新年おめでとうございます。「希望の巡礼」の聖年に当たって、皆さまが、そして世界が、平和への希望を持つことのできる一年となることをお祈りいたします。
日本で唯一のカトリック系独立インターネット新聞である私たちの「カトリック・あい」は、今年2025年11月で10年目に入ります。これと前後して、日本のカトリック教会で唯一の月刊紙、創刊100年の伝統を持つ「カトリック新聞」が今年3月30日付けをもって事実上の廃刊を余儀なくされることとなります。同紙は公称発行部数9000部といわれていますが、「カトリック・あい」の月間閲覧件数は創刊時の数千件から現在では2万件前後、2024 年の年間累計閲覧件数は23万件に増えています。
むろん、発行部数と閲覧件数を単純に比較することはできませんが、この二つの出来事が、広く日本の教会の発信力の現状とあり方のついて考える、きっかけの一つになるのは間違いないと思います。
*高位聖職者のオピニオン紙の発行の打診に「”紙”の新聞は無理、インターネットなら」と
「カトリック・あい」創刊は、2015年秋、すでに「カトリック新聞」に限界を感じておられた故森一弘司教から、新しいオピニオン紙の発行について打診を受けたことに遡ります。
筆者は、日本、というよりも自由世界の日刊紙として最大の部数を持つ新聞社に40年以上も籍を置き、地方記者から、本社の経済記者、デスク、論説委員、東南アジア地域の新聞発行統括を務めた経験から、日本のカトリック教会が全国の信者はもちろん、教会外の人々とも共に歩む、外に開かれた教会に脱皮していくためには、それに役立つ内外の情報、評論などを提供する新たな媒体が必要、とかねてから考えていました。
しかし、人々の新聞離れ、”紙”離れが加速度を増している今、取材、執筆、編集、印刷、発行に多くの人員をそろえ、印刷、配布にも多額の資金が必要な”紙媒体”を創刊するのは無理。インターネットを媒体とするものなら、引き受けてもいいのではないかと考え、そのようにお答えしたところ、「資金援助は無理だが、他のことは協力するので、準備を進めてほしい」との答え。パチカンや教区のひも付きとせず、森司教の意図をくみつつ、協力を得ながら独立・自由な発信をするのであれば… ということで準備に着手しました。
そして、カトリック信徒やその理解者の知人たちから、インターネットの専門家、大手業界団体の広報経験者、カトリック系の出版責任者の参加を得、四人で運営資金を出し合って、2016年10月から本格発行を始めることになったのです。
*「カトリック・あい」の経験もとに、5年前、”紙”離れに対応した「カトリック新聞」の抜本改革を提言したが…
無償で協力してくださるコラム執筆者も増えて、発行が軌道に乗った2019年秋、「カトリック・あい」での経験も踏まえ、当時の「カトリック新聞」編集長の司祭と面談し、このまま魅力の薄い内容の紙の媒体だけの新聞を続けていても、早晩、限界を迎えてしまう、と申し上げたうえで、抜本的な改革案-インターネット・ニュースとタプロイド版週刊誌紙のハイブリッド化、スタッフの人員、能力の強化など―を具体的に提言しました。しかし、改革を試みたその司祭は、新聞内部関係者の抵抗に遭って頓挫し、ご本人もポストを去ってしまった。
翌年、司教団の事実上のトップについていた方に、改めて「カトリック新聞」の抜本改革について同様の提言をしたのですが、新聞内部の同意が得られそうにないことを理由に棚上げ。さらに2年後の2022年秋に改めて、「カトリック新聞を含めた広報体制の刷新・強化、発信力の強化、そのために、発信すべきメッセージとなる情報を的確に受け止め、文章にし、的確、効果的に発信する能力を持ち、思想的にも偏りのない公正な人材のスカウト、育成の体制が必要」と申し上げたところ、「広報の問題はS司教が担当することになり、カトリック新聞、出版、広報についての見直しを始めているので、任せている。改革となると司教協議会の総会にかけねばならないし…」との返事。
*司教団が、事実上の2025年3月で廃刊を決めたが… 改革の方向は?
それから1年半後の2024年2月、司教団が司教総会で「カトリック新聞」の「休刊」という名目で廃刊を決定。2025年3月30日付をもって発行を停止し、同年4月以降は、Webで情報提供をし、紙媒体は月1回程度、無料で小教区や修道会に配布する、ということになったのです。信者の間には、「上位下達のお触ればかり。聖職者の訃報以外役立つ情報がない」「典礼や教会暦に関する手垢のついた解説が多く、読む気がしなかった」など”廃刊やむなし”の声もありましたが、「慣れ親しんだ情報ツールをつぶさないで」「投書欄は、信徒が発信できる数少ない場、読者が信仰を問い直す貴重な場」など存続を求める声もあり、存続を求める署名運動も起きました(カトリック社会問題研究所「福音と社会」333号など)が、廃刊の方針が変わることはありませんでした。
事実上廃刊に至った事情について、司教協議会会長の菊地東京大司教は、2024年3月3日付けのカトリック新聞紙上で、「近年、定期購読者数が減少し、経営的には厳しい状況が続いており…現在の新聞事業の経営状況と、インターネットの普及のスピードを考え合わせたとき、日本のカトリック教会の情報発信をどのようにするべきか、数年前からそのあるべき姿について検討を重ねて参りました。 その結果、数年後を見据えて、現在、カトリック新聞、広報、出版と独立しているカトリック中央協議会における情報発信の部門を統合し、新たな形での情報発信の姿を確立するために、具体的な作業に入ることを決定致しました」と説明。「2025年4月以降は、インターネットでの発信へと転換することにするが、いわゆる『新聞』という紙媒体での発行も毎月1度の形で、無料広報誌とし、各小教区や修道院、教会関係施設に配布するなどの方法をとる、編集方針は今後の検討課題だが、詳細で速報的なニュースはインターネットで、教会全体の流れは紙媒体でという棲み分けになろうかと思う」としている。
筆者が2019年秋に当時の編集長だった司祭に、抜本見直しを提言したほぼ同じ内容が、5年も経って”実現“することになった、というわけです。教会の内外の情勢は急速な変化を続けています。そうした中で、この対応の遅さはどうしたことでしょうか。しかも、肝心の内容に直接関わる取材、執筆、編集を担う能力のある人材を確保できているのか、不明です。
*一般信徒に分かりやすく内容豊富な月刊誌も相次いで廃刊
日本のカトリック教会の福音宣教の重要な柱であり、教皇フランシスコが強く促されている”シノドス(共働性)の道”を聖霊の導きに従って共に歩むのに不可欠な情報共有の要の一つとなるはずの定期刊行物が相次いで廃刊に追い込まれる例は、「カトリック新聞」にとどまりません。読みやすく、幅広い内容、執筆者も多様で、信者以外の読者も少なくなかった月刊誌が相次いで廃刊しています。
聖パウロ女子修道会(東京都港区)が発行していた「あけぼの」は創刊60年目を迎えた2015年に4月号を持って終了。ドン・ボスコ社の経営母体であるサレジオ会日本管区が1928年に創刊した「カトリック生活」も2024年3月号をもって廃刊となりました。編集長の関谷義樹氏(サレジオ修道会司祭)は、「メディアを取り巻く環境が激変する今日、紙媒体の雑誌を発行し続けることが困難であると、修道会として判断せざるを得なかった」と語っています。
*翻訳力の低下も目立つ
このように、”紙媒体”の柱となってきた新聞や月刊誌が相次いで存続不能となり、劣化する一方の教会の発信力、情報共有能力を他の媒体によって補完することがほとんどできずにいるのが、今の日本の教会の実状です。発信力の劣化に関してさらに申し上げれば、翻訳力の低下も深刻です。
昨年12月で88歳になられた教皇フランシスコが世界中の聖職者、一般信徒に対して、今も様々な形での語りかけを、メッセージの発出を、不自由な体をおして、連日のように続けておられます。その内容は実に豊かで、私たちが今、そしてこれからの福音宣教を具体的な進めるために、示唆的な内容がちりばめられています。にもかかわらず、バチカン文書も含めて、司教団が、そのイタリア語の原文を日本語に翻訳することは、ほぼ皆無。英訳の翻訳さえも長文であれば何か月もかかり、メッセージの共有がなかなか進まない事態になっています。
最近の具体例を挙げれば、教皇が2021年10月に始められ、2023年10月、2024年10月の二度にわたる世界代表司教会議総会に至る”シノドスの道”の成果となる最終文書は2024年10月26日の総会最終日に採択され、イタリア語の全文が発表され、さらに2週間後に英語訳がシノドス事務局から出されていますが、2024年12月末現在、日本語の”公式”訳が出たとは聞きません。
教皇は、シノドス総会での最終文書採択後の最終講話で、これを受けた使徒的勧告は出さない、と語られたうえで、「この文書にはすでに、特定の大陸と状況における教会の使命の指針となり得る非常に具体的な指示が含まれている。文書で示された共通の経験が、神の民に奉仕する具体的な行動を促すことを確信しています」と、世界の司教たちに、この文書を踏まえた具体的な使命遂行を促されました。最終文書はそれだけ、世界の教会の今後にとって重要なのです。その内容の共有の遅れは、現在の激動を続ける世界における福音宣教にとっても、大げさだと思われるかもしれませんが、致命的になりかねません。
*「カトリック・あい」は、シノドス最終文書や最新の回勅の全文試訳をいち早く日本の教会、信者の皆さんに全文試訳を提供
そのような認識から、「カトリック・あい」では、その概要をVatican Newsをもとに即日報道し、全文についても、協力者の力をいただいて、まずイタリア語原文から翻訳を始め、英語訳が出たのと前後して、11月中旬には全文の試訳を終え、掲載しています。
また教皇は、この最終文書発表の2日前の10月24日に、教皇就任後4回目の回勅 『Dilexit nos(私たちを愛してくださった)』を発表され、「イエス・キリストの心にある人間的で神的な愛 」に関する思想の伝統と関連性を辿り、信仰の優しさ、奉仕の喜び、宣教の熱意を忘れないために、真の献身を新たにするように、と呼びかけられました。5章220項から成るこの回勅は、イエス・キリストの御心の人間的で神聖な愛に捧げられています― 「イエス・キリストの開かれた心は、私たちよりも先に進み、無条件に私たちを待ち望んでおられます。イエスはまず私たちを愛された』(ヨハネの手紙1・4章10節参照)。イエスのおかげで、『私たちは、神が私たちに抱いておられる愛を知り、信じる』(同4章16節)ようになったのです」と教皇は述べておられます。
「カトリック・あい」では、この回勅も、概要を速報したうえで、阿部仲麻呂師の協力により,同師の試訳全文を10月31日から掲載しています。
これら、カトリック教会の現在から将来を左右する、最近出された二つの重要文書が、2か月たった今も、いまだに司教団による翻訳が出ていない(2025年1月1日現在)のです。イタリア語でまず公式発表されることの多いバチカン文書に、イタリア語翻訳能力が実質皆無。英語翻訳能力も数年前に優秀な人材が司教協議会事務局から転出して以降、急激に落ちている、との見方が、複数の関係者から示されています。
教会文書の翻訳は、正確性、厳密性が求められる、そのための人材がいないので遅くならざるを得ない、というような話も聞きますが、そうでしょうか。日本全国の司祭、修道士、一般信徒には、神学や聖書学の知識を持ち、しっかりとした翻訳能力をもつ人が少なくありません。現に「カトリック・あい」には翻訳を協力してくれる優秀な人材が複数います。
*”シノドスの道”を共に歩むために欠かせない教会の発信力、情報共有力、信徒の人材活用が必要