(2022.2.12 カトリック・あい)
世界の政治、経済、社会、そして教会を未曽有の危機に落とし込み続けるコロナ禍での船出―日本カトリック司教協議会の2022年度定例総会が2月14日から開かれ、8年ぶりに会長が交代、菊地功・東京大司教が新会長に就任した。
2016年からこれまで2期会長を務めてきた高見三明・長崎大司教が、再任任期の満了に伴い、昨年7月の昨年度第1回臨時司教総会で辞任を表明、日本の16の教区の全司教などで構成される同協議会員による秘密投票で菊地大司教が次期会長に選出され、今回の定例総会での会長就任となった。
*当面の重要日程は
菊地新会長の最初の3年の任期中に、日本の教会として対応すべき日程は数多い。まず今年10月にはアジア司教協議会連盟(FABC)の創立50周年記念総会、来年2023年10月の世界代表司教会議通常総会、そして、2025年の「希望の巡礼」の聖年が予定され、これらを繋ぐ昨年10月に始まった“シノドスの道“の歩みがある。
*コロナ禍、司祭高齢化・不足…山積する課題
無論、このような日程にどう対応するだけが課題ではない。現会長の下でほとんど手が付けられてこなかった、日本の教会にとって喫緊の課題は少なくない。
まず、2年を超えるコロナ禍で世界も社会も大きな打撃を受け、教会においても、主日のミサ礼拝はじめ活動に大きな支障が生じ、信徒の教会離れも進んでいる問題への対処だ。
”世の光、導き手”となるはずの教会共同体自体が苦しみ、揺らぐ現状をどのように克服し、コロナ終息後の”新たな教会”にどのようにして繋げていくのか。各教区ばらばらで、日本の教会としてのまとまりどころか、司教のリーダーシップも定かでない教区が散見される中で、まずは、問題意識を共有し、そのうえで、一致した取り組みの体制の再構築を急がねばならない。
そうした中で、長崎教区に象徴される、聖職者による性的虐待で心身に傷を負った被害者の心をさらに傷つけるような高位聖職者の対応、裁判、そして、不明朗な教区資金の運用による多額の損失発生と明確さを欠いた対応。それがマスコミなどによって広く伝えられ、教区にととまらず、日本の教会全体に対する信頼を大きく損なっている。この問題には、日本の教会、司教団の真剣な受け止め、対処が求められているが、まず認識を共有するところから始める必要がある。
さらに根本的な課題として、日本の少子高齢化の急速な進展を背景にした、司祭不足、高齢化の深刻化に、どう対処していくか、がある。中小規模の教会に専属の主任司祭を置くことが出来ず、遠く離れた小教区をいくつも掛け持ちする司祭は珍しくないが、1000人を超える信徒を抱える大教会でも主任司祭が他の小教区を兼務することを余儀なくされるケース、心身に問題を抱える司祭に助けを差し伸べる余裕のないケースなども出ている。
コロナ禍で、ミサ典礼参加者の人数制限など教会活動にブレーキがかかる中で、司祭が主日のミサを増やすなどの対応が出来ず、結果としてミサに参加できない信徒が増えるなどの形で、司祭不足の問題がいっそう顕在化する例も少なくないようだ。
教区を超え、修道会とも連携して、”オール教会”で問題を共有し、具体的な取り組みを進めていかねばらない事態になっているにもかかわらず、”高松教区問題”がトラウマになっているのか、進展は見えない。菊池新会長就任を契機に、抜本的な取り組みに手を付ける必要がある。
*司教協議会に課せられた任務を果たしてきたか
カトリック教会の“憲法”である教会法は447条で、司教協議会を「国または一定の領域の司教の集合体である。それは、当該領域のキリスト信者のために結束して司牧的な任務を遂行し、特に教会が、法の規定に従って、時と所に即応する使徒職の方式および要綱を介して人々に提供する善益をますます推進する任務を負うもの」と定義している。
だが、これまで30年だけを振り返っても、このような定義に適うような役割を、日本の司教協議会が果たして来たとは言い難い。
*日本の教会の一致した取り組みは30年間なされていない
なぜ「30年」か、と言えば、世界の教会の歴史を大きく変えた第二バチカン公会議の成果を受けて、世界と日本に開かれた共に歩む日本の教会を目指した二回にわたる「福音宣教推進全国会議」が1993年10月に幕を閉じた後、現在に至るまで、日本の教会としての一体となった福音宣教の取り組みが、まともになされていないからだ。
そのことは、カトリック中央協議会の現在のホームページに書かれている「日本の教会の歴史」が、第二回「福音宣教推進全国会議」で終わったままになっていることに象徴されている。
高松教区問題(「新求道共同体の道」による国際神学院の高松教区への開設をめぐり、教区長の司教を被告とする裁判や、教皇特使の高松教区への派遣など、20年間にわたる、司祭、修道者を広く巻き込んでの対立と混乱、分裂が起きた)は、問題の発端となった国際神学院の開設は見送られたものの、対応を巡って、司教たちの間に大きな乱れが生じ、その乱れは、今もって収まっていないように見える。
この問題の後も、半世紀にわたる神学校の二校分立体制に終止符を打つ「日本カトリック神学院」の2009年4月発足からわずか10年で、一部の大司教の強引な主張が通って、二校分立体制に戻されるなど、司祭育成という重要課題ですら、日本の教会としてのまとまりを欠いた状態が続いている。
*教皇訪日は”過去のイベント”、教皇の訴えも司教団には届かず…
2019年11月の訪日で教皇フランシスコは、司教団にこのように訴えられた。
「日本の教会は小さく、カトリック信者が少数派であることは知っています。しかしそれが、皆さんの福音宣教の熱意を冷ますようではいけません… 日本のカトリック共同体の、社会のまっただ中での福音の明快な証し、それを確実にするよう努力を続けてください… 収穫は多いけれども働く人は少ないことを知っています。だからこそ、皆さんを励ましたいのです。家庭を巻き込む宣教のしかたを考え、生み出し、促してください。また常に現実を直視しつつ、人々のもとに、彼らがいる場に届けることのできる養成を促進してください」(2019年11月23日の日本の司教団との会合での講話)
だが、このような教皇の訴えにもかかわらず、教皇訪日という貴重な機会を足がかりにした日本の司教団の一致した努力は、2年以上経った今も、見られない。高齢を押しての教皇の訪日も、単なる”過去のイベント“と化しつつある。
そして、その教皇が「世界の全信徒が共に歩む教会」実現への強い思いを込めて、昨年10月に始まった”シノドスの道“の歩みも、日本の教会の取り組みは、ほとんどの教区で事実上、なされていない、と言っていい。新型コロナウイスの大感染という異常事態が続いているとはいえ、多くの司教の無関心とも言える対応は、“道”の出発点であるはずの小教区レベルでの無関心を呼んでいる。