(解説)”同性愛支持”と”中国との暫定合意更新”-教皇の判断を巡る波紋の行方は(Crux)

(2020.10.25 Crux Editor  John L. Allen Jr.

Beyond ‘Moviegate,’ deep questions remain on Vatican’s China gamble

 In this April 18, 2018, file photo, Pope Francis meets a group of faithful from China at the end of his weekly general audience in St. Peter’s Square, at the Vatican.(Credit: Gregorio Borgia/AP.)

 今からほぼ75年前、英国の歴史家アーノルド・トインビーは著書「試練に立つ文明」で、歴史家たちが過去を精査する際、何を見つけようとしているのか、について次のように書いている。

 「良い見出しを作るものは、生命の流れの水面にあり、水面下で働き、深く浸透する、ゆっくりとした、たやすく理解できない、計り知れない動きから、私たちの気をそらす。だが、歴史を作るのは、本当にこれらのより深く、よりゆっくりとした動きだ。煽情的な一過性の出来事が大局的に見て本来の規模に収まった時、振り返って、それは非常に際立ってみえるものだ」。

*先週一週間に起きた二つの出来事ーどちらが歴史的に重大か

 このようなコントラストを完全に捉えるには、バチカンの最近一週間の出来事を振り返ればいいー 2つの筋書きがバチカンの取材をわがものにしようと戦いを続けている。今のところそれは争いではないー新しいドキュメンタリーでの「civil union(注:結婚に似た「法的に承認されたパートナーシップ関係」を指す言葉)に関する数秒の教皇の言葉の操作と検閲をめぐるメディアの大騒ぎは、バチカンと中国の司教任命に関する暫定合意の2年延長を圧倒した。

 100年後、これら2つの展開のどちらが、「煽情的な一過性の出来事」で、どちらが「歴史を作る、より深く、よりゆっくりとした動き」だった、ということになるのだろうか。そして、意外な結末は、ほぼ間違いなく、両方の物語が、同じ教皇フランシスコの決定的な直観を反映しているということだ。

 Moviegate(35歳以上限定の総合映像配信サイト)で、ロシアの映画製作者エフゲニー・アフィネフスキーによるドキュメンタリー「フランチェスコ」からの切り抜きで明らかにされたことー教皇フランシスコが、ゲイの人々の「民事上の共存」の法的是認について話しているー実際には2019年にメキシコ人ジャーナリストのヴァレンティーナ・アラズラキによるインタビューで教皇が話した、とされていることだが。バチカンがカメラとアラズラキのインタビューのテープの編集を管理していたため、関連する部分は、放映された時点では公開されす、カメラとテープが彼女のところに戻った時、市民同盟云々に関する箇所は消えていた。

 

*イタリアの新聞が”特報”した教皇の隠された”同性愛支持”の発言

 この露見は、バチカンによる教皇(注:の発言や書物)に関する検閲ーそこでの長く、際立った歴史を持つ慣行ーについてのイタリアの複数紙の一連の見出しとなったーそれは、バチカンの機関紙 L’Osservatore Romanoが、第二バチカン公会議に関する聖ヨハネ23世教皇のいくつもの言及を無視するか、選択的に”編集”編集したやり方を思い起こさせるのに十分である。新たな著作の全文についてのベネディクト16世教皇の書簡の一部を全文にしてしまうバチカンの努力に関する最近の”ちょっとした出来事”については、言うまでもない。

 明らかに、バチカンは完全なダメージコントロールの体制に入っている。22日、イタリアの新聞Il Fatto Quotidianoは、すべてのバチカンの情報通信担当者に送られた内部メモをすっぱ抜いた。メモには、次のような内容が含まれていたー「今のところ、我々はラジオでもウェブでも、いかなるニュースも発表するつもりはない。今日のバチカンにおいて、映像や裁定について何もない。現在起きているメディア危機に対処するための再調査が進められており、バチカン広報局の情報通信も例外とされていない」。

 このスクープが報道されたのは先週の半ばのことであり、この筆者がこの記事を書いている時点では、バチカン広報局から、これについての声明は出ていない。だが、教皇の「civil union」に反対していない、という発言が記録に残っているため、大局的には、正直に言って、事の詳細は大した問題ではない。ご自身が支持を表明している印象を与えることに、教皇が不満をお持ちなら、そのように言うことができただろう。だが、教皇の”沈黙”は”実際の言葉と同じように雄弁だ。

*中国との暫定合意更新はバチカンが周到にマスコミ対策

 これに比べて、中国では、メディアの反応があまりなかったということは、恐らく、このように説明できるだろうーバチカンが「中国との暫定合意をあと二年延長することで更新したい」という自身の希望を、メディアの我々に、数週間以上にわたって、しっかりと伝える機会を逃さなかったからだ。先日のバチカン国務省のポール・ギャラガー外務局長のCruxとのインタビュも含めて。

 合意内容がいまだに公表されないこの中国との取り決めは、長期的な成り行きを伴う、はるかに大きな展開である。第一に、中国は世界の超大国であり、21世紀の残りの期間、世界の課題に影響を与えるバチカンの力は、部分的には、中国と効果的に関わる能力によって強くもなれば弱くもなる。第二に、カトリック教会は、権力の大部分が世界中の司教たちに分散化された行政システムを持っているため、どの教皇がすることも、誰がその役割を担うかを決めることほど重要ではない。教会が選択の際の自主権の一部を与える際の影響力は潜在的に計り知れない。

 事実上、バチカンは中国で歴史に残るサイコロを振っている。Cruxのギャラガー外務局長とのインタビューで数多く記録されたように、暫定合意のこれまでの成果についてバチカンにいくつもの不満があるにもかかわらず、そして人権と信教の自由に関する中国の疑問のある”実績”にもかかわらず、バチカンは、教皇によって認められた中国の一致した司教団を時を経て実現することを見込んでいる。

*暫定合意更新は、教皇が打った”大博打”-評価は未来の歴史家に?

 同時に、これは、「この暫定合意で、中国に望むもののほとんどを提供することに、中国との会話を継続し、中国当局を様々な分野で徐々に動かしていく立場に、バチカンを置く意味をもたせる」という”博打”でもある。

 これは巡りめぐって、二つの筋書きを通して走る運命の赤い糸に、我々を連れて行くー教皇フランシスコの直感は、道徳的に欠陥のある演技者を相手にすることになった場合、それが人であろうと国であろうと、近い関係がさらなる前進をもたらすという希望を抱きながら、譲歩してしまうのだ。


 LGBTQ(いわゆる性的少数の人たちの総称レズビアンゲイバイセクシュアルトランスジェンダークィア または クエスチョニングの英語の頭文字をあわせた造語)のコミュニティ、あるいは中国共産党の内側の態度と行動のいずれかに関して、そうした直感が功を奏するかどうか、まだ分からない。だが、我々が核心をもって言えるのは、問題は、ドキュメンタリー映画「フランチェスコ」のフィルム編集室で厳密に起きたことではなく、未来の歴史家が最もじっくりと考えそうなことである、ということだ。

 

(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)

・・Cruxは、カトリック専門のニュース、分析、評論を網羅する米国のインターネット・メディアです。 2014年9月に米国の主要日刊紙の一つである「ボストン・グローブ」 (欧米を中心にした聖職者による幼児性的虐待事件摘発のきっかけとなった世界的なスクープで有名。映画化され、日本でも昨年、全国上映された)の報道活動の一環として創刊されました。現在は、米国に本拠を置くカトリック団体とパートナーシップを組み、多くのカトリック関係団体、機関、個人の支援を受けて、バチカンを含め,どこからも干渉を受けない、独立系カトリック・メディアとして世界的に高い評価を受けています。「カトリック・あい」は、カトリック専門の非営利メディアとして、Cruxが発信するニュース、分析、評論の日本語への翻訳、転載について了解を得て、掲載しています。

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2020年10月27日