☩「聖ペトロと聖パウロは、交わりと調和の模範」教皇、二人の聖人使徒の祝日ミサで

*多様な賜物が一つの信仰告白で一つとなり、福音宣教を前進させる

2025年6月29日

☩「教会における一致は、赦しと相互信頼によって育まれる」教皇、聖ペトロ・聖パウロ祝日の正午の祈りで

Pope Leo XIV during AngelusPope Leo XIV during Angelus  (@VATICAN MEDIA)

 

2025年6月29日

☩「シノダリティ(共働性)と平和のために努力を」教皇、欧州司教協議会連盟の会長らと会見

Pope Leo XIV receives members of CCEEPope Leo XIV receives members of CCEE  (@VATICAN MEDIA)

 

 

 

2025年6月29日

☩「 兄弟的対話を通して、両教会の完全なる一致のために努力を続けたい」—教皇、ギリシャ正教会のエキュメニカル総主教庁使節を歓迎

教皇レオ14世、エキュメニカル総主教庁使節団長、カルケドン府主教エマニュエルと 2025年6月28日 バチカン宮殿教皇レオ14世、エキュメニカル総主教庁使節団長、カルケドン府主教エマニュエルと 2025年6月28日 バチカン宮殿  (@VATICAN MEDIA)

(2025.6.28 バチカン放送)

 教皇レオ14世は28日、ローマの保護聖人、使徒聖ペトロ・聖パウロの祭日を前に、正教会のエキュメニカル総主教庁の使節とお会いになった。

 同使節は、翌日にカトリック教会の暦で祝われる、使徒聖ペトロ・聖パウロの祭日のためにバチカンを訪問した。エキュメニカル総主教庁はローマの保護聖人、使徒聖ペトロ・聖パウロの祭日にバチカンに向けて、教皇庁はエキュメニカル総主教庁の保護聖人・聖アンデレの祝日(11月30日)にイスタンブールに向けて、使節を派遣するのが恒例となっている。

 レオ14世は出会いの席で、教皇登位後初めて、使徒聖ペトロ・聖パウロの祭日のためにエキュメニカル総主教庁の使節を迎えたことに喜びを表明。「この伝統的な使節交換は、使徒ペトロとアンデレの兄弟の絆を反映すると同時に、両教会間にすでに存在する深い交わりを象徴するもの」と話された。

 さらに教皇は、「世紀にわたる不和と無理解を経て、両教会の真の対話を再開させたのは、教皇パウロ6世と総主教アテナゴラス1世の勇気と先見、またそれに続く後継者たちの和解とさらなる関係構築への確信でした」と振り返られ、先日の教皇フランシスコの葬儀と、自身の着座式に、バルトロメオス1世総主教自らご参列いただいたことに、深い感謝を述べられた。

 教皇レオ14世は、「今後も神の助けのもと、尊重ある傾聴と兄弟的対話を通して、両教会の完全なる一致のために努力を続けていきたい」と抱負を表わされた。

(編集「カトリック・あい」)

2025年6月29日

☩「『信じる』とは、神が共におられ、最後に勝利され、命は死に打ち勝つことを信じること」教皇、ウクライナの巡礼団4000人を激励

 

(2025.6.28 バチカン放送)

 教皇レオ14世が28日、聖ペトロ大聖堂で、ウクライナのギリシャ典礼カトリック教会の巡礼団とお会いになった。

 ウクライナと他の国々から聖年のためにローマに集ったウクライナ・ギリシャ典礼カトリック教会(ウクライナ東方カトリック教会)の信者たち約4000人は、この朝、バチカンの聖ペトロ大聖堂に向けて、十字架を先頭に巡礼の行列を行い、大聖堂で迎えられた教皇から、歓迎の挨拶を受けた。

 教皇は、巡礼者たちに、「皆さんの巡礼は、信仰を新たにし、欺かれることのない希望を証ししたいとの熱望の表れです」と讃えられ、「聖年は、全人生を通して、たとえ困難を前にした時にも、あなたがたのような希望の巡礼者となるようにと私たちに勧めています」と語られた。

 そして、聖年の扉に向けたローマへの旅は、「永遠へと続く日々の歩みの象徴であり、その永遠において、主は涙をことごとく拭われ、そこにはもはや死も、悲しみも、嘆きも、労苦もありません(ヨハネの黙示録21章4節)」とされ、「すべての時代は、それぞれの困難や問題を抱えていますが、それはまた、神への完全な信頼と委託のうちに成長する機会でもあります」と強調。

 「ウクライナの人々の信仰は今、辛い試練に直面し、多くの人が『主よ、なぜこうしたことが起きるのですか』と問いかけていることでしょう」と彼らのおかれている悲惨な状況に思いを寄せながら、「『信じる』ということは、すぐにすべての答えを得ようとすることではなく、神が私たちと共におられ、恵みをくださり、神は最後に勝利され、命は死に打ち勝つことを信じることです」と説かれた。

 教皇は挨拶の最後に、「司牧者と信者が共に、私たちの希望、イエスを見つめながら歩むように」と励まされ、ウクライナの巡礼者たちのために、希望の母、マリアの保護に託して祈られた。

(編集「カトリック・あい」)

2025年6月29日

☩「世界的危機の時代、一致と平和の建設者となるよう努めよ」教皇、イエスの聖心の祭日に、世界の司祭たちに呼びかけ

Pope Leo XIV with newly ordained priests from around the worldPope Leo XIV with newly ordained priests from around the world  (@Vatican Media)

2025年6月28日

十「神と兄弟姉妹を愛し、惜しみなく自らを捧げなさい」ー教皇、イエスの聖心の祝日ミサで32人を司祭叙階

Pope Leo XIV presides over Ordination Mass (27 June 2025)Pope Leo XIV presides over Ordination Mass (27 June 2025)  (@Vatican Media)

 

 

*誰一人取り残されることがないように

 

 

 

 

 

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2025年6月27日

☩「『参加と交わり』の”シノドスの道”を歩み続けることができるように」-シノドス事務局・評議員たちと会談

Pope Leo XIV meets with the Ordinary Council of the General Secretariat of the Synod of BishopsPope Leo XIV meets with the Ordinary Council of the General Secretariat of the Synod of Bishops  (@Vatican Media)

Pope: Synodality is an

2025年6月27日

☩「私たちの町から、絶望を一掃せねばならない」-教皇、国連「国際麻薬乱用撲滅デー」の集いで

教皇レオ14世による「国際麻薬乱用撲滅デー」の集い 2025年6月26日 バチカン・聖ダマソの中庭教皇レオ14世による「国際麻薬乱用撲滅デー」の集い 2025年6月26日 バチカン・聖ダマソの中庭  (@Vatican Media)
(2025.6.26 バチカン放送)

 国連の「国際麻薬乱用撲滅デー」の26日、教皇レオ14世は、麻薬・覚醒剤など違法薬物の取引の撲滅や、薬物依存からの回復に努める人々との集いを開かれた。

 バチカンの「聖ダマソの中庭」を会場にした集いでは、イタリア政府関係者から麻薬撲滅の取り組みが説明され、薬物依存の経験を持つ女性からはその更生の努力が語られた。

 教皇は集いの冒頭で、「あなたがたに平和があるように」と、復活されたイエスの言葉で挨拶された。

  復活されたイエスは家に鍵をかけて閉じこもっている弟子たちの中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と挨拶された。弟子たちはイエスを見捨て、イエスを永遠に失ったと思い、失望と恐れに囚われ、その中にはすでに去って行った者たちもいた。

 教皇は、「それでもイエスは彼らを探して再び戻って来られた… 弟子たちが鍵をかけ、蟄居していた家の扉からイエスは入って来られ、平和をもたらし、赦しと聖霊の息吹きをもって再び弟子たちを元気づけられたのです」とされ、「息が詰まりそうな時、先が見通せない時、私たちの人としての尊厳は枯れてしまう。そのような時にも、復活されたイエスは再び戻られ、その息吹きをもたらしてくださることを忘れてはなりません」と説かれた。

 そのうえで、「薬物依存は、目に見えない牢獄ですが、私たちは皆、自由へと召された存在なのです」と強調。「平和と喜びを見出すためには、『共に』が鍵となります。悪は、皆で共に打ち勝つもの。喜びは、共に見出すもの。不正義は、共に闘うもの」と語られた。

 教皇はまた、「私たちの闘いは、大きなビジネスになっている違法薬物や、アルコール、ギャンブルなどへの『依存を作り出す者たち』との闘いです。そして、これらが巨額の利益を生むシステムや複雑に入り組んだ犯罪組織を解体する義務を、国々は持っています… だが現実は、治安の名の下に貧しい人々を相手に闘い、死の連鎖のシステムの末端にいる人々で刑務所をいっぱいにすることがあっても、そのシステムの鎖の先を握っている人々は罰せられず、影響を行使し続けているのです」と批判。

 「私たちの町は、『疎外された人々』からではなく、『疎外』から解放され、『絶望的な状況に置かれた人々』ではなく、『絶望』を一掃せねばなりません… 私たちは皆、自由であるために、人間的であるために、平和のために、召されています… 癒しと出会いと学びの場所を増やしながら、共に歩んで行きましょう」と参加者たちに呼びかけられた。

(編集「カトリック・あい」)

2025年6月27日

☩「卑劣な行為、全教会は中東のキリスト教徒に寄り添っている」レオ14世がシリアの教会への自爆テロに

教皇レオ14世 2025年6月25日の一般謁見 バチカン・聖ペトロ広場教皇レオ14世のバチカン・聖ペトロ広場での2025年6月25日の一般謁見   (@Vatican Media)

 攻撃の対象となったマール・エリアス教会では、事件当時、約300人がミサに参加しており、爆発により少なくとも30人が亡くなり、負傷者はおよそ60人に上っている。

 このテロ攻撃を「卑劣」なものと非難された教皇は、犠牲者を神の憐れみに託すと共に、遺族と負傷者のために祈られ、「中東のキリスト教徒の皆さんにお伝えしたい。私は皆さんのそばにいます。全教会は皆さんに寄り添っています」と連帯を表明された。

 この悲劇的な出来事は、「長年、紛争と不安定な状況が続いた後に、今なお残るシリアの深刻な脆弱さを示すもの… シリアに対し国際社会が関心を持ち続け、平和と和解のための連帯と新たな取り組みを通して、支援を提供し続けることができるように」と願われた。

 また教皇は、「イラン、イスラエル、パレスチナでの状況の展開を注意と希望をもって見守り続けよう」と呼びかけられた。

 さらに、「『国は国に向かって剣を上げず、もはや戦うを学ぶことはない』というイザヤ預言者の言葉(イザヤ書2章4節=「聖書協会・共同訳})がこれまでにない切迫をもって響いています」とされ、「いと高き神からのこの声に、耳を傾けるように」と呼びかけられた。

 そして、「ここ数日の流血の行為によって引き裂かれた傷跡を癒し、横暴や復讐のあらゆる論理をはねのけ、対話と外交による平和の道を決然と選び取るように」と関係する指導者たちに訴えられた。

(編集「カトリック・あい」)

2025年6月26日

☩「神に根差し、教会への奉仕に献身する模範を示すことで『希望の証人』となるように」教皇、「司教たちの聖年」の黙想講話で

Pope Leo XIV with Bishops during their Jubilee pilgrimage to St Peter's BasilicaPope Leo XIV with Bishops during their Jubilee pilgrimage to St Peter’s Basilica  (@Vatican Media)

*司教に不可欠なその他の徳

 教皇は続けて、司教に必要な他のさまざまな徳について言及され、特に司牧上の慎重さ、福音的清貧、独身における完全な禁欲という 「不可欠な徳 」を指摘。「司教は、スキャンダルを引き起こしかねない状況や、虐待のあらゆる事例、特に未成年者が関係する事例に断固とした態度で対処し、現在施行されている法律を十分に尊重して対応せねばなりません」と強調された。

 さらに、「司教は 人間としての美徳を培うよう 求められており、特に第二バチカン公会議が強調した公正さ、誠実さ、自制心、忍耐力、傾聴と対話の能力、奉仕の意志を含む美徳を培うよう求められているのです」と強く語られた。

*交わりの人たち

 講話の最後に教皇は、「聖母マリアと聖ペトロとパウロの祈り」が司教とその共同体にとって最も必要な恵みを得ることができるように、と願われ、特に、司教たちが 「交わりの人となり、常に教区司祭座の一致を促進する助けとなるように」と祈られ、「その交わりの精神は、司祭たちの司牧的働きかけを励まし、教会を一致のうちに成長させるのです 」と強調して締めくくられた。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

2025年6月25日

◎教皇レオ14世の聖年連続講話「イエス・キリスト―私たちの希望」⑥イエスのもとへ行こう!主は私たちを癒してくださる」

(2025.6.25  Vatican News   Deborah Castellano Lubov)

 教皇レオ14世は25日の水曜恒例一般謁見で、「イエス・キリスト、私たちの希望」の連続講話を続けられ、今回は、マルコ福音書に記された「イエスへの信仰を持つことの癒しの力」を明らかにする二つの奇跡について考察された。

 最初の奇跡は、社会から汚れた存在として敬遠される病気で苦しんでいた女性が、イエスには自分を癒す力があると信じ、群衆の中でイエスに触れようと手を伸ばし、その信仰のゆえにイエスは彼女を癒されこと。イエスは彼女に、「安心して行きなさい」と言われた。

 そして二つ目の奇跡は、「娘が死んだ」という知らせを受け、心を痛める父親の願いに応え、イエスは少女を死からよみがえらせたこと。イエスは、父親に 「恐れるな、ただ信仰を持ちなさい 」と言われ、彼の家に行き、皆が泣き叫んでいるのを見て、「その子は死んでいるのではなく、眠っているのだ 」と言われた。

 教皇は、「この2つのエピソードは、私たちが信頼と信仰をもって主に向かうとき、主の能力を超えるものは他にないことを明らかにしています」とされ、「イエスの行為は、主があらゆる病を癒すだけでなく、死からも目覚めさせることを示しています… 永遠の生命である神にとって、肉体の死は眠りのようなもの。真の死とは、魂の死であり、私たちはこれを恐れなければなりません」と説かれた。

 また教皇は、イエスが少女を生き返らせた後、彼女の両親に「何か食べ物を与えるように」と言われたことを取り上げ、「これは、イエスが私たちの人間性と親密であることのもう一つの具体的なしるしです… このことは私たちに深い意味での理解を可能にし、私たち自身に問いかけさせるもの。もし私たち自身が福音によって養われていないなら、どうすればよいのでしょうか」と問いかけられた。

 そして、教皇はそれぞれの奇跡を振り返り、悲惨な状況を解決するために、神への信仰を邪魔するものを許容されなかったことを強調。「時として、私たちはそれに気づきませんが、密かに、そして実際に、恵みが私たちに届き、私たちの人生を内側からゆっくりと変えていくのです 」と語られた。さらに、「おそらく今日も、多くの人々がイエスの力を心から信じることなく、表面的な方法でイエスに近づいているでしょう。私たちは教会の”表面”を歩いているが、心は別のところにあるのかもしれません」と信者たちに注意を促された。

 教皇は講話の締めくくりとして、この福音書の二つの記述は、「イエスにとって、癒すことができないほど大きな傷や苦しみは何もないこと、そして私たちはイエスのもとに行くことで、イエスから新しくされることを示しています」と強調された。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

2025年6月25日

☩「私たちはパンを分かち合い、神の国を宣べ伝えるよう召されている」—教皇、「キリストの聖体の祝日」のミサで

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2025年6月23日

☩「中東危機深刻、人類は平和を叫び声を上げて訴えている」—教皇、「キリストの聖体の祝日」の正午の祈りで

Israeli security forces gather outside the site of an Iranian airstrike in Tel Aviv on June 22, 2025Israeli security forces gather outside the site of an Iranian airstrike in Tel Aviv on June 22, 2025  (AFP or licensors)

2025年6月23日

☩「 キリストの体と血の犠牲は『究極の愛』の形」教皇、キリストの聖体の祭日の正午の祈り

Pope Leo XIV recites the Angelus on 22 June 2025Pope Leo XIV recites the Angelus on 22 June 2025  (@Vatican Media)

(2025.6.22 Vatican News  Deborah Castellano Lubov)

教皇レオ14世は22日、「キリストの聖体」の祝日の正午の祈りに先立つ講話で、「主は、私たちが祭壇に供えるパンとぶどう酒を、私たちの命の捧げ物とともに受け取り、聖別し、祝福し、キリストのからだと血に変え、世の救いのための愛のいけにえとしてくださる」と語られた。

 講話で教皇はまず、この日、教会は世界の多くの場所で、パンと魚の奇跡を語る聖ルカの福音朗読とともに、キリストの至聖なる体と血の祝日を祝っていることを思い起こされた。

 この福音の箇所で、イエスが、ご自分の話を聞き、癒しを得たいと集まって来た何千人もの人々の空腹を満たすために、使徒たちに対応するよう求め、差し出されたパンと魚を祝福し、全員に分けるよう命じた様子を描写している。

 その結果が驚くべきものであり、すべての人が食べるのに十分な量が配られただけでなく、余りさえしたことを指摘された教皇は、「これは奇跡であることを超えて“しるし”です。神の賜物は、それがどんなに小さなものであっても、分かち合われるとき、いっそう大きくなることを私たちに思い起こさせてくれるのです」と説かれた。

 そして、「この祝日に聖書のこの箇所を読むとき、さらに深い現実、すなわち、すべての人間の分かち合いに先立つ、より大きな分かち合い、すなわち、『神が、私たちと分かち合ってくださること 』について考えるよう、私たちは求められているのです」と強調された。

 続けて教皇は、「創造主である神は、私たちを救うために、私たちに命を与えられ、被造物である女性に、神の母となること、そして私たちと同じように、壊れやすく、制約のある、死を免れない肉体を御子キリストに与えるように求められました。これによって、主は 、貧しさを私たちと完全に分かち合い、私たちの贖いのために、私たちが主に捧げることのできるわずかなものを用いることを選ばれた のです」と語られた。

 そのうえで、「たとえささやかなものであっても、私たちそれぞれに応じた贈り物をし、受け取った人に感謝されるのを知る時、それはどれほど素晴らしいか」考えるよう、信者たちに促され、「その行為が単純であるにもかかわらず、贈り物が私たちの愛する人たちとの距離を縮めてくれると感じる時、私たちはどれほど幸せでしょう 」と述べられた。

 

 聖体儀式では、祭壇のパンとぶどう酒が聖別され、私たちの人生を共に捧げられことで、キリストの体と血に変えられ、世界の救いのために働く。「神は、私たちが神に捧げるものを喜びをもって受け入れることで、ご自身を私たちと一体化させ、私たちが神の愛の賜物を受け取り、喜びをもって分かち合うことで、私たちを神と一体化させるよう促しておられます。聖アウグスティヌスも言っておられるように、「たくさんの”一粒の麦”から一つのパンが作られるように、慈愛の一致のうちに、キリストの一つの体が形作られるのです 」と説かれた。

 講話の最後に教皇は、22日の午後遅く、聖ヨハネ・ラテラノ大聖堂でのミサから始まり、聖マリア・マジョール大聖堂へと続く、ローマにおける「キリストの聖体」の祝日の伝統的な聖体行列を主宰することに言及。「私たちは共に聖ミサを行い、その後、至聖なる秘跡を携えて、私たちの街の通りに出ます。私たちは歌い、祈り、そして聖マリア大聖堂の前に集まり、私たちの家、私たちの家族、そして全人類に主の祝福を祈り求めます」と語られ、この祝典が、「祭壇と幕屋から出発して、分かち合いと慈愛のうちに、日々、互いに交わりと平和の担い手となることを約束する私たちの輝ける”しるし”となるよう祈られた。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2025年6月22日