
師は12月1日、毎年恒例の伝統に従い、ベツレヘムに入って、キリスト降誕教会に隣接する聖カタリナ教会で待降節の最初の主日ミサを捧げた。
前日にベツレヘムに入ったパットン師は、まず、イスラエル警察に、次いでパレスチナ警察に護衛され、地元当局者や住民から温かく迎えられた。
ベツレヘムは、2023年のハマスとイスラエルの紛争勃発以来、生活の重要な源であった観光業は消滅し、聖誕教会を訪れる外国人はいなくなり、地元の企業は閉鎖され、隔離壁を越えてエルサレムで働くことができない住民は、生活費を稼ぐ収入源を失った。
ベツレヘムの雰囲気は暗いが、ガザ停戦とイスラエル人人質解放に向けた交渉を再開させる新たな動きから、聖地における「戦時下の待降節」はこれが最後になるかもしれない、というかすかな希望も生まれている。
パットン師は、11月30日土曜日の夕べの祈り、そして12月1日日曜日のミサで、「世界が私たちから希望を奪おうとしているように見える時、決して希望を失ってはなりません」と、信者たちを励まし、教皇フランシスコが24日の主の降誕から始まる「希望の聖年」とされていることに触れ、「希望を守り、広め、希望の巡礼者となるように」と促した。
さらに、「悪、絶望、病気、落胆、そして私たちを苦しめ傷つけるこの恐ろしい戦争」に直面している今、私たちは「視線をしっかりと高く保つ以外に選択肢はありません… 私たちは、イエスが示唆するように、目を凝らして祈ることを学ばなければならない」と説いた。
また、ミサ中の説教で、ガザ地区の聖家族カトリック教会に避難している数百人のパレスチナ難民の一人、スヘイル・アボ・ダウド氏がバチカンのL’Osservatore Romano紙に寄稿した「ガザよりあなたへ」の手紙を紹介。
「彼は、最もひどい爆撃下にあって、教会で他のキリスト教徒たちと共に祈っていたため、安全だと感じていた、と書いています。自分の命は神の手の中にあると感じていたのです」とし、彼の言葉を読み上げ―「私たちは神が与えてくださったすべての贈り物と恵みに感謝しています。私たちは、祖国と世界に平和と安全が訪れるよう日々祈っている。この戦争は間もなく終わるだろう。そして、これからの日々は良くなる、と確信しています」。
説教の最後にパットン師は「彼の手紙にある、警戒心と感謝に満ちた祈りの姿勢は、希望を持ち続けるために重要です… 天国に目を向け、来られるイエスに目を向け、人生に嵐のように悪が襲いかかっても絶望してはなりません」と述べた。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)