☩「ウクライナ、中東…これ以上、無実の市民、子供たちを犠牲にしないで」教皇、正午の祈りで

教皇フランシスコ 2024年10月27日のお告げの祈り教皇フランシスコ 2024年10月27日の正午の祈り 

(2024.10.27 バチカン放送)

 教皇フランシスコは27日、シノドス総会閉会ミサに続き、正午の祈りの集いを持たれ、シノドス総会の終了を告げながら、この1か月に行われたすべてのことが、教会のために役立ち続けるようにと、祈られた。

 説教で教皇は、今月22日に聖パウロ6世によって「ユダヤ教との宗教的関係のための委員会」が創設されてから50年を迎えたこと、28日から「第2バチカン公会議文書『Noatra aetate(キリスト教以外の諸宗教に対する教会の態度についての宣言)』発表60年の記念の年」に入ることに言及され、「これらの記念年を背景に、特に大きな苦しみと緊張に満ちたこの時代にあって、地域レベルで対話と平和のために努力する人々を激励された。

 さらに28日に、武力紛争における傷病者や捕虜、文民の保護を目的とした4つの条約からなるジュネーブ条約の締結75周年を記念し、赤十字社と赤新月社の重要な国際会議がジュネーブで開かれることを紹介。

 「人道的国際法の遵守のもとに、武力紛争の中でも人の命と尊厳、民間の建物と宗教施設が尊重されるように、この会議が人々の良心を目覚めさせる」よう願われた教皇は、「戦争で、病院や学校が破壊されるのを見るのは悲しいことです」と嘆かれた。

 そして、平和のために祈り続けるよう信者たちに促しつつ、「特にウクライナ、パレスチナ、イスラエル、レバノンでこれ以上の状況の激化を食い止め、聖なるものである人命の尊重を第一に据えるように」と世界の指導者、関係者たちに強く訴えられ、さらに、「戦争で日々、あまりに多くの無実の市民、子どもたちが犠牲になっています」とされ、改めて、世界の人々に平和のために祈るよう求められた。

 また、教皇は、台風で大きな被害を受けたフィリピンの人々に精神的な寄り添いを示され、1週間前メキシコで殺害されたマルセロ・ペレス神父を悼み、福音と人々へのその熱心な奉仕を思い起こされた。

2024年10月28日

◎教皇連続講話「聖霊について」⑩「聖霊は、『習慣』という名の水を『共にいることの新たな喜び』に変える」

新婚の夫婦を励ます教皇フランシスコ 2024年10月23日の一般謁見 バチカン・聖ペトロ広場新婚の夫婦を励ます教皇フランシスコ 2024年10月23日の一般謁見 バチカン・聖ペトロ広場  (VATICAN MEDIA Divisione Foto)

 教皇フランシスコは23日、水曜恒例の一般謁見で、「聖霊について」の連続講話を続けられ、今回は「神の賜物である聖霊。聖霊と婚姻の秘跡」をテーマにお話しになった。

 教皇の講話の要旨は次のとおり。

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 前回の「聖霊について」の講話では、「使徒信条」の中で宣言されている聖霊についてお話ししました。しかし、聖霊をめぐる教会の考察は、使徒信条の短い言葉にとどまりません。考察は東西の偉大な教父や教会博士たちによって展開されていきました。

 今回は、特にラテン典礼教会の伝統の中で発展した聖霊をめぐる教えの、ごく一部を取り上げながら、聖霊がいかにキリスト教生活を、とりわけ婚姻の秘跡を照らすかを考えてみましょう。

 聖霊をめぐるこうした教えの主な立役者は、聖アウグスティヌスです。彼は「神は愛」(ヨハネの手紙1・4章8節)という啓示から出発します。そうすると、愛とは、「愛する者」、「愛された者」、さらにその両者を一致させる「愛そのもの」が想定されます。三位一体において、御父は「愛する方」、「すべての源泉」、「始まり」です。御子は「愛された方」、聖霊は「一致させる愛」です。キリスト教の神は「唯一の神」ですが、「孤立した神」ではなく、「交わりと愛」の一致なのです。

 聖霊と家族、特に聖霊と結婚には、どのような関係があるでしょう。その関係は非常に豊かで本質的なもの。キリスト教の結婚は、男女が互いに与え合う秘跡です。創造主は「人を自分のかたちに創造された。…男と女に創造された」(創世記1章27節)時に、そのようにお考えになりました。人間の夫婦は、「三位一体の愛の交わり」の最初にして、最も基礎的な実現です。

 夫婦もまた、一人称複数形の「私たち」を形成せねばなりません。「私」と「あなた」が向き合いながら、子を含む、すべての世の中のものを前にして、「私たち」でいなければなりません。エルサレム巡礼から帰る途中で、はぐれたと思われた少年イエスを神殿で見つけたマリアが、「お父さんも私も心配して捜していたのです」(ルカ福音書2章48節)と言ったように、母親が「お父さんも私も」と、夫婦一体となった主語で、子に話しかけるのを聞くことは、素晴らしいことです。子どもたちはこのような両親の一致をどれほど求め、この一致が欠ける時にはどれほど苦しむことでしょう。

 この召命に応えるために、結婚は、賜物である神、ご自分をお与えになることにかけては第一人者の神の支えを必要とします。聖霊がお入りになるところには、自己を与え合う力が再び生まれます。一部の教会の教父たちは、三位一体において父と子双方の賜物である聖霊は「夫婦間を取り持つ喜びの動機だ」と語っています。

 このような夫婦の一致は、目標として容易ではありません。しかし、これは創造主が考えられたこととして真理であり、それゆえに夫婦の性質でもあります。”岩の上”ではなく、”砂の上”に家を建てるのは、簡単で手っ取り早いことのように思われますが、その結果は、イエスがたとえを使って話されている通りです(マタイ福音書7章24-27節)。結婚の場合、このたとえの必要さえありません。なぜなら、砂の上に築いた結婚の結果は、残念ながら、誰の目にも、特に子どもたちの目に明らかだからです。

 「ぶどう酒がありません」(ヨハネ福音書2章3節)。多くの夫婦について、カナの婚礼でマリアがイエスに言った言葉を繰り返さなくてはなりません。しかし、聖霊はその時、霊的な面で、イエスが行った奇跡を繰り返すでしょう―「習慣」という名の水を、共にいることの新しい喜びに変えるでしょう。それは敬虔な「幻影」ではありません。夫婦が「聖霊に祈ろう」と決意した時、聖霊が多くの結婚に対して行われた奇跡です。

 こうしたことから、結婚を前に、婚約者たちが法的・心理的・倫理的準備とともに「霊的」な準備を深めることはよいことです。イタリアには「夫婦の間に指を入れるべからず(夫婦間のことに他人が介入すべきではない)」という、ことわざがありますが、夫婦間に介入すべき指、それは「神の指」、すなわち聖霊なのです。

(編集「カトリック・あい」=聖書の日本語訳は「聖書協会・共同訳」を使用)

2024年10月24日

☩「ウクライナの死者数は酷い、パレスチナは非人道的な攻撃に苦しめられている」教皇、水曜恒例一般謁見で即時和平訴え

(2024.10.23  Vatican News     Kielce Gussie)

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

2024年10月23日

☩「彼らはイエスに倣って奉仕に生きたー私たちもそのようにせねばならない」教皇、14人列聖のミサで

Pope Francis prays with the relics of the new Saints in the foregroundPope Francis prays with the relics of the new Saints in the foreground

 列聖された人々は次のとおり。

 −マヌエル・ルイス・ロペス(司祭・フランシスコ会士 スペイン1804-シリア1860)と7人のフランシスコ会士同志殉教者、およびフランシスコ、ムーティ、ラファエル・マッサブキの3人の信徒(マロン派)殉教者。シリアのダマスカスで、1860年7月9日から10日にかけての夜、ドゥルーズ派の武力集団により、宗教的憎悪のために殺害された。

 −ジュゼッペ・アッラマーノ(司祭・イタリア1851-1926)慰めの聖母宣教会、および慰めの聖母宣教修道女会創立者。

 −マリ・レオニ・パラディス(修道女・カナダ1840-1912)シェルブルック聖家族の小さき姉妹会創立者

 -エレナ・グエッラ(修道女・イタリア1835-1914)聖霊の献身修道女会(通称聖ジタ会)創立者

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

 

2024年10月20日

☩「最も弱い立場の人々の貢献なくして、人類の真の発展はない」G7「インクルージョンと障害」閣僚会合の出席者と会見

教皇フランシスコ、イタリアで開かれたG7包括と障害担当閣僚会合の参加者らと 2024年10月17日 バチカン宮殿教皇、イタリアで開かれたG7包括と障害担当閣僚会合の参加者たちと(2024年10月17日 バチカン宮殿=Vatican Media)

(2024.10.17  バチカン放送)

 教皇フランシスコは17日、バチカン宮殿で、イタリア・ウンブリア州で開かれたG7のインクルージョン(包括)と障害の閣僚会合の出席者たちとお会いになった。

 会見には、日本から閣僚会合に出席した三原じゅん子・内閣府特命担当大臣(障害者施策担当)、千葉明・駐バチカン日本国特命全権大使も出席。

 教皇は会見でのあいさつで、障害者の尊厳と権利の推進に対する関係者の努力に、感謝と敬意を表された。

 そして、G7として初めてとなったこの課題に関する閣僚会合で、インクルージョン、利用のしやすさ、自立した生活、個人の能力を引き出すことなど、基本的テーマをめぐる会合の成果として、「ソルファニャーノ憲章」に署名されたことを取り上げ、「一人ひとりが普遍的な家族の不可欠な一員であり、誰一人、偏見を生み社会に害をもたらす”切り捨ての文化”の犠牲になってはなりません」と述べられた。

 さらに、障害者に対する包括的な取り組みが、すべての国で優先事項として認識される必要を強調され、「最も弱い立場の人々の貢献なくして、人類の真の発展はありません」とされたうえで、「普遍的なアクセシビリティ(「カトリック・あい」注:高齢者や障害者などを含め、誰でも必要とする情報に簡単にたどりつけ、提供されている情報や機能を利用できること)は、物理的、社会的、文化的、宗教的なあらゆる壁が取りのぞかれ、それぞれの人が自分の才能を活かし、共通善に貢献できるようになるまで、また、それが幼年期から高齢期まで人生のあらゆる段階で実現されるまで、追求すべき大きな目標です」と語られた。

 また教皇は「障害者が偏見から解放され、人生の道を自ら選択できるように協力することの重要性」を指摘しつつ、一人ひとりの能力を最大限に活かし、労働や、文化、スポーツへの参加から、誰も排除することがないように、と願われた。新しいテクノロジーについても、「誰もがアクセスできるようにするなら、包括と参加のための強力な道具になり得えます」と述べられ、共通善と、出会いと連帯の文化への奉仕を志向し、不平等を助長することなく、不平等を打ち破る手段となるように、その懸命な利用を望まれた。

 さらに、気候危機や紛争と結びついた人道的な緊急事態が、「障害者を含む最も弱い立場の人々に過度の損害をもたらすことを無視することはできません」とされ、このような状況の中で、「障害者が取り残されることなく、保護され、適切な支援を受けられるようにすることは、私たちの義務です」と言明された。

 あいさつの最後に教皇は「皆さんの仕事は、障害を持つ人々を忘れがちな世界に対する希望のしるしです」と話され、「一人ひとりが、社会にとって大切な贈り物だ」という信念と確信のもとにこの道を歩み続けるよう、参加者たちを励まされた。

 G7のインクルージョンと障害の閣僚会合は、14日から16日にかけて、ウンブリア州のアッシジとソルファニャーノを会場に開かれた。障害者を含むすべての人に市民的・社会的・政治的生活への完全な参加の権利を保証するための政策や取り組みを広く共有することを目的としたもので、初日14日は、アッシジの聖フランシスコ大聖堂前で、市民や団体の参加のもとに歓迎イベントが催され、様々な包括プロジェクトが紹介された。15日は、ペルージャの北郊外ソルファニャーノに会場を移し、各国の使節や、諸機関・組織の代表が参加しての準備会議がパネルディスカッションの形で行われた。そして、16日に、ソルファニャーノで、日米英伊などG7加盟国とEU、その他の国々のインクルージョン・障害担当閣僚たちによる会合が開かれた。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2024年10月18日

◎ 教皇連続講話「聖霊について」⑨「信仰が、私たちを『全てここで終わる』という恐怖から解放する」

Pope Francis at General AudiencePope Francis at General Audience  (VATICAN MEDIA Divisione Foto)

 

2024年10月16日

☩「苦難の現代に『希望の道具』となるように」アッシジの聖フランシスコ『太陽の賛歌』誕生800年の記念行事に

アッシジの聖フランシスコが描かれた13世紀の典礼書 バチカン図書館蔵
(右・アッシジの聖フランシスコが描かれた13世紀の典礼書=バチカン図書館蔵)

(2024.10.15 バチカン放送)

 アッシジの聖フランシスコの『太陽の賛歌』の作詞から800年を記念した文化的催しが15日、ローマの在バチカン・イタリア大使館で行われ、教皇フランシスコがこの催しにメッセージを寄せられた。

 メッセージで教皇は、称賛すべき催しに喜びを表されながら、「持続可能で統合的な発展の促進において、被造物に対するいたわりへの関心を深め続ける必要」を強調。

 アッシジの聖フランシスコが晩年に記した『太陽の賛歌』の「8世紀の間、鼓動し続けるその祈り」の中には、「被造物のあらゆる恵みを賛美する、偉大な教えがあります」と述べられた。

 そして、多くの試練に苦しむ今日の社会において「希望の道具」となるように、関係者らを励まされた。

 この催しは、「第24回世界イタリア語週間」(2024年10月14日-20日)の行事として、同大使館の主催で、教皇庁の協力のもとに開かれた。教皇庁文化評議会(現在の文化教育省・文化部門)元議長ジャンフランコ・ラヴァージ枢機卿、イタリアのリンチェイ国立アカデミーのロベルト・アントネッリ会長らが『太陽の賛歌』をめぐる講演を行ったほか、バチカン図書館に保管される13世紀の典礼書の、聖フランシスコが「小鳥への説教」を行う場面と、「聖痕」を受ける場面が細密画(ミニアチュール)として描かれたページが展示された。

アッシジの聖フランシスコが『太陽の賛歌(被造物の賛歌)』を作ったのは、1224年頃とされている。

小鳥に説教する聖フランシスコ アッシジ、聖フランシスコ大聖堂・上部聖堂

(編集「カトリック・あい」)

(左・小鳥に説教する聖フランシスコ アッシジ=聖フランシスコ大聖堂の上部聖堂)

 

2024年10月16日

☩「中東での即時停戦を!国連平和維持軍を尊重するように」教皇、正午の祈りで

レバノンとイスラエルの国境地帯を監視する国連レバノン暫定軍 写真:2023年10月レバノンとイスラエルの国境地帯の「UN]と大書した監視所に立つ負傷した国連軍兵士 

(2024.10.13 バチカン放送)

 教皇フランシスコは13日の正午の祈りで、中東情勢に深い憂慮を示し、即時停戦を改めて呼びかけるとともに、国連平和維持軍の活動を尊重するよう願われた。

 「中東での出来事を憂慮をもって注視し続けています」とされた教皇は、「あらゆる前線での即時停戦と、平和のための外交と対話の道に努めるよう、関係国・組織の指導者たちに改めて訴えられた。

 そして、パレスチナ、イスラエル、レバノンで、紛争に巻き込まれている全て人々に精神的な寄り添いを示すとともに、国連平和維持軍の活動を尊重するよう願われた。

 さらに、紛争のすべての犠牲者、避難民、すぐに解放されるべき人質たちのために祈りつつ、「憎しみと復讐がもたらしている、この大きな無用の苦しみが早く終わること」を強く希望された。

 教皇は「戦争は人を惑わすものであり、戦争とは敗北です」と改めて強調。「それが平和をもたらすことも、安全をもたらすことも決してなく、すべての人、特に『自分を無敵だ』と信じている者にとっての敗北です」とされ、関係する指導者たちに「お願いです。もう止めてください」と訴えられた。

 また、ロシアによる侵略が続き、間もなく厳冬を迎えるウクライナ情勢にも憂慮され、「ウクライナの人々を凍死の危険から守り、無実の市民に対する攻撃を止めるように」と、関係国指導者たちに嘆願された。

 暴力に苦しんでいるハイチ国民についても、あらゆる形の暴力が止むよう祈り、人間の尊厳と権利を守りつつ、平和と和解の構築が行われるように、国際機関や関係国指導者たちに努力を促された。

(編集「カトリック・あい」)

2024年10月14日

☩「真の富は、神に愛されることにある」教皇、正午の祈りの説教で

Pope Francis at the AngelusPope Francis at the Angelus

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2024年10月13日

☩「目を上げ、両手を挙げ、裸足でいるように」教皇、新枢機卿たちに書簡で注文

Image from a previous consistoryImage from a previous consistory 

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2024年10月13日

☩「キリスト教の一致は、シノダリティ(共働性)と証しを共にする旅」第二バチカン公会議を記念し新たな一致運動の時代を告げる祈祷会で

(2024.10.11  Vatican News   Linda Bordoni)

   さまざまな宗派のキリスト教の指導者たちが11日夜、バチカンの殉教者広場で教皇フランシスコ、そして世界中の何千人もの信者とともにキリスト教の一致を願う祈祷会を開き、今から62年前の10月11日に始まった第二バチカン公会議を記念するとともに、新しいキリスト教一致への取り組みの時代の始まりを祝った。

教皇は祈祷会の説教で、キリスト教の団結と殉教について考察され、イエスが語られた言葉―「あなたがくださった栄光を、私は彼らに与えました」(ヨハネ福音書17章22節)を取り上げて、「これは、キリストを証しすることで神の栄光をもたらした殉教者たちに特に当てはまる言葉です」とされた。

聖ペトロが殉教したと伝承されている聖ペトロ大聖堂に隣接する広場で行われた祈祷会では、多くのテキストと祈りが第2バチカン公会議の主要な文書と教えから引用する形で典礼が進められたが、教皇は「教会が殉教者たちの血の上に築かれた」ことを強調され、「それがキリスト教徒の間の一致への永続的な呼びかけの証しであり続けています」と述べられた。

また、教皇は、第2バチカン公会議のエキュメニズムに関する教令 Unitatis Redintegratioの教えから、「キリスト教徒は、キリストに近づくほど、互いに近づく」ことを思い起こされ、「この深いつながりは、教会のキリスト教一致の旅に付き添い続ける聖人と殉教者の祈りによって維持されているのです」と説かれ、第二バチカン公会議の開会にあたって聖ヨハネ23世が「最後の晩餐でのキリストの祈りが、全ての人のために成就される日の夜明けのために働き、苦しみたい」と切望された言葉を繰り返された。

教皇はさらに、「キリスト教の一致とシノダリティ(共働性)は深く絡み合っており、シノダリティは第三千年紀に神が教会に期待する道です」とされ、キリスト教一致への取り組みのシノダル(共働的)な側面を強調。「それはすべてのキリスト教徒が歩むべき道です… シノダリティ(共働性)の旅は… キリスト教一致への旅であり、そうでなければなりません」と強調。

そして、「この旅は、何か新しいものを作ることではなく、聖霊によってすでに与えられた一致の賜物を歓迎すること… 統一は恵みです… (今開かれている)世界代表司教会議(シノドス)総会は発見の”プロセス”であり、その結果を前もって知ることはできません。それは、私たちが求められている一致がどのようにして完全に実証できるか予測できないのと同じです」と語られた。

 

教皇は、これまでの”シノドスの道”の歩みで学んだ教訓を振り返り、信者たちに、「キリスト教の一致は、”均一化”ではなく”調和”」であると指摘。「一致とは、全てのキリスト教徒の利益のために、聖霊によってもたらされた、多様なカリスマの間の調和です… この調和は人間の努力からではなく、聖バジルが『調和そのもの』と表現した聖霊から来るのです」と説かれた。そして、困難が一致への旅を阻むことはない、との確信をもって、愛と奉仕の道を歩むよう信者たちを促され、「多面的な多様性の調和の中で私たちを一致へと導く聖霊を信頼しましょう」と訴えられた。

また教皇は、キリスト教の一致が、私たちが使命を果たすため、「皆一つとなり、世が信じるようになるため」(ヨハネ福音書17章21節)に欠かすことができない、とされ、キリスト教徒間の分裂は「世を混乱させ」、福音を宣べ伝える教会の使命を損なう、という公会議の教父たちの確信を強調された。

そして、ローマでの先がけとなる殉教者や、今日世界の多くの地域で信仰のために命を捧げている様々なキリスト教徒に代表される「血のキリスト教一致」を思い起こされ、「彼らの証言はどのような言葉よりも力強く語ります」と述べ、「一致はキリストの十字架から生まれること」を信者たちに示された。

 説教の最後に、教皇は、今開かれている世界代表司教会議(シノドス)総会が、「キリスト教徒が共通の証しを妨げ続けている分裂を克服する機会」となることへの期待を表明され、「世界は、私たちの共通の証しを必要としています… 私たちはキリストの弟子として共通の使命に忠実であるよう求められているのです」と強調。十字架にかけられたキリストの像の前で使命を受けたアッシジの聖フランシスコを振り返り、「キリストの十字架が、キリスト教徒を導き、互いとすべての被造物との完全な一致と調和へと向かう日々の道を共に歩んでくれるように」と祈られた。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

A journey toward harmony, not uniformity

Reflecting on the lessons learned from the synodal process, the Pope reminded the faithful that Christian unity is not uniformity, but harmony.

He said that “unity is harmony among the diversity of charisms”, brought to life by the Holy Spirit for the benefit of all Christians. This harmony, he explained, does not come from human efforts but from the Spirit, whom Saint Basil described as “harmony itself.”

Urging Christians to move forward in love and service, confident that difficulties will not stop the journey toward unity, Pope Francis appealed: “Let us trust the Holy Spirit, who draws us to unity in the harmony of a multi-faceted diversity.”

Unity for the sake of mission

Turning his attention to Christian witness, the Holy Father stressed that Christian unity is essential for mission.

Quoting the Gospel of John, he said, “That they may all be one… so that the world may believe” (Jn 17:21), highlighting the Council Fathers’ conviction that division among Christians “scandalizes the world” and harms the Church’s mission to preach the Gospel.

He pointed to the “ecumenism of blood,” exemplified by the Roman protomartyrs and by Christians of various traditions who, in many parts of the world today, lay down their lives together for their faith.

“Their witness speaks more powerfully than any words,” he said, reminding the faithful that unity is born of the Cross of Christ.

“The witness of martyrs speaks more powerfully than any words.”

A call to overcome division

In conclusion, Pope Francis expressed his hope that the ongoing Synod would provide an opportunity for Christians to overcome the divisions that continue to hinder their common witness.

“The world needs our common witness,” he said, “and we are called to be faithful to our common mission as missionary disciples of Christ.”

Reflecting on the example of Saint Francis of Assisi, who received his mission before an image of the Crucified Christ, Pope Francis prayed that the Cross of Christ would guide Christians in their daily journey toward full unity and harmony with one another and with all creation.

“For in him all the fullness of God was pleased to dwell, and through him to reconcile to himself all things (Col 1:19-20).”

2024年10月12日

◎教皇連続講話「聖霊について」⑧「聖霊は福音を広め、教会を一致させる」

Pope Francis during his weekly General AudiencePope Francis during his weekly General Audience  (VATICAN MEDIA Divisione Foto)

 2つ目は、「聖霊の働きが、一致を創り、守ること」。その例として、教皇は「エルサレムの使徒会議」(使徒言行録15章)を挙げた。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

2024年10月9日

☩「バチカンは女性の役割を高める努力を進めている」教皇、ブリュッセルのイエズス会士たちとの会合で

In Brussels, Pope Francis meets with Jesuits from Belgium, Luxembourg, and the NetherlandsIn Brussels, Pope Francis meets with Jesuits from Belgium, Luxembourg, and the Netherlands  (Vatican Media)

 

*「教会は女性。女性はカリスマに恵まれている」

 

 「教会は女性です」-教皇は、イエズス会士の一人の「教会において女性にもっと公正で適切な地位を与えることの難しさ」に関する質問に答えた。教皇は、「私は女性がカリスマに恵まれていると考えており、『教会における女性の役割』についての議論を『聖職』というテーマに限定したくはありません」と明言。

 そして、「一般的に、男性主義とフェミニズムは『市場』におけるテーマになっている… 今、女性をバチカンに迎え入れ、より責任ある役割を引き受けてもらう努力を一層、進めています」と強調され、さらに「状況は変化しています… それは実際に見て、感じることができます」と語られた。

 

*「バチカンでは女性を責任あるポストに就ける努力を強めている」

 

 教皇は、バチカン市国の次官が女性(シスター、ラファエラ・ペトリーニ)であること、人間開発省の次官も女性(シスター、アレッサンドラ・スメリッリ)であること、そして「司教任命チーム」には女性3人(シスター・ペトリーニ、シスター・イヴォンヌ・ルンゴート、シスター・マリア・リア・ゼルヴィーノ=2022年に司教省のメンバーに任命)がいることを挙げ、「彼女たちが候補者の選考を担当しているので、状況はずっと改善されています」とされ、「彼女たちの判断力は鋭い」と評価。

 奉献・使徒的生活会省でも次官は女性(シスター、シモーナ・ブランビッラ)であり、財務評議会でも副議長は女性(シャルロッテ・クロイター=キルヒホーフ)だ。「要するに、バチカンで、女性たちは高い責任を担う役職に就くようになってきています。私たちはこの道を歩み続ける。そして、物事は以前よりもうまくいっています」と女性たちの貢献を保証された。

 そして、欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長と会われた時のことを振り返り、「私たちは特定の問題について話していた。私は彼女に『でも、あなたはこうした問題に、どう対処しているのですか?』と尋ねました。すると彼女は『私たち母親全員がやっているのと、同じやり方です』と答えました。彼女の答えは、私に多くのことを考えさせてくれたのです」と語られた。

 

*「移民・難民の悲劇は、『統合』の欠如の結果だ」

 

 教皇は、移民・難民に対する対応を明確に表現するために4つの動詞を挙げた。それは「歓迎」「寄り添い」「促進」「統合」だ。これが欠けていると、「深刻な」問題になる。

 「移動先の人々と一緒にならない移民・難民は悲惨な結末を迎えるが、彼らが暮らす社会も同様です」と指摘された教皇は、2016年にベルギーのザベンテム空港で起きたISIS所属のテロリスト2人による襲撃で16人が死亡した事件を振り返り、「この悲劇も統合の欠如の結果です」と注意された。

 そして、「教会は移民・難民に対する取り組みを真剣に受け止めねばならない」と付け加えた。

*「少子・高齢化する欧州に、移民が必要、それは生き残りの問題」

 

 また教皇は、「私の心の奥底にある一つのこと」として、「欧州では、子供がいなくなり、高齢化が進んでいます。(活気を失った)社会生活を一新するために移民が必要。今やそれは生き残りの問題となっている」という現実を繰り返し指摘された。

*「司祭の召命は少ない、だがそれよりも教会共同体が重要だ」

 

 子供が少ないだけでなく、司祭の召命も少ない。ある会士は、「司祭のいない教区コミュニティの将来をどう見ていますか?」と聞いた。教皇は、「教会共同体は、司祭よりも重要です。司祭は教会共同体の奉仕者ですから」と答えられた。

 そして、ペルーの修道女会のように「『司祭がいない所に行く』という独自の使命」を持つ、世界の一部で指導的役割を担う修道女たちの例を挙げ、「彼女たちは説教をし、洗礼を授け、あらゆることを行っています。司祭がそこに派遣されたら、彼女たちは別の場所に行きます」と語られた。

*「イエズス会士は何も恐れてはならない」

 

 福音宣教に関して、教皇は、欧州で最も”世俗化”された国の一つであるベルギーの状況を見て、「イエズス会士は何も恐れてはなりません… 『祈りの中で神を求める勇気』と『国外に出て行く勇気』という2つの勇気の間で緊張感をもつのがイエズス会士です」と強調され、見習うべき「師」として、マテオ・リッチ神父、ロベルト・デ・ノビリ神父、その他の偉大な宣教師たちを挙げ、彼らは「勇敢な行動で教会の一部の人々を怖がらせた」が、「文化融合の限界を設けていた」と語られた。

 そして、「この限界は『識別』によって探求せねばなりません。そして、それは祈りによって識別されます」とされ、イエズス会は、「限界ぎりぎりの困難な状況で、限界を探求して発展した。これが私たちの精神性の素晴らしさであり、リスクを冒すことです」と述べられた。

 

*「『聖職者主義』が教会における対話を妨げている、『聖職者主義』のあるところに『奉仕』はない」

 

 また教皇は、”世俗化”という「複雑な現象」、「異教の形態」について次のように語られた。

 「異教について語るのに、『異教の神の​​像』は必要ありません。私たちが呼吸する環境、空気そのものが”異教”なのです。私たちはこの文化に、証し、奉仕、信仰という観点から説教をせねばなりません。そして、内側から祈りをもって説教せねばなりません」と説かれた。

 そして、「『奉仕』は『対話」を実りあるものにしますが、対話は教会の強力な『聖職者主義』によって妨げられることが多い。聖職者主義があるところに『奉仕』はありません。どうか、『福音宣教』と『布教』を混同しないでください!」と注意された。

*「『知的使徒職』も重要、イエズス会士の使命の一部だ」

 

「知的使徒職」も重要であり、イエズス会士の使命の一部であり、「学問、研究、そしてコミュニケーションに存在感を発揮せねばなりません」と注文。「はっきりさせておきましょう… イエズス会の総会が『人々の生活や歴史に介入する』と宣言するとき、それは『カーニバルをやる』という意味ではない。『最も制度的な分野にさえも介入』するという意味です。良い意味で、ある程度の『厳格さ』をもって。そして、常に非公式なものを求めるべきではありません」と注意された。

*「シノダリティ(共働性)は恵み、それによって、シノドス総会で物事が明らかにされる」

  進行中の世界代表司教会議(シノドス)総会のテーマであるシノダリティ(共働性)についての質問に対して、教皇は「シノダリティ(共働性)は容易ではありません。対話の側面に注意を払う”権威者”がいるからです」と述べ、「指導者は自分で決定を下せるが、”諮問機関”と共に決定を下すことができます。司教もそうであり、教皇もそうなのです」と強調。

 そして、このシノドス総会で「物事はまさにシノダル(共働的)な仕方で明らかにされる」ことを確信している、と語られ、「教会におけるシノダリティ(共働性)は恵みです!権威はシノダリティ(共働性)の中で遂行されるのです」と期待を表明された。

 

 

 

*「アルぺ神父の列聖問題は”未解決”、ボードアン国王の列福作業開始は自分で判断した」

 最後に、教皇は、1965年から1983年までイエズス会総長を務め「神のしもべ」と宣言されたスペイン生まれのペドロ・アルペ神父の列聖問題は”未解決”であることを確認。「問題は彼の著作群の評価です…非常に多くの著作を残しており、その分析・評価には時間がかかります」と説明した。

 また、もう一人の「偉大なイエズス会士」、アンリ・ド・リュバック神父については、「彼の件が(検討対象として)紹介されたかどうか知らない」とされ、ベルギー訪問中にボードアン国王の列福のための作業開始を宣言されたことについては、「私が自分で判断しました。なぜなら、私たちがその方向に進んでいるように思えるからです」と述べた。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

2024年10月8日

☩「私はいつも、あなたがたのそばにいる」と教皇、イスラエル、ハマスの戦闘開始から1年、「血と涙が流れ続ける聖地」の信者たちへ手紙

(2024.10.7 Vatican News   Linda Bordoni)

    イスラエルに対するハマスの攻撃で聖地が全面戦争に突入して1年を迎えた7日、教皇フランシスコは、この地域のカトリック教徒に宛てた手紙で「国際社会と大国が戦争を終わらせることができない恥ずべき無力さ」を非難されるとともに、「大国が他者に課す破壊に苦しんでいる人々」のそばにいることを強調された。

 教皇はこの手紙で、「憎悪の導火線に火が点き、暴力の渦に巻き込まれた悲しい日」から1年、「血と涙がまだ流れ続けている聖地」のカトリック教徒に、「私はあなたがたのことを思い、あなたがたのために祈っています」と語りかける一方で、国際社会と最も強力な国々が武器を沈黙させ、戦争の悲劇に終止符を打つことができない「恥ずべき無力さ」を非難。

 「怒りは増大し、復讐心が高まる一方で、最も必要とされ、最も望まれている『対話と平和』に関心を持つ人はほとんどいない」と嘆かれ、改めて「戦争は敗北です」と繰り返され、「武器は、未来を築くのではなく、破壊します。暴力は、決して平和をもたらしません。歴史がこれを証明しているにもかかわらず、長く続く紛争は、私たちに何も教えてくれなかったようです」と語られた。

 教皇は、そうした中で、「平和を渇望して」聖地に住み、あらゆる困難にもかかわらず祈り、愛し、自分たちの土地に留まりたい、と願う「小さく無防備な群れ」に感謝され、聖地のカトリック教徒を「神に愛された種」と表現された。

 そして、「周囲の闇に飲み込まれることなく、実を結び命を与える方法を見つけるように。聖なる土地に植えられたあなたがたは、希望の芽となりなさい。信仰の光は、憎しみの言葉の中で愛を、対立が深まる中で出会いを、敵意が増す中で団結を、あなた方を導きます」と励まされ、さらに、「私はこの手紙を、『父親の心』をもって書いています… 今、『真の殉教』を経験している子供たちに『戦争の冬の中で、平和の種をまき』、そして『非暴力の平和の力の証人』になるように」と願われた。

 また教皇は、「今の人々は平和を見つける方法を知りません」と指摘したうえで、「キリスト教徒として、私たちは神に平和を懇願することを、あきらめてはなりません… そのためにこそ、私は今日7日、すべての人に祈りと断食の日とするよう促したのです」とされ、これを「歴史を変える愛の武器」「戦争を煽る悪の精神という私たちの唯一の真の敵を打ち負かす武器」と呼ばれた。

 手紙の後半は、呼びかけと「私はあなたのそばにいます、私はあなたのそばにいます」という言葉の応答で構成され、教皇は、兄弟姉妹に、そして中東で戦争の狂気に苦しんでいるあらゆる宗派や宗教の男女に、次の言葉をかけられている。

 毎日思い、祈っているガザの人々へ。

 死んだり傷ついたりした子供たちを見て「イエスを見たマリアのように」泣いている母親たちへ。

 「空から火が降り注ぐのを恐れて見上げるのを恐れている」あなたがたへ。

 「計画や戦略についてあれこれ語られても、権力者が他人に押し付ける戦争の荒廃に苦しむ人々への関心がほとんどないため、声を上げられない」あなたたちへ。

 「平和と正義を渇望し、悪の論理に屈することを拒み、イエスの名において「敵を愛し、迫害する人々のために祈る」あなたがたへ。

 そして手紙の最後に、教皇は「平和の息子と娘」、世界中で苦しむ人々を援助する人々、そして、孤独で見捨てられたと感じている人々に、「神の慰めをもたらす司教と司祭たち」に感謝の言葉を述べられ、次のように祈られた。

 「キリスト・イエスの兄弟姉妹の皆さん、私は皆さんを祝福し、心からの愛情をもって抱きしめます。平和の女王である聖母が皆さんを見守ってくださいますように。教会の守護聖人である聖ヨセフが皆さんを守ってくださいますように」

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

 

2024年10月8日

☩「危機に瀕している世界に平和が実現しますように」-教皇が「平和のためのロザリオの祈り」

(2024.10.6  Vatican News    Devin Watkins)

「憎悪を煽る者の心を変え、死をもたらす武器の騒音を静め、人類の心に渦巻く暴力を消し去り、国家を統治する者の行動に平和のための計画を鼓舞してください」「悲しむ人々の涙をぬぐってください」-教皇フランシスコは6日夕、聖マリア大聖堂で「平和のためのロザリオの祈り」を先導され、暴力と憎悪が人間の心から消え去るよう祈られた。

この祈りには、バチカンで開催中の「シノダリティ(共働性)」に関する世界代表司教会議(シノドス)総会参加者たちも加わった。

教皇は祈りの中で、古い聖母子画「サルス・ポプリ・ロマーニ(ローマ人の救い)」の足元に座られ、戦争の被害に遭っている人々の悲しみと希望を聖母マリアに伝えられた。「私たちはあなたに眼差しを向け、あなたの瞳に浸り、あなたの心に身を委ねます」と祈られ、マリアが地上での人生でマリアが苦しむ人々に寄り添われたことを思い起こされた。

そして教皇は、「人類は今、マリアの愛情深い眼差しを強く必要としており、その眼差しは私たちに、息子であるイエス・キリストを信頼するよう呼びかけています」と語られ、「不正義に抑圧され、戦争で荒廃したこの時代に、私たちを助けに来てください」、 「愛する人の死を嘆く人々の苦しむ顔から涙をぬぐい、私たちの道を暗くする昏迷から私たちを目覚めさせ、暴力の武器から私たちの心を解放してください」と祈られた。

また教皇は、私たちが「平和の喜びと友愛の感覚」を失っているために世界が危険に瀕していることへの懸念を表明。「人類が、命を大切にし、戦争を拒否し、苦しむ人々、貧しい人々、無防備な人々、病人、苦しんでいる人々を思いやり、私たちの共通の家を守ることを学べるように」と祈られた。

最後に教皇は、「ロザリオの女王」であるマリアに、「利己主義の結び目を解き、悪の暗雲を払い」、彼女の優しさで私たちを満たしてくれるように、願われた。

*教皇の「平和を求める祈り」の英語公式訳全文以下の通り。

Pope Francis’ prayer to invoke peace

O Mary, our Mother, we come again here before you. You know the sorrows and struggles that weigh heavily on our hearts in this hour. We lift our gaze to you, immerse ourselves in your eyes, and entrust ourselves to your heart.

You, too, O Mother, have faced difficult trials and human fears, but you were courageous and bold. You entrusted everything to God, responded to Him with love, and offered yourself without reservation. As the intrepid Woman of Charity, you hurried to help Elizabeth, promptly addressing the needs of the couple during the Wedding at Cana; with steadfastness of heart, on Calvary you illuminated the night of sorrow with the Easter hope. Finally, with maternal tenderness, you gave courage to the frightened disciples in the Upper Room and, with them, welcomed the gift of the Spirit.

And now we beseech you: heed our cry! We have need of your loving gaze that invites us to trust in your Son, Jesus. You who are ready to embrace our sorrows, fly to our aid in these times oppressed by injustices and devastated by wars, wipe the tears from the suffering faces of those who mourn the loss of their loved ones, awaken us from the stupor that has darkened our path, and disarm our hearts from the weapons of violence, so that the prophecy of Isaiah may quickly be fulfilled: “They shall beat their swords into plowshares and their spears into pruning hooks; one nation shall not take up sword against another, nor shall they train for war again” (Isaiah 2:4).

Turn your maternal gaze upon the human family, which has lost the joy of peace and the sense of fraternity. Intercede for our world in danger, so that it may cherish life and reject war, care for those who suffer, the poor, the defenseless, the sick, and the afflicted, and protect our Common Home.

We invoke you for the mercy of God, O Queen of Peace! Transform the hearts of those who fuel hatred, silence the din of weapons that generate death, extinguish the violence that brews in the heart of humanity, and inspire projects for peace in the actions of those who govern nations.

O Queen of the Holy Rosary, untie the knots of selfishness and disperse the dark clouds of evil. Fill us with your tenderness, uplift us with your caring hand, and grant us your maternal caress, which makes us hope in the advent of a new humanity where “… the wilderness becomes a garden land and the garden land seems as common as forest. Then judgment will dwell in the wilderness and justice abide in the garden land. The work of justice will be peace…” (Isaiah 32:15-17).

O Mother, Salus Populi Romani, pray for us!

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2024年10月7日