☩「創造のための祈りは、かつてないほど緊急になっている」教皇、9月1日の「被造物を大切にする世界祈願日」へ全キリスト教徒の一致を呼びかけ

Pope Leo XIV celebrates the new Mass for the Care of Creation in Castel Gandolfo on July 7, 2025Pope Leo XIV celebrates the new Mass for the Care of Creation in Castel Gandolfo on July 7, 2025  (@Vatican Media)

 

2025年9月1日

☩「教会が常に謙遜の学び舎、全ての人を歓迎する家であるように」教皇、年間第22主日の正午の祈りで

 

 

 

2025年9月1日

☩「権力を持つ者たち、武器の論理を捨て、速やかに交渉と和平の道を選べ」教皇、ロシアによるウクライナ攻撃激化に対して

Ukrainians bring flowers and toys to the site of a Russian strike in Kyiv that killed 23 people, including 4 childrenUkrainians bring flowers and toys to the site of a Russian strike in Kyiv that killed 23 people, including 4 children  (ANSA)

 

*モーリタニア沖での移民死亡事故

 また教皇は、モーリタニア沖で移民を乗せた船が転覆し、少なくとも69人が死亡、約100人が依然行方不明となっている7月の事故にも言及され、「このような悲劇は世界中で毎日繰り返されています。個人としても社会としても、『私は旅人であったのに、あなたがたは私を迎え入れてくれた』という御言葉を完全に実践することを、主が私たちに教えてくださるよう祈りましょう」と呼びかけられた。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2025年8月31日

☩「犠牲者、家族に心から哀悼と寄り添いを誓う」—教皇、米ミネアポリスのカトリック校でミサ中の銃撃事件に哀悼の意を表明

Shooting at Annunciation Church in Minneapolis, USAShooting at Annunciation Church in Minneapolis, USA  (ANSA)

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2025年8月29日

◎教皇レオ14世・聖年連続講話「イエス・キリスト、私たちの希望」⑪「キリスト教の愛は『逃避』ではなく『決断』にある」

Pope Leo XIV during his weekly General AudiencePope Leo XIV during his weekly General Audience 

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

2025年8月28日

☩教皇、ガザ和平を求めるエルサレム総主教らの呼びかけに賛同する声明

Pope Leo blesses pilgrims at the weekly General AudiencePope Leo blesses pilgrims at the weekly General Audience  (@Vatican Media)

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2025年8月27日

☩「武器を持たず、武装を解く平和に向けて」ー教皇の2026年元旦の世界平和の日メッセージ

(2025.8.26  Vatican News  Devin Watkins)

     教皇レオ14世が26日、2026年の1月1日「世界平和の日」のテーマを発表した。今回のテーマは、“Peace be with you all: Towards an ‘unarmed and disarming’ peace(平和が皆さんと共にあるように:武器を持たず、武装を解く平和に向けて)”。バチカン出版局は、このメッセージを、『そして平和あれ』のタイトルで出版意を予定している。

 カトリック教会の世界平和の日は、毎年1月1日、「神の母マリアの祭日」に、世界の平和を願うために行われている。バチカン人間開発省が26日の声明で、今回のテーマで教皇が願われたのは、「人類に暴力と戦争の論理を拒絶し、愛と正義に基づく真の平和を受け入れる」よう、世界のすべての人に促すこと、と指摘した。

 レオ14世は5月8日に教皇に選出された夜、そしてその後、何度も「武器を持たず、武装を解く」という特徴的な言葉で平和を訴え、世界が望むべき平和の在り方を示しておられる。声明は、これを受けて、「この平和は、武器を持たないもの、すなわち恐怖や脅威、武器に基づかないものでなければなりません… そしてそれは武装解除を伴うものでなければならない。紛争を解決し、心を開き、相互信頼、共感、希望を生み出す能力を持つものでなければなりません」と強調。

 さらに、「『平和』を呼びかけるだけでは不十分です。あらゆる形態の暴力—目に見えるものであれ、制度的なものであれ—を拒絶する生き方によって、平和を体現せねばなりません」と訴えた。

 またバチカン報道局は同時に発表した声明で、今回の教皇メッセージは、「どの宗教を信じているか、どのような役割を社会で果たしているかに関わらず、世界の全ての人に、平和を希求するよう求めるもの」と説明。「復活したキリストの挨拶『あなたがたに平和があるように』(ヨハネ福音書20章19節)は、信者、非信者、政治指導者、市民を問わず、すべての人々に向けられた招き。神の王国を築き、人間的で平和な未来を共に創り上げるための招きです」としている。

教皇レオ14世の初の講話集を3か国語で27日に出版

 一方、バチカン出版局(LEV)は、平和への強い想いを込めた教皇レオ14世の最初の公的演説を集めた新刊を刊行した。『平和あれ!教会と世界への言葉』は8月27日、英語・イタリア語・スペイン語版が書店に並ぶ。(右の写真は、イタリア語版の表紙)

Cover of the Italian version of "And Let There Be Peace"

 出版局の発表文によると、教皇が「非武装と軍縮」という二項対立を用いておられることを指摘。「この表現は、フランス人修道士シャルル=マリー・クリスチャン・ド・シェルジェ(O.C.S.O.)によって語られたもの」とした。同修道士は、アルジェリア・ティビリーヌのアトラスの聖母修道院の院長と務め、1996年に同国のシトー会修道院で6人の修道士たちと共に殉教した。

 レオ14世は、アルジェリア殉教者たちの典礼記念日にあたる5月8日に教皇に選ばれている。発表文は、教皇が「神の至上性、教会の交わり、平和の追求」を含む自らの優先課題としておられる、とし、「教皇は既に数多くの和解の呼びかけを行っており、それは政治だけでなく、一人ひとりの心に訴えかけている」と説明。

 「平和は私たち一人ひとりから始まる。他者を見る方法、他者の声に耳を傾ける方法、他者について語る方法の中にこそ、平和は始まるのだ」という教皇の言葉を引用している。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

2025年8月27日

☩「『主と共に食べ、飲み、教えを聞いた』と誇っても、神はお認めにならない」—教皇、年間第21主日の正午の祈りで

File Photo: Pope Leo XIV during his Sunday AngelusFile Photo: Pope Leo XIV during his Sunday Angelus  (ANSA)

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2025年8月24日

☩「武器が沈黙し、対話の道が開かれるように祈ります」-教皇、ウクライナの国民的祝日にゼレンスキー大統領に激励のメッセージ

Destruction in Ukraine, in Sumy. April 2025Destruction in Ukraine, in Sumy. April 2025  (AFP or licensors)

 

2025年8月24日

☩「報復の論理を否定し、憎しみから心を解放せよ」、教皇、8月22日「平和のための祈りと断食の日」に

The cry of Palestinian women in GazaThe cry of Palestinian women in Gaza  (AFP or licensors)

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

 

2025年8月23日

◎教皇レオ14世・聖年連続講話「イエス・キリスト、私たちの希望」⑩「最も暗い瞬間でも、愛し、赦すことに遅すぎることはない」

Pope Leo XIV at Wednesday General AudiencePope Leo XIV at Wednesday General Audience  (@Vatican Media)

*愛し続ける道は常に存在する

 

 教皇は続けて、「これこそ、主が私たちために成し遂げられた神秘であり、私たちも、その神秘に参加するよう招かれています。どれだけの関係が壊れ、どれだけの物語が複雑になり、どれだけの言葉が未言のままで残っているか… 福音は、すべてが取り返しのつかないほど壊れているように思える時でも、愛し続ける方法が常に存在することを示しています」と指摘。

 「赦すことは、悪を否定することではなく、悪がさらに悪を生むのを防ぐこと。何も起こらなかったと否定するのではなく、憎しみが未来を決定しないように、可能な限りのことを行うことなのです」と説かれた。

*主と共に誘惑に立ち向かう

 

 また教皇は、「私たちも痛ましい困難な夜を経験しています。魂の夜、失望の夜、誰かに傷つけられたり裏切られたりする夜を経験しています」とされたうえで、そのような時、自分の中に引きこもり、自分を守り、あるいは反撃する誘惑にさらされるが、「主は、別の道が常に存在することを示してくださいます。私たちに、自分に背を向ける者にも一切れのパンを差し出すことができること、信頼の沈黙で応えることができること、そして、愛を放棄することなく、尊厳を持って前進することができることを教えてくださいます」と強調。

 「見捨てられたり、誤解されたりした、と感じても、赦す力を主にお願いするように。なぜなら、まさにそのような時に、愛が頂点に達するからです」とされ、「イエスが教えてくださるように、『愛する』とは、他者を、裏切ることも含めて自由にすることだ。その自由が傷つき、失われても、暗闇の欺瞞から奪い返し、善の光に戻すことができると、固く信じ続けることです」と説かれた。

*イエスは、裏切りが救いの機会であることを示している

 

 教皇は最後に、赦しの光が「心の最も深い裂け目を通る時、それは決して無駄ではないことが分かります。他者が受け入れないとしても、無駄に思えるとしても、赦しは与える者を解放ます。憎しみを消し去り、平和を回復し、私たち自身に戻してくれます」と繰り返され、「パン切れを差し出すという単純な行為を通して、すべての裏切りは、より大きな愛のための場として選択されれば、救いの機会になることを示しているのです」と確信を述べられた。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2025年8月21日

☩「8月22日、天の元后マリアの日を『平和のための祈りと断食の日』としよう」—教皇が呼びかけ

(2025.8.20   Vatican News) 

 教皇レオ14世は20日、水曜恒例一般謁見で、ウクライナ、ガザなど戦争に苦しむすべての地域で「武装解除と非武装の平和」が実現するために、8月22日(天の元后マリアの日)を祈りと断食で心を合わせる日とすることを発表、世界の信者たちに参加を呼びかけられた。

 

2025年8月20日

☩「ウクライナ和平には希望があるが、まだ努力と祈りが必要」と教皇、記者団に語る

Pope Leo greets the faithful as he leaves Castel Gandolfo to return to the VaticanPope Leo greets the faithful as he leaves Castel Gandolfo to return to the Vatican 

 

2025年8月20日

☩「真実に基づく行動には、代償が伴う。この世に”嘘”を選ぶ者たちがいるからだ」教皇、年間第20主日の正午の祈りで

                                                (2025.8.17 Vatican News )
The Pope greeting pilgrims and faithful

 教皇レオ14世は17日の年間第20主日の正午の祈りに先立つ説教で、「真実に基づいて行動することには代償が伴う。それは、この世には”嘘”を選ぶ者たちがいるからです」とされたうえで、「”傲慢”に対して”復讐”で応えてはなません… イエスは私たちに、殉教者たちのように、愛によって真実への忠実さを保つよう求めておられます。私たちは彼らに、異なる状況や方法で倣うことができるのです」と信者たちに説かれた。

 教皇は、「キリストに従うことを選ぶ者は、迫害に遭う可能性があります。主ご自身が『矛盾のしるし』であり、『バラの寝台』ではない、と述べておられるように、キリストの使命は、迫害に遭うものだからです」と語られた。

 そして、主の「愛と正義のメッセージ」が「拒絶される」こと、そのために主は、「反対を受け、逮捕され、侮辱され、殴られ、十字架にかけられる」と指摘。

 このことは、初期のキリスト教共同体によって共有され、「平和な共同体であり、自らに限界があるにもかかわらず、主の愛のメッセージをできるだけ忠実に生きようとしたが、迫害を受けていた」と語られた。

 教皇はまた、「イエスは、すべての人、私たちを苦しめる人に対しても、善を行うことに忍耐強く取り組むよう求めておられます。私たちは”無礼”に対して”復讐”で応えるのではなく、愛をもって真理に忠実であり続けねばなりません」と説かれ、「この真理への忠実さは、殉教者たちが信仰のために血を流すことで示したもの。私たちも、彼らとは異なる状況や方法で、彼らの例に倣うことができる」と説かれた。

 そして、例えば、「良い親が、子供を健全な原則に従って教育したい、と願う場合、代償を払う必要が出て来るかも知れません。(子供たちのやっていることに)『ノー』と言い、行いを正さねばならない。そうすることは、子どもたちに苦痛をもたらすでしょう」とされ、同じことは、「生徒を正しく教育したいと願う教師」や、「使命を正直に果たしたいと願う職業人、宗教者、政治家」、あるいは「福音の教えに従って責任を一貫して果たそうと努力する人」にも当てはまる、いずれの場合も代償を払う覚悟が必要、と指摘された。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

2025年8月18日

☩「キリストを教会や家庭、人生の外に置かず、貧しい人々の中に迎え入れられるように」教皇、年間第20主日のミサで

(2025.8.17 Vatican News   Kielce Gussie)

  ローマ郊外の夏の離宮、カステル・ガンドルフォに戻られた教皇レオ14世は年間第20主日の17日、アルバーノ教区のロトンダ聖母巡礼聖堂でミサを司式され、他者に奉仕する教区への感謝の意を表するとともに、一人ひとりが「他者への贈り物」であることを改めて強調された。

 ミサ中の説教で教皇は、「共に過ごすもう一日」という贈り物について考察。キリストが既に克服された「より大きな贈り物」である「死」に言及され、「主日は、キリストの勝利を思い出させる日。私たちは恐れや不安を抱えて教会に来るかもしれないが、共に集い、キリストの言葉と体に出会うことで、すぐに孤独が和らぎます」と語られた。

 古代の聖堂とその「ロトンダ」について、教皇は、「この形は私たちが神の”胎内”に迎え入れられています… 教会の外側は、人間の現実と同様、粗削りに見えるかもしれないが、その内側では、神の現実が顕現し、私たちの苦闘、貧困、脆弱性は、神の無条件の愛に出会うことで消え去ります」と説かれた。

 さらに、マリアは「神の母性のしるしと前兆」であり、彼女を通して、「教会は母となり、力ではなく、愛によって世界を新たにするのです」と語られた。

 

*平和は「快適さ」ではない

 

 この日のミサで読まれた福音書に目を向けられた教皇は「世界は、私たちが平和を『快適さを伴う平和』と『静けさを伴う善』を混同するように訓練している。それで、イエスは『私は、地上に火を投じるために来た』と叫ばれたのです。家族や友人が対立するかもしれないから。そして、一部の人々は、『リスクを避け、平和と静けさを求めて働くように』と私たちに言うかもしれないから」とされた。

 だが、イエスは人間性を引き受けられ、「これが彼が語った『洗礼』、つまり、『十字架の洗礼、愛が求めるリスクへの完全な浸礼』だったのです。私たちはミサで聖体を受けることで、人生の歩みを続けるための糧と力を受け取る。それによって、私たちは、『自分自身のためではなく、他者のために生きる』という決断と、『世界に愛の火をもたらす』という召命を見出すのです」と指摘。

 「この愛は、自分を低くし、仕える愛であり、無関心に対して配慮で応える愛であり、この善の火は、武器とは異なり、何の代価も要しないので、誤解や迫害を招くかもしれない。しかし、私たちの中にその炎が燃えていることほど、大きな平和はありません」と強調された。

 

*一つになることだけ

 

 この善と愛の炎に照らして、教皇は、アルバーノ教区の人々が他者に奉仕することに献身していることに感謝の意を表され、「奉仕する者と奉仕される者との区別をしないように。それぞれが他者への贈り物であり、私たちは皆、『貧しい人々の教会』の成員なのです」と説かれた。

 さらに、「異なる政治的、社会的、感情的な背景を持つ人々との出会いを育むことに焦点を当てて共に集まることで、私たちは真にキリストの体となることができます… それが実現するのは、イエスがもたらした炎が、キリストの貧しさを人生に抱える人々を社会の辺縁に追いやる偏見、恐怖、偽りの警戒心を『焼き尽くす時』です」と言明。

 説教の最後に、教皇は信者たちに、「キリストを教会や家庭、人生の外に置かず、貧しい人々の中にキリストが受け入られるように。そうすれば、私たちは自分自身の貧困—快適さと安全を必死に求め、恐れ、否定する貧困—とも和解することができるのです」と強調された。

 

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

2025年8月17日