・巨額不正取引、性的虐待、二つのバチカン裁判で判事が見せた”気骨”(Crux)

 大半のバチカン観測筋は、恐らく先週末までは「バチカンの正義」について、そのような皮肉な目で見ていただろう。バチカンの裁判所が重要な案件を扱う限られたケースでは、作業仮説(暫定的に有効とみなされて立てられる仮説)は「有罪と思われるものは有罪、無罪と思われるものは無罪」、すなわち、裁判所の役割は、”rubberstamp(ゴム印=ろくに考えもせずに判断する)”判決を下すこと、体面を取り繕うだけだったのだ。

 だが、6日のバチカン裁判所の公判では、そのrubberstampが、いささかの気骨を見せた。ローマ検察庁の検事正からバチカンの裁判長のポストに就いたジュゼッペ・ピグナトーネが、取り扱う2つ訴訟案件について、ある程度の決断を求める公判手続きを示したのだ。これは、刑事裁判に影響力のある二つの存在ーバチカンの検察庁と、移ろいやすい”世論という法廷”ーへの挑戦である。

 検察側が提出した起訴状は、被告たちの起訴理由を、”変節者”であるバチカン国務省のアルベルト・ペラスカ前金融財政局長の証言に多く頼っている。ペラスカは間違いなく、この不正取引の計画に深く関与していたが、国務省内に”腐敗した略奪的システム”と呼ぶ宣誓書を提出して検察側に協力し、起訴を免れたのだ。

 検察はペラスカの証言をビデオに録画したが、裁判所や被告側弁護士に提出された資料には、それが含まれておらず、 7月の初公判で裁判官が8月10日までに録画ソフトを提出するように命じたものの、関係者のプライバシー保護を理由にこれに応じていない。

 今回の第二回公判前の4日に、検察は、事件のすべての証拠を改めて提出することの許可を裁判所に求めたが、おそらく、改めてペラスカに聴取し、その資料だけを提出することで、録画された内容を表に出さないようにする狙いがあったものと思われる。

 裁判官は、検察側に、一部の起訴内容の撤回と証拠書類の再提出を認める一方で、他の証人を立てることを認めたが、重要なのは、そのいずれかの選択を義務付けたことだ。検察側の録音の提出無しに、誰も有罪とすることはできない、(検察側が提出拒否の理由としている)プライバシーの配慮を基にした録音であることを考慮することはしない。そして、裁判所は改めて検察側に、11月3日までに録画ソフトの提出を命じた。

 もう一つのバチカンでの裁判は、5日に判決が出された。現在はコモ教区の司祭になっているガブリエレ・マルティネリ神父による性的虐待訴訟。神学生当時、同僚の神学生に対して性的に虐待した罪で起訴され、当時、彼らの指導司祭だったエンリコ・ラディス神父も、虐待行為を知っていながら、隠蔽した罪で起訴された。

 この裁判は、性的虐待があったとされる当時、加害者も被害者も未成年だったこと、被害者の証言が一貫していないこと、など問題含みだったが、バチカンが性的虐待を真剣に受け止めていることを示す機会ではあった。

 だが、判決が出されたのが、フランスの独立調査委員会が聖職者による性的虐待が広範に行われ続けていたことを示す報告書を発表し、世界に衝撃を与えた直後だったこともあり、バチカンとカトリック教会の”真剣な取り組み”が本物かどうか、この判決のプラス効果は減殺されたとも言える。

 しかも、5日のバチカン裁判所の判決では、起訴された2人とも有罪とはならなかった。起訴理由の幾つかについては時効を迎えていることが理由となるなど、2人とも刑を免れた。フランスの独立委員会の報告書が判決前日に公表されることは事前に知られていたので、それが判決に影響を与えたことは考えられない。「バチカンが司祭を性的虐待で有罪にする」あるいは「無罪にする」のどちらの可能性が高い、と判断するのに、”情報通信”の博士号は必要ない。

 一つ目の巨額不正取引裁判で、検察は、ペラスカの録音ソフトを公けにしない正当な理由があるのだろう。公にしたとしても、それらの理由を誰かに伝えることは別問題だが。

 二つ目のマルティネリとラディスの性的虐待裁判では、裁判記録をもとにした判断は難しかったとしても、実際には、彼らは何がしかのけん責に値しただろう。

 だが、議論の余地がないのは、この二つの裁判で、裁判官がある程度の意欲を示す必要があるということだ。何はともあれ、これらは巨額不正取引事件の裁判が進む中で、さらなる驚きが用意されていることを示唆しているかもしれない。

(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)

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2021年10月8日