War in the Middle East (AFP or licensors)
(2024.10.6 Vatican News Deborah Castellano Lubov)
教皇フランシスコは6日の正午の祈りの最後に、中東地域での戦争の即時停止を改めて強く訴えるとともに、さらに大きな戦争に拡大させないよう警告された。また、人質の解放、そして戦争で困窮する人々への人道支援促進の必要を強調された。
教皇は「明日7日は、イスラエルの人々に対するテロ攻撃から1年になります。私は彼らに改めて同情の意を表します」としたうえで、「ガザにはまだ多くの人質がいることを私たちは忘れてはなりません」と訴え、彼らの即時解放を求められた。
そして、「中東地域はこれまで以上に大きな苦しみに陥り、破壊的な軍事行動がパレスチナ人や他の国・地域の人々に影響を与え続けています」と述べ、「彼らはほとんどが罪のない民間人であり、必要な人道支援をすべて受けなければならない人々です」として、関係各国、国際機関に人道支援の促進を呼びかけた。
また教皇はレバノンを含むすべての戦闘が行われている国・地域での「即時停戦」を関係国指導者たちに強く求め、世界中の信者たちに「村を離れざるを得ないレバノンの人々、特に南部の住民のために」祈るよう呼びかけた。
さらに、「私は国際社会に、復讐の連鎖を終わらせ、今回のような攻撃をこれ以上止めるよう呼びかけます… 数日前にイランが実行したイスラエルへの攻撃は、この地域をさらに大きな戦争に巻き込む可能性がある」と警告。「すべての国家には、平和と安全の中で存在する権利があり、その領土は攻撃されたり侵略されたりしてはなりません。国家主権は対話と平和によって尊重され、保証されねばならない。憎悪と戦争はあってはなりません」と訴えられた。
教皇はこのことに関連して、6日午後にローマのサンタ・マリア・マッジョーレ聖母マリア大聖堂を訪れ、平和のためのロザリオを祈ることを思い起こした。
先週水曜日、シノダリティ(共働性)に関する世界代表司教会議(シノドス)総会第2会期の開会ミサで、教皇は7日を「平和のための断食と祈りの日」とすることを発表されている。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)
(2024.10.3バチカン放送)
教皇フランシスコは2日、世界代表司教会議(シノドス)第16回通常総会の第2会期開会ミサの宣教の中で、世界の平和を祈るため、6日にローマの聖マリア大聖堂でロザリオの祈りをすることを発表された。また翌7日を「世界平和のための祈りと断食の日」とすることも同時に発表され、世界の信者たち参加を呼びかけられた。
教皇はこれらの決定をされた理由として、世界に目を向けつつ、「人類に奉仕し、福音の喜びを伝える、キリスト教共同体の務め」を強調されたうえで、「戦争の嵐が吹きすさび、暴力の火が人々や国々を愕然とさせている、この歴史の激動の時、私たちキリスト教共同体が務めを果たすことが強く求められているのです」と説かれた。
(編集「カトリック・あい」)
A residential building in southern Beirut with upper floors hit by an Israeli strike on 24 September (AFP or licensors)
(2024.9.25 Vatican News Deborah Castellano Lubov)
教皇フランシスコは25日、水曜恒例の一般謁見の最後に、レバノンでの情勢悪化を「容認できない」と、これ以上の悪化を食い止めるよう世界の指導者たちに訴えられるとともに、世界中で戦争で苦しんでいるすべての人々のために祈りを捧げるよう、世界の全ての人々に呼びかけられた。
教皇は、「レバノンから届いているニュースに悲しんでいます。ここ数日、激しい爆撃により多くの犠牲者と破壊がもたらされています… このような情勢悪化は容認できません」と述べ、暴力への転落を阻止するために「あらゆる努力」をするよう世界の指導者たちに求められた。
イスラエルによるヒズボラへの襲撃は、これまでに民間人や子供を含む 550 人以上の犠牲者を出している。
また教皇は、戦争で苦しむすべての人々のために祈り、再び戦争で荒廃したウクライナに目を向け、速やかな和平を祈るとともに、「戦争で苦しむすべての人々のために。苦難の中にあるウクライナ、ミャンマー、パレスチナ、イスラエル、スーダン、犠牲になったすべての人々を忘れないように。平和のために祈りましょう」と呼びかけられた。
そして、一般謁見に参加したポーランドの信者たちへのあいさつで、教皇はロシアの侵攻以来ウクライナを壊滅させてきた「戦争の悲劇」を、改めて思い起こされ、「神の助けを借りて、苦しみ、困窮し、希望を見出せない多くの人々を支えてください」と願われた。
*ベルギー、ルクセンブルク訪問を前に
最後に教皇は、26日から29日に予定されているルクセンブルク、ベルギー訪問について、「両国で新たな信仰の高まりの機会となるように」祈ってくれるよう、信者たちに求められた。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)
教皇庁立科学アカデミー本部 バチカン市国・ピオ4世のカシーナ
(2024.9.23 バチカン放送)
教皇フランシスコが23日、「持続可能な人新世のための科学−イノベーションの機会、課題、リスク」をテーマに25日まで開かれている教皇庁立科学アカデミーの総会にメッセージを託された。
教皇は軽いエンフルエンザ症状のため、23日朝に予定されていたアカデミー会員らとの出会いを取り消された。バチカン広報局によると、教皇は26日から29日にかけてルクセンブルグ、ベルギー訪問を控えていることもあり、大事をとって公務をお休みになった。
科学アカデミーの総会参加者に向けて用意された挨拶で教皇は、人類が自然や生態系に与える強い影響をめぐり、ますます深まる恐れがあることに言及。同アカデミー会員だったパウル・クルッツェン教授(1933-2021)が、被造物へのこうした影響を総称して「『人新世(アントロポセン)』の時代」と呼んだことを知った、とされた。
*注*人新世(じんしんせい、ひとしんせい)とは、ノーベル化学賞受賞者のドイツ人化学者パウル・クルッツェンとアメリカ人生態学者ユージン・ストーマーが提唱した「人類の時代」という意味の新たな時代区分。人類が地球の生態系や気候に大きな影響を及ぼすようになった時代を指し、現在の「完新世(かんしんせい、地質時代の新生代第四紀の後半の時代のこと)」の次の地質時代を意味する。原語の「Anthropocene(アントロポセン)」は、ギリシャ語で「人間」を意味する anthropo-(アントロポ)と「新しい」を意味する -cene(セネ)に由来した造語。
そして、同アカデミーには「人間の活動が被造物に与える累積的影響をいち早く認識し、それに伴うリスクや問題を研究してきた人々がいる」ことに触れつつ、「『人新世』が自然と人間に対し、とりわけ気候危機と生物多様性の喪失においてもたらしつつある劇的な影響が次第に明らかになっています」と指摘。
同アカデミーが、「特に貧しい人々や社会から疎外された人々への影響を考慮しながら、これらの問題に関心を注ぎ続けていること」に感謝されるとともに、「科学が、物理的世界を知り理解することの追求において、人間個人と全人類の尊厳を高め、それに奉仕するためにその知識を用いることの大切さを見失うことがないように」と願われた。
さらに、「世界が深刻な社会的、政治的、環境的課題に直面する今、包括的な公的議論が、多様な科学分野だけでなく、社会を構成するあらゆる人々の参加から情報を得た、より広いコンテキストを必要としていることは明らか」とされ、このような観点から、様々な会議を通し、疎外された人や貧しい人に関心を向け、先住民族と彼らの知恵をその対話に取り入れている同アカデミーの方針を歓迎された。
続けて教皇は、今総会は、新たな科学とイノベーション、科学と地球の健康のポジティブな関係をもテーマとして扱っているが、特に「AI(人工知能)の進歩が、医療・健康分野での技術革新や、自然環境の保護、気候変動を考慮した資源の持続可能な利用等に役立つこと」を期待された。
一方で、「AIが一般の人、特に子どもや弱い立場にある人に深刻な悪影響を与える可能性」や、「(誤った)世論を形成し、消費者の選択に影響をおよぼし、選挙プロセスに干渉するために操作的に利用されるリスク」を認識・防止する必要を指摘。
「全人類の生活の質を向上させることなく、逆に不平等や紛争を悪化させるような技術開発は、決して真の進歩とはいえません」(2024年度「世界平和の日」メッセージ)とされ、「人工知能が個人や国際社会に与える影響をめぐり、より多くの関心と研究の必要」を強調。このような複雑な分野におけるリスクを防ぎ、利点を促進するために、適切な基準の提案に取り組む同アカデミーの関係者たちを励まされた。
(編集「カトリック・あい」)
Pope Francis in Timor-Leste (Vatican Media)
(2024.9.18 Vatican News Deborah Castellano Lubov)
教皇フランシスコは18日、水曜恒例の一般謁見で2日から13日にかけての東南アジア・オセアニア4か国歴訪の旅を振り返られ、4つの国の教会の「生き生きと、喜びに満ちた信仰と証し」を称賛された。
一般謁見での講話で教皇は、4か国歴訪の旅の賜物を神に感謝され、「多くの大規模で活気のあるキリスト教コミュニティに出会った」ことに驚きと喜びを表された。
*まだに”欧州中心”に見える教会、実際はそうではないことを確認
教皇は、講話の初めに、「現代の教皇の中で、バチカンを離れて列車でアッシジやロレートに旅したのは聖ヨハネ23世教皇が初めてだったが、飛行機で出かけたのは聖パウロ6世教皇が初めてでした」とされたうえで、「1970年にパウロ6世が”日の出に向けて飛行”した最初の教皇となり、フィリピンやオーストラリアを訪問され、されにいくつかのアジアの国やサモア諸島にも立ち寄られました。私も彼に倣おうとしましたが、その当時の彼の歳よりも私の方が何歳も年上だったので、今回のように訪問先を4カ国に限定したのです」と語られた。
そして、「若いイエズス会員として私がしたかったことを、老教皇として行う機会を与えてくださった主に感謝します!」とされ、今の教会が依然としてあまりにも欧州中心的、いわゆる「西洋的」であることを認めたうえで、本当の教会は「それよりもはるかに大きい」と強調され、今回の4か国歴訪で「それぞれの地域共同体を時を過ごし、司祭、修道女、信徒、カテキスタの証しに耳を傾け、布教によってではなく、彼らの魅力によって成長している」ことを身をもって体験したとして、訪問先に国々の教会を称賛された。
*インドネシア―カトリック教徒は全人口の3%、でも教会は活気に満ち、賜物を皆に与えている
そして今回の訪問先の国ごとに振り返られた教皇は、まず、インドネシアについて、キリスト教徒が全人口の約 10%、カトリック教徒が約 3% だが、「私が出会ったのは、違いを調和させる非常に高貴な文化を持ち、しかも世界最大のイスラム教徒人口を持つこの国で、福音を生き、伝えることのできる、活気に満ちたダイナミックな教会でした」と指摘。
「『信仰、友愛、思いやり』が、この国の訪問のモットーでした… これらの言葉を通して、福音は毎日、具体的に人々の生活に入り込み、死んで復活されたイエスの賜物を、彼らに与えています」と語られ、また、これらの言葉は「橋のようであり、ジャカルタ大聖堂とアジア最大のモスクを結ぶ地下道のようであり、そこに、平和と反戦争に向けて取り組むために、友愛が”未来”であることを、私は知りました」と称えられた。
*パプアニューギニア―宣教する教会の素晴らしさを見つけた、福音を“酵母”に総合的発展モデルの”実験室”
パプアニューギニアで、「宣教する教会の素晴らしさを見つけました」と教皇は語られ、「広大な太平洋に向かって広がる群島で活動する宣教師やカテキスタたち」を思い起こされた。
そして、「宣教師やカテキスタたちとしばしの間、一緒にいることができて、心が躍りました。若者たちの歌や音楽を聞いて感動しました。彼らの中に、部族間の暴力や依存、経済的またはイデオロギー的な植民地主義のない新しい未来、友愛と素晴らしい自然環境への配慮の未来を見ることができました」と語られ、「この国は、福音の”酵母”に触発された総合的発展モデルの”実験室”として機能できる」と希望された。
*東ティモール―試練を受けながらも喜びにあふれている、子供たちの笑顔を私は忘れない
アジアで最もカトリック教徒の多い東ティモールについて、教皇は、「聖ヨハネ・パウロ2世がされたように、『信仰と文化』の実りある関係を再確認した」ことを認めつつ、「何よりも、人々の素晴らしさ心を打たれました。彼らは、試練を受けながらも、喜びにあふれ、苦難を賢く乗り越える人々。多くの子供を産むだけでなく、彼らに笑顔を教える人々です」と強調。
そして、「私は子供たちの笑顔を決して忘れません」と、多くの子供たちに会えたことに喜びを表わされるとともに、「この国の非常に活発な教会の若者たちを目の当たりにして、”春の空気”を吸うことができました」と語られた。
*シンガポール―キリスト教徒は少数派だが、世の塩、光となり、希望の証人となる「小さな者たち」がいる
今回の旅の最後の訪問先となったシンガポールについては、「キリスト教徒は少数派ではあるものの、彼らは生きた教会を形成し、異なる民族、文化、宗教の間で調和と友愛を生み出すことに尽力しています」と称えられ、「裕福な国であるシンガポールにも、福音に従い、塩と光となり、経済的利益が保証できるものよりも大きな希望の証人となる『小さな者たち』がいます」と指摘された。
講話の最後に、教皇は、改めてこの旅を与えてくださった神に感謝し、訪問先のすべての人々に使徒的祝福を与えられた。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)
Young people at World Youth Day in Lisbon, Portugal
(2024.9.17 Vatican News Francesca Merlo)
教皇フランシスコ17日、11月24日の第39回ワールドユースデー(WYD)に向けて、預言者イザヤの言葉をもとにした「主に望みを置く者は、走っても疲れない」をテーマとするメッセージを発表され、全世界の若者たちに「希望と忍耐をもって人生の課題に立ち向かうように」と励まされた。
メッセージで教皇は、若者たちに人生を「巡礼、つまり疲労も伴う幸福の探求」とみなすよう促され、「まさにこの旅においてこそ、希望が最も輝くはずです」と語られた。
若者たちが直面している数々の困難を踏まえ、教皇は忍耐と共に希望を持つよう若者たちに求め、「希望は、単に受動的な感情ではなく、能動的な力であり、神自身から受けた賜物。前進することを可能にするものなのです」と説かれた。
そして、人生には苦難があり、疲労もあるが、「疲労は、意味のある旅に出るすべての人に共通しているもの。解決策は、休息することではなく、『希望の巡礼者』になることです」と強調。
教皇は、「動く意欲もなく、立ち止まっている」ことに警鐘を鳴らされ、「無関心が、しばしば心を麻痺させるような無力感につながることがあります」とされたうえで、「私は、前進する人々が覚える疲労感を好みます。立ち止まっている人々の倦怠感は好みません」語られた。
また教皇は、若者たちの旅について、イスラエルの民が砂漠を旅した聖書の物語を引用され、「危機と絶望の瞬間でさえ、神は民を見捨てない。愛情深い父のように、神は砂漠のイスラエルの民にマナを与えたように、いつもそばにいて民を養ってくださるのです」と説かれ、「ミサ聖祭は”天国へのハイウェイ”です。その秘跡の深遠な賜物を再発見するように」と促された。
カトリック教会は来年2025年に聖年を迎えるが、教皇は、「若者の皆さんにとって、神との関係を深め、神の慈悲と愛を体験する機会… 単なる”観光客”としてではなく、真の”巡礼者”として旅をするように」と願われ、加えて、聖年の旅は物理的な旅であるだけでなく、心の旅でもあることを指摘された。
メッセージの最後に、教皇は、若者たちに「勇気を出してください」と改めて呼びかけられ、若者たちのために主に祈りを捧げると約束され、旅を聖母マリアに託し、「マリアの模範に倣うことで、皆さんは、希望と愛の巡礼者として旅を続けることができるのです」と結論付けられた。
*ワールドユースデー(WYD)は、国連が1985年を「国際青年年」と定めたことを受け、教皇ヨハネ・パウロ二世が、前年1984年「あがないの特別聖年」の閉会ミサで、青年たちにローマへ集うように呼びかけたことに始まる。その後、毎年行われるようになり、世界大会もおおむね2~3年ごとに開催かれるようになっている。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)