Ukrainians bring flowers and toys to the site of a Russian strike in Kyiv that killed 23 people, including 4 children (ANSA)
(2025.8.31 Vatican News Devin Watkins)
停戦に向けた関係国の協議が進まず、ロシアによるウクライナ各地の都市への攻撃が激化しているが、教皇レオ14世は31日、年間第22主日の正午の祈りで、ウクライナ国民への連帯を改めて表明、即時停戦を訴えられた。
教皇は、即時停戦と対話に向けた真剣な努力を改めてロシアなど関係国指導者に求め、「武器の声が沈黙し、兄弟愛と正義の声が勝たねばならない」と強調。
このロシアによる戦争がもたらす絶え間ない破壊と死を嘆かれ、「権力を持つ者たちは武器の論理を捨て、国際社会の支援のもと交渉と平和の道を選ぶ時だ」と強く訴えられた。
*ミネアポリス学校銃撃事件の犠牲者への祈り
続いて言葉を英語に切り替えられた教皇は、米ミネソタ州ミネアポリス市のカトリック学校で8月27日に発生した銃撃事件の犠牲者へ祈りを捧げられ、「私たちは祈りの中に、世界中で日々殺され、傷つけられる無数の子供たちを含めます。大小の武器の大感染が私たちの世界を蝕むのを止めるよう、神に強く願いましょう」と信者たちに促された。さらに、平和の女王である聖母マリアに目を向け、人類がイザヤの預言にある「剣を鋤に、槍を鎌に変える」をことができるよう助けを求められた。
*モーリタニア沖での移民死亡事故
また教皇は、モーリタニア沖で移民を乗せた船が転覆し、少なくとも69人が死亡、約100人が依然行方不明となっている7月の事故にも言及され、「このような悲劇は世界中で毎日繰り返されています。個人としても社会としても、『私は旅人であったのに、あなたがたは私を迎え入れてくれた』という御言葉を完全に実践することを、主が私たちに教えてくださるよう祈りましょう」と呼びかけられた。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)
Pope Leo blesses pilgrims at the weekly General Audience (@Vatican Media)
(2025.8.27 Vatican News Devin Watkins)
エルサレムのラテン(カトリック)教会のピエルバッティスタ・ピッツァバッラ枢機卿とギリシャ正教のテオフィロス三世総主教が26日、ガザ地区の和平を求める共同声明を発表、イスラエルが行おうとしているガザ住民の「意図的かつ強制的な大量移動」を正当化する理由はない、言明していたが、教皇レオ14世は27日の水曜恒例っパン謁見で、この共同声明に賛同する声明を出した。
教皇は、22日の天の元后マリアの祝日に合わせて、ガザやウクライナなどの速やかな和平を願う「平和のための祈りと断食の日」とするよう世界の信者たちに呼びかけを行っていた。
27日の声明では、「聖地における紛争は、多くの人々に甚大な恐怖、破壊、死をもたらしています」とし、関係諸勢力及び世界各国と国際機関などに対し、「聖地における紛争の速やかな終結」を改めて強く訴えた。
また、飢餓が危機的状況にあるなど現状をを踏まえ、「全ての人質解放、恒久的停戦の実現、人道支援物資の安全な搬入の促進、そして人道法の完全な遵守、特に民間人保護の義務、集団的処罰の禁止、無差別な武力行使の禁止、住民の強制移住の禁止」をイスラエルや関係勢力の指導者に求めた。
そして、声明の最後に、「平和の女王、慰めと希望の源であるマリアに願いましょう。マリアの取り次ぎによって、我々すべてにとって大切なその地に和解と平和がもたらされますように」と祈られた。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)
Pope Leo XIV at Wednesday General Audience (@Vatican Media)
(2025.8.20 Vatican News Deborah Castellano Lubov)
教皇レオ14世は20日、バチカンのパウロ6世ホールで行われた水曜恒例一般謁見で、「イエス・キリスト、私たちの希望」と題する聖年連続講話を続けられた。
*主の”赦す愛”
今回は「主の”赦す愛”、特に裏切られたにもかかわらず主が弟子たちを最後まで愛されたこと』に焦点を当て「すべてが取り返しのつかないほど損なわれたように思える時でも、愛し続ける道は常に存在します…自分が 理解されていない、見捨てられたと感じても、赦すことができる恵みを求めましょう」と説かれた。
教皇は、イエスが最後の晩餐で、ご自分を裏切ろうとしている者にパン切れを渡した場面(ヨハネ福音書13章26‐30節)を取り上げ、「これは単なる”共有”のしぐさではありません… それよりもはるかに深い意味があります—愛すること諦めない最後の行い、です」と指摘。
「最後まで愛すること。そこに、キリストの心を理解する鍵があります。それは、拒絶、失望、感謝の欠落にも屈しない愛です」とされた教皇は、「イエスは時を知っておられるが、それに屈せず、ご自分でお選びになる。自分の愛が最も痛ましい傷、すなわち裏切りを通過しなければならないことをご存じで、引き下がったり、非難したり、自分を弁護したりする代わりに…愛し続けるのです。弟子たちの足を洗い、パンをぶどう酒に浸し、それを差し出す。『私がパン切れを浸して与えるのがその人だ』 (ヨハネ福音書13章26節)と語られました」。
*イエスがユダに渡された一切れのパン
そして、「イエスは、起こっていることを無視しているのではなく、それを直視されているからこそ、愛を前へ進め、その深みへと導いていく… 彼は、他者の自由が、悪に迷い込んだとしても、柔和な行為の光によってまだ到達できることを理解しておられた。真の赦しは、相手が悔い改めるのを待つのではなく、まず自由な贈り物として自らを捧げるものだと知っておられたのです」とされた。
だが、残念ながら、ユダは理解していなかった。「福音書には、『ユダがパン切れを受け取るやいなや、サタンが彼の中に入った』(同福音書13章27節)とあります」とされた教皇は、「この箇所は私たちに、それまで隠れていた悪が、愛が最も無防備な顔を現した後に現れたかのように映る。まさにそれゆえに、その『パン切れ』は私たちの救いなのです。なぜなら、神が私たちに近づくために、私たちから拒絶される時でさえ、すべて、絶対にすべてをなされることを教えてくれるからです」と説かれた。
そして「ここにおいて、赦しはそのすべての力を示し、希望の真の顔を現します… それは忘却ではない。弱さでもない。他者を愛し続けることで、他者を自由にする力です。イエスの愛は、痛みの真実を否定しませんが、悪に最後の言葉をお赦しにはならないのです」と説かれた。
*愛し続ける道は常に存在する
教皇は続けて、「これこそ、主が私たちために成し遂げられた神秘であり、私たちも、その神秘に参加するよう招かれています。どれだけの関係が壊れ、どれだけの物語が複雑になり、どれだけの言葉が未言のままで残っているか… 福音は、すべてが取り返しのつかないほど壊れているように思える時でも、愛し続ける方法が常に存在することを示しています」と指摘。
「赦すことは、悪を否定することではなく、悪がさらに悪を生むのを防ぐこと。何も起こらなかったと否定するのではなく、憎しみが未来を決定しないように、可能な限りのことを行うことなのです」と説かれた。
*主と共に誘惑に立ち向かう
また教皇は、「私たちも痛ましい困難な夜を経験しています。魂の夜、失望の夜、誰かに傷つけられたり裏切られたりする夜を経験しています」とされたうえで、そのような時、自分の中に引きこもり、自分を守り、あるいは反撃する誘惑にさらされるが、「主は、別の道が常に存在することを示してくださいます。私たちに、自分に背を向ける者にも一切れのパンを差し出すことができること、信頼の沈黙で応えることができること、そして、愛を放棄することなく、尊厳を持って前進することができることを教えてくださいます」と強調。
「見捨てられたり、誤解されたりした、と感じても、赦す力を主にお願いするように。なぜなら、まさにそのような時に、愛が頂点に達するからです」とされ、「イエスが教えてくださるように、『愛する』とは、他者を、裏切ることも含めて自由にすることだ。その自由が傷つき、失われても、暗闇の欺瞞から奪い返し、善の光に戻すことができると、固く信じ続けることです」と説かれた。
*イエスは、裏切りが救いの機会であることを示している
教皇は最後に、赦しの光が「心の最も深い裂け目を通る時、それは決して無駄ではないことが分かります。他者が受け入れないとしても、無駄に思えるとしても、赦しは与える者を解放ます。憎しみを消し去り、平和を回復し、私たち自身に戻してくれます」と繰り返され、「パン切れを差し出すという単純な行為を通して、すべての裏切りは、より大きな愛のための場として選択されれば、救いの機会になることを示しているのです」と確信を述べられた。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)
(2025.8.20 Vatican News)
教皇レオ14世は20日、水曜恒例一般謁見で、ウクライナ、ガザなど戦争に苦しむすべての地域で「武装解除と非武装の平和」が実現するために、8月22日(天の元后マリアの日)を祈りと断食で心を合わせる日とすることを発表、世界の信者たちに参加を呼びかけられた。
教皇はこの謁見での講話で、22日が「天の元后マリアの日」に当たり、「マリアは地上における信者の母であり、平和の女王として記憶されています」とされた。そして、聖地、ウクライナ、そして世界各地で戦争によって傷つけられている世界において、戦争によって苦悩する人々のために、この日を「祈りと断食の日」とし、「主が、私たちに平和と正義を授け、継続する武力衝突によって苦悩する人々の涙を拭い去られるよう、主にお願いしましょう」と説かれた。
続けて教皇は、「平和の女王マリアが、人々が平和の道を見いだすよう取り成してくださいますように」と祈られた。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)