(2026.1.7 Vatican News Deborah Castellano Lubov)
教皇レオ14世は7日、水曜恒例一般謁見で、新たに「第二バチカン公会議の恵み」(「カトリック・あい」仮題)をテーマにした連続講話を始められ、「公会議の教えが今も教会の旅路を導く星として機能していること」を強調された。
講話で教皇は冒頭で、前日閉幕した聖年における「イエスの生涯の神秘」に焦点を当てられた後、第二バチカン公会議とその諸文書を再読する新たな連続講話を始めるに当たって「今日の教会の歩みの指針となる星は、依然として(第二バチカン公会議の)教えです」と指摘。
さらに、「この教会的出来事の素晴らしさと重要性を再発見する貴重な機会」とされ、聖ヨハネ・パウロ二世教皇が2000年聖年終了時に語られた「私は今なお、第二バチカン公会議こそが二十世紀の教会に授けられた大いなる恵みだ、と指摘する義務を強く感じます」という言葉を引用された。
そして、2025年にニカイア公会議の記念日と共に、教会が第二バチカン公会議60周年を迎えたことに注意を向けられ、「これらの出来事と私たちを隔てる時間はさほど長くありませんが、第二バチカン公会議に関わった司教や神学者たちの世代はもはや、現在の私たちの中にはおられないのが現実です」と語られた。
公会議文書を再読する
そのうえで教皇は、 「したがって、その預言的な意義を色あせさせず、洞察を実践する道を探り続けるよう、私たちが呼びかけられている今こそ、公会議を改めて深く知る必要があります。それは”伝聞”や”既成の解釈”を通じてではなく、文書そのものを再読し、その内容を熟考することによってなされるべきです」と強調。
教皇ベネディクト16世が2005年に語られた、「年月が経っても、公会議文書はその時代への適合性を失っていない。その教えが、教会の新たな状況や現在のグローバル化した社会に特に適切なものであることが証明されている」という言葉を引用された。
そして、教皇は、聖ヨハネ23世教皇が1962年10月11日に公会議を開会した際、「教会全体にとって光に満ちた日の夜明け」と表現したことに注意を向け、「全大陸の教会から招集された多数の教父たちの働きは、確かに新たな教会の季節への道を開きました」と語られた。
父なる神が私たちを、子として招く姿の再発見
また教皇は、 「二十世紀にわたる豊かな聖書的・神学的・典礼的考察を経て、第二バチカン公会議は、キリストにおいて、私たちを御子となるよう招く父としての神の御顔を再発見しました。諸国民の光であるキリストの光のもとで、教会を交わりの神秘、神とその民との一致の秘跡として捉えました。救いの神秘と神の民全体の積極的かつ自覚的な参加を中心におく重要な典礼改革を開始したのです」と強調。
そして、「現代の変革と課題に、対話と共同責任をもって向き合うよう、教会が世界へ開かれる手助けとなった。それは、人類に腕を広げ、人々の希望と不安に共鳴し、より公正で兄弟愛に満ちた社会の構築に協力しようとする、教会としての姿勢です」と指摘された。
さらに「第二バチカン公会議のおかげで、聖パウロ六世の回勅『 Ecclesiam suam』にあるように、教会は『語るべきこと、伝えるべきこと、発信すべきメッセージ』を持ち、エキュメニズム、宗教間対話、善意ある人々との対話を通じて真理を求めようとしているのです」と説かれ、 「この精神、この内なる姿勢こそが、私たちの霊的生活と教会の司牧活動の特徴とならねばなりません。なぜなら、奉仕的な意味において、教会改革をより完全に達成すべき課題が残されているからです。そして今日の課題に直面し、私たちは時代の徴候を注意深く解釈し、福音の喜びをもって宣べ伝え、正義と平和の勇気ある証人であり続けるよう召されているのです」と言明された。
教会の霊的生活と司牧活動の指針
教皇は、公会議が開催された当時のアルビーノ・ルチャーニ司教(後の教皇ヨハネ・パウロ1世)に注意を向け、「彼は公会議の冒頭に、『常にそうであるように、組織や方法や構造よりも、より深く広範な聖性を達成する必要がある』と語っておられます。そして、後に教皇フランシスコは、『公会議は教会に、神への、本質への、主と主が愛するすべての人々への狂おしいほどの愛に満ちた教会への、第一の地位を回復させる助けとなった』と指摘されました」と述べられた。
講話の最後に、教皇は、信者たちに、「第二バチカン公会議の諸文書を読み直すように」と呼びかけられ、「私たちが第二バチカン公会議の諸文書に近づき、その預言的かつ現代的な意義を再発見するとき、私たち教会の豊かな伝統を喜びをもって受け入れるとともに、現在について自らに問いかけ、神の王国、すなわち『愛と正義と平和の王国である福音』をもたらすために、世界へと駆け出す喜びを新たにするのです」と訴えられた。
*講話の全文以下の通り
【第二バチカン公会議とその文書についての連続講話の初めに】
イエスの生涯の神秘に焦点を当てた聖年の後、私たちは新たな連続講話を始めます。これは第二バチカン公会議とその文書の再読に捧げられるものです。この教会的な出来事の美しさと重要性を再発見する貴重な機会です。聖ヨハネ・パウロ二世は、2000年聖年の終わりにこう述べられました。「私はこれまで以上に、公会議を『二十世紀に教会に授けられた偉大な恵み』として示すことが自らの責務だ、と感じています」(使徒的書簡ノヴォ・ミッレニオ・イネウンテ、57)。
ニカイア公会議の記念年と重なる2025年には、第二バチカン公会議の60周年も迎えました。この出来事から現在までの時間はさほど長くありませんが、第二バチカン公会議を経験した司教、神学者、信徒の世代はすでにこの世を去っています。
したがって、その預言的メッセージを色あせさせず、その洞察を実践する道筋を模索し続けるよう呼びかけられている今こそ、公会議を改めて深く知ることが重要です。それは「伝聞」や既成の解釈を通じてではなく、公会議文書を再読し、その内容を熟考することによってなされるべきです。
実際、教会の歩みの導きの星は、今もなお教導権によって構成されているのです。ベネディクト16世が教えられたように、「年月が経つにつれ、公会議文書はその時宜性をまったく失っていません。むしろ、その教えは、教会の新たな状況と現在のグローバル化した社会にとって、特に適切であることが証明されています」(枢機卿団との聖体共祭終了時の最初のメッセージ、2005年4月20日)。
聖ヨハネ23世教皇が1962年10月11日に公会議を開かれた際、これを「教会全体にとって光に満ちた日の夜明け」と称されました。実際、全大陸の教会から招集された多くの教父たちの働きは、新たな教会の季節への道を切り開いたのです。20世紀にわたる豊かな聖書的・神学的・典礼的考察を経て、第二バチカン公会議は、キリストにおいて私たちを御子として招かれる父なる神の御顔を再発見しました。
諸国民の光であるキリストの光に照らして、教会を交わりの神秘、神とその民との一致の秘跡として捉え、救いの神秘と神の民全体の積極的かつ自覚的な参加を中心とする重要な典礼改革を開始しました。同時に、現代の変革と課題に開かれた姿勢で向き合い、対話と共同責任をもって応えるよう促しました。それは、人類に開かれた腕を差し伸べ、人々の希望と不安に共鳴し、より公正で兄弟愛に満ちた社会の構築に協力しようとする教会の在り方です。
第二バチカン公会議のおかげで、教会は「語るべきこと、伝えるべきメッセージ、行うべき伝達」を有しています(聖パウロ六世、回勅エクレシアム・スアム、65)。それは、エキュメニズム、宗教間対話、善意ある人々との対話を通じて真理を求めようとする努力です。
この精神、この内なる姿勢こそが、私たちの霊的生活と教会の牧会的活動の特徴でなければなりません。なぜなら、奉仕の観点から教会改革をより完全に達成するには至っておらず、今日の課題に直面する中で、私たちは時代の徴しを注意深く解釈し、福音の喜びをもって宣べ伝え、正義と平和の勇気ある証人であり続けるよう召されているからです。
公会議の開始当初、ヴィットリオ・ヴェネト司教であったアルビーノ・ルチャーニ大司教(後の教皇ヨハネ・パウロ1世)は、預言的にこう記しています。「これまでと同様に、組織や方法、構造よりも、より深く広範な聖性を達成することが必要です。…公会議の卓越した豊かな実りは、何世紀も経ってから明らかになり、紛争や逆境を苦労して乗り越えることで熟していくのかもしれません」。[1]
したがって、教皇フランシスコが指摘されたように、公会議を再発見することは、私たちが「神への第一性、本質的なもの、すなわち、主と主が愛されるすべての人々に対して狂おしいほど愛に満ちた教会へと回帰する」助けとなります(第二バチカン公会議開始60周年記念ミサ説教、2022年10月11日)。
兄弟姉妹の皆様、聖パウロ六世が公会議の作業終了時に公会議の父たちに向けて述べられた言葉は、今日においても私たちの指針となる原則です。教皇は、公会議の集いを離れ、人類へと向かい出て福音の良き知らせを伝える時が来たと宣言されました。それは過去・現在・未来が凝縮された恵みの時を経験したという自覚のもとでの宣言でした。
「過去とは、この地に集う私たちが、キリストの教会とその伝統、歴史、公会議、教父たち、聖人たちをここに有していることです。現在:私たちは互いに別れを告げ、今日の世界へと出て行くのです。そこには悲惨、苦しみ、罪がある一方で、驚くべき成果、価値、美徳も存在します。そして最後に、未来はここにあります。世界の諸国民がより多くの正義を求める切実な訴えの中に、平和への意志の中に、より高き生活への意識的あるいは無意識的な渇望の中に、まさにキリストの教会が彼らに与え得る、そして与えたいと願うその生活の中に」 (聖パウロ六世、公会議の父たちへのメッセージ、1965年12月8日)。
これは私たちにも当てはまります。第二バチカン公会議の諸文書に近づき、その預言的かつ現代的な意義を再発見する中で、私たちは教会の豊かな伝統を歓迎すると同時に、現在について自らに問いかけ、神の国の福音、すなわち愛と正義と平和の王国を世界にもたらすために駆け出す喜びを新たにします。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)









