(評論)教皇は連続講話で、第二バチカン公会議諸文書を「キリストを宣べ伝え…教会を刷新する生きた指針とせよ」と呼びかけている(Vatican News)

The faithful attend a papal General Audience on May 6, 2026The faithful attend a papal General Audience on May 6, 2026  (@Vatican Media)

(2026.5.7  Vatican News   Isabella Piro)

 

    教皇レオ14世の水曜恒例一般謁見での「第二バチカン公会議」をテーマにした連続講話が、1月7日の開始から5月6日までに14回を重ねた。

 その中で教皇は、この公会議を教会の不変の「北極星」とされ、カトリック信者に対して「キリストを宣べ伝え、人間の尊厳を守り、正義と平和を促進し、福音への忠実さをもって教会を刷新するための生きた指針として、その文書を再発見するように」と呼びかけられている。

*公会議に立ち返ることは、現代の変化と課題を理解し、公正で兄弟愛に満ちた社会構築を助ける機会となる

 閉幕から61年が経過した今も、第二バチカン公会議は、世界教会にとって変わらぬ羅針盤としての役割を果たし続けている。教皇は、この確信に基づき、1月7日、公会議の文書に捧げる新たな連続講話を始められた。

 このテーマを選ばれるにあたって、教皇には二つの認識があった。「第二バチカン公会議を経験した司教、神学者、信徒の世代は、もはや私たちのそばにはいない」という認識と、「この公会議の『預言』を消し去ってはならない。その洞察を実践する方法と手段を模索し続ける必要がある」という認識だ。

 教皇は次のように説明されている―「第二バチカン公会議を知るには、伝聞や解釈を通じてではなく、公会議が発出した諸文書を読み返し、その内容について考察することが不可欠だ」と。

 公会議の諸文書に立ち返ることは、教会にとって「現代の変化と課題を理解する機会」となり、「より公正で兄弟愛に満ちた社会の構築を助ける機会」となる。その際、人類、その希望、そして不安に対して「両手を広げて、向き合い続ける」ことが求められる。

*神の神秘を明らかにするキリストの完全な人間性

  1月7日から5月6日にかけ―四旬節の黙想期間とアフリカへの使徒的訪問を除いて―教皇はこれまでに、公会議が発出した二つの憲章、『Dei Verbum神の啓示に関する教義憲章)』と『 Lumen gentium(教会憲章)』について考察されてこられた。

 前者は5回のカテキズムの焦点となっており、教皇は「公会議の最も美しく重要な文書の一つ」とされた。それは「神が人類に語りかけ、神との友情へと招いておられることを私たちに思い出させるから」だ。

 キリストは、神の人間的な顔であり、受肉から復活に至るまでのキリストの歴史的な生涯は、父なる神を完全に明らかにしている。これは人間性を貶める真理ではなく、人類を完成へと導く真理である。主が「受肉し、生まれ、癒やし、教え、苦しみ、死に、復活し、今も私たちの間に留まっている」からこそ、キリストの完全な人間性こそが神の神秘を可視化するのだ。

 ここから、聖書と伝統の統一性に基づき、教会に託された単一の「遺産」として理解される、キリスト教のダイナミックなビジョンが導き出される。

 この点に関して、教皇は二つの特定の危険に対して警告された。一つは、それらが形成された歴史的文脈や用いられた文学的様式から切り離して、聖なるテキストを解釈する「原理主義的な読み方」のリスク。もう一つは、聖書の神的な起源を見落とし、それを「単なる人間の教え」、あるいは「技術的に、あるいは時代的に遅れたテキスト」に還元してしまうリスクだ。

 教皇は、「福音書は『神があらゆる時代の男女に語りかけ続ける、特権的な出会いの場』として理解されねばならない」と強調された。空虚な言葉に溢れた世界において、神の言葉は常に新しく、命を与え、意味と真理を求める人類の渇きを癒やすことができるものとして際立っているのだ。

 

 

*貧しい人々、搾取された人々、そして犠牲者を支える教会

 2月18日からは、教皇は「教会憲章」にテーマを移され、これまでに8回の考察をなさった。それらを通じて、教会は、「諸民族間の統一と和解の有効なしるし」として、また分裂や紛争によって「依然として分断された人類のただ中にあって聖化をもたらす存在」として浮かび上がる。

 人間の尊厳を傷つけるあらゆるものを拒絶し、「はっきりと語る」という使命を託された教会は―教皇が強調したように―貧しい人々、搾取される人々、犠牲者、そして苦しむすべての人々を守るために「立ち上がる」よう召されている。さらに、終末論的な次元において、教会はこれからの道を照らす希望の守護者なのだ。

 

 

*一致を通じた福音の証人

 また、教会生活の二つの側面―階層的側面と終末論的側面―も、教皇の考察の中心的な位置を占めている。

 前者は、「決して絶対化されることなく、キリストが使徒たちに託した使命を永続させるために存在」する。そして、教会の制度がその使命に完全に忠実であり続けるためには、「絶え間ない回心、形態の刷新、そして構造の改革」に努めねばならない。

 後者―「本質的」と形容されるもの―は、信者に対し、「キリストにおける救いの共同体的かつ宇宙的な次元」を考察し、この視点に照らして万事を評価するよう求めている。

 

*信者は、正義と平和の証人となれ

 

 教皇はまた、「正義と平和のより力強い証人となるよう召されている信者たち」に特に目を向けられ、彼らの使徒活動の「広大な場」は、「教会の枠内に閉じ込められるべきではなく、世界へと広がり、あらゆる場所でキリスト教生活の素晴らしさを明らかにすべきだ」とされた。

 最後に、教皇は「聖性」というテーマに戻られ、「聖性は、選ばれた少数の者の特権ではなく、愛を通じたすべてのキリスト者の召命です」と強調。

 そして、世の試練や迫害の中にあっても、「信仰と愛のしるし」を残すよう信者たちを励まされ、正義に身を捧げ、回心と証しの使命を日々実践していく必要を説かれている。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

 

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2026年5月8日