・豪の連邦最高裁判所がペル枢機卿に逆転無罪判決、釈放へ(Crux)

(2020.4.7 Crux Christopher White)

 ニューヨーク発ーオーストラリアの連邦最高裁判所が7日、未成年性的虐待で訴えられ、下級審で有罪判決を受けていたジョージ・ペル枢機卿(元メルボルン大司教、前バチカン財務事務局長官)に対し、有罪判決を無効とする判断を下した。

 ペル枢機卿は一昨年12月に同国の陪審裁判で有罪と判断され、昨年3月に6年の刑を宣告された後、不服として控訴したビクトリア州最高裁判所からも昨年8月に棄却を言い渡され、さらに連邦最高裁判所に上告していた。

 有罪判決を無効とする決定は、スーザン・キーフェル裁判長が、公判を担当した7人の裁判官を代表して、7日朝発表し、「当裁判所は、証拠全体について合理的に対応するはずの陪審員団は、被告が有罪とされたそれぞれの容疑に関する被告の有責性について、疑問を抱くべきであったと判断し、有罪判決は無効」と述べた。

 新型コロナウイルスの世界的感染による影響を受け、判決の言い渡しは、ブリスベンのほとんどだれもいない法廷で行われ、被告のペル枢機卿も、彼の支援者や聖職者による性的虐待被害者たちの姿もなかった。メルボルン近郊のバーウォンの刑務所に収監されているペル枢機卿は、8日には釈放されるとみられる。

 英語圏のカトリック教会で最も強力な教会指導者の1人とされていたペル枢機卿は、最初に有罪判決を受けた後、これまで400日以上を刑務所で過ごしてきた。

 枢機卿は2017年6月、メルボルン教区の大司教だった1996年12月にさかのぼる「歴史的な性的暴行」の罪でオーストラリア警察から起訴された。そして、13歳の聖歌隊をオーラル・セックスで強姦し、聖パトリック大聖堂の聖域内の別の聖歌隊の前で自分の性器をさらした容疑でメルボルン地方裁判所で一昨年12月に陪審員の評決で有罪とされ、さらに控訴審でも有罪とされた。

*「有罪と判断するに足る証拠なしに、無実の人を有罪にした可能性」と最高裁

 だが、公判で、検察側は、現在30代になっている聖歌隊の被害者1人の証言に大きく頼っていた。証人となるべきもう一人の元聖歌隊員は2014年にヘロインの過剰摂取で死亡していた。被告の枢機卿はどの公判でも証言台には立たず、その意向を受けた弁護団は一貫して無罪を主張し続けてきた。

 逆転無罪を言い渡した高等裁判所での公判で主な争点になったのは、日曜のミサ後に枢機卿が大聖堂の聖具室で聖歌隊員二人といた(検察側が主張する)5,6分の間に性的虐待をする余裕があったか否かだった。これについて、弁護団は、枢機卿にはミサ後に信徒たちと挨拶を交わす習慣があり、そのことに時間を割かれるので、虐待する時間があったとは考えられない、そもそも、枢機卿は行動する場合、少なくとも一人の助祭を帯同する、と反論していた。

 豪連邦最高裁判所は7日、逆転無罪判決について、「有罪と判断するに足る証拠がなかったにもかかわらず、無実の人を有罪とした、重大な可能性がある」と説明した。

*逆転無罪のペル枢機卿は「正義は真実にあり」と

 ペル枢機卿の裁判は、過去3年にわたって、オーストラリアと世界のカトリック関係者の大きな関心を集めてきた。彼の支持者たちは「彼は、聖職者による未成年虐待問題のスケープゴートされた」「彼の保守的な道徳観と、重大な性的問題行為の罪を犯した指導者たちを支援してきた組織の代表として彼を批判してきた批評家たちのために罰せられたのだ」と訴えていた。

 枢機卿は2017年からオーストラリアに戻っており、教皇から2014年に任命されていたバチカンの経済事務局のポストを休職扱いとされた。最終的な処遇は、バチカンはオーストラリアの司法制度を尊重しつつ、彼の処遇は、裁判所の最終的な判断を待って、本人に判断させる、との立場を取っていた。

 過去30年、英語圏のカトリック世界で最も著名な、そして時に評価が大きく分かれた人物の1人であるペル枢機卿は、枢機卿団のメンバーであり続けているが、刑務所からの出た後、正式な資格でローマに戻ることは期待されていない。

 枢機卿は、連邦最高裁の判決を受けて簡単な声明を出し、「自分を告発した者に対して悪意は抱いていない。正義の唯一の根拠は真実にあります」とし、「私の裁判はカトリック教会の”国民投票”ではなかったし、オーストラリアの教会の責任者たちが教会での小児性愛の犯罪にどう対処したかに関する”国民投票”でもなかった」と述べたうえで、 「私がこれらのひどい犯罪を犯したかどうかがポイントでしたが、私はそのようなことをしなかった」と強調した。

 

*オーストラリア司教協議会会長は「裁判が終わっても、性的虐待への教会の姿勢は変わらない」

 オーストラリア司教協議会のマーク・コールリッジ会長(大司教)は7日発表した声明で「本日の結果は、これまでずっと枢機卿の無実を信じてきた人を含む、多くの人に歓迎されるでしょう」と述べる一方、「最高裁の判決は、その他の人々にとって手痛いものになるでしょう」と枢機卿の行為を批判してきた性的虐待被害者たちの思いへの配慮を示した。そして、「多くの人は、この裁判の過程で大きな苦しみを味わいました。それが今、終わろうとしています… 今日の結果は、児童の安全にについての、そして児童性的虐待の被害者、犠牲者への正義と思いやりある対応についての、教会の確固とした姿勢を変えるものではありません」と言明した。

 

*ペル枢機卿の後任者、シドニー大司教は「枢機卿の無罪確信は誤りではなかった、司法制度反省を」

 また、ペル枢機卿が13年にわたって教区長を務めたシドニー教区の後任、アンソニー・フィッシャー大司教は同日の声明で、無罪判決を歓迎し、「枢機卿は常に無実を主張してきました。今日の判決は、彼の確信が誤りでなかったことを確認するものです」と述べた。そして、カトリック教会の聖職者の性的虐待への対応における過去の過ちを認め、そうした過ちが教会に対する人々の怒りを助長させたことも認めたが、最高裁の判事たちが事実の「綿密な」審査を行ったことを賞賛し、今回の判決によって、枢機卿に対する追求は終結した、との判断を示した。。

 さらに、「この裁判は、ペル枢機卿に関する裁判であっただけでなく、私たちの国の法制度と文化に関する裁判でもありました」とし、 「本日の枢機卿の汚名を晴らす決定は、私たちの国の司法制度への幅広く反省し、無罪の推定(注:有罪判決が確定するまでは、何人も犯罪者として取り扱われない権利を有すること)を守り、そして注目を浴びる告発者を慎重に扱うよう、人々に求めています」と主張した。

 

*メルボルン大司教は「原告、枢機卿、全ての性的虐待被害者のために祈り、被害者への特別のケアを」

 ペル枢機卿はメルボルン教区長も2001年まで5年間務めたが、現在の教区長のピーター・コメンソリ大司教は、教区の信徒、司祭、修道者にあてた手紙で、枢機卿の裁判期間中、非常に多くの人々が、激しい苦痛に満ちた時を過ごした、としたうえで、「訴訟に個人的に関与した人々だけでなく、性的虐待の傷口が再び開かれ、むき出しにされた人々もです」と強調した。

 そして、裁判で「J」とされた虐待被害者の尊厳と彼が法に訴える権利を、枢機卿と彼がオーストラリアの司法制度のあらゆる定めを活用する権利-それによって無罪となったーとともに尊重すると言明。「この裁判で唯一、審理されたのは、ペル枢機卿が特定された卑劣な犯罪を犯したかどうかであり、彼は今、無罪となりました。これは、教会当局が性的虐待をどのように扱うか、という幅広い問題に関するものではありません」と述べたうえで、「にもかかわらず、カトリック司祭による性的虐待についての象徴的なストーリーを、この裁判で人々が目にしたことについても十分に理解しています… この裁判は、信仰を持っている人々に、強い精神的な疲労をもたらしました」ことを認めた。

 大司教はまた、未成年者の保護と聖職者の性的虐待の被害者の話を聞くことへの取り組みを再確認し、「J」と呼ばれた原告、ペル枢機卿、彼らの家族、すべての性的虐待被害者のためにともに祈り、全ての人への神の愛を中心に置いた教会の建設に取り組み、最も弱く、最も脆弱な、最も傷ついた人々に特別のケアと配慮をするように、教区の人々に求めた。

(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)

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2020年4月7日