☩教皇、アンゴラへ向かう機上で会見「私はカトリック信者を励ますためにアフリカに来ている、トランプ氏と議論するためではない」

Pope Leo XIV on the papal planePope Leo XIV on the papal plane

 アフリカ4か国訪問中の教皇レオ14世は18日、3つ目の目的地であるアンゴラの首都ルアンダへ向かう機内で、同行記者団に挨拶され、カメルーンでの素晴らしい歓迎に改めて感謝された。

 また、トランプ米大統領との間で物議をかもしているような伝えられ方をしている問題について、「今回の訪問地での私のスピーチは数週間前から準備されていたもの」と述べるとともに、「私が再び大統領と議論しようとしているかのように解釈されるべきではない。それは私の意図するところでは全くありません」と言明された。

 教皇は、2カ国目の訪問地、カメルーンで過ごした3日間について前向きに評価され、同国は「英語圏とフランス語圏の両方を擁し、約250の現地言語が存在するなど、様々な意味でアフリカの心臓部を象徴する国」と述べられた。

 アンゴラ行きの機内で、教皇は離陸からわずか数分後に同行する記者団に挨拶し、その仕事への感謝されるとともに、ここ数日間の自身の(トランプ米大統領に関連することなどの)発言がどのように解釈されているかについて、いくつかの点を明確にされた。

*不正確な報道がされている、米大統領との議論は私の意図するところではない

 まず教皇は、「ある種の報道の内容はあらゆる点で正確ではありませんでした。しかし、旅の初日に米国大統領が私についていくつかの発言をしたことで、”政治的な状況”が生じてしまった」と語られた。

 これは、今週初めにトランプ米大統領が教皇に対して行った非難を指している。教皇はローマを出発する機内ですでにこれに答えておられたが、大統領、そしてバンス副大統領も、この後数日間、教皇を批判する発言を続けた。教皇にとっては、この件は初日からすでに決着がついていたのため、記者団への18日の機上での発言があった。

 続けて教皇は、「それ以来書かれた記事の多くは、発言内容を解釈しようとする、単なる『解説の解説』に過ぎません」と強調。「

 その一例が、16日のカメルーンのバメンダでの『平和のための祈りの集い』で行われた重要な講話だ。教皇は、その講話について「2週間前に準備されたものであり、あの方(トランプ大統領)が、私や私が推進している平和のメッセージについてコメントされた、ずっと前のことでした。それにもかかわらず、私が再び大統領と議論しようとしているかのように受け取られてしまいました。それは私の意図するところでは全くありません」と強く否定された。

 

 

*宗教間の平和と対話の構築

 そのうえで教皇は、自らの使命を改めて述べ、「私は第一に、牧者として、カトリック教会の長として、アフリカ全土のすべてのカトリック信徒と共にあり、共に祝い、励まし、寄り添うためにアフリカを訪れています」とされた。

 また、他宗教との関連でも、ヤウンデの教皇大使館でイマーム(イスラム教指導者)のグループと行った「非常に素晴らしい会合」を挙げ、「他の場所で既にそうしてきたように、また教皇フランシスコが在位中にそうしてきたように、あらゆる信仰を持つ人々との対話、兄弟愛の促進、理解、受容、そして平和構築を今後も推進し続ける必要があります」と強調された。

 17日にヤウンデの中央アフリカ・カトリック大学で行われた学生、教員との出会いについても満足の意を表され、聖アウグスティヌスを中央に据えたアフリカの地図をモチーフにした「美しい記念碑」に祝福されたことを回想された。

*福音の宣教 

 教皇はアフリカ大陸全体に見られる「富の不平等な分配」という喫緊の課題にも言及され、「特にカメルーンは、機会に恵まれた国です」と指摘された。そして、今回のアフリカ4か国訪問で、「私たちは福音のメッセージを宣べ伝え続けます」と言明され、「キリスト教徒であることの素晴らしさ、キリストに従うこと、友愛や兄弟愛を促進すること、主を信頼すること、そして同時に、この世界で正義を推進する方法を模索すること、この世界で平和を推進すること」の意義を強調された。

*カメルーンへの感謝の言葉

 

 また、同行記者団で唯一のカメルーン人記者、カメルーン放送協会(CRTV)のシャルル・エブネ氏を通じて、教皇はカメルーンのすべての人々に感謝の意を表しました。「素晴らしい歓迎、大きな熱意、人々の喜びに対して。それは本当に素晴らしいものでした。「信仰共同体の人々が共有する熱意の中で真に発見した体験……イエス・キリストの弟子であることの意味を体現し、共に信仰を祝うことがどれほど素晴らしいか」。教皇は「この体験ができたことを」いかに「大変嬉しく思っているか」を語られた。

 最後に、機内に同乗していた約70名のジャーナリストの方々にも感謝の言葉を述べられ、「皆さんにお会いできて大変嬉しく思います。そして、皆さんの活動に感謝いたします。主がこの旅の私たち全員をこれからも祝福してくださることを願っています… アンゴラでお会いしましょう!」と会見を締めくくられた。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2026年4月19日

☩教皇カメルーン訪問4日目:訪問を締めくくる野外ミサでー「キリストの平和は人生の嵐を鎮め、恐れずに前進する助けとなる」

(2026.4.18  Vatican News)

   カメルーン訪問中の教皇レオ14世は18日朝、ヤウンデ・ヴィレ空港でミサを捧げられ、説教で「人生の激動や試練を乗り越える助けとなるキリストの平和が常に人々と共にあること」を強調され、皆がそれに固く立ち続けるよう励まされた。

 このミサは、教皇の4日間の同国訪問を締めくくるもので、参加した約20万人の信者たちの多くは前夜から野宿して待っており、会場周辺にはさらに数十万人が集まってミサの様子を見守った。

 教皇は、この間にカメルーンの人々から受けた歓迎と、共に体験した喜びと信仰のひとときに対し、深く感謝された。そして、フランス語で行われた説教の中で、イエスの弟子たちが、恐怖と疑念を抱きながらガリラヤ湖を渡る際、激しい風をどう乗り越えたかを記した福音書の箇所について考察された。

 教皇は「私たち自身の生活で、そうしなければならないのと同じように、教会は、時代を超えて、多くの嵐を乗り越えてきました… 人生の試練の中で、私たちは逆境の力に打ちのめされたように感じることがありますが、私たちは『常にイエスが私たちと共にいて、いかなる悪の力よりも強いこと』、そして『イエスはガリラヤ湖で弟子たちを見捨てなかったのと同じように、私たちを見捨てないこと』を忘れてはなりません」と説かれた。

 

*勇気と信頼を持って前に進もう

 そして、「イエスが決して私たちを見捨てないことを知ることで、私たちは何度転んでも立ち上がり、人生の嵐に足を止められることなく進むことができます… 私たちは常に勇気と信頼を持って前に進むのです」とされ、「信仰は、私たちを混乱や試練から免れさせてはくれませんが、イエスが私たちと共にいてくださることは確信できます。イエスはすぐに嵐を鎮めてはくれませんが、危険の只中に私たちのもとに来てくださいます。喜びや悲しみの中にあっても、弟子たちの時のように私たちと同じ舟に乗って、共にいるよう招いてくださるのです」と強調された。

*皆、同じ舟に乗っている

 さらに教皇は「イエスが私たちと共におられるように、私たちもまた、恐れや苦しみに直面している人々のそばにいなければなりません… 彼らのそばに行き、抱きしめる必要があります。それは、人生の逆境に立ち向かうために、誰も一人きりにされてはならないからです。だからこそ、あらゆる共同体は相互扶助によって支え合う必要がある。特に、社会的、政治的、医療的、あるいは経済的な危機に直面した時、誰もが自分の能力と必要に応じて、助けを与え、助けを受けられるようにすべきです」と説かれた。

*「恐れるな」

 教皇は、聖書に記されたイエスの「恐れるな」という勧告は、私たち一人ひとりに対して、また共同体として語られているものであり、「特に、貧困や正義に関わる問題や課題に、共通の責任感を持って共に立ち向かうための励ましを与えてくれるもの」とされた。

 続けて教皇は、「信仰は、霊的なものと社会的なものを切り離すものではない。信仰はキリスト者に世界と関わり、他者、とりわけ最も弱い人々の必要に応える力を与えてくれるもの。個人の孤立した努力だけでは、共同体の救いには不十分です。必要なのは、福音の霊的・道徳的側面を地域の制度や構造の核心に統合し、それらを対立や私利私欲、あるいは実りのない争いの場ではなく、共通の善のための道具とするような、共同体の献身です」と言明された。

*聖霊に耳を傾け、困っている人々を助ける

 また教皇は、最初の弟子たちが「信仰を分かち合い、共同体の中で生きる」という課題に直面し、立ちはだかる巨大な困難に圧倒されていた様子を振り返られ、「それでも彼らは集まり、問題を話し合い、そして祈りの中で一致して、いかにして福音を分かち合い、自分たちの間で苦しむ人々に心を配り、未亡人や孤児を助けるのが最善かを識別しました」と指摘。

 「弟子たちは、聖霊の声に耳を傾け、苦しむ人々の叫びに心を配ることで、彼らは共同体内の分裂を回避しただけでなく、その成長に適した新たな手段を共同体に与え、危機の瞬間を、すべての人にとっての豊かさと発展の機会へと変えたのです」と述べられた。

*素晴らしい瞬間を心に留めて

 説教の最後に、教皇はミサの参加者たちに、ミサの後、皆がそれぞれの日常生活に戻っていくこと、そして「神の恵みと一人ひとりの献身のおかげで、教会は最終目標に向かって歩み続けること」に注意を向けられ、「皆さんが、共に経験したこの素晴らしい瞬間を生き生きと心に留め、大切にするように、そして、人生の困難に直面するとき、イエスのために場所を空け、その御臨在によって毎日私たちを照らし、新しくしてくださるよう祈りましょう」と促された。

 「カメルーンの教会は、生き生きとして若々しく、賜物と熱意に恵まれ、その多様性において活力に満ち、調和において素晴らしい。私たちの母である聖母マリアの助けにより、皆様の喜びに満ちた存在がこれからも花開きますように。そして、人生に常に付きまとう激しい風が、分かち合い、傾聴、祈り、そして共に成長したいという願いを通じて、神と兄弟姉妹への喜びに満ちた奉仕において、成長の機会となりますように」。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2026年4月18日

☩教皇カメルーン訪問3日目:「『自由な良心の形成』と『聖なる落ち着きのなさの奨励』が大学の使命の一つ」カトリック大学の学生、教員たちに

(2026.4.17  Vatican News)

   カメルーンを訪問中の教皇レオ14世は17日、ドゥアラでのミサに続いて、カトリック系の病院を私的訪問された後、夕方、ヤウンデに戻られ、中央アフリカ・カトリック大学で学生、教員たちとの出会いを持たれた。

 教皇は学生、教員たちへの挨拶で、高等教育の意味について言及し、「個人主義、表面主義、偽善が増大する今の時代に、大学は、友情、協力……内面性と省察のための特権的な環境の場として際立った存在になっています」とされた。そして、「大学の使命の一つは、『自由な良心を形成』することであり、私が『聖なる落ち着きのなさ』と呼ぶものを奨励することです」と強調。

 急速に発展している人工知能(AI)がもたらす課題にも触れられ、「この技術が加速度的に、私たちの精神を形作り、浸透させつつあります。そして、このような事態の中で、人文科学の研究がますます重要になっている。なぜなら、人文科学は、AI時代における経済の背後にある論理、根深い偏見、権力の形態を理解する手助けとなるからです」と述べられた。

 

「奉献生活には、希望と神の愛を最も必要としている人々を助ける徹底的な勇気が求められている」修道者たちに

Pope Leo meets with nine of Cameroon's religious superiors

 この後、滞在先の教皇大使館に戻られた教皇は、カメルーンで活動する250以上の修道会などを代表する修道者たち9人と面会された。

 バチカン報道局によると、修道者たちは、同国における慈善活動、特に若者、避難民、暴力や人身売買の被害者への支援活動について説明。教皇からは「奉献生活には、世界の最も複雑な問題に取り組み、希望と神の愛を最も必要としている人々を助けるために、徹底的な勇気が求められています」と激励の言葉があった。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2026年4月18日

☩教皇カメルーン訪問3日目:「アフリカの若者たち、暴力と腐敗を拒絶し、互いに寛容と慈悲を示せ」ドゥアラでの60万人参加のミサで

(2026.4.17  Vatican News  Devin Watkins)

   カメルーン訪問3日目の17日朝、南西部の都市、ドゥアラのジャポマ・スタジアムで約60万人の信者たちと共にミサを捧げられ、若者たちに対し、「あらゆる形態の虐待や暴力を拒絶し、常に互いに寛容と慈しみを示すように」と呼びかけられた。0-Apostolic Journey to Camerun: Holy Mass

 ミサ中の説教で教皇は、イエスが大勢の群衆のために起されたパンと魚の奇跡を取り上げ、「イエスの時代と同じように、人々はパンを渇望し、『神はどこにおられるのか?』と問いかけるでしょう。イエスは、自分や周囲の人々が持っていたものをすべての人と分かち合うことで、その答えを示されました。そこにあったわずかな食物を祝福し、飢えたすべての人と分かち合うことで、深刻な問題を解決されたのです。分かち合いの最中に起こった。それこそが奇跡なのです!」と説かれた。

 また教皇は、「争いの中でパンが奪われたり、買い占められたり、あるいは腹いっぱい食べる者によって浪費されたりしない限り、誰にでも食べるものはあります」とも語られ、このような物質的な必要に加え、「私たちは平和、自由、正義という『命のパン』をも渇望していますが、私たちのあらゆる連帯と赦しの行為は、ケアを必要とする人々のためのパンのひと口となるのです」と指摘。

 そして、「これだけでは不十分です。肉体を支える食物には、それと等しい慈愛をもって、魂の糧-私たちの良心を支え、恐怖の暗い時や苦しみの影の中で私たちを揺るぎなく支えてくれる糧-を伴わねばなりません」とも語られた。

 教皇は続けて、「キリストは聖体の中でご自身を私たちに与え、教会を支え、私たちの旅路を強めてくださいます。神の愛のしるしとして聖体拝領を受けるように」と信者たちに促され、「父なる神はキリストにおいて、私たちが持つものを分かち合うよう招いておられ、それによって教会の配慮のもとでそれが倍増するのです」と強調された。

 さらに、「神は私たちの人生のあらゆる状況、すべての喜びと悲しみを知っておられる」とされ、アフリカの若者たちに向かって、「信仰、忍耐、そして友情を通じて、自分の才能を倍増させなさい」と励まされた。そして、「隣人に命のパンを届ける最初の顔となり、最初の手となりなさい。隣人に知恵の糧を与え、善き願いを覆い隠し、尊厳を奪うあらゆるものから救い出してください」と強く求められた

 また教皇は、多くの人々が直面している物質的な貧困とは対照的に、カメルーンが豊かな天然資源に恵まれていることに言及。「不信や落胆に屈してはならなりません。安易に得られる利益を約束して人を欺き、心を硬化させ、無感覚にする、あらゆる形態の虐待や暴力を拒絶しなさい」と促され、「この土地以上に、あなた方の民こそが豊かであることを忘れないでください。なぜなら、あなた方の宝は、信仰、家族、もてなし、そして労働という価値観にあるからです」と説かれた。

 そして再び、アフリカの若者たちに向けて、「神が、あなたがたに定めた召命に従うように。そうすることで彼らが自らの未来の主役となれるように」と促され、「あなたがたのエネルギーを浪費し、社会の進歩に寄与しない誘惑に心を汚されてはなりません」と注意された。

 説教の結びに、教皇は、世界のすべてのキリスト教徒に対し、「『罪と死からの解放』というキリストの福音を宣べ伝えるように」と呼びかけ、「復活されたイエスを宣べ伝えるということは、苦しみと抑圧に満ちた地に正義のしるしを、対立と腐敗の只中に平和のしるしを、迷信と無関心から私たちを解き放つ信仰のしるしを残すことを意味するのです」と強調された。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2026年4月17日

☩教皇カメルーン訪問2日目:「相互尊重に基づき平和建設に取り組むことを願う」複数のイスラム教指導者たちとの面談で

Pope Leo XIV listens to Muslim leaders at the Apostolic Nunciature in YaoundéPope Leo XIV listens to Muslim leaders at the Apostolic Nunciature in Yaoundé  (@Vatican Media)
(2026.4.16  Vatican News)

   カメルーン訪問中の教皇レオ14世は16日夕、ヤウンデで、イスラム教コミュニティの代表者12名と面会され、あらゆる信仰を持つ人々が相互尊重に基づく平和に向けて取り組むよう呼びかけられた。

 バチカン報道局のマッテオ・ブルーニ局長によると、この面会はヤウンデの教皇大使館で行われた。イスラム教指導者たちが代表する各コミュニティは、現地のカトリック教会と協力し、カメルーンの最貧困層を支援するための社会正義と協力を促進する数々のプロジェクトを推進している。

 ブルーニ局長によると、教皇は一人ひとりに個別に挨拶し、出席者から寄せられた歓迎と感謝の言葉に耳を傾けられ、イスラム教指導者たちは、教会と共同で行っている活動、教皇の訪問、そして木曜日にバメンダで語られた対話と平和に関する言葉に対し感謝を述べた。

 教皇は、彼らと会えた喜びを分かち合われ、カメルーンのすべての人々―キリスト教徒、カトリック信者、非カトリック信者、イスラム教徒、そして伝統宗教の信者たち―から受けた温かい歓迎に感謝された。

 教皇はまた、信仰や宗教の間に時折生じる分断について触れ、「このことは、『出会い』から生じる責任を、誰もが受け入れる必要があることを示しています」と語られた。

 さらに、すべてのカメルーンの人々に対し、「『無関心の平和』ではなく、『多様性の豊かさを奪う平和』ではなく、『皆兄弟姉妹であり、唯一の神の被造物であり、すべての人の尊厳を尊重するよう召されている』と認識したときに生まれる平和』を求める人々の願いを、伝え続けるように」と促され、「カメルーンには、この願いを現実にする大きな可能性があります。単なる願望ではなく、確固たる決意があるからです」と激励。

 また、この面会の出席者に対し、「対話の道を歩み続け、同じメッセージと夢を他の人々、イスラム教徒、そして理解はしていなくても兄弟愛の美しさを見出すことを学べるすべての人々に伝え、カメルーン全体に大きな恩恵をもたらすように」と願われた。

 

 

*15日夜には、カメルーンの司教団と非公式面談、「交わり」の価値を強調

 

 ブルーニ局長によると、教皇は、前日15日の夜、教皇がカメルーンの司教団と面談された。その会合の中で、教皇は「交わり」の大きな価値を強調され、それを教会内で受け止め、「紛争や二極化によって分断され引き裂かれた世界と分かち合うべき賜物」とするよう求められた。司牧者たちを「真の証人」とする霊的生活の価値についても言及された。

 また、カメルーンにおける多くの聖職志願者から生じる恵みについて語り、「霊的、知的、感情的なレベルにおいて、若者を責任を持って養成する」ことの重要性を強調。養成の狙いは「イエスがなさり、聖木曜日に繰り返される洗足の模範に従い、奉仕こそが唯一の権威である司祭として育てることにある」と念を押された。

 なお、教皇は、出席した司教たちからいくつかの質問を受け、カメルーンにとって現在極めて重要な様々なテーマについても意見を交換された。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

2026年4月17日

☩教皇カメルーン訪問二日目:バメンダでのミサで「平和と和解の未来を築くために闘い、神と御言葉に身を委ねるように」

(2026.4.16  Vatican News   Linda Bordoni)

   アフリカ4か国歴訪の2か国目カメルーンを訪問中の教皇レオ14世は16日午後、西部の都市バメンダの空港で、約2万人の参加者たちと共にミサを捧げられた。

 ミサ中の説教で、教皇は、この地域を苦しめる様々な形の貧困と不正に心を深く痛められるとともに、「すべての人の尊厳が尊重され、基本的権利が保障される平和と和解の未来」を求める人々への支持を表明。「平和と和解の未来を築くための闘いで、神とその御言葉に身を委ねるように」と呼びかけられた。

 カメルーンの英語圏であるバメンダの地域は近年、英語圏危機に起因する緊張と暴力に特徴づけられており、社会的結束を損ない、住民たちは避難を余儀なくされ、人道上の問題を深刻化させている。

 そうした中で、国の歴史を変え、平和と和解が支配する社会を築こうと奮闘する人々に、教皇は支持を表明され、「すべての人の尊厳が尊重され、基本的権利が保障される平和と和解の未来への希望を、あなたがたと共有します」と述べられた。

 

*平和と正義への希望が頻繁に打ち砕かれるさまざまな現実

 

 教皇は、信者たちの喜びに満ちた活気ある典礼と祈りを称賛され、「これは、神への信頼に満ちた委ね、揺るぎない希望、そして父なる神の愛への堅固なしるしです」とされた。

 一方で教皇は。「私たちの心を痛める多くの状況」がこの国にも存在し、「平和と正義への希望がしばしば打ち砕かれている」現実を認め、食糧危機や、「富の管理において見られる腐敗」を含む広範な貧困が「制度やインフラの発展を妨げています」と指摘された。

 また、「教育や医療制度に影響を及ぼしている問題、特に若者を中心とした海外への大規模な移住」にも言及。「憎悪や暴力によってしばしば助長されるこうした内部の問題に加え、利益の名の下にアフリカ大陸に手を伸ばし、搾取と略奪を続ける者たちによる外部からの被害もある」と述べられたうえで、「明日ではなく今日、未来ではなく今、国と大陸の多様性と豊かさを一つにまとめ、団結のモザイクを回復する時が来ているのです。平和と和解に基づく社会を築くために」と訴えられた。

 

*神のみが私たちを自由にし、新しい人とする

 

 そして、私たちを落胆させる現実の中にあっても、「主の言葉は、新たな可能性を切り開き、変革と癒やしをもたらします。主を信じる者たちを『変革の主体』とするのです」と強調。「神は新しさです… 神は私たちを勇気ある者とし、私たちは悪に立ち向かうことで、善を築き上げるのです」と励まされた。

 続けて教皇は使徒たちを取り上げ、「彼らの証言が、良心の声、預言、悪への告発となった… 私たちは、いかなる人間の権威よりも、神に従わなければなりません。そうする者は、内なる自由を再発見し…平和と友愛の建設者となるのです」と強調された。

 説教の結びに教皇は、「人間ではなく、神に従うなら変化は可能」と繰り返され、しばしば政治的・経済的目的に利用される「秘教的あるいはグノーシス主義的な性質を持つ信条」と信仰との混同を警告。「神のみが私たちを自由にする。神の言葉のみが自由への道を開く。神の御霊のみが私たちを新しい人とするのです」と語られた。

 

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

 

2026年4月17日

☩教皇カメルーン訪問2日目:バメンダでの平和の集会「『戦争の支配者たち』に警告するー破壊は一瞬だが、再建は一生かけても足りない」

2026.04.16 Viaggio Apostolico in Camerun - Incontro per la pace con la Comunità di Bamenda
(2026.4.16 Vatican News  Kielce Gussie)

 アフリカ4か国歴訪中の教皇レオ14世は16日昼、カメルーンのバメンダで開催された平和をテーマとした集会であいさつされ、「『破壊は一瞬だが、再建は一生かけても足りない』という事実を認めようとせず、武器に何十億ドルも費やす一方で、人々の癒やしには何の貢献もしない『戦争の支配者たち』に対して警告された。

 教皇はこの日、暴力の応酬が小康状態のカメルーンの北西部の英語圏の都市バメンダを訪れた。空港で地元当局者と面会された後、バメンダ大司教区の聖ヨセフ大聖堂へと向かわれ、「平和の集い」のためにバメンダの人々とお会いになった。

 礼拝堂での短い祈りの時を皮切りに、教皇とバメンダのアンドルー・ンケア・フアニャ大司教は大聖堂に入り、賛美歌と大司教の挨拶で迎えられた後、平和の集いでは、 プロテスタントやイスラム教の代表者や女子修道会の代表などと共に、まず、国内避難民たちの証言に耳を傾けられた。

 

 

「苦しみという生きた経験」が、神の臨在へのあなたがたの信仰を強めた

 証言に共感された教皇は、共同体における彼らの「苦しみという生きた経験」が神の絶え間ない臨在への信仰を強めたことに感銘された。

 そして、フアニャ大司教が引用した預言者イザヤの言葉-「山々の上を、平和を告げる使者の足は、なんと美しいことか!」 (イザヤ書52章7節)を取り上げ、(バメンダの人々の足は)「虐待されながらも、植物と果実が豊かな、血に染まりながらも肥沃なこの土地の塵にまみれている」とされ、「バメンダの方々の足は、直面する困難にもかかわらず、人々を遠くまで運び、共同体は善の道を歩み続けてきました」と讃えられた。

 またご自身がこの街に迎えられたことに感謝され、「私はここに平和を宣言するために来ている…そして、バメンダの皆さんは私に平和のメッセージを伝えてくれています」と語られた。

 

*バメンダよ、あなたは丘の上の町だ、全ての人の目が輝いている

 教皇は、先の証言に立ち返り、カメルーンを襲っている危機(分離主義者と政府間の継続的な武力紛争)が、「キリスト教徒とイスラム教徒の共同体を近づけた」ことを強調。「実際、皆さんの宗教指導者たちは『平和のための運動』を組織るために結束され、運動を通じて対立する双方の仲介を図ろうとしておられます」と努力を讃えられ、「このようなことが、世界中の他の場所でも可能になることを願っています」と述べられた。

 同時に、「自らの軍事的、経済的、政治的利益のために宗教や神の名そのものを悪用し、神聖なものを闇と汚物の中に引きずり込む人々」に対して警告を発せられた。

 そして、バメンダの人々が、この10年近くに及ぶ紛争にもかかわらず、正義を渇望し、正義を追い求めていることに注目、「それは、まさに『世の光」です。バメンダよ、今日、あなたは丘の上の町であり、すべての人の目が輝いている」とされ、希望を失うことのないように、と人々を励まされた。

神の創造物に対する搾取を断罪し、拒絶するように

 暴力によってトラウマを負った人々のケアに当たる人々、特に信徒や修道女たちに向けて、教皇は、しばしば見過ごされ、かつ危険を伴う彼らの働きに感謝された。

 そして、 「『戦争の支配者たち』は、『破壊するのに一瞬しかかからないのに、再建するには一生かかっても足りない』という事実を認めないふりをしています。権力者たちが殺戮と破壊に費やされる数十億ドルには目をつぶりながら、癒やし、教育、復興に必要な資源はどこにも見当たりません」と強く批判。

 さらに、「アフリカの土地から資源を収奪する人々は、それで得た金を武器の購入に充て、『不安定化と死』の終わることのない循環を続けさせている」と語られた教皇は、これがいかに「逆さまな世界」であるかを論られ、「神の創造物に対するこのような搾取を断罪し、拒絶するように」と、すべての人に呼びかけた。

 教皇は、「私たちを反対の方向、すなわち人間の兄弟愛に満ちた持続可能な道へと導く、断固とした方針転換―真の回心」を求められ、「世界は、一握りの暴君たちによって荒廃させられていますが、それでも多くの支え合う兄弟姉妹によって支えられている。平和は、”発明”されるものではなく、隣人を兄弟姉妹として受け入れるときに、私たちが発見するもの。家族とは、私たちが選ぶものではなく、同じ共通の家に共に暮らす中で受け入れるべき人々のこと」と言明された。

*私たちが今もなお「互いを愛そうとしていること」を神に感謝しよう

 

 結びに、教皇は、フランシスコ教皇が使徒的勧告『福音の喜び(Evangelii Gaudium)』で述べておられる言葉-「人々の心の中にいる、という私の使命は、単に私の人生の一部というだけではありません… それこそが、私がこの世にいる理由です」(273項)を引用され、「私は、まさに、この同じ心と使命を持ってバメンダを訪れたのです」と説明。

 そして、「私たち一人ひとりが、『それぞれの召命の中で共に歩む』という『静かな革命』の一員となり、『隣人を愛する』という使命を具体的な形で育んでいくように… イマームが言われたように、現在の危機が宗教戦争へと発展することなく、私たちが今もなお互いを愛そうとしていることを、神に感謝しましょう」と呼びかけられた。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

2026年4月17日

☩教皇カメルーン訪問初日*「主は、誰ひとり見捨てることがない、愛情をもってあなたがたを見つめておられます」ーヤウンデの孤児院を訪問

(2026.4.15  Vatican News)

 カメルーンに到着された教皇レオ14世は、各界代表たちとの会見の後、ヤウンデにあるングル・ザンバ孤児院を訪問され、さまざまな困難に遭ってきた子供たちに「あなたがたは、愛情あふれる家族の一員です」と励まされ、献身的な奉仕を行う職員たちに感謝された。

 教皇はあいさつで、まず子供たちに、共にいることの喜びを示され、この孤児院を「あなたがたの本当の『家』です」とされたうえで、「何よりも、神さまが、あなたがたを御自身の子供として迎え入れ、愛をもって、そばに引き寄せてくださいます」と語られた。

 そして、孤児院で感じられる「家族のような絆」を指摘され、子供たち皆がが苦難の人生経験を共有していることに言及。「あなたがたは、ここで真の家族になっています… キリストの周りに集まる兄弟姉妹としての結びつきが、あなたがたに力を与え、人生の困難に共に立ち向かうことを可能にするのです」と励まされた。

 また教皇は、家族を失い、見捨てられ、明日も分からない人生など、多くの子供たちが直面してきた苦しみに心を痛めつつ、「そのような経験で、あなたがたの未来を決めてはいません… あなたがたは、自分の傷よりも大きな未来へと招かれている。神さまは苦しむ人たちのそばにいて、一人ひとりを個人的に知っておられますよ」と語られた。

 続けて、福音書に記された「イエスが子供たちを特別に思いやり、注目の中心に据えたこと」に注意を向けられた教皇は、子供たちに、「キリストは、今日も同じ心配りと愛情で、あなたがたを見つめておられます」と述べられた。

 さらに、社会が負う広い責任について語られ、無関心が蔓延しがちなこの世界において、「孤児院のような場所は、人々が互いに気遣うよう召されていることを思い出させます」とされたうえで、「神さまの大きな家族では、誰もが、知らない者でも忘れられた者でもありません」と語られた。

子供たちに向けた話の後、教皇は、彼らの世話をする職員、ボランティア、修道女たちに感謝を述べ、献身と尽力を称賛され、「皆さんの働きは、愛の具体的な表れであり、神の慈悲を映し出しています。物質的な支援だけでなく、寄り添いと導きを提供することで、子供たちに安定と未来への希望を与えている」と述べられた。

 挨拶の最後に、教皇はマタイ福音書を引用され、「最も弱い立場にある人々をケアすることは、キリストご自身に仕えることです」とされ、孤児院で働く人々に、粘り強く努力を続けるよう励まされた。そして、この孤児院の子供たちと職員を、聖母マリアの御加護に委ね、特に困難な時に彼女に守り支えてもらえるよう祈られた。

 

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2026年4月16日

☩教皇カメルーン訪問初日:各界代表者・外交団と会見「平和は、受け入れられ、実践されねばならない」

(2026.4.15  Vatican News   Linda Bordoni)

    現地時間15日午後、カメルーンの首都ヤウンデのンシマレン空港に到着された教皇レオ14世は、歓迎式の後、大統領官邸に向かわれ、同国の各界代表、外交団と会見され、「平和、正義、そして公益への新たな献身」を訴え、カメルーンの人々に、「豊かな多様性を団結と力の源泉として活用するように」と促された。

 教皇は挨拶で、まず、温かい歓迎に感謝の意を表された。そして、その文化的・自然的な豊かさからカメルーンを「アフリカの縮図」と表現され、「この多様性は弱さではなく、宝物。兄弟愛の約束であり、永続的な平和を築くための強固な基盤となるものです」と指摘された。

*対話と希望の使徒

そして、自らを「対話、兄弟愛、平和の羊飼いであり、その僕」と位置づけた教皇は、「今回の訪問がすべてのカメルーン国民への親近の証であり、公益の構築に粘り強く取り組むよう励ますもの」と語られた。

そのうえで教皇は、世界的に広がる落胆の気運を認め、「絶望が蔓延している」こと、そして多くの人が差し迫った課題を前に無力感を抱いていることを指摘する一方で、特に若者たちの間には「正義への渇望……勇気ある選択と平和への渇望」が依然として存在する、と強調し、「より公正な社会を築くために積極的な役割を果たすように」と若者たちに呼びかけられた。

また、人間の尊厳と宗教の自由への尊重に基づき、カメルーンとの協力を強化するという聖座の決意を改めて表明された。

*謙虚さと責任をもって奉仕する

 

歴代教皇の遺産を振り返られた教皇は、「希望、和解、そして責任ある統治を求める歴代教皇の呼びかけが、今もなお重要な意味を持ち続けていること」を指摘。

聖アウグスティヌスの言葉を引用し、教皇は指導者たちに対し、権威とは根本的に奉仕の一形態であることを想起させ、「統治する者は、権力への愛からではなく、他者に対する義務感から統治せねばなりません」と強調。「そのような奉仕には、少数派を含むすべての人々の幸福への献身と、社会内の調和の促進が不可欠です」と説かれた。

*苦しみの中での平和への訴え

 

カメルーンが直面する課題に言及された教皇は、北西部、南西部、極北部などの地域を襲う暴力について率直に語り、紛争によって引き起こされた「深い苦しみ」―失われた命、避難を余儀なくされた家族、そして希望を奪われた若者たち―に思いをはせられ、「数字の背後には、実在する人々の顔、物語、そして打ち砕かれた希望があります」と語られた。

そのうえで教皇は改めて、「愛と正義に基づく」平和を支持し、「暴力と戦争の論理」を拒絶するよう強く求められ、「真の平和を非武装、かつ武装解除をもたらすものであり、心を開き、信頼を育むことができるものです」と言明。「世界は平和を渇望している… 戦争はもう十分です… 平和は決して空虚なレトリックに矮小化されることなく、日常生活や制度の実践の中に具現されねばなりません」と訴えられた。。

制度と市民社会の役割

また教皇は、「平和は、権威ある立場にある人々から始まり、皆が共有すべき責任です」と言明。「統治するということは、市民の声を真に聴くこと、そして永続的な解決策を形作る上で彼らの貢献を尊重することです」と強調された。

そして、社会政策への新たなアプローチを求め、「貧困層の参加なしに、貧困層のために行われる取り組みを乗り超えていく必要性を反映したもの」とされた。そして、市民社会の極めて重要な役割を強調し、調停、避難民への支援、対話の促進における取り組みに対し、各種団体、若者や女性のグループ、労働組合、NGO、そして宗教指導者たちを称賛。「こうした団体が草の根レベルで活動しているからこそ、紛争の根本原因に取り組み、平和の文化を育むことができるのです」と励まされた。

教皇は特に女性の貢献に感謝の意を表し、彼女たちを「たゆまぬ平和の使者」と称え、教育や社会の再建における彼女たちの働きは不可欠であるとされ、「意思決定の過程において、彼女たちの声が十分に認められねばなりません」と訴えられた。

*誠実さ、正義、そして腐敗との闘い

 

教皇は、「国民の信頼を回復する上で、透明性、法の支配、そして信頼できる制度の重要性」を強調。当局者たちに対し、「分裂の原因ではなく、常に架け橋となる」よう求め、治安対策が常に人権を尊重するものであることを確保するように」と求められた。「誰もが守られ、耳を傾けられ、尊重されていると感じるとき、真の平和が生まれるのです」。

さらに、腐敗に対して警告を発し、それを「権威を歪め、その信頼性を奪う力」と表現。また、指導者たちに対し、「利益への偶像的な渇望」から脱却するよう促し、「真の進歩の尺度として人間全体の総合的な発展」に努めるよう願われた。

 

 

*若者への投資と未来

 

再び若者について言及された教皇は、彼らを「国と教会の希望」と表現しつつ、失業、排除、社会的疎外がもたらす危険性を認め、「若者の教育、訓練、起業家精神への投資は…平和のための戦略的な選択です。それが移民の防止や、薬物乱用や搾取といった社会悪との闘いにおいても鍵となる」と強調。

カメルーンの若者たちが持つ深い霊性を称賛し、「それが適切に育まれれば、平和、正義、連帯への献身を促すことができます」と述べられた。

*和解に向けた共通の道

 

教皇は、宗教間対話の深化と、調停活動への宗教指導者の関与を奨励し、「区別なくすべての人々に向けた教育、医療、慈善活動への教会の継続的な取り組み」を強調された。

また、人間の尊厳と和解を促進するため、「行政当局や国際的なパートナーとの継続的な協力」へ希望を表明された。

挨拶の最後に教皇は、カメルーンとその国民に神の祝福を祈られ、「神がカメルーンを祝福し、カメルーン国民すべてに… の国を受け入れる恵みを与え、そうして正義と平和の未来を共に築くことができるますように」と願われた。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2026年4月16日

☩教皇、アルジェリア訪問を終えカメルーンへの機上で「架け橋構築と対話推進の好機となった」と記者団に

教皇レオ14世 アルジェリアからカメルーンに向かう特別機機内で 2026年4月15日教皇レオ14世 アルジェリアからカメルーンに向かう特別機機内で 2026年4月15日  (@Vatican Media)

 教皇レオ14世は15日、アルジェリアからカメルーンに向かう特別機の機内で、記者団と会見され、終了したばかりのアルジェリア訪問を振り返られた。

 アフリカ4か国(アルジェリア、カメルーン、アンゴラ、赤道ギニア)歴訪の最初の訪問国アルジェリアでの体験を教皇は「真に祝福された訪問」、「架け橋を構築し、対話を推進し続けるための非常に素晴らしい機会となった」と語られた。

 そして訪問実現で示された「アルジェリア国民の寛大さと尊重のしるし」に当局たちに深い感謝を表されるとともに、「小さいが大変重要な」アルジェリアのカトリック教会にも心からのお礼を述べられた。

 また、かつてヒッポ(現在のアンナバ)で30年以上にわたり司教を務めた聖アウグスティヌスについて、「過去から現れ、私たちに伝統と教会の初期数世紀の生活について語りかける存在」であると同時に、「今日においても極めて重要な存在」であり続けている、と話された。

 聖アウグスティヌスの著作、教え、霊性、「神を求め、真理を求めるよう促す」招きは、「現代社会で私たちが切実に必要としているメッセージであり、イエス・キリストを信じるすべての者、そしてすべての人にとって、非常に時宜を得たメッセージです」と語られた。

 そして、アルジェリア国民の大多数はキリスト教徒ではないが、「聖アウグスティヌスを自国の偉大な息子の一人として深く敬い、尊敬している」と強調された。

(編集「カトリック・あい」)

2026年4月16日

☩教皇アルジェリア訪問2日目:アンナバの高齢者施設訪問「愛と奉仕のあるところに、神がおられる」

(2026.4.14 バチカン放送)

  アルジェリア訪問2日目の14日昼、教皇レオ14世は、アンナバにある高齢者施設を訪れられた。2026.04.14 Viaggio Apostolico in Algeria - Visita alla Casa di accoglienza per anziani

  聖アウグスティヌスにゆかりある、かつてヒッポと呼ばれたアンナバに赴かれた教皇は、古代都市の遺構が見られる遺跡地区を訪問後、大聖堂がそびえる丘の上に向かわれた。この丘の上には、聖アウグスティヌスに捧げられた大聖堂と並び、「貧しき人の小さな姉妹会」が運営する高齢者施設がある。

 「貧しき人の小さな姉妹会」の誕生は、聖ジャンヌ・ジュガン(1792‐1879)が、1839年、フランス・ブルターニュの自宅に身寄りのない目の不自由な老婦人を引き取ったことに端を発する。

 アンナバの同会運営の高齢者施設は、「マ・メゾン(私の家)」と名づけられ、イスラム教の人々をも含む、貧しく身寄りのないお年寄りたちの受け入れと支援を行っている。

 同施設を訪問した教皇は、人々の歌声で迎えられ、コミュニティの責任者を務めるフィロメーナ修道女や、ポール・デファルジュ・アルジェ名誉大司教、そして同施設の入居者であるイスラム教徒の男性の話に耳を傾けられた。

 教皇は挨拶で、「ここに神が住んでおられることを、うれしく思います。愛と奉仕のあるところには、神がおられるからです」とされ、 「主は天から、人々が兄弟愛のうちに共に暮らすように努めているこの家をご覧になって、『ここには希望がある』と思われたに違いありません。なぜなら、神の心は、戦争や、暴力、不正、欺瞞によって引き裂かれているからです」と語られた。

 教皇は、「私たちの御父の心は、よこしまな人々や、横暴な人々、高慢な人々とではなく、小さき人々、謙遜な人々と共にあり、こうした人々と共に、愛と平和の王国を日々進めておられます」と述べ、「皆さんも、ここで日々の奉仕や、友情、共同生活を通して、同じようにそれに参与されているのです」と励まされた。

(編集「カトリック・あい」)

2026年4月15日

☩教皇アルジェリア訪問2日目:聖アウグスティヌス大聖堂でミサ「キリストは、人生を完全に刷新するよう、私たちを招いておられる」

(2026.4.14  Vatican News   Deborah Castellano Lubov)

    アルジェリア訪問中の教皇レオ14世は2日目の14日夕、アンナバにある聖アウグスティヌス大聖堂でミサを捧げられた。

 そして、信者たちに「アルジェリアの愛するキリスト教徒の皆さん、皆さんはこの地において、キリストの愛の謙虚で忠実なしるしであり続けています。ささやかな行動、真摯な人間関係、そして日々実践される対話を通じて、福音の証しを立ててください。そうすることで、皆さんは自分たちが暮らす場所に味わいと光をもたらすのです」と励まされた。

 そして、「偉大な聖人であり教会の博士である聖アウグスティヌスのように、苦難や試練から私たちを救い出し、主の力によって私たちの生活を刷新し変容させる、という主の招きを受け入れるのに、遅すぎることは決してありません」と説かれた。Pope Leo XIV celebrates Mass at the Basilica of St. Augustine in Annaba, Algeria

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 ミサ中の説教の冒頭で教皇は、「私たちを迎えてくれる場所の名前は数世紀の間に変わってきたものの、聖人たちは依然として私たちの守護者であり忠実な証人であり続け、天から来るこの地とのつながりを保っています」とされ、「ここで殉教者たちが祈り、ここで聖アウグスティヌスが羊の群れを愛した… 彼らは、熱心に真理を求め、燃えるような信仰をもってキリストに仕えました。この伝統の継承者となり、兄弟愛による慈善を通じて証しを立て、『上から生まれた』者としての自由の中で生き、世界への希望のしるしとなるように」と信者たちを促された。

 そして、キリストが歴史を通じて聖人たちを「上から生まれ変わる」という新しい命へと招いてこられたこと、この同じ招きが、救いを求めるすべての男女に差し伸べられていることを強調。「この招きこそ、アルジェリアのキリスト教共同体を含む、教会全体の使命の源… 信仰は、地上の苦難を乗り越え、主の恵みが荒野に花を咲かせるのです」と説かれた。

*キリストは私たちに、人生を新たにするよう招いておられる

 続いて教皇は、キリストの「あなたがたは上から生まれなければならない」という言葉に、「不可能に思えるような命令の力」があることを認めたうえで、「しかし、注意深く耳を傾ければ、このイエスの教えが、厳しい強制でも束縛でも、失敗への宣告でもなく、『自由の賜物』であることが分かります… なぜなら、この教えは、神のおかげで私たちが上から新たに生まれることができるのを明らかにしているからです」と語られた。

 そして、「信仰から始まる命の交わりへと、私たちを招き入れ、人類を刷新しようとする、神の愛に満ちた御心に従って、私たちはこの招きを受け入れるよう求められています… キリストは私たちに人生を完全に刷新するよう招いておられますが、キリストはそれを行うための力も与えてくださいます」と説かれた。

 また教皇は、「私たちの先人たちがそうであったように、特に問題や苦難、試練に押しつぶされそうになった時、『自分の(人生の)物語が、本当に変わるのか』と主に問いかけることがあるでしょう。そして、その答えは、『はい』です」と述べ、主がその偉大な愛によってこれを可能にしてくださることを、信者たちに思い起させられた。

 

 

*イエスは私たちと共に、私たちのために重荷を背負ってくださる

 

 続けて教皇は、「私たちの痛みや罪がいかに重くとも、主は私たちと共に、そして私たちのためにその重荷を背負ってくださいます。私たちが自分の弱さによってどれほど落胆していようとも、まさにその時こそ、神は御自身の力を現わしてくださるのです」と強調。

 「神は世界に命を与えるために、キリストを死からよみがえらせました。私たち一人ひとりが、救い主への信仰から来る新しい命の自由を体験できる。そのようにして、キリスト者は真に上から生まれ、神によってイエスの兄弟姉妹として新たにされ、秘跡によって養われる教会の一員となるのです」と語られた。

 

 

*教会は絶えず再生し、希望、尊厳、和解をもたらす存在

 

 教皇は、信者たちの間の霊的な一致がもたらす具体的な効果について、信徒たちに思いを巡らせるよう促され、「そこでは、誰もがすべてを持ち、一つの体の成員として互いの恵みを分かち合います… 貧困や抑圧に直面して、キリスト教徒の指針となるのは愛。神によって私たちの心に刻まれたこの律法に触発され、教会は絶えず再生し、最も必要とされている場所に希望、尊厳、そして和解をもたらしているのです」と説かれた。

 また「教会は、あらゆる言語や文化を持つ人々を受け入れている」とされ、「使徒たちは、主イエスの復活について力強く証しをし、彼ら全員に大きな恵みが注がれた。彼らを駆り立てる愛は、単なる道徳的義務以上のもの、すなわち救いのしるしです。使徒たちは、キリストが死者の中から復活されたからこそ、私たちの命は変えられる、と宣べ伝えています」と指摘された。

 

 

*牧者たちは使命を新たにするよう招かれている

 

 教皇はまた、司教や司祭たちに向けて、彼らに託された人々のために、この使命を絶えず新たにするよう促され、「教会全体が、私たちが出会う人々にとって、『新しい命』のメッセージ」となるべきことを、思い起こさせられ、「恐れに惑わされたり、他の困難によって証しを弱めたりしないように」と注意を与えられた。

 最後に、聖アウグスティヌスや殉教者たちの足跡に倣い、アルジェリアのキリスト教徒に対し、「この国において『塩』と『光』となるように」と促され、次のように励まされた。

 「アルジェリアの愛するキリスト教徒の皆さん、あなた方はこの地において、キリストの愛の謙虚で忠実なしるしであり続けています… ささやかな行動、誠実な人間関係、そして日々実践される対話を通じて、福音の証しを立ててください。そうすることで、あなた方は自分たちが暮らす場所に味わいと光をもたらすのです」。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2026年4月15日

・6月の枢機卿会議は「神の愛を伝えるという教会の使命について省察する」のが目的ー教皇が枢機卿たちへ書簡

File photo of Holy Mass with Cardinals participating in Consistory on 8 January 2026.01.08File photo of Holy Mass with Cardinals participating in Consistory on 8 January 2026.01.08  (@Vatican Media)
(2026.4.14   Vatican News)

 6月下旬の臨時枢機卿会議に先立ち、教皇レオ14世は14日公表された枢機卿たちへの書簡の中で、第二バチカン公会議の教会憲章「Evangelii gaudium」のテーマ、特にキリスト教入門のプロセス改革についてより深く省察することを求められるとともに、改宗活動への誘惑や「単なる維持や組織的拡大」という論理に対して警告された。

 「教会の使命は、自らの存続ではなく、神が世界を愛しておられるその愛を伝えることにある」-が、教皇の枢機卿宛て書簡の核心となるメッセージだ。

 臨時枢機卿会議は、聖ペトロ・聖パウロの祝日の直前の6月26日と27日にバチカンで開かれ、教皇が司式する聖体祭をもって閉幕する。教皇は、1月7日から8日にかけて開催された枢機卿会議の終了時に、今回の会議を予告しておられた。

 書簡の中で教皇は、1月の枢機卿会議で行われた取り組みに感謝の意を表し、集められた提言を、教会の識別を通じてさらに発展させるべき「永続的な価値を持つ資源」と評している。

*指針としての『福音の喜び』

 教皇は、教会の生活と使命における継続的な指針として、フランシスコ教皇の使徒的勧告『福音の喜び(Evangelii gaudium)』を挙げ、同勧告が「キリスト教および教会のアイデンティティの核心である『ケリグマ』にすべてを再焦点化する」もの、と指摘し、それを「司牧と宣教の回心のプロセスを開始しうる『新鮮な風』」と表現している。

*あらゆるレベルでの刷新が求められている

 教皇は、この視点がどのようにして教会に多面的な刷新を求めているかを概説。個人的なレベルにおいては、すべての洗礼を受けた人々に、「単に受け継がれた信仰から、真に体験され、生きた信仰へと移行し、キリストとの出会いを新たにする」よう呼びかけている。

 共同体のレベルにおいては、「維持に重点を置いた牧会的手法から、宣教的な牧会的手法への転換」が求められており、そこでは共同体が「宣教の生きた担い手」となり、人間関係への配慮と、伴走や癒しへの開放性が特徴となる、と指摘。

 教区レベルでは、司牧者の責任が強調されており、本質的なものに焦点を当てた識別を育みつつ、宣教の活力がいかなる「組織的な障害によっても重荷を背負わされたり、抑圧されたりしない」ようにすることが求められている、としている。

 

 

*キリストに根ざした宣教

 これらの考察から、宣教に対する統一的な理解が浮かび上がる。教皇はそれを「キリスト中心的、かつケリグマ的」なものとして描写し、それは人生を変容させることのできる出会いから生まれ、「征服ではなく、魅力によって」広まっていくものである、と述べている。

 そして、この宣教は「明確な宣教、証し、献身、対話を結びつける」ものであると同時に、「改宗活動への誘惑」や「単なる組織の維持・拡大という論理」を避けるものである、と述べ、「教会が少数派であるような状況においても、教会は、すべての人に希望をもたらす小さな群れとして生きるよう求められている」と強調している。

 

*具体的な優先事項

 将来を見据え、教皇はこの書簡で、さらなる考察が必要ないくつかの分野を挙げ、フランシスコの使徒的勧告『福音の喜び』からこれまでに受け継がれてきたものを率直に評価するよう求め、一部の側面が依然として「知られず、実践されていない」と指摘している。

 教皇が特定した優先事項には、キリスト教入門のプロセスの改革、使徒的・司牧的訪問の価値の再確認、そして「聖座のレベルを含め、より明確な宣教的視点から、教会のコミュニケーションの有効性を再検討する」ことの必要性が挙げられている。

*6月の枢機卿会議に向けて

 書簡の結びで、教皇は枢機卿たちの奉仕に対する感謝を改めて表明し、6月の臨時枢機卿会議に向けた準備について、詳細が追って通知されることを確認。そして、復活された主の希望に教会を委ねつつ、教皇は復活の祝いの挨拶を送り、すべての信徒に対し、教会の使命の核心、すなわち世の中で神の愛を証しすることを再発見するよう呼びかけておられる。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2026年4月14日

☩教皇、アルジェリア訪問初日:「対立と無理解に満ちた世界で、出会いと相互理解を求めよう」-各界代表・駐在外交団との会見で

(2026.4.13 バチカン放送)

  教皇レオ14世は、アルジェリア訪問初日の13日、首都アルジェの殉教者記念碑(マカーム・エシャヒッド)で献花をされた後、大統領官邸にアブデルマジド・テブン大統領を表敬訪問。続いて、市内のコンベンション・センターでアルジェリアの各界代表・駐在外交団と会見された。

 教皇は会見でのスピーチで、アルジェリアからの招待に感謝を表し、アウグスチノ会の任務のために2001年と2013年に同国のアンナバを訪れた後、今度は教皇として再訪が可能になったという、神の深淵な計画に思いをはせられた。

 「私は、「平和の巡礼者」として、気高いアルジェリアの方々との出会いを心待ちにしてこの国を訪れました」と語られた教皇は、「私たちは兄弟姉妹。なぜなら、天においでになる御父は同じだからです」とされ、「アルジェリアの皆さんの深い宗教心こそが、出会いと和解の文化の秘訣です」と強調。

 「対立と無理解に満ちた世界において、出会いと相互理解を求めましょう… 『私たち皆が一つの家族だ』という単純な認識こそが、多くの閉ざされた扉を開く鍵となるのです」と語られた。

 さらに、教皇は、「アルジェリアの謙虚で正義感あふれる人々が、日々の生活に深く根ざした連帯ともてなしの精神、共同体意識に支えられ、あらゆる試練にも屈せず生き抜いてきた歴史」を振り返り、「皆さんこそが強い人々であり、未来を担う人々です」と言明。

 アラブ人やベルベル人の共同体に深く根付いたもてなしの精神や施し(サダカ)の価値に触れる中で、「サダカ」という言葉は本来、正義を意味するものであり、「自分の持っているものを独り占めにせず、分かち合うことは、まさに正義」と指摘され、「富を蓄えながらも他者に無関心な者は不正な者であり、慈悲の心の欠けた宗教と連帯のない社会生活は神の御目に恥ずべきことです」と話された。

 そして、「無理解や対立を広げることなく、一人ひとりの尊厳を尊重し、他者の苦しみを感じ取ることで、皆さんは新たな歴史の潮流の主役となることができます… 国際法の侵害や新植民地主義の誘惑に絶えず直面する今日、そうすることは急務の課題となっている」と強調された。

 教皇はまた、「国の真の強さは、国民一人ひとりの共通善の実現における協力によって生まれます… 権力を持つ者は支配するのではなく、国民に奉仕し、その発展に貢献すべきです」とも語られた。

 さらに教皇は「地中海とサハラ砂漠を併せ持つアルジェリアは、地理的にも精神的にも極めて重要な交差点… 世紀にわたり人々と文化がその往来を通して豊かにされてきた場所である海と砂漠が、希望の墓場になることがないように、平和のオアシスを広げ、絶望の根源を取り除き、他者の不幸から利益を得る者たちと闘いましょう」と呼びかけられた。

 また、アルジェリアの社会においても、「世界の他の場所と同じように、宗教的感情と現代生活との間に緊張を抱え、原理主義と世俗化という相反する力が顕在化していること」に言及され、「批判精神と自由な思考、傾聴、対話。他者を脅威ではなく、旅の仲間として認識する信頼関係を築く教育が必要とされています」と指摘された。

 最後に教皇は、「過去の傷を癒し、古くからの対立関係を和解させるための努力」を呼びかけながら、アルジェリアとその国民に、神の豊かな祝福を祈られた。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2026年4月14日

☩「私はトランプ政権を恐れないし、福音の『平和』のメッセージを語ることも恐れない」-教皇、アフリカ4か国訪問開始、アルジェリアへの機中で

(2026,.4.13  Vatican News )

    教皇レオ14世は13日、11日間にわたるアフリカ4か国訪問を開始され、最初の訪問地アルジェリアに向かう機内で、トランプ米大統領の最近の発言*に関する同行記者団の質問に答え、「私は政治家ではありません」と前置きしたうえで、「平和と対話を促進すべく、今後も戦争に強く反対し続けます」と言明された。

*トランプ米大統領は12日夜、自身の外交・移民政策を批判したとして、教皇レオ14世を非難し、「教皇レオは犯罪対策に弱腰で、外交政策もひどいものだ」とTruth Socialへの投稿で述べた。

 教皇就任後3回目となる今回の海外司牧訪問で、教皇は、アルジェリア(4月13日-15日)、カメルーン(4月15日-18日)、アンゴラ(4月18日-21日)、赤道ギニア(4月21日-23日)を歴訪される。23日まで、11日間にわたる長い旅程は、聖ヨハネ・パウロ2世の1985年のアフリカ7か国訪問(11日間)と並ぶものとなる

 

 

*「私は政治家ではない。ただ『平和』の福音のメッセージについて語るだ」

 

 機中会見で教皇はまず、「自分の役割を政治家のそれとは見ていません。私は政治家ではないし、彼(トランプ大統領)と議論を交わすつもりもありません」と述べられた。

 そのうえで、「私は、福音のメッセージが、一部の人々が行っているように悪用されるべきではない、と考えます。私は引き続き戦争に強く反対し、問題の解決策を見出すために、国家間の平和、対話、多国間主義を促進するよう努めます。今日、あまりにも多くの人々が苦しみ、あまりにも多くの罪のない命が失われている。誰かが立ち上がり、『もっと良い道がある』と言わねばならない、と確信しています」と強調。

 そして、自身の教皇就任当初から訴え続けて来られた「平和」という呼びかけを改めて繰り返され、「これは彼(トランプ大統領)だけでなく、世界中の指導者全員に向けた言葉だ。戦争を終わらせ、平和と和解を推進しようではありませんか」と訴えられた。

 同じ質問をした米人記者に対し、教皇は「私はトランプ政権を恐れていないし、福音のメッセージを力強く語ることも恐れない。それが私の使命であり、教会の使命だと信じているからです」と言明する一方、「私たちは政治家ではありません… 彼が理解するような視点で外交政策を扱うわけではない。しかし、平和の使徒として、福音のメッセージを信じています」と述べられた。

*米国司教団はトランプ発言に「落胆」

 米国カトリック司教協議会のポール・スタッグ・コークリー会長は同日発表した声明で、トランプ大統領の発言に「落胆した」としたうえで、「教皇は彼のライバルではなく、また政治家でもない… 教皇はキリストの代理者であり、福音の真理に基づき、人々の魂の救いのために語るのだ」と述べている。

*「平和」はアフリカ訪問の主要テーマ

 

「平和」は、今回のアフリカ4か国訪問の主要なテーマの一つだ。教皇は記者団に、この本格的な海外巡礼が、「教皇就任後初のものとなることなど、いくつかの理由から特別です」と述べ、その一つとして、聖アウグスティヌスの地を再訪できる喜びを表明された。聖アウグスティヌスは「宗教間対話において極めて重要な架け橋」となっており、「司教を務めた地を訪れる機会を得たことは、私自身にとって祝福であると同時に、教会にとっても、世界にとっても祝福です。なぜなら、私たちは常に平和と和解を築くための架け橋を求めなければならないからです」と強調。

 教皇は記者団への挨拶の締めくくりとして、今回の旅の全体的な使命について、「同じ声、同じメッセージを持って前進し続けること。私たちが成し遂げたいのは、すべての民に対する平和、和解、尊重、そして配慮を促進することです」と言明された。

*アルジェリアの首都アルジェに到着、大統領の出迎えを受けられた

 教皇の専用機は現地時間13日夕、首都アルジェに着陸し、教皇はアルジェリア人民民主共和国のアブデルマジド・テブーン大統領の出迎えを受けられた。そして、雨の降る中、教皇は空港内のサロン・ドヌール(栄誉の間)へ直行され、民族衣装をまとった少女たちから花束を贈られた後、儀仗隊の国歌演奏など歓迎式典に出席、テブーン大統領と短い非公開の会談をされた。この後、教皇はアルジェリアへの3日間の訪問における最初の訪問先として、マカム・エシャヒド(殉教者記念館)へ向かわれた。

 

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2026年4月13日