・マカリック、ベッチウが関係する二訴訟ーバチカンに新たな難問?(Crux)

(2020.11.22  Crux  Editor  John L. Allen Jr.)

 ローマ 発–この数日の間に、2つの全く別の訴訟が2つの異なる国で起こされ、それに何らかの形でバチカンが関与している。米国では、元枢機卿で元司祭のセオドア・マカリックの性的虐待の被害者とされる4人がバチカンを訴え、イタリアでは、アンジェロ・ベッチウ前列聖省長官(枢機卿)が情報誌を名誉毀損されたとして1200万ドル(約12億円)の損害賠償を申し立てた。

 一見すると、どちらの訴訟も、かなり分かりやすい。自分を被害者とする人々は、その苦痛に対する金銭賠償を望んでいる。ただし、ベッチウについては、自分の名声が傷付けられたことに対する賠償だ。

*マカリックによる性的虐待被害者4人がバチカンに損害賠償請求

 だが、実際には、完全に”世俗的な法廷”に提起された二つの訴訟は、古典的な教会の難問を引き起こす。それは①カトリック教会の司教は、バチカンの「被雇用者」なのか②専門的解釈では、教皇に選ばれるには、枢機卿でなければならないのかーである。

 マカリック事件から始めよう。米ニュージャージー州のニューアーク連邦裁判所に、高名な弁護士のジェフリー・アンダーソンを原告代理人とする提訴内容は、被害者とされる4人の主張に基づいているーうち3人は未成年だった1980年代にマカリックから性的虐待を受け、もう一人は司祭で1990年代に虐待されたが、いずれも、「教会のために」をそのことを忘れるように言われた、という。提訴内容によると、マカリックはバチカンの「被雇用者」であったことから、損害賠償の責任はバチカンにある、としている。

 バチカンが米国の裁判所での性的虐待訴訟で損害賠償の当事者として名指しされたのはこれが初めてではない。だが、これまでの訴訟は、バチカンの主権免除(注:国際民事訴訟において、被告が国または下部の行政組織の場合、外国の裁判権から免除される、というもの。国際慣習法の一つ)のために、いずれも却下されている。

*司教は、「バチカンの被雇用者」か?

 主権免除の数少ない例外の1つは、外国政府が従業員または代理人を通じて米国で事業活動を行い、その従業員が公的な立場で行動している間に不法行為を行った場合だ。 たとえば、1980年代後半、連邦裁判所は、サンフランシスコでナイジェリア政府公務員が賃貸していたアパートの損害について不法行為の例外の下で同国政府を訴えるのを認めている。

 以前のバチカンの訴訟は一般に、司祭はバチカンの被雇用者であると主張しようとしていたが、これは基本的に証明が不可能だー世界には40万人以上の司祭がおり、バチカンは明らかに彼らの監督者ではない。現地の司教あるいは修道会の上長が監督者だ。

 この訴訟は6年後、集団訴訟を支持するのに十分な他の被害者を見つけることができない段階で取り下げられたが、レナが現地の司教の自治権を強力に擁護する、デトロイトの聖心神学院の教会法学者、エドワード・ピーターズから提出した2つの長い覚書を上申した後だった。

 「司教はバチカンの被雇用者に過ぎない」との主張は「教会の構造の根底にある基本原則に反している」とピーターズは書いている。第二バチカン公会議(1962-65)で決議された教会憲章で、「司教は、ローマ教皇の代理と見なされるべきではない」としている事実を引用していた。

 しかし、米国民法では、雇用と解雇の権限は一般に雇用者/従業員関係のリトマス試験と見なされており、もちろん、司教に関しては、教皇だけが、雇用、解雇のいずれも行うことができます。訴訟は中途で断念されたため、裁定されることはなかったが、「マカリック訴訟」は同じ問題を真っ向から裁判で争おうとしているようだ。

*ベッチウが伊有力週刊誌に1200万ドルの損害賠償求める訴訟

 ベッチウに関しては、彼はかつて教皇の首席補佐官、そしれバチカン列聖省長官、さらに枢機卿として持っていた権限の観点から、自分がバチカンの資金を不適切に運用したとされていることについての申し立てだ。ベッチウは、またハロッズの倉庫だった不動産を高級マンションに改装するために購入したことを含む4億5,000万ドルの資金不祥事も関係している。

 こうしたベッチウ問題を一番、積極的に報道したきた報道機関は、イタリアで最も有名な二つの週刊誌の一つL’Espressoで、ベッチウは同誌に対して、同誌とバチカンの検察当局が自分を中傷する組織的なキャンペーンを展開したとして、総額1200万ドルの損賠賠償訴訟を起こした。(訴訟では、L’Espressoの彼の「辞任」に関するオンライン報道のメタ・データを引用して、同誌が、彼自身が知るより前にそれについて知っていた、つまり、バチカンの誰かが同誌にリークしたことを示唆している。)

 損賠賠償請求を正当化するために、原告弁護人はベッチウがどのような損害を被ったかを説明する必要があった。説明の中で、枢機卿の権限として付与されていた次期教皇選挙への参加権を奪われ、「次期教皇になる機会を失った」と主張している。

*「教皇選挙権持つ枢機卿」は教皇になる必要条件か?

 だが、 教会法は、教皇に選ばれる条件としているのは、「洗礼を受けた男性信徒」であり、枢機卿ではない。もっとも、枢機卿でない人物の教皇選出は、14世紀を最後に、それ以降、現在に至るまで起きていない。だから、「de jure(法律上正しい)」とは言えなくても、「 de facto(既成事実)」として、枢機卿が条件になっている、とすることは恐らく可能だろう。

 言い換えれば、”世俗”の裁判官が、カトリックの内部関係者が何世紀にもわたって議論してきた問題に答えるよう、求められるかもしれない。バチカンがらみの二つの訴訟いずれも、そこまで行くかどうか、まだ分からないが、ここしばらくの間、教会論の博士号保有者は、大西洋の両側で、法務コンサルタント料金の”ミニ・ブーム”に備えることになるかも知れない。

(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)

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2020年11月23日