・「性的虐待被害者は無視されてはならない」-ペル枢機卿逆転無罪でグレゴリアン大学の専門家(Crux)

    ローマー豪連邦最高裁が7日、未成年者性的虐待で訴えられていたジョージ・ペル枢機卿に対して逆転無罪を言い渡したが、未成年者保護問題の第一人者で、バチカンの未成年保護委員会委員、グレゴリアン大学の児童保護センター所長のハンス・ゾルナー教授(イエズス会士)が8日、Cruxとの会見に応じ、同判決について、「告訴人の被害者が法の正義を尊重すべきだ」とする一方、この結果が「性的虐待の被害者が犯罪行為を進んで告発するのを困難にする恐れがある」と指摘。今後の世界での類似の裁判で「被害者を支え、彼らの訴えを信用せねばならない」と強調した。

 教授は、「この結果に腹を立てる人もいれば、そうでない人もいるでしょう。だが、豪連邦最高裁が適切な手続きを踏み、ペル枢機卿の正当な法的手続きをとる権利を支持したのは公正です。彼の犯罪は、(注:有罪とするに必要な)『合理的な疑い』を差し挟む余地のない程度の立証、ができなかったのです」としたうえで、ペルの釈放は「まだ被害を訴えていない性的虐待被害者たちに『自分たちが裁判で証言しても、信じてもらえない』と思わせる可能性がある」と懸念を表明。

 そして、「私たちは社会としても教会としても、被害者を支援し続け、彼らの話を聞き、『修復的司法』(注:犯罪に関係する全当事者が一堂に会し、犯罪の影響とその将来への関係をいかに扱うかを集団的に解決する仕方)を実践する方法を見つけねばなりません」と語った。

 豪連邦最高裁は7日、未成年者性的虐待で告訴されていたペル枢機卿を担当判事の全会一致で無罪とする判決を発表し、2018年12月に陪審裁判の懲役6年の有罪判決を覆した。ペル枢機卿は、それ以前に、ビクトリア州の地方裁の有罪判決を不服として同州最高裁に控訴し、昨年8月に棄却されていた。

 最高裁判決の発表を受けて、告訴した性的虐待被害者の主張の妥当性を疑った多くの人が裁判所の正義追求への取り組みを称賛する一方、他の人々、特に聖職者による性的虐待の被害者たちは「これがカトリック教会の実態。性的虐待の被害者たちが進んで被害を訴えるのを困難にする可能性がある」と失望している。

 聖職者の未成年者性的虐待を告発する国際ボランティア団体「Ending Clergy Abuse(ECA)」は7日の声明で、「現在世界中にいる被害者たちは、豪連邦最高裁がペル枢機卿の未成年者性的暴行に対して出した逆転無罪判決に失望し、大きく動揺している」と述べ、「最高裁は、陪審員団が審理で全ての証拠を適切に検討しなかったと、どうやって知ることができたのか、全く不可解。この判決は、未成年性的虐待の被害者たちに、冷酷なメッセージを送ることになる-『陪審団の有罪の評決があっても、正義を受け取ることは絶対にない。だから、告訴に踏み切らないように』と。」と強く批判。「被害者たちと法務関係者は、そのようなことが今回の判決の結果とした起きないように、共同して対応していかねばならない」と訴えた。

 そして、教皇フランシスコに対して、ペル枢機卿についてバチカンとして正式の調査に着手し、「ペルが枢機卿の職、あるいは司祭職に留まるべきかどうかについて判断するために、これまでに被害者などから出された主張と証拠を、完全かつ透明に調べてもらいたい」と求めた。

 他の被害者グループも、バチカンにペル枢機卿を教会法の立場から調査するよう、これまでも要求してきた。その中の一つ、「 Survivors Network of Those Abuse by Priests」は、もし、バチカンがそうしないなら、それは利己的であり、偽善的だ」としている。

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 一方で、教皇の枢機卿顧問会議でペル枢機卿が帰国するまで同席していたインドのオズワルド・グラシアス枢機卿はCruxに、「(注:教皇が言われる)『zero tolerance』(例外ない処罰)は不正義が行われてもいい、無実の人が有罪にされてもいい、ということを意味しない」と語った。

 グラシアス枢機卿は、聖職者の性的虐待に関する教皇の助言者の1人で、昨年2月の未成年者の保護に関する全世界司教協議会会長会議を助け、世界の教区が未成年者保護のガイドラインを策定、改定するのを支援するバチカンのタスクフォースのメンバーでもある。「疑いがあったら、それに目をつぶってはいけない。その人が有罪か無罪かについて判断する場合は、道徳的な確信を持たなければならない、という考え方に賛成ですが、自然的正義の原則(注:法律用語=何人も、公正な聴聞を受けずに非難されることはない、などの裁判上の原則)は常に守られるべきです」と述べた。

 また枢機卿は「今回の逆転無罪判決が他の性的虐待被害者に被害の訴えを抑えることになる、とは思わない」とし、その理由を、ペルの裁判は「公正さの問題であり、証拠があるかどうかの問題でした。いかなる訴えも、司法と教会法の両方の機関で調査が行われ、真実を伴う道徳的確信に至る必要があります… 道徳的確信は-裁判で有罪の陪審団評決をするのに求められることですがー両端に激しく振れる振り子のようなものです」と説明。

 そして最後に、「『zero tolerance』は守らねばならない原則であり、自然的正義の原則もそうです。そして、(教会法上の)道徳的確信の全ての問題がそうなのです」と強調した。

 今回の豪連邦最高裁の無罪判決を受けて、バチカンが最終的にペルの案件を棄却することは広く予想されているが、バチカンのスポークスマン、マッテオ・ブルーニはCruxに「教理省はバチカンの他の関係部署とともに、当然ながら教会法の規範に基づいて、結論を出すことになります」と語った。

 国際ボランティア団体「Ending Clergy Abuse(ECA)」は声明の中で、聖職者による性的虐待の被害者は「過去数十年にわたって、聖職者虐待の被害者だけでなく、あらゆる場面での性的虐待の被害者の前に立ちはだかった司法の壁を破り、歴史的な飛躍を遂げてきた」と強調し、「今回の豪連邦最高裁の判決後の取り組みとして、こうした努力が、これまでよりも、もっと必要になります。非常に多くの子供の安全が、その努力にかかっているからです」と言明した。

 性的虐待被害の告発が信頼できるかどうかを判断することの難しさと、告発者の話を聞いて信じようとすることの難しさについて、ゾルナー教授は次のように語っている。「それは、証拠や立証を得るのが非常に難しい場合に、常に存在します… どの案件についても、社会と教会は法の支配に法の支配に従う必要があると同時に、被害者のが必要としていることに応える方法を見つける必要があります」。

 ゾルナー教授は、今回の豪最高裁の無罪判決が、教会の聖職者による性的虐待への取り組みに対する一般大衆の受け止め方に関して、後退させると思うかどうかについて、明らかにしなかったが、ペル枢機卿に反対の立場をとる神学者で、裁判では彼の無実を擁護したイエズス会士、フランク・ブレナン神父が書いた記事を引用する形で、「ペルを聖人扱いせず、軽蔑もしない者は、豪連邦最高裁が法に従って正義をもたらしたことに感謝すべきです」と述べた。

 「私たちはこのように言うことができるでしょうー豪連邦最高裁は、この裁判で正義が行われることを確認する役割を果たした、と」。そして、この判決にもかかわらず、教会では「(注:聖職者による性的虐待から未成年者を守る)安全対策が継続しており、今後も継続するでしょう」と強調した。「それは、教会の使命の一部であり、首尾一貫したやり方が続けられれば、人々は教会を再び信頼するようになるでしょう」。

(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)

・・Cruxは、カトリック専門のニュース、分析、評論を網羅する米国のインターネット・メディアです。 2014年9月に米国の主要日刊紙の一つである「ボストン・グローブ」 (欧米を中心にした聖職者による幼児性的虐待事件摘発のきっかけとなった世界的なスクープで有名。映画化され、日本でも昨年、全国上映された)の報道活動の一環として創刊されました。現在は、米国に本拠を置くカトリック団体とパートナーシップを組み、多くのカトリック関係団体、機関、個人の支援を受けて、バチカンを含め,どこからも干渉を受けない、独立系カトリック・メディアとして世界的に高い評価を受けています。「カトリック・あい」は、カトリック専門の非営利メディアとして、Cruxが発信するニュース、分析、評論の日本語への翻訳、転載について了解を得て、掲載しています。

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2020年4月9日