2026年。ウクライナ、ガザなど世界各地で戦乱が続き、多くの罪のない方々が苦しみ続ける中で、新年を迎えた。心底から「おめでとう」と言うことがためらわれる現在の状況だ。
そのような中で、2026年10月に、「カトリック・あい」は創刊10周年を迎える。世界で、アジアで、そして日本で、全ての家庭で平和で安心できる日々の暮らしを、一日も早く取り戻せるよう、世界の人々と心から「おめでとう」と言い合うことのできる日が来るよう祈念するとともに、編集委員一同、少しでも読者の皆様のお役に立てるよう、微力を尽くしたい。
*創刊10周年を迎える「カトリック・あい」の年間閲覧件数は23万を超えた
「カトリック・あい」は、「教皇はじめ内外さまざまな教会その他で活動する方々の動き、声を集め、解説、意見も合わせて、教会を活性化していけるきっかけを作っていきたい」との趣旨のもと、どこからも資金援助を得ることなく、編集員一同、文字通り無償奉仕の精神で続けて来た。
当初は数千件で始まった月間閲覧件数も平均2万件前後、新教皇選出があった昨年5月は4万件を超え、昨年の年間総閲覧数は23万6000件に上るまでに成長、日本で唯一の独立系カトリック・ニュース評論サイトとして、中東とアフリカの一部を除く世界100カ国に日本語読者を広げている。 無償でコラム執筆をいただいている方々、そし読者の皆さんのご支援に深く感謝したい。
*「教区割、”司教定員”見直し必要?」が、教皇フランシスコ来日前から今も読まれている
この10年を、個別閲覧件数の総数別に振り返ると、読者の皆さんのご関心、教会の抱える問題などが見えてくる。
2019年9月13日から掲載している「教皇フランシスコミサ、東京は25日午後4時から東京ドームで」が8320件でトップに立ち、2位に7663件で、同年5月6日から掲載の「司教定年まで10年以上残して辞任する司教が6年で3人₋ 教区割、”司教定員”見直し必要?』今でも毎月2,30件も読まれ続けている。
日本社会の高齢化、人口減少を反映して、司祭、日本人信徒の高齢化、減少が進む中で、具体的な対処方針を打ち出せず、基本的に明治時代のままとも言える教区割、司教定数(財政的に教区を維持できなくなった高松教区が大阪教区に合併されたが)の抜本見直しも決断もできない司教団への疑問の表れと見ることもできるだろう。
*聖職者による性的虐待関連が高水準の閲覧を続けている意味は
そして5位に、2023年10月9日から掲載の「カトリック東京教区が『子どもと女性の権利擁護委員会』担当司祭を更迭、休養扱いに」が5195件、15位に2024年1月23日から掲載の「司祭から繰り返し性暴力‐女性信者が神言会に損害賠償求める裁判始まる」が2199件。
教皇レオ14世は先月、12月22日発表の使徒的書簡 「未来を創造する忠実さ」 で、「近年、聖職者による虐待行為が引き起こした教会への信頼の危機は、私たちに深い恥を感じさせ、謙虚さを求めている」と忠告されている。
関連記事も含めて読み続けられているのは、世界的に終息を見せない聖職者による性的虐待問題が日本でも、教会に対する信頼を傷つけ続け、それに具体的に誠実な対応をしないどころか、無視、責任回避、さらには批判の声を抑えようとする動きさえもあるといわれる司教団への”無言”の批判、警告と見ていいのではないか。
*教皇レオ14世の”本格始動“への期待は大きい
創刊以来の閲覧件数で4位、2025年年間で圧倒的にトップに立ったのは、同年5月の新教皇選出の4日前から掲載した教皇候補「ロバート・F・プレボスト枢機卿」で6466件。ちなみに、レオ14世を候補の一人として”予測“したのは世界の報道機関でCRUXのみ。それを日本語訳にして載せたのは、提携メディアの「カトリック・あい」のみだ。
そして今、教皇就任から8か月、“助走”期間を終え、いよいよ本格始動の時期を迎えるレオ14世の治世の動向が注目さるが、2025年11月のイタリアの司教団との会見での教皇の以下の発言は極めて示唆的だ。
*伊司教協議会で教皇が示唆した”枢機卿・大司教の定年“が日本の教会に意味するものは
「教会は、福音の体現者であり、神の国のしるしです…救いのメッセージを宣べ伝え、平和を築き、人間の尊厳を促進し、対話の文化を育み、キリスト教的人間観を推進すること」を具体的な行動で示すべき方向とされ、そのリーダーたるべき司教の定年と後継者の選定について「教区の司教職を終える際の75歳というルールを尊重するのは良いことだ。ただし枢機卿の場合に限り、さらに2年間職務を継続することを検討してもいい」とされ、さらに、司教選出で、「現地教会の管区長や任期満了を迎える者らの意見聴取に加え、信徒のより積極的な参加を促進せねばなりません」と語られている。
折しも日本の教会では、今年から来年にかけて”定年”を迎える司教が相次ぐ。
筆者が調べた限りでは、福岡のアベイヤ司教が現在76歳、鹿児島の中野司教が今年4月15日で75歳、さらに横浜の梅村司教が来年6月14日で、名古屋の松浦司教も来年9月28日で75歳。さらに、教皇が示唆された77歳の枢機卿・大司教”定年“に、大阪の前田万葉大司教が今年3月3日に達する。
定年の迎える司教たちの交替を機に、危機的な状況に積極的に取り組む司教団への”変身“を期待したい。
*公会議から60年、NICEから30余年、日本の教会の危機に司教団は連帯して立ち向かえるか
世界に開かれ、全ての人と共に歩む教会へ抜本改革を打ち出した第二バチカン公会議が1965年12月に閉幕して60年、その方針を受ける形で日本の教会が司教団連帯の下に、教皇フランシスコの”シノドスの道“を先取りした二度の全国福音宣教推進会議(NICE)が1993年12月に終わって30年余、一時盛り上がった教会改革への熱気は冷め、司教団の連帯した具体的取り組みも絶えて久しい。
”シノドスの道“の歩みも満足になされない現在の状況は、当然と言えば当然かもしれないが、日本の教会の現状と将来を危惧し、何とかしたい、という意識を持ち続ける司祭や信徒の声を、司教団も受け止め、具体的な行動を連帯して進めねばならない。
*信徒たちが「力を貸そうにも、貸す手立てがない」のが現状、トップの「千の言葉より十の実践」が求められている
日本司教協議会の会長で東京大司教の菊地枢機卿は、年頭の司牧書簡「希望の灯を絶やすことのないように」で、「誰かが全てを準備してくれた教会で霊的サービスを受けるお客様になるのではなく、一緒になって共同体を育てる道に、どうかあなたの力を貸してください。一人ひとりの力と助けが無ければ、教会は成り立ちません」と訴えている。
東京教区では、「小教区を『聖堂共同体』とし、複数の共同体をまとめた『宣教協力体』に統合していく」という前任の教区長の計画が実施からわずか3年で挫折し、それに代わる方針が示されないまま現在に至っている。結果、信徒全員参加の小教区運営、隣接小教区との連携に齟齬を生じ、”シノドスの道”の歩みがうまくいかない要因もそこにある。
小教区の運営が主任司祭と彼に選ばれた少数の委員に委ねられ、多くの信徒は現状に対応した福音宣教を企画したり、”共に歩む”活動に参加する機会を失い、第二バチカン公会議以前の”一般信徒お客様”が常態化するところも少なくない。しかも、そうなる以前の小教区を知らない司祭、信徒が大半を占め、司教も同様で、”古参”の信徒がいくら訴えても理解されないケースさえある。
菊地大司教はそうした現状を訴える信徒の声を聴くことは聞いた。2021年に発表した東京教区の宣教司牧方針で、小教区の運営規約の基本要綱の作成、実行、宣教協力体の目的の明確化、再構築などを約束した。だが、それから5年を経過した今も、その約束は果たされていない。2026年の年頭司牧書簡では、宣教協力体については「見直し作業は簡単ではありませんが、今年中に何らかの提案ができるかと思います」と一応、説明されてはいるが、小教区の運営規約の要綱作成・実行については全く触れられていない。
司祭、信徒に力と助けを求めるのは当然だが、「共に歩む」体制が劣化している小教区などをそのままにしていては、まともな信徒、司祭が力を貸そうにも満足に貸すことができないのが、現状ではないか。千の言葉より十の実践、まず「隗(かい)より始める」ことを切に希望したい。
(「カトリック・あい」代表・南條俊二)