭で、新たに洗礼を受けた女性が油を注がれる。(写真:Corinne Simon-Hans Lucas/La Croix)

(2025.4.17  La Croix  Arnaud Bevilacqua)

A newly baptized woman is anointed during the Easter Vigil at Notre-Dame de la Gare (Paris) on Marc

 フランスでは、復活祭に前年比45%増の一万人以上が洗礼を受ける。LaCroixでこのほど実施した調査結果では、彼らの半数は、受洗の理由として「強い霊的体験」を挙げており、「友人の影響、友人と信仰を分かち合いたい」という希望を持っていることが分かった。

 ここ数年、カトリック教会が世界的に信者減少の危機に瀕している。そうした中で、フランスでこのような受洗者急増という驚きの結果が出た。新たにカトリック信者となるのはどういう人なのだろうか。

 LaCroixは、彼らの受洗の動機、そして、彼らの期待や社会における自分自身のあり方をよりよく把握するために、フランスの都市部と地方にまたがる10の教区の協力を得て、前例のない調査を実施した。回答者1011人は、フランスでこの復活祭に受洗を予定する1万384人の10%にあたる。

 調査は、ボルドー大学モンテスキュー研究所の社会学者ヤン・レゾン・デュ・クルジウの協力を得て、バイヤール・グループ(『La Croix』の出版部門)で調査を担当するバイヤール・エチュードが、3月22日から4月6日にかけて シャロン・アン・シャンパーニュ、シャンベリー、リール、リヨン、モー、ナント、ニース、パリ、ポントワーズ、トゥールーズの10教区の今年の復活祭の受洗予定者を対象に行い、1011人が回答した。フランス司教協議会の入信・キリスト教生活部の同意と、各教区の受洗希望者への教理講座指導者の協力を得ている。

 調査結果から3つの大きな発見があった。第一は、受洗のための教理講座を受けている成人の51%が、受洗の理由として「強い霊的体験」を挙げていることである。 彼らの霊的体験こそが、教会という組織への帰属へ駆り立てるのであり、しばしば宗教離れにつながる古典的な世俗化理論の流れに逆行しているのが見て取れる。

 

*若い受洗者が増えている

 

 洗礼を受けることの選択は、深い、時には曲がりくねった精神的な旅の頂点であることが多い。今回の調査では51%が、キリストの姿や教会での内なる体験を受洗の動機と答えている。次に来るのは人生の試練(37%)だ。「絶望の瞬間に神の愛に触れました」とある受洗希望者は打ち明け、また、親しい人との辛い死別に言及する人もいる。35%が「自分の存在に意味を与えたい」という願いを強調している。「カトリックの祖父母の赦しの生活と信仰が、大人になってから私に語りかけてきたのです」とある回答者は語った。

 また、回答者の5人に1人は、「フランスのキリスト教のルーツを知ったこと」を挙げている。ノートルダム大聖堂の火災と再建というニュースは、16%の回答者が「精神的な探求をする上で重要な要素」となった。

 この調査に参加したカトリシズムの社会学者ヤン・レゾン・デュ・クルジウは、次のように語っている。

 「受洗希望者はますます若くなっており、回答者の64%が34歳以下、31%が18歳から24歳で、3分の2が女性です。47%が『カトリックの家庭に生まれた』と答えている(うち30%はミサへの参加など信者としての実践をしていなかった)。3分の1強は「宗教に無関心、あるいは敵対的な家庭(伝統的にカトリックであることもある)」で育ち、11%は「他の宗教(ほとんどがイスラム教)」を信仰している。

 「洗礼を求めることは、自己主張の一部であると同時に、一種の固定化、家族の再編成でもあります」と、社会学者のロイック・ル・パプは説明する。カトリックを信仰していない、あるいは無関心な家庭の出身者にとって、洗礼は一つの物語に再び加わる方法なのです。宗教に無関心な形で育った若者たちにとって、改宗しないことが普通だった。

 「彼らが奪われた遺産を取り戻したいという願望が感じられます」とヤン・レゾン・デュ・クルジウは続ける。

*友人が受洗に占める重要な役割

 

 調査で得た2つ目の大きな発見は、「信仰の継承における友人の位置づけ」だ。回答者の25%が挙げた「祖母の存在」は、信仰の旅を形作った人たちの中に含まれている。しかし、「友人の役割」は決定的であり、伝統的なモデルとは異なる新しさを示している。

 回答者のほぼ2人に1人が、配偶者や教区司祭を差し置いて、福音宣教の3大主役に「友人」を挙げている。多くの人が受洗の際の代父や代母に友人を選んでいるのも不思議ではない。ローヌ地方のある若い回答者は、将来の代母について、「彼女は、私が神と出会った教会に足を踏み入れた理由なのです」と語っている。

 フランス司教協議会の成人向け教理講座の全国責任者、セシル・エオンは「友人の役割、特に若い人たちの役割は、宗教とリラックスした関係を示しています」と言う。「彼らは友人をミサに招いたり、信仰について話し合ったりすることを恥じていない。ここにもソーシャルネットワークの影響が見られます」。

 さらに、回答者の5人に1人は、ドミニコ会の兄弟ポール=アドリアン・ダルデマールやシスター・アルベルティーヌのようなカトリックの影響力のある人物の役割を強調している。「物事の原動力となるのは、若者たち自身が他の人々の証人となることです。彼らは互いに話し、誘い合い、言葉を広めるのです」と、シスター・アルベルティーヌはLa Croix掲載されたコラムで強調している。

 しかし、この受洗に至る旅路において、受洗者への要理教育者が特別な司牧的努力をしたことが受洗者の増加につながっていないにもかかわらず、小教区は、依然として好ましい拠り所になっている。「私たちがドアを開けると、彼らは窓から入ってくるのです」と、ポントワーズのブノワ・ベルトラン司教は言う。回答者の3分の2が、「洗礼を受けるために小教区を訪れ、広く洗礼に参加している」と答えている。

 この調査の第三の教訓は、「将来、洗礼を受けようとしている人々が、強い宗教的コミットメントを示している」ということである。これは特に、ミサへの定期的な出席(57%が少なくとも毎週出席)と祈り(56%が「とてもよく」祈ると答えている)に反映されている。

 彼らが自由に回答に加えた証言の多くは、「自分の霊的体験を周囲の人々と分かち合いたい」という願望を語っている。彼らの見解では、信仰を伝える最良の方法は「自分自身の経験を証しすること」であり(42%がそれを第一に挙げている)、「家庭内で信仰の基礎を教えること」(28%)よりも明らかに上にきている。

*信者が急増するイスラム教への”カウンター・カルチャー”、人生の探求の源に

 

 パリにあるパンテオン・ソルボンヌ大学のロイック・ル・パプ講師は「これらの指標は、受洗者の熱心さを物語っています」と言う。

彼らは社会におけるキリスト教的コミットメントとカトリック教会の位置づけをどのように思い描いているのだろうか? 回答者たちは教会(63%)を「暗闇の中で道を示す標識」、危機の時の参照点として見ている。4分の3近くが「社会の中で、カトリック信者であることが高揚感につながる」と考え、不安なく信仰を受け入れているようだ。

 この点で、「教会における性的虐待のスキャンダル」は、彼らの80%にとって自分の旅路に決定的な影響を及ぼしてはいないが、これは彼らにとって「この問題が重要ではない」という意味ではない。

 教会に入ったばかりの彼らは、むしろ前向きな批判と展望を表明している。回答者の4分の3が 「教会は軽蔑されている。もっと自らを守るべきだ 」と考えており、59%が「他の宗教に比べて教会の自己主張が足りない」と考えている。

 「世俗化が進み、若い世代が信仰する宗教がイスラム教に傾きがちな社会で、カトリックは、他の社会とは一線を画す宗教的強度の必要性を中心に再構築されつつあります」と、ヤン・レゾン・デュ・クルジウは言う。「少数派は、望むと望まざるとにかかわらず、”カウンター・カルチャー”となり、カトリシズムは、異なる人生、より意味のある人生の探求に応えるリソースとなるのです」。

 しかし、古い掟を破るこの世代は、キリスト教的生活の未来にも寛大な目を向けている。彼らの多くは、「善を行いたい」、「慈愛の使徒になりたい 」と願っている。身近な連帯や国際的な連帯の問題は、福音宣教や教理講座、さらには夫婦生活や性道徳の問題をわずかに上回っている。彼らが教会で完全に歓迎されるようにするためには、教会に通う”常連信者”が必要なのだ。

 

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

(注:LA CROIX internationalは、1883年に創刊された世界的に権威のある独立系のカトリック日刊紙LA CROIXのオンライン版。急激に変化する世界と教会の動きを適切な報道と解説で追い続けていることに定評があります。「カトリック・あい」は翻訳・転載の許可を得て、逐次、掲載していきます。原文はhttps://international.la-croix.comでご覧になれます。
LA CROIX international is the premier online Catholic daily providing unique quality content about topics that matter in the world such as politics, society, religion, culture, education and ethics. for post-Vatican II Catholics and those who are passionate about how the living Christian tradition engages, shapes and makes sense of the burning issues of the day in our rapidly changing world. Inspired by the reforming vision of the Second Vatican Council, LCI offers news, commentary and analysis on the Church in the World and the world of the Church. LA CROIX is Europe’s pre-eminent Catholic daily providing quality journalism on world events, politics, science, culture, technology, economy and much more. La CROIX which first appeared as a daily newspaper in 1883 is a highly respected and world leading, independent Catholic daily.
2025年4月18日

・「ニケア信条はキリスト教のアイデンティティの表現」国際神学委員会、ニケア公会議1700周年で文書発表

Representation of the Council of NiceaRepresentation of the Council of Nicea 

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二 )

2025年4月4日

(評論)トランプの「アメリカ・ファースト」が米国と世界のカトリック教会に与える深刻な影響(LaCroix)

(2025.3.27 La Croix  MassimoFaggioli)

 近い将来、特にドナルド・トランプ第2代大統領の任期中に米国がどうなるのか、誰にも分からない。 しかし、トランプ政権が組織的な政府機関の縮小、場合によっては解体を通じて、国の方向性を根本的に変えようとしていることについては、ほとんど疑いの余地がない。 大学への”攻撃”は、トランプの政策課題が政府機関など公的機関の役割の再定義にとどまらないことを示している。

 MAGA(Make America Great Again=米国を再び偉大な国に)に全米を”同期”させながら、「法の支配」 と「三権分立」を無視するトランプ政権のこの威圧的な姿勢は、この国のカトリック教会に影響を与えずにはおかない。米国の雑誌とのインタビューで、バチカン国務省のギャラガー外務局長は、「米政府の対外援助機関、USAID廃止方針は、米国の対外援助からの撤退という形で、その深刻な影響を全世界が目の当たりにしている」と強く批判した。

 トランプ政権の移民政策と行動は、学生、聖職者、修道会の会員がビザを取得するのを難しくすることによって、米国を世界から孤立した国、孤立した教会にしようとしている。こうした政策が生み出す不確実性は、他国との人の交流を難しくすることになろう。そして、世界のカトリック教会との交流を減らし、米国のカトリック教会と信者が米国内外で司牧活動を行う能力を低下させるかもしれない。

 米国とバチカンの外交関係への影響だが、特に2025年2月10日に教皇フランシスコが米国の司教団に宛てた前例のない書簡をきっかけに、トランプ政権下でバチカンとの外交関係がどのような形になるか注目される。米欧間に生じつつある大きな乖離は、バチカンにも影響を与えるだろう。

 英Financial Timesのアソシエイト・エディター、ウォルフガング・ミュンシャウは「バンス副大統領は、欧州人が過小評価するような米国人だ」と書いている。 ヨーロッパのカトリックの中には、バンスのような”新しいタイプ”の米国のカトリックを過小評価する傾向がある。

 世界中のカトリック信者は、米国の教会に起きていることを懸念すべきだ。それは自分たちの地域の教会にも影響を与える可能性が高いからだ。

 トランプ大統領の私邸、マー・ア・ラーゴで開かれた「Catholics for Catholics」への招待客リストを見ると、一部の司教や米国カトリックの方向性を形成する主要人物の消極的な無関心を通して、ナショナリストの一派がいかに常態化しているかが分かる。 こうしたカトリック信者の中には、例えば教育に関するトランプ政権の政策に、明らかに同調する者もいる。今、米国のカトリック右派は、「この国を神と教会に返すために、左派と世俗主義者の手から取り戻す」という物語をトランプ政権に提供している。 保守的なカトリックを支持するカリフォルニアの弁護士兼実業家のティム・ブッシュ氏は、3月初め、トランプ政権を「これまで見た中で最もキリスト教的」と宣言するエッセイを発表した。

 トランプ大統領は、「二国間や多国間レベルでの国家間のルールや対話のない、一極集中の世界」という夢を国民に売り込もうとしている。 このような世界観は、聖座のそれとは正反対である。 トランプ政権は、カトリック団体がグローバルに活動を展開する能力に影響を与えるだけでなく、米国のカトリック精神を大きく変容させる可能性がある。 「アメリカ・ファースト」は「アメリカだけ」になる危険性があり、その現実は米国のカトリック教会にも及ぶかもしれない。 「アメリカ・ファースト」はまた、米国のカトリックが「アメリカン・ドリーム」の虜になることを意味する。

 トランプ支持の信者の多くは、教皇フランシスコとの距離を「自分は、ヨハネ・パウロ2世カトリックだ」と表現している。 1978年、”鉄のカーテン”の向こうの枢機卿が教皇が選出されたことは、東欧を共産主義から解放することに貢献したが、その裏返しとして、カトリック教会が”西側の大義”に寄り添いすぎる危険性をはらんでいた。

 しかし、これは決してバチカンが米国の社会モデルを無批判に受け入れることを意味しない。 「アメリカ・ファースト」のイデオロギーは、米国のカトリシズムの普遍性を腐敗させ、カトリックの社会的伝統とトランプ主義が米国に強要しようとしている政府、社会、教会の考え方の違いを否定する「パラ宗教」プロジェクトでもある。

 連邦政府の役割に関するこのトランプ的理解は、ジャコバンの特徴として、米国の教会を含むカトリック教会と深く対立している。 バチカンの外交官として長い経験を持つある高位聖職者が最近私に語ったように、今アメリカで起きていることはキューバを思い起こさせる。

 バンス副大統領は2月14日のミュンヘン演説を次のように締めくくった— 「教皇ヨハネ・パウロ2世は、この大陸における民主主義の最も偉大な擁護者の一人であると私は考えている。 私たちは、たとえ国民が指導者の意見に反対する意見を表明したとしても、恐れるべきではないのです」。

 1995年の訪米時の説教の中で、ヨハネ・パウロ二世は、このように問いかけられた—「現在の米国は、貧しい人、弱い人、見知らぬ人、困っている人に対する感受性や思いやりを失いつつあるのでしょうか? そうではありません!」。

 今日、以前と同様、米国は”もてなしの社会”、歓迎する文化であるよう求められている。 もし米国が自らに反旗を翻すとしたら、それは “米国の経験 “の本質を構成するものの終わりの始まりではないだろうか。 今度、カトリック信者である米国の副大統領がヨハネ・パウロ二世の言葉を引用するときには、このことを考える必要があるだろう。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

(注:LA CROIX internationalは、1883年に創刊された世界的に権威のある独立系のカトリック日刊紙LA CROIXのオンライン版。急激に変化する世界と教会の動きを適切な報道と解説で追い続けていることに定評があります。「カトリック・あい」は翻訳・転載の許可を得て、逐次、掲載していきます。原文はhttps://international.la-croix.comでご覧になれます。
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2025年3月29日

(評論)38日にわたる入院中も、そして今も、教皇は指導力を保ち続けておられる(Vatican News)

(2025.3.27  Vatican News  Salvatore Cernuzio)

 38日の入院、そしてその後も治療を続けておられる中でも、教皇フランシスコは、教会を導き、平和を訴え続けておられる。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的大感染の最中と同様に、40件以上の重要な人事をなさり、(”シノドスの道”の仕上げとなる)2028年の教会会議へのプロセスに着手され、平和を求める数多くの呼びかけをされた。

 5年前の3月27日、教皇はコロナ大感染で世界がロックダウンされる中、照明と警報音だけで誰もいない聖ペトロ広場で、一人祈られた。「私たちは皆、同じ舟に乗っています」と言われた。今日、教皇はご自身がその時と同じ立場に置かれていることに気づかれる。重度の肺炎で38日間の入院の後、現在はサンタ・マルタ館の自室で療養中である。世界の危機は、コロナの大感染が終息した後も、戦争、再軍拡、そして貧困拡大と続いているが、教皇のメッセージの核心は変わらない—「私たちは皆、この(危機的な)状況を共に生きている」だ。

 

 

*入院先から教会を導く

 

 身体的危機を脱した後も、教皇は教会が直面する課題について指針を示し続けられた。ジェメリ病院での治療中も、世界的な紛争に目を光らせ、主日の正午の祈りで、ウクライナ、イスラエル、パレスチナ、中東、ミャンマー、コンゴ民主共和国、スーダンで続いている戦争の不条理を糾弾し、平和の実現を一貫して訴えられた。ガザ地区でのイスラエルの大爆撃、支援物資の搬入阻止を非難し、即時停戦を求められ、関係国に行動を促された。

 病室で執筆された、イタリアの新聞『コリエーレ・デラ・セラ』へのメッセージで、教皇は「言葉の力」を取り上げ、それが「団結をもたらすこともあれば、分裂をもたらすこともあります」と警告。「私たちは、言葉の力を弱めて、心を和らげ、地球を和らげなければなりません」と訴え、(ロシアの一方的なウクライナ侵略を契機に始まった)欧州各国における軍拡の動きを批判するとともに、新たな外交の必要性を強調された。

*教会の運営にも積極的に関わり、先導された

 肺炎の治療中も教皇は、教会の運営に積極的に関わられた。38日間の入院中、44件の面会を行い、その中には新任の司教、教皇大使、バチカンの高官などとの面会もあった。また、バチカンが推進する事業や計画を支援することを目的とした「聖座への寄付促進委員会」の設立など、重要な文書への署名もされた。

 そして、”シノドス(共働性)の道”の歩みをさらに進めるために、昨年10月の世界代表司教会議(シノドス)第18回総会の最終文書をもとにした、今後3年間の世界の全教会での具体的な取り組みを受けて、2028年に教会会議を招集することを決定された。

*精神と行動で「存在」を示し続けておられる

 

 ご自身の病気や世界的な混乱の中にあっても、教皇は教会にとって安定した指導的な存在であり続けておられる。物理的にバチカンから離れておられても、彼の指導力は揺らぐことがなかった。離れておられても、教皇は決して真に「不在」ではなく、常に精神と行動において「存在」を示し続けておられるのだ。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2025年3月28日

(評論)弱々しく、苦しむ教皇フランシスコが私たちに思い起こさせたものは…(LaCroix)

(2025.3.24 La Croix  Senior Editor  Loup Besmond de Senneville)

 (プーチン、習近平、そしてトランプと)世界が強権的な支配に傾くなか、”か弱い”教皇フランシスコが帰ってきた。弱さ、思いやり、そして苦しむ人々との連帯に根ざしたリーダーシップについて、静かだが、力強い証言をしておられる。

 38日間のジェメッリ病院での入院生活を終えられた教皇は23日、退院され、バチカンに戻られた。 今や”有名”になった白いフィアット500に乗り込む直前、病院のバルコニーから、中庭に集まった数多くの信者たちに挨拶された。

 その場にいた人々、そして生中継を見ていた多くの人々が、明らかに疲れ切った教皇の姿を見た。顔は引きつり、かろうじて聞き取れる声で語られ、信者たちを祝福するために腕を上げるのに苦労されていた。 しかし、教皇は、ご自分の弱さを隠そうとはされなかった。88歳という高齢の彼が、教皇職の新たな段階に入ったことは間違いない。

 ドナルド・トランプ、ウラジーミル・プーチンといった人物の強権政治にますます引き込まれる世界において、カトリック教会は今、苦悩する教皇に導かれている。 世界中のキリスト教徒が復活祭に備える四旬節の最中に、教皇はこれまでとは異なる種類のメッセージを伝えようとしておられるのかもしれない。

 事前に用意された正午の祈りのメッセージでイスラエルによる大規模なガザ空爆の中止を訴え、弱々しい声と不安定な手つきで信者に挨拶された教皇は、世界で最も弱い立場にある人々の苦しみに寄り添う、従来とは別の形のリーダーシップが可能だということを、世界中の多くの人に思い起こさせる役割を果たされたのだった。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

(注:LA CROIX internationalは、1883年に創刊された世界的に権威のある独立系のカトリック日刊紙LA CROIXのオンライン版。急激に変化する世界と教会の動きを適切な報道と解説で追い続けていることに定評があります。「カトリック・あい」は翻訳・転載の許可を得て、逐次、掲載していきます。原文はhttps://international.la-croix.comでご覧になれます。
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2025年3月25日

(評論)ローマで教皇退位の可能性をめぐる憶測が再燃(La Croix)

(2025.3.8  La Croix  Anna Kurian=Agence I.Media)

 教皇フランシスコが2月14日からローマのジェメリ総合病院で治療を受けているが、四旬節に入った”永遠の都”では教皇の退任の可能性をめぐる憶測が再燃している。

 教皇は、自身の司牧はad vitamつまり終身である、と繰り返し述べる一方、前教皇ベネディクト16世の前例に従い、(体調など条件次第で)退任する可能性があることも示唆してきた。アルゼンチン出身の教皇は、ローマの年老いた司祭のための施設での生活や、サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂での告解司祭としての奉仕を想像しながら、自身の引退について、長年にわたって思いを巡らせてきた。だが、 これまでは、それは仮説の域を出ず、教皇自身も常に退任する理由はない、と語って来た。

*「教皇が退任を表明しても、誰も驚かないだろう」

 

 しかし、退院予定日も定まらない長期の入院が続く中で、この問題が再び浮上した。「今は”待機期間”。教皇が退任を表明されても、誰も驚かないでしょう」とバチカン内部のある関係者は語った。この話題に関する会話は開かれつつあるようだ。イタリアのジャンフランコ・ラヴァーシ枢機卿を含む一部の枢機卿は、退任の可能性について報道機関に示唆している。バチカン国務長官のピエトロ・パロリン枢機卿は、そのような話は「無益な憶測」だ、と一蹴しているが、水面下では、次期コンクラーベについて考え始めた者もいる。バチカン専門家の話では、「慎重に」対応されているという

*教皇の職務継続に懸念材料も、ヨハネ・パウロ二世教皇の前例

 

 だが、懸念材料もある。「病状は長引いている。もし回復したとしても、本来の職務を再開できるだろうか?まったく不透明だ」。英語圏のあるバチカン・アナリストは「ヨハネ・パウロ2世の最後の数年間に戻りたいと望む人は誰もいない」という見方が強まっている、と指摘した。ヨハネ・パウロ二世教皇の場合、亡くなる前の数か月における健康状態の悪化が教会の統治に影響を与えている、と一部の関係者は受け止めるようになった。

 8日までのバチカン報道官室の発表も、教皇の現在の容態は依然として「複雑」であり、長期的な予後も不明、と説明しているが、フランシスコの伝記作家であるオースティン・イべレイは「彼は、自分が弱く、か弱い教皇であっても構わないことを示唆している。車椅子の教皇でも、定期的に病気になる教皇でも構わないのだ」と語る。

 教皇は、前教皇に倣って“退任の伝統”を築いてはならない、という責任も感じているかもしれない。退任が日常的になれば、「将来の教皇が年を取るにつれ、それが退任を促すプレッシャーとなる」可能性があるが、イベレイは「長期にわたる退行性または衰弱性の疾患により、教皇としての職務を完全に遂行できなくなった場合は、退任を検討する、とも語っておられる」とも言う。

*教会法では、退任はあくまで「本人の自由意志」としているが

 教会法では、教皇の退任は本人の自由意志によるもので、正式に宣言された場合にのみ有効となる。教会法の専門家は「退任は教皇個人の決断でなされるもので、誰も強制できない」と強調している。これは微妙な問題を提起する—教皇が退任すべき時を見極める能力だ。専門家は「教皇が決定を下すことができない場合はどうなるのか? もし統治能力が欠如しているにもかかわらず、退任を拒否した場合はどうなるのか?」と問いかける。

 教会法は、教皇の職務が「完全に妨げられている」状況について言及している(第335条)。しかし、これは依然として法的に”灰色の領域”であり、特に教皇が意思を伝えたり表明したりできない場合においては、その状態が続くことになる。教皇フランシスコは、このような事態を想定され、2013年に体調不良により教皇としての職務を継続できなくなった場合に備えて辞任願に署名したことを明らかにしたことがあるが、この辞任願の詳細は明らかになっていない。

 

*病床から聖人認定の会議を招集されたが、日程は未定のまま

 

 このような不確実性の中で、ある発表がさらなる憶測を呼んでいる。ジェメリ病院の病室から、教皇フランシスコが聖人認定のための会議を招集されたが、具体的な会議の日程は明示されなかった。枢機卿会議は、枢機卿と教皇による公式会議であり、ベネディクト16世は枢機卿会議を招集した際に退位を表眼され、即座に退任日を定められた。

 教皇フランシスコは、選択肢を残しているのだろうか?もし彼が退位を検討しているのなら、それを実現するための下準備をしているだろう、というのがイベレイの観測だが、彼はまたこう言う―「しかし、それは彼が実際にそうするということではない。彼は単に可能性を留保しているだけだ」

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

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2025年3月9日

(評論)なぜトランプが、ホワイトハウスで「灰の水曜日」のミサを再開したのか?(La Croix)

(2025.3.7 La Croix  Youna Rivallain)

   四旬節が始まった3月5日、ホワイトハウスで大統領官邸のスタッフを対象とした灰の水曜日のミサが行われた。 トランプ米大統領がプロテスタントでありながら、カトリック信者に送った新たなシグナルだ。

*カトリック信者たちにトランプが送った新たな”シグナル”?

 

 ホワイトハウスのウエブサイトには、ミサはホワイトハウスの別棟にある「インディアン・トリート・ルーム」で5日午前8時30分から行われことが知らされた。「(カトリックの信仰を)実践しているすべての信者が出席するよう招待されている」と。これには、トランプ大統領とメラニア夫人のメッセージも添えられていた―「この灰の水曜日に、私たちは四旬節の聖なる季節を迎える何千万人ものアメリカのカトリック教徒やその他のキリスト教徒と共に祈りを捧げます」。

 この数時間後には、(カトリック信徒の)ルビオ米国務長官が額に灰の十字架を印したまま『フォックス・ニュース』のインタビューに登場し、バンス副大統領はテキサスとメキシコの国境への国賓訪問から戻る際、額に灰十字を受けたところを写真に撮られた。

 ホワイトハウスではトランプが初めて大統領に就任した後、2018年に初のミサが行われ、 約100人の職員が参加した。 その後も、2週間に1度、ミサを続けたとトランプ大統領の1期目に行政管理予算局長を務めたミック・マルバニー氏は述べている。ウォール・ストリート・ジャーナルの昨年の記事で、彼は「ミサは2020年まで続いたが、(カトリック教徒の)バイデン氏が大統領職を引き継いだ時、彼のチームにホワイトハウスでのミサを続けるよう勧めたが、彼らはそうしなかった」という。

 トゥーロン大学のマリー・ゲイト=ルブラン准教授(アメリカ文明学)は「これは、トランプがカトリック信者に対して行った、より広範なジェスチャーのパターンの一部です」と言う。 昨年の大統領選挙期間中、トランプは、米国人の約20%を占め、伝統的に主に民主党候補に投票してきたアメリカのカトリック教徒を何度も口説いた。「トランプは、『カトリック教徒が、(米国では)最も迫害されてきたキリスト教徒であり、特に、バンス氏を歴史上最も”反カトリック “だ、と批判したバイデン政権によって、迫害された』と主張していた』と説明。

 さらに、選挙中、トランプは、「大天使聖ミカエルへの祈りをソーシャルメディアに投稿し、いくつかの集会では万歳三唱を流した。 長老派プロテスタントの家庭で育ったトランプは、2020年以降、自らを『超教派のクリスチャン』と表現しているが、これは米国では福音派とほぼ同義だ」と述べている。そして、この戦略が功を奏し、大統領選ではカトリックの白人有権者がトランプを支持し、ラテン系カトリック信者の民主党票を大きく減らした、という。

 

*カトリック信徒の閣僚たちに”囲まれ”ているが、司教団は「移民問題」でトランプ批判

 しかし、トランプ政権2期目の幕開けは、特に同政権の非常に厳しい移民政策をめぐり、トランプ政権と米国カトリック司教団との間に公然たる危機が生じた。 2月18日、米国カトリック司教協議会(USCCB)は、米国政府との長年の協力案件である移民支援プログラムへの資金提供が突然停止されたことについて、トランプ政権を強く批判した。

 司教団の大多数が保守的で、特に家族政策と人工中絶問題ではトランプ大統領と同意見でありながら、移民政策では反対の立場をとったことから、微妙な立場だ。

 トランプ政権では、カトリック教徒の割合が非常に高い。副大統領、入国管理局長、労働長官、運輸長官、国務長官、教育長官、CIA長官などなど、「トランプはカトリック教徒に囲まれている』と言ってもいいのだが。

 自身がプロテスタントであるにもかかわらず、四旬節、さらには「灰の水曜日」を重視するのも、そのためだ。トランプを支持する福音派では、四旬節は「社会的慣習」として守られるものではなく、各自が自分の信念に従って、イースターの準備期間として自由に過ごすものだ。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

(注:LA CROIX internationalは、1883年に創刊された世界的に権威のある独立系のカトリック日刊紙LA CROIXのオンライン版。急激に変化する世界と教会の動きを適切な報道と解説で追い続けていることに定評があります。「カトリック・あい」は翻訳・転載の許可を得て、逐次、掲載していきます。原文はhttps://international.la-croix.comでご覧になれます。
LA CROIX international is the premier online Catholic daily providing unique quality content about topics that matter in the world such as politics, society, religion, culture, education and ethics. for post-Vatican II Catholics and those who are passionate about how the living Christian tradition engages, shapes and makes sense of the burning issues of the day in our rapidly changing world. Inspired by the reforming vision of the Second Vatican Council, LCI offers news, commentary and analysis on the Church in the World and the world of the Church. LA CROIX is Europe’s pre-eminent Catholic daily providing quality journalism on world events, politics, science, culture, technology, economy and much more. La CROIX which first appeared as a daily newspaper in 1883 is a highly respected and world leading, independent Catholic daily.
2025年3月8日

(評論)トランプ政権下での道徳的・政治的混乱、米国のカトリック教会はどうするのか?(La Croix)

(2025.3.5 La Croix   J.P. Grayland)J. P. Grayland, a priest of the Catholic Diocese of Palmerston North (New Zealand), currently visit

 米国がトランプ新政権下で道徳的・政治的混乱に直面する中で、カトリック教会の対応はますます厳しく精査されるようになっている。

 教会の指導者たちはキリストの価値観を擁護しているのか、それとも分裂した社会を反映しているだけなのか?仮に米政府と国民の道徳的崩壊を目撃しているのだとしたら、カトリック教会は一体全体どうなっているのか?全米司教協議会が米国そのものと同様に深刻な分裂状態にあることは以前から知られていたが、政府と同様に機能不全に陥っているのだろうか?

 新保守主義者の宗教的アジェンダは数十年にわたって拡大し続け、MAGA(アメリカを再び偉大に)運動と同様に、「イエスは白人であり、中流階級で、英語を話し、マクドナルドを食べていた」という幻想に基づいている。

 カトリック教会と司教協議会における新保守主義者の状態は、共和党と民主党の政治的分裂を反映しているように見える。同様に、右派の道徳的破綻と左派の道徳的憤理(いきどおり)も反映している。

 一方、米国の貧困層は、医療、住宅、教育への適切なアクセスを欠いている。同様に、トランプ政権による対外援助予算の大幅削減が米国国際開発庁(USAID)に影響を及ぼしたことで、この支援に頼っていた多くの人々が路頭に迷うことになった。

*どの司祭がバンス氏にカトリックの教えを伝え、洗礼を授けたのか?

 

 教皇フランシスコが、トランプ政権の バンス米副大統領の「キリスト教の愛」への誤解を正そうとする書簡を発表したのは、時宜を得たものだった。このことは、ラテンアメリカ出身の世界の指導者の一人が、米国とその権力行使を恐れていないことを示している。また、洗礼を受けた兄弟の神学が誤っており、キリスト教の基本的な教義に対する理解のためにさらなる教理教育を必要としている場合には、それを正す用意があることも示している。

 ここで疑問が生じる。バンス氏をカトリック教会に入らせたのは誰なのか、そして、自分がキリスト教徒であることとキリスト教徒になることの違いを学ぶように彼を導くべきなのは誰なのか?

 教皇フランシスコの書簡は、政治の世界で、「キリスト教徒」であることと「カトリック教徒」であることの名目と実践の狭間で苦悩するルビオ米国務長官(もともとカトリック教徒だったルビオ家は、ラスベガス在住時に末日聖徒イエス・キリスト教会(モルモン教)の教会に通い、その洗礼を受けたが、1984年に家族全員が再びカトリックに戻っている)にとっても、生きた教訓となるだろう。真実を認め、それを公に認める勇気を持つ、という地雷原を歩むような交渉をする中で。おそらく、彼の魂を救うためには、彼が辞任する時が来たのかもしれない。

 

 

*バンス、ルビオ両氏とも、キリストの価値観を支持しないならいつでも教会から去れる

 

 カトリック教徒であるバンスとルビオは、政党や個人的な思惑よりも、世界的な舞台でより大きな存在感を放っている。彼らは、国内の有権者や国際社会に対して、米国のカトリック教徒を『代表」しているのだ。キリスト教徒として、またカトリック教徒として、等しく語る必要がある。イエスの価値観を伝え、神の聖霊の賜物と実りを生きるのだ。そうでなければ、彼らの意思決定、声明、真理の理解を導く優先事項を公に宣言すべきである。

 もしこの2人がキリストの価値観を支持したくないのであれば、神の「口から吐き出される」ことを避けるために洗礼の誓いを守る能力も意思もないのであれば、正式な手続きによって教会を去ることもできる。あるいは、5日から始まった四旬節の間に悔い改め、確固たる信念を持って、これまでの生き方とは異なる生き方を誓うこともできる。

*米国のカトリック司教団は歴史の正しい側に立てるのか?

 

 同様に、米国のカトリック司教団も、今、展開しているドラマにおける自分たちの立場を考え、ドラマが終わった時に、司教団として、また個人として「歴史の正しい側」に立つために何が必要か、を考える必要がある。

 私が彼らに対して抱いている懸念は、20世紀にチリ、スペイン、イタリア、クロアチア、ハンガリー、ドイツ、ロシアのファシスト政権に加担したカトリックの高位聖職者たちと同様に、彼らもまた「行動が遅すぎた」「行動があまりにも不十分だった」「共犯者だった」などと非難されるのではないか、ということだ。非難されたのは、自己の利益と経済的な安定を守るために行動したからだった。

 米国の司教たちは、展開するドラマにおける自分たちの立場を考慮し、この出来事が終わった後、会議や個人として『歴史の正しい側』と見なされるために何が必要かを考える必要がある。」

 右派ファシズムへのバンスの支持は、先月開かれたミュンヘン安全保障会議での演説や、ドイツの極右政党の政治指導者との会談(この政党は、ドイツ国籍を持つ者も含め、非ドイツ系住民の国外追放を望んでいる)から見て、疑いの余地はない。

 バンスの霊的指導者であり司教である人物は、今どこにいるのだろうか? 司教たちは、女性の選択の権利に関する立場についてバイデン大統領を厳しく追及したように、なぜバンスを厳しく追及しないのだろうか? ダブルスタンダード(相手によって価値判断や基準を変えるご都合主義)ではないか?

 右派カトリック信者によるトランプ米大統領の神格化について、私たちは「新しい使徒的刷新」の浸透を目にしている。この運動は、神(ユダヤ・キリスト教の神であり、イスラム教やヒンドゥー教の神ではない)がこの人物を、世界に救いをもたらす預言者として選んだと主張している。この見解によると、トランプ氏は新しい救世主であり、バンス氏とルビオ氏は、リンゼイ・グラハム上院議員らとともに、その”使徒”だ。

 「新しい使徒的刷新」では、トランプ大統領に反対する者は米国政府と「アメリカ国民」に反対していることになる、としている。カナダ人、メキシコ人、コロンビア人などは、彼らは含まれない。

 トランプ氏を取り巻く神聖な使命を、就任式のようなグロテスクなキリスト教の表現によって正当化することは偶像崇拝である。司教、神学者、どこにいるのか?

 分裂した米国カトリック教会は、その政治的責任に直面しなければならない。ミサに集まり、聖体拝領を受ける前に、司教も司祭も含めて信者たちは自らの良心を究明しなければならない。「飢えた人から食べ物を奪い、ホームレスを路上に追いやり、未亡人や子供、孤児から経済的支援を奪った場合、私はどのような権利で聖体拝領を受けるのか?」「もしあなたがこれらすべてを行ったのであれば、主の体と血を受けるにふさわしいのか、それとも、自らの非難を飲み食いしているのか?」と。

 

 

*分裂した米国のカトリック教会は、その責任と向き合わねばならない

 

 「当時はそれでよかったが、今は違う」「私たちは自国を守らなければならない」「彼らはただ乗りしている」というような反抗的な意見を耳にする時、イエスが説教を説いたのは、マンハッタンのアッパー・ウェストサイドの快適なアパートや、ボンダイビーチのアイスクリームカフェではなかったことを思い出してほしい。

 イエスは、ローマ帝国の占領下にあったパレスチナで、キリスト教徒の倫理的な生き方の道徳的基盤を説いた。そこは、権威主義的な軍事大国が自由を弾圧し、宗教指導者を操っていた場所だった。これらの指導者たちは、エジプトで苦難を経験し、真の預言者に導かれて約束の地に導かれた先祖の伝統を守ることよりも、敬虔さを外見で示すことのほうに関心があった。

 過激化した「キリスト教徒」は、一般的に「イエスを物語から排除した、偽りのキリスト教」を説いている。このような敵対的な文化の中で、山上の垂訓を説き、実践することは危険を伴う。しかし、洗礼の水を受ける時、私たちは皆、その危険を承知の上でそうするのだ。

(J. P. Graylandは、ヴュルツブルク大学(ドイツ)の典礼学部の講師である。パーマストン・ノース(ニュージーランド)のカトリック教区の司祭であり、最新の著書に『カトリック教徒。世俗的文脈における祈り、信仰、多様性』(Te Hepara Pai, 2020)がある

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二=聖書の邦訳は「聖書協会・共同訳」による)

(注:LA CROIX internationalは、1883年に創刊された世界的に権威のある独立系のカトリック日刊紙LA CROIXのオンライン版。急激に変化する世界と教会の動きを適切な報道と解説で追い続けていることに定評があります。「カトリック・あい」は翻訳・転載の許可を得て、逐次、掲載していきます。原文はhttps://international.la-croix.comでご覧になれます。
LA CROIX international is the premier online Catholic daily providing unique quality content about topics that matter in the world such as politics, society, religion, culture, education and ethics. for post-Vatican II Catholics and those who are passionate about how the living Christian tradition engages, shapes and makes sense of the burning issues of the day in our rapidly changing world. Inspired by the reforming vision of the Second Vatican Council, LCI offers news, commentary and analysis on the Church in the World and the world of the Church. LA CROIX is Europe’s pre-eminent Catholic daily providing quality journalism on world events, politics, science, culture, technology, economy and much more. La CROIX which first appeared as a daily newspaper in 1883 is a highly respected and world leading, independent Catholic daily.
2025年3月6日

・「第二次大戦終結と国連創設80周年、持続的な世界と平和の実現は、我々全員の努力にかかっている」世界主要の研究機関代表と政治指導者が「東京会議宣言」

(2025.3.5 カトリック・あい)

 世界の主要国の研究機関や国際機関、政府の代表30人が参加する、「東京会議}(言論NPO主催、読売新聞後援)が4日、2日間の議論を踏まえ、現在の世界の危機とそれに立ち向かう方策を盛り込んだ「東京会議宣言」を発表した。

言論NPOが発表した宣言の全文は以下の通り。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  私たちは3⽉3⽇からの2⽇間、「東京会議2025」を開催した。東京での今年の議論に参加したのは、アメリカ、イギリス、イタリア、カナダ、ドイツ、フランス、⽇本のG7の国にインド、インドネシア、ブラジルを加えた世界10カ国のシンクタンク代表に、国連や国際機関の関係者、世界各国の要⼈を併せた30名である。
今年、世界は第⼆次世界⼤戦の終結と国連創設の80周年を迎えている。だが、この歴史の節⽬の年、私たちの「東京会議」に突き付けられた課題はこの会議が8年前に始まって以来、最も重く深刻なものである。
2年前、私たちは現在の世界の「本当の危機」は、世界の困難に世界が⼒を合わせていないことだとし、今がまさに世界の対⽴をこれ以上悪化させず、世界の課題で多くの国が⼒を合わせる、その局⾯だと訴えた。
この会議が、「国際協調」の旗を⼀貫として⾼く掲げるのは、世界は⼒を合わせることでしか、持続的な世界の未来を描けないからである。国連は昨年9⽉の「未来サミット」で未来に向けた協定を加盟国間で合意している。安保理改⾰も含めたグローバルガバナンスの⽴て直しを国連が提起したのは、国連の80周年に国際社会の⾏動を期待したためである。

 ところが、今年、世界で始まったのは改⾰ではなく、むしろ逆の動きである。世界では、多国間主義や国連など国際組織の価値を認めない⼤国が、⾃国利益を優先する⽴場から⾏動し、守るべき⺠主主義の価値を巡り、戦後の世界を主導した⽶国と欧州の間で対⽴も始まっている。

 私たちは課題解決に向けた⼤国のイニシアチブと役割を否定するものではない。しかし、仮にその解決が⼤国の取引だけに委ねられるとしたら、国際社会の今後のあり⽅を変えてしまいかねない。それが私たちの懸念なのである。戦後、私たちが⽬指したのは「多国間主義」や国際紛争の解決に不可⽋な「法の⽀配」に基づく世界である。それをこれからも貫けるのか、それこそが、今年、私たちが取り組んだアジェンダなのである。

 この⼆⽇間の議論で私たちはこの課題を様々な⾓度から議論した。確認したことは⼆つである。

 第⼀は、歴史の逆⾏は認めるわけにはいかない、ということである。戦後の世界の仕組みは、1930年代の世界経済の分断と、あの⼤戦への多くの犠牲の上に築き上げたものだが、戦争の解決に対して国連は機能不全であり、戦後経済を⽀えた⾃由で開放的な経済も今では存在しない。この80年、急速に変化する世界が求める改⾰を国際社会が考えないこと⾃体が異例なのである。

 第⼆に、今ほど、「法の⽀配」や「多国間主義」を守り抜くために世界の「結束」が必要な時はない、ということである。⽇本の岸⽥前⾸相もこの会議で提起したが、G7が結束するだけでは多国間主義を守ることは難しい。その輪は、グローバル・サウスも含む新興国や発展途上国にも広げられなければならない。

 世界にはG7に対するBRICSの競争が存在する。双⽅に分かれて参加する私たち10カ国のシンクタンクが、多国間主義を守るためこの対話の場に集まるのはその先駆けである。世界の危機に世界はこれまで以上に⼒を合わせるべきであり、対⽴は乗り越えるべきである。こうした問題意識から、私たちは以下の4点の⾏動に焦点をあてた。

 まず、第⼀に国連が有効に機能していない現実を受け⽌めることから⾏動を始めるべきだ、ということである。私たちが会議前、この⽇本の専⾨家やこの会議の参加者に対するアンケートでも、国連はすでに機能せず、国連を軸とした「多国間主義」に基づく世界が壊れ始めていると回答する⼈は8割を超えている。
国連の⾏動で世界が動かないのは、⼤国が対⽴する国際政治の現実のパワーゲームによるものだけではない。世界を構成する主要国が、世界の持続的な発展と平和の役割を主導してこなかったからである。私たちは戦後の⾃由世界を⽀えた⽶国にその役割をこれからも期待するものだが、それだけに頼る世界は不安定である。主要国が未来のために主体的に協調できるプラットフォームは国連においても、また、その外においても国際社会の国々が再建しなくてはならず、少なくてもこの会議に集まる10カ国の⺠主主義国は、そのための責任を共有すべきである。

 次に考えたいことは、世界の課題に取り組む多くの国際機関の献⾝的な努⼒を尊重し、機能させることは我々の務めだということである。世界経済は成⻑しなければ、世界の課題に応えられず、投⼊できる資源が有限だということは理解すべきだが、⾃国利益だけを優先する世界がどれだけ危険かは、世界の歴史が教えていることである。私たちが守るべき世界の秩序は、法の⽀配の貫徹と⼈間の尊厳であり、多くの優先された課題に世界が⼒を合わせることである。国際組織のガバナンスは、この⽬的に専⾨的に集中できるように再定義すべきである。

ウクライナの戦争はすでに莫⼤な損失を重ねている。ウクライナの終戦はなんとしても実現すべきだが、問題はその終わらせ⽅にある。この交渉が侵略した側の意⾒に同調するだけで、ウクライナ⾃⾝やヨーロッパの不安に応えないなら、地域の持続的な和平は期待できない。この侵略戦争の今後には世界が関わるべきであり、国連や国際社会の関与を排除すべきではない。これはガザにおける恒久的な停戦と戦後処理も同様である。国際社会はガザの和平プロセスに関与すべきであり、双⽅がガザの将来を決定づける発⾔権を持つべきである。

最後に考えたいのは、「世論」と「輿論」は違うということである。これは、⽇本語の考え⽅だが、SNS空間を活⽤した事実を装ったフェイクなニュースがあふれる中で、この⼆つの国⺠の声に対する考えは、この会議でも共通した理解になっている。世論は、国⺠の感情的な思いに⽀えられる声だが、輿論は、課題解決の意志を持つ声である。国⺠の声はどちらも⼤切だが、この輿論の役割こそ世界の危機の局⾯で⼤事だと考える。

 世界の動向を正しく理解し、その解決を⾃分の問題として考え、それを話し合うことによって、課題解決の意志を持つ声がより強いものとなる。こうした「輿論」の可能性を、この会場はもちろん、世界の多くの⼈と共有することが「東京会議」の役割である。あの⼤戦と国連が創設され80周年、持続的な世界と平和を実現できるかは、われわれ、みんなの努⼒にかかっている。

2025年3月4日 東京会議

 

2025年3月5日

(評論)カトリック教会の”中枢”はジェメッリ病院10階の教皇個室に?(Crux)

 この2週間のカトリック教会の中枢は、もはやバチカン市国の使徒宮殿ではなく、ローマのジェメッリ病院10階の教皇個室にあった。

 教皇は就任当初から、予測不可能で衝動的という評判を得ており、側近や高官を困惑させている。長年にわたる多くのオブザーバーや協力者たちは、このようなスタイルは、たまたまではなく、一人で采配を振るい、他の誰にも屈服したり支配されたりしていないことを明確にする戦略だ、としている。

 要するに、これまでなされ、これからもなされ続けるであろう決定すべてが、フランシスコ自身から直接下されるものであり、フランシスコが何を考えているのか、あるいは次の一手が何なのかを知る 立場にある人物は、いたとしてもごくわずかなのだ。

 このようななさり方は、変性疾患で不自由になり、統治ができなくなったヨハネ・パウロ2世のような過去の教皇職で見られたシナリオを防ぐために考案されたものだ。ヨハネ・パウロ2世の協力者には、長年にわたり職権乱用と汚職の疑惑を取り仕切った国務長官アンジェロ・ソダーノ枢機卿や、個人秘書のスタニスワフ・ジヴィシュ大司教(後に枢機卿)らがいた。ベネディクト16世の場合、辞任前にはバチカンの運営を制御し続けるにはあまりに体が弱くなり、側近、特に国務長官のタルチシオ・ベルトーネ枢機卿に肩入れしていた、と観測筋は語っている。

 教皇フランシスコの場合、当初から彼がすべての重要事項の判断はご自身が行っており、ジェメッリ病院の病床からでさえ、そうされているのだ。バチカン内部ではなく、イタリア政府を通じて、教皇が統治を続けていることを示す明確な例がある。2月19日、入院して1週間近くの教皇は、ジェメッリ病院を個人的に訪問したイタリアのメローニ首相と面会された。首相は、その後の演説で、政府とイタリア国民を代表して、フランシスコの一日も早い回復を祈った。「いつものように冗談を言い合いました。 彼はユーモアのセンスを失っていません」と彼女は語り、記者団に、「教皇は『自分の死を祈っている人々がいる』と冗談を言われる一方で、『主は私をここに残すことを考えておられます』と話されました」と述べていた。

 情報筋によると、通常なら首相の面会を手配するはずのバチカンの担当部局は意図的に無視された。長期入院というデリケートな時期に、政府首脳が教皇に面会を強要するのは、ご本人が面会が望まれているという明確なサインがない限り、ありえることではなく、教皇ご自身が面会を働きかけた、と見方が強い。

 教皇はまた、入院中も重要な人事案件を処理し、重要な書類に署名し続けておられる。バチカンは、入院翌日の2月15日、教皇がシスター、ラファエラ・ペトリーニを3月1日付でバチカン市国総督府長官に任命した、と発表した。教皇が病院から正式に任命されたことれがいかに優先された人事か示すものだった。そして数日後の18日、教皇は、ケベック大司教区に対する被害者集団訴訟の一環として提出された性犯罪者リストに名前が含まれていたベイ・コモー教区のジャン=ピエール・ブレイズ司教のを受理しておられる。

 教皇は、2月22日に呼吸器系の危機で危篤状態に陥った後も、最側近のアドバイザーたちと定期的に会合を持ち、仕事を続けてきた。その危機の後、彼の訪問はより制限されているが、バチカンの財政を一掃し、大赤字を処理する戦いにおけるさらなる動きを含め、彼の承認を必要とする予定や決定は、ほぼ毎日、発表されている。

 バチカンは2月25日、教皇が、聖人への道を歩む複数の人物の列聖を進め、ベネズエラ人信徒福者ジュゼッペ・グレゴリオ・エルナンデス・シスネロスとイタリア人信徒福者バルトロ・ロンゴの列聖日を決定するための聖職者会議を承認した、と発表した。ただし異例なことだが、聖職者会議の日程は発表されなかった。

 国務長官のパロリン枢機卿と、総務局長のパーラ大司教との病院での会見では、日付のない聖体礼儀の開催そのものが承認された。 パロリン枢機卿とパーラ大司教によって承認手続きが行われたことと、聖体礼儀の日程が決まっていないことが相まって、前任の教皇ベネディクト16世が2013年2月11日に行われた列聖日決定のための聖体礼儀で自らの教皇職からの辞任を表明したように、教皇フランシスコも、その場で辞任を表明するのではないか、との憶測が飛び交った。

 教皇がカトリック教会を十分に統治できず、意思決定プロセスを制御できないと感じた場合、辞任されるのではないかという憶測は、以前からあった。フランシスコは、教皇就任当初、500年以上ぶりに辞任したベネディクト16世は「勇気ある」教皇であり、高齢化する教皇に新たな扉を開いた、と語っておられる。最近では、「辞任は考えていないし、するつもりもない」と強調しされていた。

 教皇が今の危機を乗り越えられたとしても、職務を続ける体力、統治能力に疑問があるのは確かだが、最も重要なことは、この決断そのものではなく、即位から12年経った今でも、教皇フランシスコの心境や最終的にどう決断されるのか、誰も断定的なことは言えない、ということだ。

 その意味で、病気にもかかわらず、フランシスコはフランシスコであり続けておられる。これまでで最も深刻な健康危機にもかかわらず、教皇フランシスコは決断を下すのは自分ひとりであることをはっきりと示され、側近たちをも困惑させ続けている。

 それゆえ、教皇の現在のジェメッリ病院滞在は、単に健康を回復するためだけではなく、ご自身の破天荒で “我が道を行く “スタイルを確固としたものにし、誰が糸を引いているのかについて誰もが混乱しないようにすることなのだ。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2025年3月2日

・ロシアのウクライナ侵攻3年ー容認はトランプ米大統領の巨大な道徳的失敗(Bitter Winter)

 (写真右:トランプ第一次政権時代のG-20サミットでのトランプとプーチン。似たような場面がまた見られる?)

 トランプ米大統領は、善と悪の概念を逆転させ、人権、信教の自由、民主主義に壊滅的な打撃を与えた。古いG-20サミットでのトランプとプーチン(クレジット)。似たような画像がまた見られるのでしょうか?

 Bitter Winterは、フェイクニュースを一つも公開したことがないことを誇りに思っている。私たちの意見の一部に同意しないだろう読者でさえ、それを認めている。

 時折、中華人民共和国やロシア連邦などの”ならず者国家”やその同盟国、あるいはプロの「カルト」ハンターからの声から「嘘をついている」と非難されることがある。いくつかのケースでは、彼らは、本質的に同じコインの裏表だ。その批判は、ジャーナリストが「二度与えられるニュース」と呼ぶものだ。

 ならず者国家、彼らの手下、プロの「カルト」ハンターは欺瞞の達人であり、連続した嘘の生産者であるため、彼らがBitter Winterを「嘘」と言うとき、賢明な読者はBitter Winterが事実と評価の両方で完全に正確であることを意味すると受け取るかもしれない。嘘つきがあなたに嘘をつくなら、それはあなたが真実を言っていることを意味するのだ。

 Bitter Winterは、ジャーナリズムやそれ以外の分野でよく見られる、境界を越え、宗教、信念、思想信条の自由と人権を守る、という中核的な使命を放棄することなく、アドリブによる政治評論を支持する誘惑に常に抵抗してきたことを誇りに思っている。

 私たちは、政治についてコメントしたり、特定の政党、人物、政治的側面を支持したりするように見えるときはいつでも、それが純粋に見かけの問題であることを明確にしてきた。私たちの焦点はもっぱら宗教、信念、思想信条の自由と人権を守ることに向けられており、政治的な議論に参加するのは、政治、イデオロギー、イデオクラシーが、その性質に関係なく、これらの本質的な自由を損なう場に限られる。

・・・・・

 2022年2月24日に始まったロシアのウクライナへの血なまぐさい侵攻から3年を迎えるにあたり、ロシアの致命的な侵略が人権に与えた深刻な犠牲、そしてBitter Winterが冒頭から記録してきたように、信教の自由に対する深刻な犠牲を読者に思い起してもらうことが重要だ。

 トランプ米大統領による、ロシアがウクライナに関して行った事実の露骨な歪曲に直面して、私たちは、特にそのような発言が基本的人権と宗教、信念、思想信条の自由に対する一般的な理解と尊重に深く影響を与えることを懸念し、黙っていることはできない。

 Bitter Winterを読んだ人は、署名者の他の著作は言うまでもなく、私たちと私が、憲法の歴史と、米国の一般的な自由、特に宗教や信仰の自由に対する伝統的なコミットメントを深く賞賛していることを知っている。そればかりか、私たちが過去に、ロシア、中国、そして”反カルト”批評家連中から、偏見的に親米的だと非難され(冷戦以来、ロシアと中国に対するあらゆる批判者に対する古典的で安易な非難だが)”CIAの給料をもらっているとさえ非難されてきたことも。私たちが反米的だ、と非難される理由はない。間違いや道徳的な失敗に対してお互いを諭すことは友人の義務の一部のはずだが、残念ながら誰も免疫がないようだ。

 2025年2月18日、フロリダ州マー・ア・ラーゴの私邸で行われたトランプ大統領の記者会見で、さまざまな問題に関する一連の大統領令に署名した後、トランプ大統領は、侵攻を通じて開始したのはロシアだという明確な事実にもかかわらず、「ウクライナが戦争を始めた」と主張した。翌19日には、ウクライナのゼレンスキー大統領が「(トランプは)ロシアが作り出した偽情報のバブルの中で生きている」と述べたのに反論し、ソーシャルメディアを通じて、「ウクライナには民主主義が欠けている」と非難し、ゼレンスキー大統領を「選挙のない独裁者」と呼んだ。

彼が考えを変える前に。そして、2019年にはトランプ大統領とゼレンスキー大統領。クレジット。

 これらは、善と悪の境界線を曖昧にする、馬鹿げた、根拠のない、悪意のある発言だ。さらに悪いことに、彼は本能的に「何が正しくて、何が間違っているのか」を区別できない、あるいはそうする気がないようだ。真実よりも詭弁と虚偽に頼っている。子供でさえ、トランプの主張に容易に反論することができるのに、世界で最も強力な国の指導者がそのような虚偽を広めているという事実は、その道徳的能力に深刻な疑問を投げかけている。

(左:このような場面が再び見られても・・その心の内は)

 ロシアのウクライナ侵略で引き起こされた危機におけるトランプ大統領の役割は、彼が世界の支配者であるからではなく、彼が指示する政策が世界的に大きな影響力を持っているために重要なのだ。

 2月19日、大統領はフロリダ州マイアミビーチで開催されたFuture Investment Initiative Institute Priority Summitでの演説で、ゼレンスキー氏を「控えめに成功したコメディアン」と揶揄し、この発言はカメラに収められ、後に彼のTruthソーシャルアカウントを通じて繰り返された。

 トランプは、自身の映画「ホーム・アローン2:ロスト・イン・ニューヨーク」やテレビ・ショー「アプレンティス」への出演でアカデミー賞を受賞しなかったことを忘れているようだが、彼の発言の背後にある意図は明らかだ。それは、ゼレンスキー大統領の信頼性を損ね、ウクライナ国民の士気をくじくことだ。

 この茶番劇は、低品質のテレビチャンネルで見られる最悪のB級映画の恐怖に似た、気晴らしに過ぎない。本当の問題は、ロシアが主権国家を侵略した国だと認めることを拒否し、プーチン大統領が意のままに民間人を殺害し、何千人もの人々を拷問し、何百万人もの難民を生み出し、インフラや都市を破壊し、核兵器を使用すると脅していることを何とも思わない、という、とてつもない道徳的失敗をトランプが犯していることだ。

 ロシアが、いわれなき戦争を正当化するために、ウクライナ人を「ナチスや悪魔崇拝者」とし、一部のロシアの宗教的最高指導者(その多くがプロの「カルト」ハンターとつながりがある)に支持されていることは、巨大な道徳的崩壊を露呈しているのに、である。

 

 

*自由、透明性、民主主義は常に守られるべきだ

 

 確かに、戦争状態にある国、この場合は超大国に侵略された国が、例外的な危機に対処するために、特定の政治的自由や言論の自由の側面を一時的に制限する必要がある(あるいは、そうせざるを得ない)ケースがあることを認識しないことも、とてつもない道徳的失敗だ。

 戦争、侵略、大量死、破壊の時代に戒厳令を発令し、選挙を延期することは、独裁制ではなく、時には必要なことでもある。トランプ大統領が好む飲み物と言われているダイエットコーラを、マー・ア・ラーゴの大切な友人たちと気軽に飲むのは、爆撃されたマリウポリの廃墟できれいな水を必死に探すのとは違う。これを理解しないことは、とてつもない道徳的失敗だ。

 ゼレンスキーは2019年4月21日にウクライナの大統領に選出された。彼を最初に祝福したのはトランプ大統領だ。元軍人でKGB幹部のウラジーミル・プーチンは、1999年から2000年まで首相として、2000年から2008年まで大統領として、2008年から2012年まで再び首相として、そして2012年から現在まで再び大統領としてロシアを統治してきた。彼は憲法の条文を2回変更し、2012年に大統領の任期を6年に延長し、2021年に再び大統領の任期を延長したことで、ソビエト連邦の崩壊以来、ロシアで最も長くトップに居続ける指導者として、84歳になる2036年まで大統領の座にとどまることを可能にした。ウクライナは「民主的な独裁者」が統治する国家なのか、それともロシアなのか?この単純な質問に答えないことは、とてつもない道徳的失敗だ。

 

 トランプ政権がウクライナの領土保全を再確認し、ロシアのウクライナ領土からの撤退を要求するG7宣言草案と国連決議の共同提案を拒否することは、とてつもない道徳的失敗だ。

 中華人民共和国は、自国と友好関係にある北朝鮮の軍隊も参加したロシアのウクライナ侵略を一貫して支持し、恥ずかしげもなく、和平交渉の「中立」当事者として自らを申し出てきた。宗教、信念、思想信条の自由と人権を侵害する国として名高い中国が、現在のウクライナにおけるロシアの恥ずべき行為を利用するのを赦すのは、大きな道徳的失敗である。

 もちろん、人間の行動は、決して白か黒かで簡単に区別できるものではない。さまざまな色のニュアンスが込められていることが多いのだが、何事にも黒白をはっきりさせようとし、善を守ることを拒否することは、とてつもない道徳的失敗。そして詐欺だ。

国際ジャーナリスト連盟(IFJ)会員、作家、翻訳家、講師。 イタリア国内外を問わず、紙媒体、オンラインを問わず、複数の雑誌などに寄稿している。

 

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

*Bitter Winter(https://jp.bitterwinter.org )は、中国における信教の自由 と人権 について報道するオンライン・メディアとして2018年5月に創刊。イタリアのトリノを拠点とする新興宗教研究センター(CESNUR)が、毎日4か国語でニュースを発信中。世界各国の研究者、ジャーナリスト、人権活動家が連携し、中国における、あらゆる宗教に対する迫害に関するニュース、公的文書、証言を公表し、弱者の声を伝えている。中国全土の数百人の記者ネットワークにより生の声を届け, 中国の現状や、宗教の状況を毎日報告しており、多くの場合、他では目にしないような写真や動画も送信している。中国で迫害を受けている宗教的マイノリティや宗教団体から直接報告を受けることもある。編集長のマッシモ・イントロヴィーニャ(Massimo Introvigne)は教皇庁立グレゴリアン大学で学んだ宗教研究で著名な学者。ー「カトリック・あい」はBitterWinterの了解を得て記事を転載します。

2025年2月28日

・長い苦しみの末に無罪を勝ち取った袴田氏に、教皇フランシスコが祝福されたロザリオが贈られた

(2025.2.26 Crux  Contoributer  Nirmala Carvalho, Munbai)

 袴田氏は、1966年に大豆ペーストメーカーの上司とその妻と2人の子供を殺害した大量殺人で有罪判決を受け、1968年3月に死刑判決を受けた。当初から無実を主張し、最初の自白は強要されたものであり、その事件は仕組まれた証拠に基づいていると主張。死刑囚監房で48年間過ごした後、新たなDNA鑑定により2014年に釈放された。10年後の再審で、警察が最初の有罪判決の時点で彼に不利な証拠を捏造していたことが判明し、袴田氏を無罪としたが、検察が控訴を拒否したことで、この判決は決定的なものとなった。

 菊地大司教は「袴田さんは、半世紀にわたる長期監禁と日常的な処刑の恐怖から、心理的に悪影響を受けています」と長期の収監中に受けていたストレスを強調。日本の司法制度では、法務大臣はいつでも死刑執行命令に署名することができ、死刑執行の朝になって本人に伝えられることになっており、いつ「その日」が来るか、怯え続けねばならない。

 大司教は、昨年10月の世界代表司教会議の総会に出席した機会に、教皇に袴田氏の無罪確定を伝え、教皇は彼の苦しみに対する同情と祝福の手紙とともに、祝福されたロザリオを、バチカンのパロリン国務長官経由で日本に送られていた。そして22日、菊地大司教が直接、本人に持参した。

 大司教は「私は個人的に、袴田さんと、妹の秀子さんが正義を貫いたこと尊敬しています。そして、無実が証明され、正義が行われたことを神に心から感謝します… しかし、袴田さんは多くのものを失いました。現在88歳の彼が失ったもの、彼の人生のほぼ50年分は非常に大きい。私たちは、正義が行われることを引き続き呼びかけ、国の公的な司法制度に関与する人々に対して聖霊の導きを願います。そうすれば、彼らは人々の利益のために適切な正義を行うることができる」と語り、また、「私たちは死刑の廃止を求め続け、拘留されている人々への支援を続けていきます… すべての生命は神の創造物であり、尊厳を持った神からの貴重な贈り物。最初から最後まで例外なく守られねばなりません」と述べた。

2025年2月27日

・「これ以上の悲しみは望まない、平和の名のもとに兄弟となりたい」ー教皇の抱擁の祝福を受けたイスラエルとパレスチナの平和活動家が語った

Pope Francis with Maoz Inon and Aziz Abu Sarah at the "Arena of Peace" event in Verona

Pope Francis with Maoz Inon and Aziz Abu Sarah at the “Arena of Peace” event in Verona  (VATICAN MEDIA Divisione Foto)

 

2025年2月27日