(評論)トランプ米大統領就任ー「大衆迎合主義」の潮流に直面し、教皇は教会の闇を曝すリスクを冒す(Crux)

(2017年5月24日水曜日、バチカンにて、教皇フランシスコはトランプ大統領と非公式の謁見を行った(写真:アレッサンドラ・タランティーノ/AP、プール)

 米大統領選でトランプ氏が当選した後、有識者たちは、移民問題や世界中で起きているさまざまな紛争に対する見解を異にする彼が大統領になることに、教皇フランシスコがどのような反応を示すか注目していた。

 そして、その答えは、教皇がワシントンDCの新大司教にロバート・マケルロイ枢機卿を任命したことで明らかになった。

 2015年よりサンディエゴ大司教を務めてきたマケエルロイ枢機卿は、米国のカトリック教会のリベラル派の主要メンバーの一人であり、トランプ氏が前回の大統領だった時に彼の移民政策に反対し、教会におけるLGBTQ+の問題を支持してきたからだ。

 トランプ氏は、未登録の移民を国外追放する、と発言し、連邦政府が認める性別は2つだけとするよう議会に要請することを公約しており、これは「トランスジェンダーの肯定」を支持する人々から反対されている。

 マケルロイ枢機卿のワシントンDC大司教への任命は、多くの人々にとって驚きだった。昨年11月の米大統領選挙でのトランプ氏の圧勝を踏まえ、教皇がマケルロイ枢機卿よりもトランプと融和的な人物をこの役職に任命するだろう、とする見方もあった。

 枢機卿はCruxとのインタビューで「カトリック教会は、政府には国境を管理する権利がある、と教えています」とする一方で、「私たちは、常に、すべての人間に尊厳がある、という感覚を持つよう求められています。ですから、一部で議論されている、より広範囲で無差別な大規模な国外追放を全国的に行う計画は、カトリック教会の教義と相容れないものとなるでしょう」と語った。

 こうしたワシントン新大司教への、カトリック信徒の評論家の評価は様々だ。

 教皇伝記作家のオースティン・イヴェレイはX(旧Twitter)への投稿で、「マクエルロイ枢機卿は、『明晰な頭脳』と『司牧者の心』、そして『預言者の直感』を備えている。キリスト教民族主義のゆがみを正す福音そのもの。”トランプ時代”に向けた”完璧な任命”だ」と讃えた。

 一方、保守派のカトリック評論家フィリップ・ローラー氏はXで、「マケルロイ枢機卿のワシントン大司教任命によって、2つの結果が予想できる」とし、「一つは、トランプ政権についての”著名な批判者”になること。もう一つは、(未成年者と成人への性的虐待で、教皇から司祭職をはく奪された元ワシントン大司教・枢機卿の)マカリックとのつながりから、今度は彼自身が(この問題を隠ぺいした、として告訴されていることで)批判されるだろう」と指摘。

 「ホワイトハウスに対する彼の批判は、トランプ大統領にダメージを与えるかもしれないし、与えないかもしれない。しかし、マケルロイに関する批判は、カトリック教会の信頼性を確実に傷つけるだろう。つまり、彼の任命はバチカン指導部の現在、何を優先事項としているのか物語っているのだ」と述べた。

 ローラー氏の指摘は的を射ている。88歳と高齢の教皇フランシスコは、2つの大きな問題に直面している。

 まず、世界の民主主義国における右派ポピュリストの台頭。教皇は一昨年、米国の教会が「非常に強固で組織化された反動的な姿勢」をとっている、と非難。昨年トリエステで講話をした際には、「今日の世界で民主主義は健全とは言えません… 人々はイデオロギーやポピュリズムの誘惑に対して批判的な感覚を養わなければならない」と強調している。

 保守派が欧米で勢力を強めている。ハンガリーの首相はヴィクトル・オルバン、イタリアの首相はジョルジャ・メローニ…。英国での労働党の勝利でさえ、英国のリベラリズムの台頭を象徴するものではないようだ。保守党が「保守的ではない」と非難される中での労働党の勝利であり、世論調査では労働党の人気は急速に落ちている。教皇がマクエルロイ枢機卿をワシントンDCの大司教に任命する直前、カナダでは、トルドー首相が、10月の連邦選挙で保守党の勝利が予想されることを阻止しようと、辞任を決めた。

 晩年の教皇が直面しているもう一つの問題は、教会における際限のない性的虐待とそれへの対応の失敗だ。

 マケルロイ枢機卿は2016年に「聖職者による性的虐待の専門家、リチャード・サイプ氏(2018年に死去)による批判に、適切に対応しなかった」と非難されている。教皇自身も、被害者からの告発に対して聖職者たちの”無実の主張”を信じがちであるという非難に長年、悩まされてきた。教皇は、被害者たちの訴えに対し、チリのフアン・バロス司教、アルゼンチンのグスタボ・オスカル・サンチェッタ司教、セオドア・マカリック枢機卿の言葉を信じてきたが、世間の激しい怒りの声を受けて、方針を転換した。

 1950年代以降、欧米の保守派の政治家は概してバチカンに対して敬意を払い、カトリック教徒の票を失うことを恐れることも多かった。だが今や、ミサに出るカトリック教徒から強い支持を得ることが多いポピュリストの指導者たちは、教皇から攻撃されたと感じた場合でも、バチカン自身のスキャンダルを持ち出すことで教会指導部を怒らせることを恐れる可能性は低い。

 …今後数年間は興味深いものになるかもしれない。

 

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

・・Cruxは、カトリック専門のニュース、分析、評論を網羅する米国のインターネット・メディアです。 2014年9月に米国の主要日刊紙の一つである「ボストン・グローブ」 (欧米を中心にした聖職者による幼児性的虐待事件摘発のきっかけとなった世界的なスクープで有名。映画化され、日本でも全国上映された)の報道活動の一環として創刊されました。現在は、米国に本拠を置くカトリック団体とパートナーシップを組み、多くのカトリック関係団体、機関、個人の支援を受けて、バチカンを含め,どこからも干渉を受けない、独立系カトリック・メディアとして世界的に高い評価を受けています。「カトリック・あい」は、カトリック専門の非営利メディアとして、Cruxが発信するニュース、分析、評論の日本語への翻訳、転載について了解を得て、掲載しています。
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2025年1月9日