🌸1月の教皇と日本の教会の祈りの意向
教皇の意向: 御言葉による祈り
*御言葉による祈りが生活の糧となり、また私たちの共同体の希望の源となって、互いを 大切にしながら使命に生きる教会を築くこと ができますように。
(以下、2026.1.8 バチカン放送)
2026年1月のビデオ中の教皇レオ14世による祈りは以下のとおり。
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父と子と聖霊のみ名によって。アーメン。
主イエスよ、御父の生ける御言葉よ、 あなたの中に、私たちの歩みを導く光を見出します。
人間の心が不安に揺れ、意味を渇望していることを知っています。
あなたの福音だけが、その心に安らぎと充足をもたらせるのです。
聖書の中に毎日あなたの声を聴き、あなたの声に問いかけられ、あなたの御心に近づきながら、 私たちの決意を見極めることを教えてください。
あなたの御言葉が、疲れた時の糧となり、 闇の中の希望となり、私したちの共同体の中の力となりますように。
主よ、私たちの唇からも、 心からも私たちをあなたの御国の子、兄弟、 弟子、宣教師とする御言葉が決して失われることがありませんように。
御言葉と共に祈り、御言葉の上に築かれ、御言葉を喜びをもって分かち合う教会にしてください。
こうしてすべての人に新たな世界への希望が再び生まれますように。
わたしたちの信仰が御言葉を通してあなたとの出会いの中で成熟し、心から突き動かされ、他者に出会いに行き、最も弱い立場の人たちに仕え、赦し、橋を架け、命を告げ知らせることができますように。
アーメン。
:注:このテーマは、1月25日に記念される「神のことばの主日」をも意識するものとなっている。毎月の祈りの意向と共に発表される、祈りを助けるためのビデオは、2026年から「教皇による祈りの世界ネットワーク」と教皇庁広報省のイニシチアブとして、新しい形で企画・提供される。新企画の初回となる、2026年1月のビデオは、人々がより教皇と一致し、その言葉に耳を傾けながら、落ち着いて祈ることができるように、祈りにふさわしい環境と、沈黙の余白、祈りのリズムに配慮している。
ビデオの中で、教皇レオ14世は、その起源を8世紀にまで遡る古い聖堂、バチカン市国内のサン・ペレグリーノ教会に入られる。沈黙のうちに祈りながら、祭壇前で跪いた教皇は、やがて聖書を手に取り、今月の祈りの意向を掘り下げるために書き下ろした、ご自身の祈りを唱えられる。
ビデオには、英語版、スペイン語版、イタリア語版の3つのバージョンがあるが、YouTubeにおける再生画面の右下、あるいは右上にある「設定」(歯車のマーク)から、日本語など、他の言語の字幕を選ぶことができる。
(編集「カトリック・あい」)
日本の教会の意向: 平和と幸せ
*新しい年の始めにあたり聖母の取り次ぎを願 って祈ります。私たち一人ひとりが互いを思 いやって平和と幸せを求め、心穏やかに過ごすことができますように。
🌸9月の教皇と日本の教会の祈りの意向
教皇の意向: すべての被造物と私たちとの関係のために
(2025.9.2 バチカン放送)
教皇の2025年9月の祈りの意向と、その基本となる祈り、またその意向に沿って黙想を助けるための祈りは、次のとおり。
*基本の祈り
「聖フランシスコの霊性に倣い、神に愛され尊重されるべきすべての被造物と私たちとの関係が、互いに影響を及ぼし合っていることを体験できますように。」
*黙想のための祈り
主よ、あなたは御自身が創造されたすべてのものを愛されます。
あなたの優しさの神秘の外には、何一つ存在し得ません。
どれほど小さな被造物も、それはあなたの愛の実り、この世で居場所を持っています。
最も単純な、短い命さえも、あなたの慈しみに包まれています。
アッシジの聖フランシスコのように、今日私たちも言います。「私の主よ、あなたは称えられますように!」
創造の美を通して、あなたは善の源としてご自身を現されます。
私たちはあなたに願います。
あなたを認めることができるよう、私たちの目を開いてください。
あなたのすべての被造物への寄り添いの神秘から、
世界は解決すべき問題以上の無限のものであることを学ばせてください。
それは感謝と希望をもって観想すべき神秘です。
あなたの存在をすべての被造物の中に見出させてください。
それをあまねく認めることで、私たちはこの共通の家に対する責任を自覚し、そこであらゆる形と可能性において
生命を慈しみ、尊重し、守るべく、あなたから招かれていることを感じ、知ることができるのです。
日本の教会の意向: 高齢者のために
*高齢者のこれまでの労苦がねぎらわれ、いただいたいのちを神の恵みのうちに受け取ることができますように。
🌸8月の教皇と日本の教会の祈りの意向
教皇の意向: 共存のために
*共存することがより困難に見える社会が、民族的、政治的、宗教的、またイデオロギー的な理由による対立の誘惑に負けませんように。
教皇の2025年8月の祈りの意向の基本となる祈り、またその意向に沿って黙想を助けるための祈りは、次のとおり。(2025.7.29 翻訳・バチカン放送、編集「カトリック・あい」)
【黙想のための祈り】
イエスよ、私たちの歴史の主よ、 誠実な友、生ける現存よ、 疲れを知らず、私たちに会いに来られる方、 あなたの平和を必要とする私たちがここにいます。
私たちは恐れと分裂の時代に生きています。 まるで自分たちしかいないかのように振る舞い、 互いを隔てる壁を築き、 自分たちが兄弟姉妹であることを忘れています。
主よ、あなたの霊を遣わしてください。 互いに理解し合い、耳を傾け合い、 尊敬と思いやりをもって共に生きる望みを 私たちの中に再び燃え立たせるために。
対話の道を模索する勇気をお与えください。 対立に兄弟愛の態度で答え、 違いを恐れることなく他者に心を開く勇気をお与えください。
私たちを橋を架ける者としてください。 国境やイデオロギーを乗り越え、 心の目で他者を見つめ、 一人ひとりの中に侵すことのできない尊厳を認められるようにしてください。
希望が花開くことができる場所、 多様性が脅威ではなく、私たちをより人間らしくする豊かさとなる場所を創造できるようにお助けください。
アーメン。
日本の教会の意向: 平和のために
*広島と長崎に原子爆弾が投下されて80年を迎えるにあたり、私たちが今も世界各地で続く戦争の愚かさを悟って、平和への道を歩む勇気を持つことができますように。
*5月の教皇の祈りの意向:労働条件のために
一人ひとりが仕事において充実感を覚え、家族の尊厳が保たれ、人間性豊かな社会となりますように。
(2025.5.5 バチカン放送)
教皇フランシスコの突然のご逝去により、これまでお作りになっていたご本人の祈りの意向は不可能となったが、「教皇による祈りの世界ネットワーク」が5日、以下の祈りの意向を発表した。
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教皇フランシスコは、2025年の祈りの意向の年間資料の中で、5月には「労働条件」のために祈るように勧めておられました。『祈りの世界ネットワーク』は、新しい教皇の使命を主の御手に委ね、人類の課題と教会のミッションを神に託しながら、自らの使徒的務めを続けてまいります。
5月は、このビデオを通し、フランシスコ、ベネディクト16世、ヨハネ・パウロ2世の近年の3人の教皇たちの言葉から霊的な刺激を得ましょう。
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2022年の一般謁見で、教皇フランシスコは、こうお話しになりました—「福音記者マタイとマルコは、ヨセフを大工あるいは建具職人と定義しています。イエスは父親の職業に、かなり厳しいその仕事に従事していました。経済的な点から見れば、大きな収入は得られませんでした」「仕事は、尊厳を塗油することです。尊厳を与えるのは、パンを”家に持ち帰る”ことではなく、パンで”稼ぐ”ことです」。
教皇ベネディクト16世も、2006年の聖ヨセフの祝日に、働くすべての人々に向け、次のように強調されました—「労働は、人間の実現と社会の発展にとって、第一の重要性を占めるものです。それゆえに、労働は常に人間の尊厳の十分な尊重と、共通善への奉仕に基づいて、組織され、行われねばなりません」「同時に、人間が仕事の奴隷にならないこと、その中に人生の究極で最終的な意味を見出そうとして、仕事を偶像化しないことが必要です」。
そして、聖ヨハネ・パウロ2世も2000年の「労働者の聖年」を機会にこう話されています—「聖年は、労働の意味と価値を再発見するよう促します。そして、働く人々の尊厳、自由、責任、参加を第一とする、正当な価値観の序列を再構築しつつ、仕事の世界に見られる経済的・社会的不均衡に取り組むように勧めます」「不公平な状況を是正し、失業、不十分な賃金、物的手段の不足に苦しむ人々を忘れないように」。
祈りましょう。一人ひとりが仕事において充実感を覚え、家族の尊厳が保たれ、人間性豊かな社会となりますように。
*5月の日本の教会の意向:子供たちのために
子供たちが、健全な心と健康に恵まれ、神の恵みの中で成長していくことができますように。
5月の「日本の教会の意向: 子どものために
*子どもたちが、健全な心と健康に恵まれ、神の恵みの中で成長していくことができますように。
🌸4月の教皇と日本の教会の祈りの意向
教皇の意向: 新しいテクノロジーの使用のために
*新しいテクノロジーが、人間関係の代わりになるのではなく、人としての尊厳を尊重し、また、時代の危機に立ち向かう助けとなりますように。
教皇は、4月の祈りの意向について、ビデオで次のように話されている。
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・私たちが画面ばかりを見ないで、もっとお互いの目を見るなら、どんなによいでしょうか。人といる時間よりも、携帯電話と一緒の時間の方が長いとしたら、それは何かが間違っています。その画面は、その背後にいる、息をし、笑い、泣いている生身の人間の存在を忘れさせてしまいます。確かに、テクノロジーは神から私たちに与えられた知性の結晶です。しかし、それは上手に用いなければなりません。一部の人たちのみがその恩恵にあずかり、他の人たちが締め出されるようであってはいけません。
・では、どうすればよいのでしょうか。分断させるためではなく、一致させるために技術を用いることです。貧しい人々を助けるために、病者や障害者の生活を改善するために、それを用いるのです。私たちが共に暮らす家を大切にするために、互いが兄弟姉妹として出会うためにテクノロジーを使うことです。なぜなら、私したちが互いの目を見つめる時、本当に大切なこと、私たちが兄弟姉妹であること、同じ御父の子であることが分かるからです。
・祈りましょう。新しいテクノロジーが、人間関係の代わりになるのではなく、人としての尊厳を尊重し、また、時代の危機に立ち向かう助けとなりますように。
(バチカン放送翻訳・「カトリック・あい」編集)
日本の教会の意向: 新生活を始める人たちのために
*新年度の初めにあたり、進学や就職等により、新しい環境で生活を始める人たちが、それぞれの場で神との交わりを大切にしていくことができますように。
🌸3月の祈りの意向
教皇の意向: 危機に瀕する家族のために
*関係が壊れてしまった家族が、たとえ違いがあっても、赦し合うことで互いの賜物を再発見し、傷を癒やすことができますように。
今月のメッセージは、教皇フランシスコが今年2月14日に入院される以前に録画された。内容は次の通り。
「誰もが素晴らしい、完璧な家庭を夢見ます。しかし、完璧な家庭は存在しません。すべての家庭はそれぞれの問題と共に、大きな喜びを持っています。家族の中では、一人ひとりに価値があります。他のメンバーと異なることで、それぞれが唯一の存在です。しかし、その違いが争いや痛ましい傷をもたらすこともあります。
そこで、傷ついた家族を癒すための最高の薬は「赦し」です。「赦す」とは別のチャンスを与える、ということです。神はそれを私たちに絶えず行ってくださいます。神の忍耐は無限です。私たちを赦され、再出発させてくださいます。
赦しによって家族は常に新たにされ、希望をもって前を見つめられるようになります。たとえ、私たちが望む「ハッピーエンド」が無理な時でも、神の恵みは、悲しみや、特に恨みから解放するために、私たちに赦す力を与え、そして、それが平和をもたらします。
祈りましょう。関係が壊れてしまった家族が、たとえ違いがあっても、赦し合うことで互いの賜物を再発見し、傷を癒すことができますように」
(バチカン放送訳、「カトリック・あい」編集)
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日本の教会の意向: 性虐待被害者のために
*性虐待被害者の受けた心と体の傷が癒され、神との交わりの中で生きる希望を見出すことができますように。
🌸2月の祈りの意向
教皇の意向: 司祭職や修道生活への召命のために
*司祭職や修道生活を通してキリストの使命に奉仕するようにと呼びかけを感じている若者たちの憧れや疑いを、教会共同体がしっかりと受け止めますように。
教皇フランシスコは、この意向について、ビデオメッセージの中で次のように話された。
「私が17歳だった時、学生で、働いており、自分の計画を持っていました。司祭になることなど、まったく考えてもいませんでした。しかし、ある日、教会に入ると… 神様がそこで私を待っておられたのです。
神は今日も、若者たちを呼んでおられます。それはしばしば思いもよらない方法だったりします。私たちは、しばしば、自分や、自分の計画、教会のことですら、忙しすぎて、神の呼びかけに耳を傾けません。
しかし、聖霊は夢を通して語りかけ、若者たちが心に感じる不安も通して語りかけます。もし、私たちが彼らの歩みに付き添うなら、神が彼らを通していかに新しいことをなさるかを、目にすることができるでしょう。そして、彼らは、今日の教会と世界によりよく奉仕する形で、神の召し出しを受け入れることができるでしょう。
若者たちに信頼しましょう。そして、神に信頼しましょう。神は、一人ひとりを呼んでおられます。
祈りましょう。司祭職や修道生活を通してキリストの使命に奉仕するようにと呼びかけを感じている若者たちの憧れや疑いを、教会共同体がしっかりと受け止めますように」
日本の教会の意向: 病者のために
*キリストの受難に合わせて忍耐をもって苦しみを捧げる病者に、主キリストのいやしの恵みが与えられますように。
■12月の教皇と日本の教会の祈りの意向
教皇の意向: 希望の巡礼者
*「希望の巡礼者」聖年が、私たちの信仰を強め、復活のキリストを生活のただ中で見出す助けとなり、私たちキリスト者を希望に満ちた巡礼者に変える力となりますように。
教皇フランシスコは12月の祈りの意向で、以下の内容のビデオによるメッセージをおくられた。(2024.12.3 バチカン放送、 編集「カトリック・あい」)
「キリスト教的希望は、私たちの人生を喜びで満たす神の賜物です。 そして、今日、私たちはそれを大いに必要としています。世界はそれを大変に必要としているのです。明日、自分の子どもたちに食べさせられるかどうか、あるいは、自分が勉強していることが尊厳ある仕事を得ることに役立つかどうかも分からないとき、失望するのは簡単なことです。
では、どこに希望を求めたらいいのでしょうか。希望とは錨(いかり)です。ロープと一緒に投げて、つなぎ留めるためのアンカーです。私たちは希望のロープに、しがみつかなければなりません。しっかりと、しがみつくことです。
私たちに命を与えてくださるキリストとの出会いを発見するために、互いに助け合いましょう。そして、人生を祝うために、希望の巡礼者として旅に出ましょう。その人生における次のステージとして、来たる聖年を迎えましょう。
私たちの毎日を神が与えてくださる希望の賜物で満たし、私たちを通して、それを求めるすべての人に届くようにしましょう。『希望は決して裏切らない』ということを忘れないようにしましょう。
祈りましょう。聖年が、私たちの信仰を強め、復活のキリストを生活のただ中で見出す助けとなり、私たちキリスト者を希望に満ちた巡礼者に変える力となりますように。
日本の教会の意向: 神学生の召命
*私たちの共同体の中から、神の呼びかけに応えて司祭を目指す新たな召命が発掘されますように。