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お問い合わせ」への4件のフィードバック

  1. 主の平安!
    山内様、お久しぶりです。どうぞお元気で、頑張ってください。名古屋教区司祭 石脇慶總拝

  2. 毎日拝見させていただいてます。南條俊二様、翻訳ありがとうございます。今日(21日)から始まる「性的虐待サミット」についての「リアルタイム!」の翻訳に感謝します。先日の文藝春秋のも関連記事が載りましたが、この件について関心と正しい認識を持つことが今求められていると思います。そういう意味で先生の翻訳は大へん貴重なものです。感謝いたします。今回のサミットが神の前で素直なものであり、神の真のみ心がこの世界に示すものとなりますように。今後ともよろしくお願いいたします。(福岡教区 山元眞しんぷ)

  3. 南條様、いつも貴重な翻訳に感謝しております。 こちらでも、重要な二つの文書に関して、全文を翻訳してみました。

    ■主要な男女諸修道会の総長連合(伝統的修道会および近代以降の修道団体;USIG / USG)による会議における声明文;全文 [2019年2月19日]

    1.はじめに
     これから2月21日から24日にかけて教皇庁で開催される「未成年者の保護に関する会議」が始まるに際して、私たち世界中の伝統的修道会および近代以降の修道団体の主要な上長および修道者各人は、教皇フランシスコの主導的な姿勢を支持し、団結します。
    私たちは修道者としての使徒職のさなかに、子どもたちが虐待され、ぞんざいに扱われ、いじめられるという、望まれない数多くの状況に出くわします。たしかに私たちは直面しているのです。子どもの兵士、未成年者の人身売買、未成年者の性的虐待、未成年者の肉体的および精神的虐待がはびこっており、彼らは私たちに対して叫びをあげているのです。だからこそ、いま、私たちは大人として、キリスト者として、修道者として、彼らの生活が変えられ、彼らが育まれる状況が改善されるように働きかけたいのです
     これらすべての問題に共通するテーマは脆弱性です。子どもたちは私たちの社会で最も弱い立場にあります。貧困状態にさらされている子ども、身体障害のある子ども、あるいは成長を阻害されている子ども、限界に突き当たっている子ども、より低い社会階級またはカーストに属している子どもは、どうにも解決策のない脆弱性を持つ可能性があります。そのような状態に置かれている子どもが、大人たちから消費され(都合よく使用人扱いされて利用され)、虐待されることになるのです。

    2.教会における性的虐待
     今回の特別集会は、子どもたちに対する性的虐待、そして教会の権威者、特に司教、司祭、そして修道者による権限および良心の濫用に焦点を当てています。それは何十年にもわたって積み重ねられてきた現実であり、この状況において虐待を受けた人びとにとっては計り知れないほどの痛みの物語をつむぎだしています。
     そのような虐待が、私たちの伝統的な修道会や近代以降の修道団体も含めて、そして何よりも教会全体で起こったという事実を認識するにつけて、まことに申し訳なく感じます。私たちは、すでに、虐待する人たち(加害者たち)が意図的に自分たちの行動を隠し、操作していることを学びました。このような悪意にみちた行動の仕方を定義づけて明らかにすることは、まことに困難です。私たちの申し訳なさは、私たち自身もいったい何が起こっているのかを理解していないことによって、ますます増大します。世界中の伝統的な修道会および近代以降の修道団体をみわたすにつけて、権威ある立場にある者たちの反応が本来あるべき姿ではなかったことを、私たちは認めます。彼らは警告のサインを見なかったか、あるいは真剣にとらえていなかったのです。

    3.来たるべき会議(「未成年者の保護に関する司教会議」2019年2月21-24日)への期待
     来たる2月21日から24日にかけて、教皇フランシスコが世界中の司教協議会の会長を招集して開催する会議に対して、私たちが願うのは、この3日間に聖霊が力強く働くことです。 3日間の会議は短い時間です。しかし、教会を通して新たな風が吹いていて、すべての参加者に善意があれば、説明責任の重要なプロセスと構造を始め、すでにあるものを変革することができると、私たちは確信しています。さまざまな文化を適切に尊重しながら、具体策を迅速かつ普遍的なかたちで進めることができるように、新たな前進のステップをイメージし、決定を下すことができるようになります。子どもの虐待は、いつでもどこでも決して行われてはなりません。この点については、一切の妥協の余地はありません。

    4.教皇の指導力
     教皇の指導力が、鍵です。彼は、これまで、さまざまな分野で、その手腕を発揮してきました。彼は、虐待を受けた子どもたちの痛みを認め、謝罪の念を深めました。彼は被害者たちと面会しました。彼は自分の過ちに気づくと同時に、これらの被害者たちから学ぶ必要があることを認めました。私たちも、教皇の責務に協力し、これまでなされた過ちを謙虚に認め、告白します。被害者たちに手を差し伸べるために。虐待された人びとに寄り添う方法を、私たちは被害者たちから学びます。そして、彼らが自分たちの痛みの物語を私たちに聞かせたいと望んでいるという事実からも学ぶことが欠かせません。
     私たち自身の成熟のためにも、私たちは被害者によりよく耳を傾けるために最善を尽くすことを約束すると同時に、それがいつもそうであるとは限らないことを謙虚に認めます。今回の会議で決めたことを着実に実施します。

    5.子どもたちの安全を守る文化(セーフガードの文化)
     私たちは、教会と教会外のより広い社会において、これまでとは異なる文化の在り方を必要としています。つまり、私たちは子どもたちが大切にされ、子どもたちの保護が促進される文化を必要としています。新たな文化の在り方を創り出すためのステップは、以下のとおりです。
     (1)教育と医療:私たちが運営するカトリック学校や病院を通して、私たちは新たな価値観を生み出すことができます。これらの機関は現在、虐待の問題に対する認識が高まり、よりよい運営方針とより高い水準の保護のための対策が導入されています。これらの場所の子どもたちは、これまで以上に安全です。たしかに、すべての場合に当てはまるわけではありませんが、私たちの実践は他の人にとってのモデルになることがあります。
     (2)養成:私たちは未成年者や弱い立場にある成人の保護を修道会の養成プログラムに統合し、あらゆる段階で、養成者と養成を受けている人びとの両方にとって適切な指導および教育を確実に与えます。文化的な現状に挑戦する必要があります。先に述べたように、文化や背景がどうであれ、子どもの虐待は決して許されない、または容認できるものではないからです。
     (3)霊性(スピリチュアリティ):私たちは霊的指導の専門機関(スピリチュアリティ・センター)に、信仰を深め、人生の意味を問う姿勢で闘い、生きるうえでの助けを求めたいと切望するいかなる被害者に対しても特別な働きかけをするよう求めます。個人的な方法でイエスと出会うことが、私たち全員をいやすことができるものなのです。しかし、私たちはまた、聖職者および修道者に虐待されたことのある人は、教会そのものや教会を代表する人からも遠く離れたままでいたいと願うかもしれない、という事実をも理解しています。しかし、私たちは、それでも、いやしの旅を歩み始めたいという被害者がいることを知っています。そして、彼らと一緒に旅をするために謙虚に努力します。個人の成長といやしを強調する精神性があることそのものが、数多くの被害者たちにとって特別な贈りものとなり恵みとなるのです。その際に、これまで伝統的になされてきたような罪についての語り方には、特に注意が必要です。虐待された人びとは、しばしば罪悪感や恥や罪意識さえも持ってしまっており、自分を責めています。しかし、実際には、彼らにはまったく罪がありません。むしろ、彼らは「加害者によって被害をこうむった者」なのです。

     これらのステップを、私たちの修道生活をとおして展開される使徒職のなかで洗練させることで、教会全体の歩みを助けることができるようになります。

    6.回心
     教皇フランシスコは、虐待との戦いを妨げてきた聖職者中心主義の発想を厳しく戒めています。まさしく、虐待の根本的な原因の一つが聖職者中心主義なのです。それに加えて、伝統的な修道会および近代以降の修道団体における家族的な強い連帯意識が――このような家族意識は通常はとてもポジティブなことではあるのですが――虐待の事実を認めずに隠し、明るみに出すことを、より困難にする危険性をはらんでいます。修道会内の家族的な連帯意識が、誤った忠誠心、判断ミス、行動の遅れ、否認、時には隠蔽すら、もたらしました。私たちは、いまこそ転換すべきことを痛感しており、回心したいのです。私たちは謙虚に行動したいのです。だからこそ、これまでは死角にかくれていたことを直視すべきです。まず、権威の濫用を見直さなければなりません。私たちは、私たちが奉仕する人びとといっしょに旅をし、透明性と信頼を心がけ、誠実さを取り戻し、真摯な悔い改めをもって前進することを、ここに約束します。

    7.具体的な対策(リソース)
     ところで、具体的な対策(リソース)は常に緊急課題です。児童保護の実践を実施している社会を一目見ただけでも、政府の保健サービスでさえも十全たる具体的な対策(リソース)の提供に苦労していることがわかります。あらゆる資源(援助機関、人材など)が効果的かつ効率的に活用されるように、この分野で互いに協力する必要があります。伝統的な修道会および近代以降の修道団体は、被害者たちがいやされてゆくような人生の過ごし方をつづけてゆけるように、最も効果的な方法で手を差し伸べるように、修道者各人が被害者の方々に対して協力することを確実にできるように働きます。初期養成ばかりではなく、その後もつづく継続的な生涯養成は、おそらく私たちが一緒に働くことができる最も意味のある分野になり得ます。こうして、修道生活に新たに加わる候補者の選別の際にも、虐待問題を真摯に見つめるうえでのよりよい実践を目指しながら協力することができるようになります。このような識別は決しておろそかにできるようなものではなく、確実に実施されなければならないし、最高の品性を目指さねばならないものなのです。

    8.両親および女性が関わってくれるような体制づくりへの切なる願い
     私たちは虐待との闘いにおいて、何よりも両親たちの助けを求めます。彼らには、子どもの保護のために全力を尽くすという自然な本能が備わっています。親としての資質が彼らにはあります。それゆえ、彼らのアドバイスやサポートや専門知識が必要になります。修道者に対する親からの提言は特に歓迎されます。特に、私たちは母親の役割を強調します。女性こそが、虐待の症例を評価する際に、助言と援助を求められたならば、より強く、より速く、より効果的な行動を起こすことができるからです。もしも、女性の方々が支えていてくれたのならば、虐待の出来事の際の被害者からの申し立てに対する扱い方は異なっていたでしょうし、被害者とその御家族は多大な苦しみを免れていたことでしょう。

    9.被害者の方々へのメッセージ
     最後に、最も重要なことではありますが、私たち修道者は被害者の方々とその御家族に心からのメッセージを贈りたいのです。私たちは、これまで、虐待の問題に対処するための努力が足りず、不適切な対処しかしてきませんでした。そして、あなたの苦痛を理解する能力を鍛え上げてはきませんでした。まことに恥ずべき欠如があったことを認めます。心からおわびをいたします。申し訳ありません。私たち修道者は伝統的に善きわざを行ってもきましたが、不充分でした。どうか今後も私たち諸修道会の誠意を信じてくださるように御願いいたします。虐待がおよぼす悪影響を最小限に抑えるためにも、どうか私たちと協力して新しい体制を整えてください。
     これから教皇が開催する会議は未成年者の保護に焦点を当てます。しかし、最近のメディアの注目は、修道会の兄弟姉妹同士、神学校の神学生や叙階候補者や指導司祭のあいだでも起こっている虐待や搾取にも焦点を当てています。これは重大で衝撃的な問題です。私たちは、効果的な対応策を見つけるために、全力で取り組むことを、ここに誓います。私たちは、修道会への入会を寛大に申し込む人、あるいは神学校で訓練を受ける人が、よりよき養成上の配慮を与えられ、神や隣人を愛したいというまごころを養えるような安全な場所に住めるように心がけます。 [2019年2月20日 阿部仲麻呂 試訳]

    ■教皇フランシスコ「未成年者の保護に向けて;反省すべき21箇条のポイント」
     教皇フランシスコは「教会における未成年者の保護」に関する司教会議の作業を支援するために共有したいと願う「反省すべき21箇条のポイント」を木曜日(2019年2月21日)に参加者に対して提示しました。
                                             
     バチカンで開催されている「教会における未成年者の保護」に関する司教会議の冒頭部で、教皇フランシスコは参加者といくつかの「ガイドライン」を共有しました。これから数日間にわたって参加者の仕事を助けるために。その「ガイドライン」には、様々な委員会や司教会議によってあらかじめ策定されていた反省点が反映されたうえで、「21箇条のポイント」に集約されています。
    教皇は「これらの21箇条を会議の出発点として素直に受け入れたうえで、しかも絶えず念頭に置いて、創造的な話し合いを心がけるように」と、参加者に切に求めました。
                                              
     それでは、以下に、「反省すべき21箇条のポイント」を掲げておきましょう。

    1.一つの案件が生じた場合に、当局の管理下で、しなければならない事について順序立てて説明する実用的なマニュアルを作成すること。

    2.訓練を積んだ有識者や専門家をも含めて構成されたチームを任命し、被害者に対してじゅうぶんに耳を傾け、その案件に関する最初の識別を行う場を設けること。

    3.生じた案件に対して司教および修道会の長上がじかに関与するための規範を定めること。

    4.訴えられた事柄に関する調査、被害者の保護、被害者と加害者の双方がそれぞれ弁護されるための共通の権利を確保すること。

    5.民法と教会法の両者を尊重し、市民社会における当局と教会の責任者の双方に通報すること。

    6.あらゆる司牧現場において、未成年者のために安全な環境を保つために、定期的に諸規則を点検すること。その際に、教会の使命において、この案件が教会の基本姿勢に沿うかたちで、あらゆる規範や規則は何よりも正義と慈愛の原則にもとづいて統合されていなければならない。

    7.司教が告訴された場合に特化した対処の仕方や手続きを整えること。

    8.被害者がじゅうぶんにいやされるために必要な、あらゆる支援を提供しつつも彼らに同伴し、彼らの保護および配慮(ケア)を心がけ、彼らのじゅうぶんな回復を目指すこと。

    9.司教・修道会の長上・司祭・司牧現場の協働者(信徒)の生涯養成に努めることで、性的虐待の原因および性的虐待がもたらす結果に関しての認識を継続的に深めさせること。

    10.被害者が共同体に戻れるような司牧的配慮(ケア)のプロセスを気遣うとともに、加害者の回心と更生のためのプロセスをも整えること。

    11.真正なる場合なのか虚偽の場合なのかを峻別し、告訴なのか中傷なのかを適正に区別するために、善意のあるあらゆる人びとやマスメディア関係者との協力を緊密なものとすること。その際に、侮辱や噂や名誉毀損につながるような中傷を避ける必要がある(具体例として、2018年12月21日になされた教皇フランシスコによる教皇庁における訓話を参照すること)。

    12.結婚ができるようになる最低年齢を16歳まで引き上げること。

    13.性的搾取あるいはパワーハラスメントをめぐる調査や教会裁判上のさまざまな段階においてなされる審議の際に、信徒身分の専門家の参加をも認め、彼らの参加が容易になるようにする規定を設けること。

    14.被告人にとっての防御の権利を認めること。つまり、最終的に有罪が立証されるまでのあいだ、自然法および教会法上の無罪を仮定する原則を保つようにすること。それゆえに、告訴されるより以前に、被告人のリストが公になるのを防ぐために留意する必要がある。慎重な予備調査を心がけることによって、被告人が必要以上の非難を受けないように努め、冤罪を生まないようにするべきである。

    15.未成年者に対する性的虐待を犯した司祭や司教は、犯した罪に対応するかたちで罰を受けるという伝統上の原則を遵守し、公共の場で聖職者としての職務を遂行させないこと。

    16.教区神学生や司祭および修道候補者に対して、人間的・霊的・性心理学的な成熟度を査定すると同時に、それ以上に人間関係の人格的な取り結び方や適切な態度の取り方を深めさせるための初期養成および生涯養成のプログラムを導入すること。

    17.司祭候補者や修道候補者に対して、専門家による心理的な鑑定を施すべきこと。

    18.教区神学生や修道志願者を、ある神学校から別の神学校へと異動させたり、あるいは司祭や修道者を、ある教区から別の教区や修道院へと異動させる際の規定を公開すること。

    19.聖職者・修道者・教会の奉仕者・ボランティアのために、相手との関わりを正常に保つうえでの適切な態度のとりかたの基準を文書化し、適切な人間関係の保ち方に資する許容範囲を説明すること。そして、関係者やボランティアに対して必要な資格要件を明確に示し、彼らの犯罪歴の記録を確認しておくこと。

    20.虐待が生じそうな危険性や発生状況に関して、虐待の証拠をどのようにそろえるのかに関して、性的虐待の嫌疑がある場合にどのように見究めて訴えればよいのかに関して、すべての情報やデータを社会的に公開すること。その際に、両親・教員・専門家・市民社会の当局の連携協力が不可欠である。

    21.まだ相談窓口が整っていない場合に、虐待をこうむった被害者が実情を訴えやすいように、気軽に連絡しやすい機関を早急に開設すべきであること。つまり、あらゆる犯罪を報告できるような窓口を設けるべきである。そのような機関は、他の機関に従属することのないように独自の自治権を備えておかなければならない。しかも、必要に応じて、それぞれの地域の教区の責任者や専門家(聖職者や信徒)との連携もとらなければならない。
    さらに、聖職者による不適切な態度によって気分を害した人びとに対して、教会は細心の注意を払って関わらなければならない。 [2019年2月22日(金) 阿部仲麻呂 試訳]

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