◎教皇レオ14世・聖年連続講話「イエス・キリスト、私たちの希望」⑫「渇く」はイエスの私たちの愛と関係を求める叫び

Pope Leo blesses a small child as he arrives at the weekly General AudiencePope Leo blesses a small child as he arrives at the weekly General Audience  (@Vatican Media)

(2025.9.3 Vatican News   Devin Watkins)

 教皇レオ14世は3日の水曜恒例一般謁見で「イエス・キリスト、私たちの希望」を主題とする聖年連続講話をお続けになり、今回はは十字架上のイエスの最期の言葉、「私は渇く」を考察され、「人間の弱さは、天国への架け橋」と語られた。

 この講話で教皇は、ヨハネ福音書に記された、十字架上のイエスの最後の言葉「私は渇く」(19章28節)と「すべては成し遂げられた」(同30節)に焦点を当てられた。

 そして、十字架に架けられ、「人類が最も輝かしくも、最も暗い瞬間」を迎えた時、「イエスは、生涯のすべてを込めた、この二つの言葉を語られ、それによって神の子の全存在が明らかにされました」と指摘。

 「十字架上のイエスは、『勝利の英雄』ではなく、『愛を乞う者』としてお現れになります。自らに与えられないもの、ただ一人、自らに与えられないものを、謙虚にお求めになるのです」とされ、「イエスの十字架上の『渇き』は、拷問された身体の生理的欲求だけでなく、深い渇望の表れ。愛と関係と交わりの渇望なのです」と説かれた。

 教皇は続けて、「これは、『人間のあらゆる条件を分かち合うこと』をお望みになった神が、この『渇き』にも打ち負かされるという、沈黙の叫び。私たちの神は一口の水を乞うことを恥じない。その行為こそが、愛が真実であるためには、『与えるだけでなく、求めることも学ばねばならない』と教えてくれるからです」と強調。

 さらに、「『渇き』を訴えられるイエスの姿は、私たちが自力で自らを救うことができない、ということを示しています。それは、『渇く』に続く、『成し遂げられた』という言葉が、酢を浸した海綿を受け入れられた後に発せられたからです」とされ、「愛は、自らを貧しくされた。「それゆえにこそ、愛はその業を成し遂げたのです」と語られた。

 そして、「キリスト教の逆説は、『神が自ら為すことによってではなく、自ら為されることによって、救うこと。力によって、悪を打ち負かすのではなく、愛の弱さを最後まで受け入れることによって救うのです… 救いは自律性の中にあるのではなく、自らの必要を謙虚に認め、それを自由に表現できることの中にあります」と説かれた。

 続けて、「人類は、信頼によって満たされる。それは私たちに、真の希望を開きます。なぜなら神の御子でさえ、愛と意味と正義を渇望し、自給自足ではいられなかったからです」とされた教皇は、「イエスは、『求めることが、卑しいことではなく、解放だということを示され、私たちを救ってくださる。それは罪の隠れた状態から抜け出し、交わりの場へ再び入る道。創世の初めから、罪は恥を生み出してきましたが、赦し、真の赦しは、自らの必要に直面し、拒絶を恐れなくなった時に生まれるのです」と指摘。

 「十字架上で渇きを訴えられたイエスは、傷ついた人類全体の『生ける水』への叫びを体現しています。それが、私たちを神へと導き、神と結ばせる方法なのです」と強調された。

 教皇は講話の最後に、信者たちに対して、「兄弟愛、質素な生活、恥じることなく求める術、そして下心なくできることを捧げることに喜びと真の充足を見出すように」と呼びかけられ、「特に自分には値しない、と思える時こそ、求めることを恐れてはなりません。(救いを求めて)手を差し出すことを恥じてはなりません。救いはまさにそこに、その謙虚な仕草の中に隠されているのです」と語られた。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2025年9月3日

☩「ウクライナの人々が日々希望の灯を絶やさぬように」教皇、ハリチ司教区創設650周年記念式典へメッセージ

Cathedral of the Assumption in LvivCathedral of the Assumption in Lviv  ( Mariusz Krawiec SSP)

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2025年9月2日

☩「創造のための祈りは、かつてないほど緊急になっている」教皇、9月1日の「被造物を大切にする世界祈願日」へ全キリスト教徒の一致を呼びかけ

Pope Leo XIV celebrates the new Mass for the Care of Creation in Castel Gandolfo on July 7, 2025Pope Leo XIV celebrates the new Mass for the Care of Creation in Castel Gandolfo on July 7, 2025  (@Vatican Media)

 

2025年9月1日

☩「教会が常に謙遜の学び舎、全ての人を歓迎する家であるように」教皇、年間第22主日の正午の祈りで

 

 

 

2025年9月1日

☩「権力を持つ者たち、武器の論理を捨て、速やかに交渉と和平の道を選べ」教皇、ロシアによるウクライナ攻撃激化に対して

Ukrainians bring flowers and toys to the site of a Russian strike in Kyiv that killed 23 people, including 4 childrenUkrainians bring flowers and toys to the site of a Russian strike in Kyiv that killed 23 people, including 4 children  (ANSA)

 

*モーリタニア沖での移民死亡事故

 また教皇は、モーリタニア沖で移民を乗せた船が転覆し、少なくとも69人が死亡、約100人が依然行方不明となっている7月の事故にも言及され、「このような悲劇は世界中で毎日繰り返されています。個人としても社会としても、『私は旅人であったのに、あなたがたは私を迎え入れてくれた』という御言葉を完全に実践することを、主が私たちに教えてくださるよう祈りましょう」と呼びかけられた。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2025年8月31日

☩「犠牲者、家族に心から哀悼と寄り添いを誓う」—教皇、米ミネアポリスのカトリック校でミサ中の銃撃事件に哀悼の意を表明

Shooting at Annunciation Church in Minneapolis, USAShooting at Annunciation Church in Minneapolis, USA  (ANSA)

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2025年8月29日

◎教皇レオ14世・聖年連続講話「イエス・キリスト、私たちの希望」⑪「キリスト教の愛は『逃避』ではなく『決断』にある」

Pope Leo XIV during his weekly General AudiencePope Leo XIV during his weekly General Audience 

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

2025年8月28日

☩教皇、ガザ和平を求めるエルサレム総主教らの呼びかけに賛同する声明

Pope Leo blesses pilgrims at the weekly General AudiencePope Leo blesses pilgrims at the weekly General Audience  (@Vatican Media)

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2025年8月27日

☩「武器を持たず、武装を解く平和に向けて」ー教皇の2026年元旦の世界平和の日メッセージ

(2025.8.26  Vatican News  Devin Watkins)

     教皇レオ14世が26日、2026年の1月1日「世界平和の日」のテーマを発表した。今回のテーマは、“Peace be with you all: Towards an ‘unarmed and disarming’ peace(平和が皆さんと共にあるように:武器を持たず、武装を解く平和に向けて)”。バチカン出版局は、このメッセージを、『そして平和あれ』のタイトルで出版意を予定している。

 カトリック教会の世界平和の日は、毎年1月1日、「神の母マリアの祭日」に、世界の平和を願うために行われている。バチカン人間開発省が26日の声明で、今回のテーマで教皇が願われたのは、「人類に暴力と戦争の論理を拒絶し、愛と正義に基づく真の平和を受け入れる」よう、世界のすべての人に促すこと、と指摘した。

 レオ14世は5月8日に教皇に選出された夜、そしてその後、何度も「武器を持たず、武装を解く」という特徴的な言葉で平和を訴え、世界が望むべき平和の在り方を示しておられる。声明は、これを受けて、「この平和は、武器を持たないもの、すなわち恐怖や脅威、武器に基づかないものでなければなりません… そしてそれは武装解除を伴うものでなければならない。紛争を解決し、心を開き、相互信頼、共感、希望を生み出す能力を持つものでなければなりません」と強調。

 さらに、「『平和』を呼びかけるだけでは不十分です。あらゆる形態の暴力—目に見えるものであれ、制度的なものであれ—を拒絶する生き方によって、平和を体現せねばなりません」と訴えた。

 またバチカン報道局は同時に発表した声明で、今回の教皇メッセージは、「どの宗教を信じているか、どのような役割を社会で果たしているかに関わらず、世界の全ての人に、平和を希求するよう求めるもの」と説明。「復活したキリストの挨拶『あなたがたに平和があるように』(ヨハネ福音書20章19節)は、信者、非信者、政治指導者、市民を問わず、すべての人々に向けられた招き。神の王国を築き、人間的で平和な未来を共に創り上げるための招きです」としている。

教皇レオ14世の初の講話集を3か国語で27日に出版

 一方、バチカン出版局(LEV)は、平和への強い想いを込めた教皇レオ14世の最初の公的演説を集めた新刊を刊行した。『平和あれ!教会と世界への言葉』は8月27日、英語・イタリア語・スペイン語版が書店に並ぶ。(右の写真は、イタリア語版の表紙)

Cover of the Italian version of "And Let There Be Peace"

 出版局の発表文によると、教皇が「非武装と軍縮」という二項対立を用いておられることを指摘。「この表現は、フランス人修道士シャルル=マリー・クリスチャン・ド・シェルジェ(O.C.S.O.)によって語られたもの」とした。同修道士は、アルジェリア・ティビリーヌのアトラスの聖母修道院の院長と務め、1996年に同国のシトー会修道院で6人の修道士たちと共に殉教した。

 レオ14世は、アルジェリア殉教者たちの典礼記念日にあたる5月8日に教皇に選ばれている。発表文は、教皇が「神の至上性、教会の交わり、平和の追求」を含む自らの優先課題としておられる、とし、「教皇は既に数多くの和解の呼びかけを行っており、それは政治だけでなく、一人ひとりの心に訴えかけている」と説明。

 「平和は私たち一人ひとりから始まる。他者を見る方法、他者の声に耳を傾ける方法、他者について語る方法の中にこそ、平和は始まるのだ」という教皇の言葉を引用している。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

2025年8月27日

☩「『主と共に食べ、飲み、教えを聞いた』と誇っても、神はお認めにならない」—教皇、年間第21主日の正午の祈りで

File Photo: Pope Leo XIV during his Sunday AngelusFile Photo: Pope Leo XIV during his Sunday Angelus  (ANSA)

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2025年8月24日

☩「武器が沈黙し、対話の道が開かれるように祈ります」-教皇、ウクライナの国民的祝日にゼレンスキー大統領に激励のメッセージ

Destruction in Ukraine, in Sumy. April 2025Destruction in Ukraine, in Sumy. April 2025  (AFP or licensors)

 

2025年8月24日

☩「報復の論理を否定し、憎しみから心を解放せよ」、教皇、8月22日「平和のための祈りと断食の日」に

The cry of Palestinian women in GazaThe cry of Palestinian women in Gaza  (AFP or licensors)

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

 

2025年8月23日

◎教皇レオ14世・聖年連続講話「イエス・キリスト、私たちの希望」⑩「最も暗い瞬間でも、愛し、赦すことに遅すぎることはない」

Pope Leo XIV at Wednesday General AudiencePope Leo XIV at Wednesday General Audience  (@Vatican Media)

*愛し続ける道は常に存在する

 

 教皇は続けて、「これこそ、主が私たちために成し遂げられた神秘であり、私たちも、その神秘に参加するよう招かれています。どれだけの関係が壊れ、どれだけの物語が複雑になり、どれだけの言葉が未言のままで残っているか… 福音は、すべてが取り返しのつかないほど壊れているように思える時でも、愛し続ける方法が常に存在することを示しています」と指摘。

 「赦すことは、悪を否定することではなく、悪がさらに悪を生むのを防ぐこと。何も起こらなかったと否定するのではなく、憎しみが未来を決定しないように、可能な限りのことを行うことなのです」と説かれた。

*主と共に誘惑に立ち向かう

 

 また教皇は、「私たちも痛ましい困難な夜を経験しています。魂の夜、失望の夜、誰かに傷つけられたり裏切られたりする夜を経験しています」とされたうえで、そのような時、自分の中に引きこもり、自分を守り、あるいは反撃する誘惑にさらされるが、「主は、別の道が常に存在することを示してくださいます。私たちに、自分に背を向ける者にも一切れのパンを差し出すことができること、信頼の沈黙で応えることができること、そして、愛を放棄することなく、尊厳を持って前進することができることを教えてくださいます」と強調。

 「見捨てられたり、誤解されたりした、と感じても、赦す力を主にお願いするように。なぜなら、まさにそのような時に、愛が頂点に達するからです」とされ、「イエスが教えてくださるように、『愛する』とは、他者を、裏切ることも含めて自由にすることだ。その自由が傷つき、失われても、暗闇の欺瞞から奪い返し、善の光に戻すことができると、固く信じ続けることです」と説かれた。

*イエスは、裏切りが救いの機会であることを示している

 

 教皇は最後に、赦しの光が「心の最も深い裂け目を通る時、それは決して無駄ではないことが分かります。他者が受け入れないとしても、無駄に思えるとしても、赦しは与える者を解放ます。憎しみを消し去り、平和を回復し、私たち自身に戻してくれます」と繰り返され、「パン切れを差し出すという単純な行為を通して、すべての裏切りは、より大きな愛のための場として選択されれば、救いの機会になることを示しているのです」と確信を述べられた。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2025年8月21日

☩「8月22日、天の元后マリアの日を『平和のための祈りと断食の日』としよう」—教皇が呼びかけ

(2025.8.20   Vatican News) 

 教皇レオ14世は20日、水曜恒例一般謁見で、ウクライナ、ガザなど戦争に苦しむすべての地域で「武装解除と非武装の平和」が実現するために、8月22日(天の元后マリアの日)を祈りと断食で心を合わせる日とすることを発表、世界の信者たちに参加を呼びかけられた。

 

2025年8月20日

☩「ウクライナ和平には希望があるが、まだ努力と祈りが必要」と教皇、記者団に語る

Pope Leo greets the faithful as he leaves Castel Gandolfo to return to the VaticanPope Leo greets the faithful as he leaves Castel Gandolfo to return to the Vatican 

 

2025年8月20日