☩「子供たちは神がくださる最も素晴らしい賜物」ー教皇、年間第27主日の正午の祈りで

   教皇フランシスコは6日、年間第27主日の正午の祈りの説教で、キリスト教徒のカップルを、愛、結婚を固く守るよう、そして、命の素晴らしい賜物を望まれ、価値あるものとして歓迎さするよう励まされた。

 「配偶者たちにとって、命という贈り物、つまり愛の最も美しい果実、神からの最大の祝福、すべての家庭と社会全体にとって喜びと希望の源である子供たちを受け入れることが不可欠であることを忘れないようにしましょう」-聖ペトロ広場に集まった何千人もの信者に語りかけた教皇は、この日のミサで読まれたマルコ福音書でイエスが語られている夫婦愛の箇所(10章2~12節)を取り上げられた。

 教皇は、一部のパリサイ人が主に「物議を醸す問題」、つまり夫と妻の離婚について挑発的な質問をしたことを思い起され、「彼らはイエスを口論に引きずり込もうとしていたが、イエスはそれを許しません… 代わりに、主はこの機会を利用して、神の計画における男女間の愛の価値に関する重要な議論に人々の注意を向けています」と指摘。

 そして、「イエスの時代、結婚生活における女性の立場は男性に比べて非常に不利だった。夫は妻を追放したり離婚したりすることができ、些細な理由であっても、聖書の律法主義的な解釈によって正当化された。そうした中で、主は対話の相手を愛の要求へと連れ戻します」と語られた。

 また教皇は、「イエスが彼らに、創造主によって女性と男性は尊厳において平等とされており、多様性において補完し合う存在として意図され、お互いが『相手の助け手』、仲間となることを可能にしたことを、彼らに思い起させます」とされ、「このことを実現するために、互いの贈り物が中途半端なものでなく、完全で魅力的なものである必要性をイエスは強調し、結婚は『新しい人生の始まりとなること』(マルコ福音書10章7節、創世記2章24節参照)。それは『私が望む限り』ではなく、永遠に続く運命にあり、お互いを受け入れ、『一体』として結ばれて生きること(マルコ10章8節、創世記2章24節参照)」であると言われています」と説かれた。

 さらに、結婚生活においては、困難の中でも忠実であること、敬意、誠実さ、単純さ、そして「対立を受け入れ、時には必要なときには議論を受け入れること、そして常に相手を許し、和解する用意があること」が必要、と強調され、配偶者たちに、「あなたがた口論したり、意見が食い違ったりしても、決して和解せずに一日を終えることのないように」と助言された。

 また、米国の教会が今日、10月の第1日曜日を「生命を尊ぶ日曜日」と定めているが、「子供たちは神の『最大の祝福』、夫婦にとって、命という賜物、子供たちを受け入れる心構えが不可欠だです」と教皇は述べ、子供たちを「愛の最も美しい実り」、「神からの最大の祝福」、「すべての家庭と社会全体にとっての喜びと希望の源」と呼ばれた。

 そして、キリスト教徒の夫婦に子供を持つことを受け入れる心構えをもつよう促され、愛は「要求が厳しいこと」を認めながらも、美しいものであり、「愛に身を委ねれば委ねるほど、真の幸福を見出すことができます」と強調され、次のように自問することを求められた―「私たちの愛はどうなっているだろうか?それは誠実か?寛大か?私たちの家族はどうなっているだろうか、彼らは命、子供たちという贈り物を受け入れているだろうか?」

 説教の最後に教皇は、キリスト教徒の配偶者たちを助けてくださるよう聖母マリアに祈られ、「ポンペイの聖堂に集まった信者たちと精神的に一体となって、聖母マリアにより頼みましょう… 伝統的なロザリオの祈りを聖母マリアに捧げましょう」と呼びかけられた。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

 

2024年10月6日

☩教皇フランシスコ、改めて中東地域での即時停戦を強く訴え

War in the Middle EastWar in the Middle East  (AFP or licensors)

(2024.10.6  Vatican News   Deborah Castellano Lubov)

教皇フランシスコは6日の正午の祈りの最後に、中東地域での戦争の即時停止を改めて強く訴えるとともに、さらに大きな戦争に拡大させないよう警告された。また、人質の解放、そして戦争で困窮する人々への人道支援促進の必要を強調された。

 教皇は「明日7日は、イスラエルの人々に対するテロ攻撃から1年になります。私は彼らに改めて同情の意を表します」としたうえで、「ガザにはまだ多くの人質がいることを私たちは忘れてはなりません」と訴え、彼らの即時解放を求められた。

 そして、「中東地域はこれまで以上に大きな苦しみに陥り、破壊的な軍事行動がパレスチナ人や他の国・地域の人々に影響を与え続けています」と述べ、「彼らはほとんどが罪のない民間人であり、必要な人道支援をすべて受けなければならない人々です」として、関係各国、国際機関に人道支援の促進を呼びかけた。

 また教皇はレバノンを含むすべての戦闘が行われている国・地域での「即時停戦」を関係国指導者たちに強く求め、世界中の信者たちに「村を離れざるを得ないレバノンの人々、特に南部の住民のために」祈るよう呼びかけた。

 さらに、「私は国際社会に、復讐の連鎖を終わらせ、今回のような攻撃をこれ以上止めるよう呼びかけます… 数日前にイランが実行したイスラエルへの攻撃は、この地域をさらに大きな戦争に巻き込む可能性がある」と警告。「すべての国家には、平和と安全の中で存在する権利があり、その領土は攻撃されたり侵略されたりしてはなりません。国家主権は対話と平和によって尊重され、保証されねばならない。憎悪と戦争はあってはなりません」と訴えられた。

 教皇はこのことに関連して、6日午後にローマのサンタ・マリア・マッジョーレ聖母マリア大聖堂を訪れ、平和のためのロザリオを祈ることを思い起こした。

 先週水曜日、シノダリティ(共働性)に関する世界代表司教会議(シノドス)総会第2会期の開会ミサで、教皇は7日を「平和のための断食と祈りの日」とすることを発表されている。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

2024年10月6日

☩教皇、世界平和のため6日に「ロザリオの祈り」、7日を「祈りと断食の日」とすることを世界の全信者に呼びかけ

(2024.10.3バチカン放送)

 教皇フランシスコは2日、世界代表司教会議(シノドス)第16回通常総会の第2会期開会ミサの宣教の中で、世界の平和を祈るため、6日にローマの聖マリア大聖堂でロザリオの祈りをすることを発表された。また翌7日を「世界平和のための祈りと断食の日」とすることも同時に発表され、世界の信者たち参加を呼びかけられた。

 教皇はこれらの決定をされた理由として、世界に目を向けつつ、「人類に奉仕し、福音の喜びを伝える、キリスト教共同体の務め」を強調されたうえで、「戦争の嵐が吹きすさび、暴力の火が人々や国々を愕然とさせている、この歴史の激動の時、私たちキリスト教共同体が務めを果たすことが強く求められているのです」と説かれた。

(編集「カトリック・あい」)

2024年10月3日

☩教皇、帰国途上の機上会見で、女性の役割、ヒズボラ攻撃激化、聖職者の性的虐待などについて語る

(2024.9.29 Crux   Senior Correspondent Elise Ann Allen)

 4日間のルクセンブルク・ベルギー訪問を終えられた教皇フランシスコは29日、ローマ帰途の機上で記者会見をされ、ルーベン・カトリック大学を訪問された際の女性に関する発言が反発を受けていること、イスラエスのヒズボラ攻撃の激化、聖職者による性的虐待問題などについて、質問に答えられた。

*教会における女性の役割―「私が保守的だ、という批判は馬鹿げている」

 

 機上会見で教皇は、ベルギー訪問中の女性についての自身の発言に対する批判に関して、「女性を”男性化”することは『キリスト教的』でなく、『誇張されたフェミニズム』の産物です」と反論。アルゼンチンにおける古典的な比喩である「タンゴ」(注:アルゼンチンタンゴがヨーロッパに渡り、全く別の踊りとして変化した、いわゆる”コンチネンタル・タンゴ”を「厄介な友人」の比喩として使う)に言及し、女性やカトリック教会における女性の役割に関して保守的な考え方を持っているという主張は馬鹿げたこと、とほのめかした。

 また教皇が、1990年に中絶を合法化する法律に署名する代わりに1日だけ辞任したベルギーのボードアン元国王に言及し、「彼は『ズボンをはいた政治家』を求めたのです」と元国王の勇気を称えたことも、女性を中心に反発を呼んだ。

教皇はこの機上会見で、「女性を特徴づけるもの、真に女性らしいものは、合意やイデオロギーによって規定されるものではありません。尊厳自体が紙に書かれた法律ではなく、私たちの心に書かれた本来の法律によって保証されるのと同じです」とも語った。そして、「女性らしさには、独自の強さがあります… 女性は、男性よりも重要。なぜなら教会は女性であり、女性はキリストの花嫁だからです」と言明。

「女性たちにとってこれ(私の発言)が保守的に見えるなら、私はカルロ・ガルデルだ」と有名なフランス系アルゼンチンタンゴ・ミュージシャンの名をあげ、そうした考えが馬鹿げていると考えていることを示唆した。さらに、「女性は男性と平等であり、平等なのです… 女性らしさを”男性化”することを望む誇張されたフェミニズムは機能しない。『機能しない男性主義』と『機能しないフェミニズム』があり、機能するのは、司祭の奉仕よりも偉大な女性教会です」と語った。

 

 

*元国王の列福推進―死刑法案への署名拒否、退任は勇気ある行為だった

 

ボードアン元国王の列福を推進するという自身の決断について尋ねられた教皇は、「国王は勇敢でした。死刑法に直面したにもかかわらず、署名せずに辞任したからです。これには勇気が必要だった。これを実行するには、政治家としての自信が必要でした。勇気が必要です」と答えた。この発言は一部から批判を受ける可能性が高い。

*イスラエル軍のヒズボラ攻撃―“均衡”を欠いている、他の戦争を含めて即時停戦を

 また、イスラエル軍が週末にレバノン全土でヒズボラを標的とした数十回の空爆を実施し、ヒズボラの指導者など多数を殺害する事態となっているが、こうした行為を「やりすぎ」と感じているか、との問いに対しては、現在の状況に心を痛めていることを示すように顔に手を当て、「ガザのカトリック教区に毎日電話をかけ、約600人が避難していること、『そこで起きている残酷さ』について説明を受けています」と説明。

「防衛は常に攻撃に比例していなければならない。今の状況は不均衡で、道徳を超えた支配的な傾向が見られます」とし、「軍隊を駆使してこのようなことをこれほどまでに卓越したやり方で行っている国、つまり私が話しているのはどの国でも同じですが、これは不道徳な行為です」と批判され、戦争自体が不道徳だが、戦争のルールは「守られなければならない」道徳を示すものであり、「そのルールが守られない場合、これら行為に『悪意』があることは明らかです」と言明された。

教皇は29日のブリュッセルでの主日のミサ後の正午の祈りでも、この問題に触れ、「寛容と平和共存の地域的メッセージ」として常に称賛されてきたレバノンが、今や「苦悩のメッセージ」となっていると嘆かれ、「この戦争は国民に壊滅的な影響を及ぼしている。中東では毎日、あまりにも多くの人々が亡くなり続けています」として、関係国、組織の指導者に即時停戦を求めている。

 

*聖職者の性的虐待―被害者のケアだけでなく加害者の処罰が必要、司教は隠ぺいしてはならない

 聖職者による性的虐待スキャンダルについて、また28日夜にベルギーの被害者たちと面談し、その際に要請リストを渡されたことについて尋ねられた教皇は、「虐待の被害者の声に耳を傾けることは義務です」と答えた。さらに、「家庭や教育機関と教会の虐待の割合がどうであろうと、私にとって問題ではない… 私たちには虐待を受けた人々の声に耳を傾け、彼らをケアする責任があります。被害者の中には、心理療法が必要な人もいる」とし、「被害者のケアだけでなく、加害者も処罰されなければならない」と強調。

「虐待は、『今日は罪でも、明日は罪ではないかもしれない』というものではない。それは心理的な傾きであり、精神的な病気であり、私たちは、(性的虐待をした)彼らを治療せねばなりません… 教区や学校に責任を負わせながら、虐待した者を普通の生活の中で自由にしておくことはできません」と、主日のミサの説教での言葉からさらに踏み込み、さらに「司祭が告発され有罪判決を受けた後、司教の中には教区や子供たちから離れた図書館で働く任務を与える者もいます。このような行為は改めねばならない。教会の恥は『隠蔽すること』です。私たちは隠蔽してはならない」と強い言葉で司教たちの”隠蔽体質”を批判した。

 

 

*中絶問題―女性には子供たちの命に対する権利がある

 教皇はまた、中絶の問題にも触れ、女性には「生きる権利、自分の命、そして子供たちの命に対する権利があります」と述べた。

これまでも教皇は、中絶を「殺人」と呼び、「人間を殺している」と述べ、中絶を行う医師を「ヒットマン」と呼んているが、会見では、「女性には命を守る権利があります。ただ、『避妊』は別の話です。混同しないでください。今、私は『中絶』についてのみ話しています。これについては議論できません。申し訳ありませんが、これが真実です」と語った。

注*ベルギーでは、聖職者による性的虐待スキャンダルをめぐり、カトリック教会が政府当局から強い批判を受けており、カトリック大学の指導者たちも、女性の司祭叙階やLGBTQ+の人々のさらなる教会行事などへの開放など、進歩的な改革を求めている。

 訪問中、教皇は教会の虐待危機を恥じ、改革を実施する必要性について率直に発言しており、最終日の主日のミサの説教でも、性的虐待とその隠蔽について司教、司祭、一般信徒の区別なく厳しい態度をとるべきことを強調され、参加した信者たちから強い支持を受けた。

 だがその一方で、その日に先立つルーヴァン・カトリック大学での教会における女性の役割についての教皇の言及について、同大学は声明を出し、「理解できず、非難する」としたうえで、教皇の姿勢を「決定論的で単純化している」と批判、「いかなる差別もなしに」さらなる包摂を推進するよう求めた。29日のミサでも、参加した女性の何人かが教皇が女性の司祭叙階を否定していることに対して、白い服を着て抗議している。

注*フランシスコ法王は9月26日から29日までルクセンブルクとベルギーを訪問された。主な目的は、ルーヴェン(Leuven)大学とルーバン( Louvain)大学の創立600周年を祝うこと。ルーヴェン大学とルーバン大学の起源は1425年で、現在のベルギーに1つの大学が法王マルティン5世によって設立されたが、1960年代に分裂し、オランダ語圏のルーン・カトリック大学(KU)とフランス語圏のルーバン・カトリック大学(UCL)という別々の大学となって現在に至っている。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

・・Cruxは、カトリック専門のニュース、分析、評論を網羅する米国のインターネット・メディアです。 2014年9月に米国の主要日刊紙の一つである「ボストン・グローブ」 (欧米を中心にした聖職者による幼児性的虐待事件摘発のきっかけとなった世界的なスクープで有名。映画化され、日本でも全国上映された)の報道活動の一環として創刊されました。現在は、米国に本拠を置くカトリック団体とパートナーシップを組み、多くのカトリック関係団体、機関、個人の支援を受けて、バチカンを含め,どこからも干渉を受けない、独立系カトリック・メディアとして世界的に高い評価を受けています。「カトリック・あい」は、カトリック専門の非営利メディアとして、Cruxが発信するニュース、分析、評論の日本語への翻訳、転載について了解を得て、掲載しています。
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2024年9月30日

☩「レバノン、ガザ、パレスチナ、そしてイスラエル、即時停戦を!」教皇、ブリュッセルでの主日の正午の祈りで

(2024.9.29 Vatican News   Linda Bordoni)

    ベルギー訪問最終日の29日、教皇フランシスコは首都ブリュッセルのボードアン国王スタジアムで3万人が参加したミサ後の正午の祈りの最後に、中東での戦争の激化に深い懸念を表明、すべての当事者に対し「レバノン、ガザ、パレスチナ、そしてイスラエルで即時停戦」をするよう、強く訴えられた。

 「私はすべての当事者に対し、これらの地域での即時停戦するよう要請します… 人質は解放されねばならず、人道支援は認められねばなりません」とされた教皇は、特に、「レバノン紛争の激化を、引き続き苦痛と大きな懸念をもって見守っています… レバノンは”メッセージ”です。しかし今、そのメッセージは引き裂かれつつあります」と強い危機感を表明された。

 教皇がこのように訴えられたのは、イスラエル軍が29日、レバノンでヒズボラのさらなる標的を攻撃し、さらにヒズボラ指導者を殺害した、と発表した直後だった。前日には過激派グループがハッサン・ナスララの死亡を確認し、より広範囲な戦争への懸念が高まっている。攻撃で数百人が死亡し、数千人が負傷した。11か月にわたる容赦ない爆撃でガザを壊滅させたイスラエル軍は、昨年10月7日のハマスによるイスラエルへの大規模攻撃に続く数か月にわたる致命的な国境紛争に続いて、レバノンへの攻撃を開始している。

 教皇は、「この戦争は、国民に壊滅的な影響を及ぼしています。中東では毎日、あまりにも多くの人々が亡くなり続けています」と嘆かれるとともに、犠牲者とその家族のために祈りを捧げるよう求め、善意を持つすべての人々に、ロシアの攻撃で苦しみ続けるウクライナも忘れることのないように求め、「平和のために祈りましょう」と呼びかけられた。

 教皇はまた、29日が「神はその民と共に歩む」をテーマにした「世界移民・難民の日」であることを思い起こされ、「これまでも、そして今も、多くの移民の目的地となっているこの国、ベルギーから、私は欧州諸国と国際社会に対し、移住という現象を友愛の中で共に成長する機会として捉えるよう、改めて訴えます… そして私は、すべての移民の兄弟姉妹の顔に、私たちの間で客人、巡礼者となったイエスの顔を見るよう、すべての人に呼びかけます」と語られた。

 また、この日、ベルギーを発ち、ローマに戻った後、「信仰の人としての模範が指導者たちを照らすであろうボードアン国王の列福手続きを開始する」意向であることを明らかにされ、「ベルギーの司教たちに、この大義を推進するようお願いしたい」と求められた。

 最後に教皇は、平和と友愛の努力を改めて全ての人に訴え、ベルギーで受けたもてなしと、企画したすべての人々の働きに感謝するとともに、この日を共に過ごすためにオランダ、ドイツ、フランスからやって来た多くの信者にも感謝された。そして、聖母マリアに平和の賜物を託され、「マリアのとりなしを通して、戦争で荒廃したウクライナ、パレスチナ、イスラエル、スーダン、ミャンマー、そして戦争で傷ついたすべての土地のために、神に平和の賜物を願いましょう」と信者たちを促された。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2024年9月29日

☩教皇連続講話「聖霊について」⑦「イエスは私たちを悪魔の欺瞞から守ってくださる」

2024年9月25日

☩「レバノン情勢悪化は容認できない、転落阻止へあらゆる努力を」ー教皇、水曜一般謁見で

A residential building in southern Beirut with upper floors hit by an Israeli strike on 24 SeptemberA residential building in southern Beirut with upper floors hit by an Israeli strike on 24 September  (AFP or licensors)

 

2024年9月25日

☩「『人新世』の自然や生態系への深刻な影響、AIの負の側面」を警告ーバチカン科学アカデミー総会へ

教皇庁立科学アカデミー本部 バチカン市国・ピオ4世のカシーナ教皇庁立科学アカデミー本部 バチカン市国・ピオ4世のカシーナ 

(2024.9.23   バチカン放送)

 教皇フランシスコが23日、「持続可能な人新世のための科学−イノベーションの機会、課題、リスク」をテーマに25日まで開かれている教皇庁立科学アカデミーの総会にメッセージを託された。

 教皇は軽いエンフルエンザ症状のため、23日朝に予定されていたアカデミー会員らとの出会いを取り消された。バチカン広報局によると、教皇は26日から29日にかけてルクセンブルグ、ベルギー訪問を控えていることもあり、大事をとって公務をお休みになった。

 科学アカデミーの総会参加者に向けて用意された挨拶で教皇は、人類が自然や生態系に与える強い影響をめぐり、ますます深まる恐れがあることに言及。同アカデミー会員だったパウル・クルッツェン教授(1933-2021)が、被造物へのこうした影響を総称して「『人新世(アントロポセン)』の時代」と呼んだことを知った、とされた。

 *注*人新世(じんしんせい、ひとしんせい)とは、ノーベル化学賞受賞者のドイツ人化学者パウル・クルッツェンとアメリカ人生態学者ユージン・ストーマーが提唱した「人類の時代」という意味の新たな時代区分。人類が地球の生態系や気候に大きな影響を及ぼすようになった時代を指し、現在の「完新世(かんしんせい、地質時代の新生代第四紀の後半の時代のこと)」の次の地質時代を意味する。原語の「Anthropocene(アントロポセン)」は、ギリシャ語で「人間」を意味する anthropo-(アントロポ)と「新しい」を意味する -cene(セネ)に由来した造語。

 そして、同アカデミーには「人間の活動が被造物に与える累積的影響をいち早く認識し、それに伴うリスクや問題を研究してきた人々がいる」ことに触れつつ、「『人新世』が自然と人間に対し、とりわけ気候危機と生物多様性の喪失においてもたらしつつある劇的な影響が次第に明らかになっています」と指摘。

 同アカデミーが、「特に貧しい人々や社会から疎外された人々への影響を考慮しながら、これらの問題に関心を注ぎ続けていること」に感謝されるとともに、「科学が、物理的世界を知り理解することの追求において、人間個人と全人類の尊厳を高め、それに奉仕するためにその知識を用いることの大切さを見失うことがないように」と願われた。

 さらに、「世界が深刻な社会的、政治的、環境的課題に直面する今、包括的な公的議論が、多様な科学分野だけでなく、社会を構成するあらゆる人々の参加から情報を得た、より広いコンテキストを必要としていることは明らか」とされ、このような観点から、様々な会議を通し、疎外された人や貧しい人に関心を向け、先住民族と彼らの知恵をその対話に取り入れている同アカデミーの方針を歓迎された。

 続けて教皇は、今総会は、新たな科学とイノベーション、科学と地球の健康のポジティブな関係をもテーマとして扱っているが、特に「AI(人工知能)の進歩が、医療・健康分野での技術革新や、自然環境の保護、気候変動を考慮した資源の持続可能な利用等に役立つこと」を期待された。

 一方で、「AIが一般の人、特に子どもや弱い立場にある人に深刻な悪影響を与える可能性」や、「(誤った)世論を形成し、消費者の選択に影響をおよぼし、選挙プロセスに干渉するために操作的に利用されるリスク」を認識・防止する必要を指摘。

 「全人類の生活の質を向上させることなく、逆に不平等や紛争を悪化させるような技術開発は、決して真の進歩とはいえません」(2024年度「世界平和の日」メッセージ)とされ、「人工知能が個人や国際社会に与える影響をめぐり、より多くの関心と研究の必要」を強調。このような複雑な分野におけるリスクを防ぎ、利点を促進するために、適切な基準の提案に取り組む同アカデミーの関係者たちを励まされた。

(編集「カトリック・あい」)

2024年9月24日

☩「真の偉大さは、最も弱い者へのいたわりの中にある」教皇、年間第25主日の正午の祈りの説教

(2024.9.22 Vatican News   Thaddeus Jones)

 教皇フランシスコは22日、年間第25主日の正午の祈りに先立つ説教で、「真の力と偉大さは最も強い者が支配することではなく、最も弱い者をいたわることにある」という主の言葉を強調された。

 説教で教皇は、この日のミサで読まれた福音の箇所(マルコ9章30‐37節)で、イエスが弟子たちに、「人の子は人々の手に渡され、殺される。殺されて3日の後に復活する」と告げられた時の、彼らの反応を思い起こされ、「弟子たちは主が何を意味しているのか理解しておらず、それよりも誰が一番偉いかに、関心があったのです』と語られた。

 この場面で、「イエスが弟子たちに『何を論じあっていたのか』とお尋ねになった時、弟子たちが黙っていたことが、非常に示唆的です」とされ、「この沈黙は、主の前で、自分たちの中で誰が一番偉いのかを論じ合った自分たちの恥の認識から生じたもの。主の言葉を聞いて理解しようとする自分たちの心を閉ざした、彼らの”自負心”を反映しています」と指摘された。

 そして、「主が、すべての人への贈り物―奉仕、謙遜―としてお捧げになるご自身の命の意味について語った時、それは、彼らの懸念とは正反対のことでした」とされ、イエスは、そうした弟子たちに対して、「『いちばん先になりたい者は、すべての人の後になり、すべての人に仕える者となりなさい』と諭されたのです」と強調。

 「イエスは、真の力とは、最も強い者が支配することではなく、最も弱い者をいたわることだ、と教えられる。これが、弟子たちにイエスが「私の名のためにこのような子供の一人を受け入れる者は、私を受け入れるのだ」と言われ、彼らの真ん中に立つように子供を呼び寄せた理由です… 子供には力がなく、人々が生きるために助けを必要とするのと同じように、他の人に依存しています」と説かれた。

 そのうえで、教皇は、この子供だけでなく、「私たちは皆、他者のいたわりと愛のおかげで生きている… 人の権力への渇望は、その真実を忘れさせてしまう。支配することを求め、奉仕しないことは必然的に苦しみを生みます。それを最初に感じる人は『小さな者、弱い者、貧しい者』なのです」と語られ、「権力闘争のためにどれほど多くの人が苦しみ、死んでいくことでしょう!彼らの命は、イエスを否定したように、世界が否定している… しかし、福音は生き続け、希望に満ちている。命を否定した方が復活した。それが主です!」と強調された。

 最後に、教皇は、「私たちの周りの人々、特に最も小さくて小さな者の中にイエスを見る方法を知っているか?」「隣人を気遣い、私たちを助けてくれた人々に感謝しているだろうか?」と自問するよう信者たちに勧められ、「聖母マリアのように虚栄心から解放され、奉仕の用意ができるように、共に祈りましょう」と呼びかけられた。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

2024年9月22日

☩「戦いの最前線で緊張が高まっている、苦しむ人々を忘れず、平和を祈りづつけよう!」教皇、正午の祈りで

Over 650,000 Palestinian students in Gaza deprived of right to education, says ministryOver 650,000 Palestinian students in Gaza deprived of right to education, says ministry  (ANSA)

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

2024年9月22日

☩「財政赤字ゼロ達成に向けて連帯して努力を」教皇、枢機卿団にバチカン経済・財政改革推進の書簡

File photo of Pope Francis addressing the Roman CuriaFile photo of Pope Francis addressing the Roman Curia  (Vatican Media)

*経済・財政改革の必要性

 続けて教皇は、2013年の教皇選挙に先立つ様々な会議で広く議論されたテーマである経済・財政改革に引き続き重点を置く必要があることを強調。「過去数年で、枢機卿団の多くのメンバーが過去に行ってきた改革の要請に、先見の明があったことが明らかになった」とされ、さらに、これらの改革の取り組みは「使命に奉仕する経済的資源は限られており、厳格かつ真剣に管理されなければならない、という認識を高めるのに役立ちました」と評価。

 そのうえで教皇はこの書簡で、聖座の財政赤字を解消するための新たな取り組みの必要を強調され、バチカンの各省、各機関に対し、実現可能な目標として「赤字ゼロ」の達成に向けて取り組むよう促されるとともに、財務改善のために導入された倫理的方針の実践、そのための支援を得るために外部の資源を求めることを奨励された。そして、「こうした取り組みは、教会に奉仕する透明性と責任ある管理の模範となるべきです」と述べられた。

*連帯とコスト削減の努力

 書簡の中で、教皇は、バチカンの各機関間の連帯の重要性についても語られ、「聖座の諸機関は、良き家族の連帯から学ぶべきことがたくさんあります… 経済的に恵まれている人々は、困っている人々を助けます」とし、このような寛大さは福音に根ざしており、教会外の人々に寛大さを求めるための必要な基盤である、と語られた。

 教皇はまた、バチカン内での不必要な経費を削減するための具体的な措置を求め、教皇庁に対し、その運営において「必要不可欠」の精神を取り入れ、「余分なものを避け、優先事項を慎重に選択し、相互の協力と相乗効果を促進する」よう促された。そして、「今日、私たちは、福音宣教の将来を確保するよう求められており、大きな責任を伴う戦略的決定に直面していることを認識する必要があります」と強調された。

*勇気と協力

 書簡の結びで教皇は、枢機卿たちに、「勇気、奉仕の精神、寛大さ」をもって進行中の改革を支援するよう求め、知識と経験を共有することで建設的にプロセスに貢献するよう強く求められ、「各機関の活動は『教会に奉仕する』という共通の使命のもとに結束した、より大きな全体の一部を形成しているのです… したがって、教会の善という唯一の目標に向けた真の協力と連携は、私たちの奉仕の必須要件なのです」と、改めて自覚と努力を求められた。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

2024年9月21日

☩「アジア・オセアニアには生き生きと、喜びにあふれる信仰がある」-水曜恒例の一般謁見で4か国歴訪を振り返って

Pope Francis in Timor-Leste  (Vatican Media)

 

*インドネシア―カトリック教徒は全人口の3%、でも教会は活気に満ち、賜物を皆に与えている

 

 

そして今回の訪問先の国ごとに振り返られた教皇は、まず、インドネシアについて、キリスト教徒が全人口の約 10%、カトリック教徒が約 3% だが、「私が出会ったのは、違いを調和させる非常に高貴な文化を持ち、しかも世界最大のイスラム教徒人口を持つこの国で、福音を生き、伝えることのできる、活気に満ちたダイナミックな教会でした」と指摘。

「『信仰、友愛、思いやり』が、この国の訪問のモットーでした… これらの言葉を通して、福音は毎日、具体的に人々の生活に入り込み、死んで復活されたイエスの賜物を、彼らに与えています」と語られ、また、これらの言葉は「橋のようであり、ジャカルタ大聖堂とアジア最大のモスクを結ぶ地下道のようであり、そこに、平和と反戦争に向けて取り組むために、友愛が”未来”であることを、私は知りました」と称えられた。

*パプアニューギニア―宣教する教会の素晴らしさを見つけた、福音を“酵母”に総合的発展モデルの”実験室”

 

 

パプアニューギニアで、「宣教する教会の素晴らしさを見つけました」と教皇は語られ、「広大な太平洋に向かって広がる群島で活動する宣教師やカテキスタたち」を思い起こされた。

そして、「宣教師やカテキスタたちとしばしの間、一緒にいることができて、心が躍りました。若者たちの歌や音楽を聞いて感動しました。彼らの中に、部族間の暴力や依存、経済的またはイデオロギー的な植民地主義のない新しい未来、友愛と素晴らしい自然環境への配慮の未来を見ることができました」と語られ、「この国は、福音の”酵母”に触発された総合的発展モデルの”実験室”として機能できる」と希望された。

*東ティモール―試練を受けながらも喜びにあふれている、子供たちの笑顔を私は忘れない

 

アジアで最もカトリック教徒の多い東ティモールについて、教皇は、「聖ヨハネ・パウロ2世がされたように、『信仰と文化』の実りある関係を再確認した」ことを認めつつ、「何よりも、人々の素晴らしさ心を打たれました。彼らは、試練を受けながらも、喜びにあふれ、苦難を賢く乗り越える人々。多くの子供を産むだけでなく、彼らに笑顔を教える人々です」と強調。

そして、「私は子供たちの笑顔を決して忘れません」と、多くの子供たちに会えたことに喜びを表わされるとともに、「この国の非常に活発な教会の若者たちを目の当たりにして、”春の空気”を吸うことができました」と語られた。

 

 

*シンガポール―キリスト教徒は少数派だが、世の塩、光となり、希望の証人となる「小さな者たち」がいる

 

今回の旅の最後の訪問先となったシンガポールについては、「キリスト教徒は少数派ではあるものの、彼らは生きた教会を形成し、異なる民族、文化、宗教の間で調和と友愛を生み出すことに尽力しています」と称えられ、「裕福な国であるシンガポールにも、福音に従い、塩と光となり、経済的利益が保証できるものよりも大きな希望の証人となる『小さな者たち』がいます」と指摘された。

講話の最後に、教皇は、改めてこの旅を与えてくださった神に感謝し、訪問先のすべての人々に使徒的祝福を与えられた。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2024年9月18日

☩「2025年の聖年を、神と関係を深める機会にしよう!」ーWYDに向けて世界の若者たちにメッセージ

Young people at World Youth Day in Lisbon, PortugalYoung people at World Youth Day in Lisbon, Portugal 

 

2024年9月18日

☩「ウクライナ、ガザ、ミャンマーに速やかな平和を、ベトナム洪水被害者に支えを」正午の祈りに続けて

(2024.9.15 Vatican News  Christopher Wells)

 

    教皇フランシスコは15日の正午の祈りに続けて、ベトナムの洪水被害者のために祈られ、モイセス・リラ・セラフィン神父の列福に触れ、筋萎縮性側索硬化症(ALS)に苦しむ人々を思い、そして改めて、ウクライナ、ガザ、ミャンマーなど戦火に苦しまされる国・地域の平和を訴えられた。

 ベトナム北部を襲った大雨と嵐は、洪水と土砂崩れを引き起こし、200人近くが死亡、128人が行方不明となっており、犠牲者はさらに増える可能性がある。教皇は、「死者、負傷者、避難者のために祈ります… 神が愛する人々、家を失った人々を支え、彼らを助け人々を祝福してくださいますように」と祈られた。

 教皇はまた、ウクライナ、ミャンマー、中東で続く戦争に言及され、「世界を血で染める戦争を忘れないようにしましょう」と平和の速やかな実現を訴えられるとともに、「多くの罪のない犠牲者…戦争で子供を失った母親たち…多くの罪のない命が奪われています」と嘆かれた。

 さらに、昨年10月にハマスに人質に取られイスラエルの人々の中で、先月、遺体となって引き取られた5人のうちの1人の母親との面会を回想され、「私は今、彼女と共にあります」として、犠牲者たちのために祈り、「今も、人質にされている人々の家族全員に寄り添っています」と述べられた。そして、「パレスチナとイスラエルの紛争を終わらせましょう!暴力を終わらせましょう!憎しみを終わらせましょう!」と関係者全員に呼びかけられ、人質の解放、和平交渉の継続、平和的解決策を見出す努力を重ねることを求められた。

 最後に、教皇は、イタリアで「ルー・ゲーリック病」としても知られる筋萎縮性側索硬化症に苦しむすべての人々を思い起こされ、彼らとその家族のために祈り続けることを約束されるとともに、この病気と闘うための研究や、この病気に苦しむ人々を支援するボランティア団体の活動を励まされた。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2024年9月15日

☩「『私の人生でキリストとは何者なのか』と自問しない人の何と多いことか」年間第24主日の正午の祈りで

Pope Francis greeting the people in St. Peter's SquarePope Francis greeting the people in St. Peter’s Square  (VATICAN MEDIA Divisione Foto)

(2024.9.15 Vatican News )

   教皇フランシスコは年間第24主日の15日、正午の祈りに先立つ説教で、この日のミサで読まれた福音の箇所(マルコ8章27‐35節)を取り上げ、「主を知ることは大切だが、主に従い、福音によって自分自身を変え、真の改心を得ることも大切だ、ということを、私たちに思い起こさせてくれます」と語られた。

 マルコ福音書のこの箇所で、イエスは弟子たちに「あなたがたは私を何者だというのか」と尋ねられ、ペトロは「あなたは、メシアです」と答えている。ペトロの答えは正しかった。だが、その直後に、イエスがご自分が受けねばならない多くの苦しみと死について語られると、彼はそれに異議を唱え、イエスは「サタン、引き下がれ。あなたは神のことを思わず、人のことを思っている」と叱責された。

 教皇はこれについて、「ペトロは最初は正しく答えましたが、彼の考え方は依然として『人間』のものであり、苦しんだり死んだりすることのない、強くて、勝利する救世主を望んでいたのです」と指摘。

 「私たちも、ペトロと同じ立場に自分を置いてしまうことがあります… 主について何かを理解し、正しく応答することはできるが、私たちの考え方は世俗的であり、神の道と主に従うという呼びかけに心を開くために依然として改心する必要がある。したがって、私たちは教会の教義を知り、祈りを正しく唱え、教理問答に精通しているかもしれませんが、私たちは、主について何かを知るだけでなく、主をよりよく知る必要がある」とされ、「よりよく知る」とは、「主に従い、私たちの心が、主の福音に触れ、変えられることを意味するのです」と説かれた。

 教皇はまた、「主を知るために、主との関係と出会いが重要です… 主との出会いが、あなたの人生―あなたの生き方、考え方、兄弟姉妹との関係、受け入れ赦す用意、人生における選択―を変えるのです」と強調。「イエスを知るようになれば、すべてが変わります!すべてが変わるのです」と繰り返された。

 最後に教皇は、ナチスの犠牲となったルーテル派の神学者、ディートリッヒ・ボンヘッファー師の証言を思い起された。「ボンヘッファーは獄中書簡の中で、世界におけるキリスト教の役割と、現代の私たちにとってキリストとは本当は何者なのかを自問する必要性について書いています… 主を知り、従うためにとても重要な、この根本的な質問を、自身への問いかけとしない人が、何と多いことでしょう」と嘆かれた。

 そして、「自分の人生においてイエスとは何者なのか、イエスに言葉だけで従っているのか、それとも私たちの人生を変えることができる主との個人的な出会いに本当に心を開いているのか、いないのか。私たちも自問すべきです」と強く促され、「聖母が、この努力において、私たちを助けてくださるように」と祈られた。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

2024年9月15日