・ミュンヘン安保会議で米副大統領が引用したヨハネ・パウロ2世の言葉は”我田引水”?(Crux)

(2025.2.15 Crux  Managing Editor  Charles Collins)

 世界各国首脳や閣僚が安全保障について意見を交わすミュンヘン安全保障会議に出席した米国のバンス副大統領が15日の演説を、故ヨハネ・パウロ2世教皇の言葉を引用して締めくくった。

 2019年にカトリックに改宗したバンス氏は1月20日に副大統領に就任して以来、トランプ大統領の物議を醸すことの多い政策の道徳性を強調する際に、自身の宗教について語ってきが、教皇フランシスコは、今週、「ordo amoris(ラテン語で「愛の秩序」の意)」の教義に関するバンス氏の解釈に異議を唱え、不法移民の国外追放を目指すトランプ政権の取り組みを非難している。

 15日の演説でバンス副大統領は、「ウクライナ政策からデジタル検閲まで、すべてが民主主義の防衛として正当化されている。しかし、欧州の裁判所が選挙を無効にしたり、高官が選挙の無効化をほのめかしたりしているのを見ると、我々は自分たち自身に適切な高い基準を課しているのかと問うべきだ」と述べ、「トランプ政権は欧州の安全保障に非常に懸念を抱いており、ロシアとウクライナの間で妥当な妥協点を見出すことができると信じている。また、今後数年間で欧州が自国の防衛を大幅に強化することが重要であると信じている。しかし、私が欧州に関して最も懸念している脅威は、ロシアでも中国でも、その他の外部勢力でもない」と批判。

 さらに、「私が懸念しているのは、内側からの脅威だ… 欧州が、最も基本的な米国と共有する価値観のいくつかから後退している」とし、具体的に、「2年余り前、英国政府は、51歳の理学療法士で退役軍人でもあるアダム・スミス・コナー氏を起訴した。中絶クリニックから50メートル離れた場所で、誰も邪魔せず、誰とも接触することなく、ただ黙って3分間祈っていたのがその理由だった」と非難した。

 そして演説の最後に、「民主主義を信じるということは、我々の市民一人一人が知恵を持ち、発言権を持っていることを理解することだ」としたうえで、「市民一人一人の声を聞こうとしないのなら、どんなに成功した戦いであっても、ほとんど何も得られないだろう。 私の考えでは、この大陸、あるいは他の大陸でも最も傑出した民主主義の擁護者の一人であるヨハネ・パウロ2世はかつてこう言われた―『恐れることはない』と。たとえ国民が指導者と異なる意見を表明したとしても、私たちは彼らを恐れてはならない」と締めくくった。

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 副大統領は自分のカトリック信仰について隠し立てをせず、彼を批判する人々は、「”新”カトリック教徒がしばしば、教会の教えを誤って伝えている」と不満を訴えている。この会議での演説で、彼がヨハネ・パウロ2世教皇の言葉を使ったことに対しては、強い反論があるかもしれない。

 ヨハネ・パウロ2世は、冷戦終結時にレーガン米大統領と協力してソ連邦を崩壊に至らせたことで有名だ。1981年、北大西洋条約機構(NATO)国防大学校の関係者に対し、ヨハネ・パウロ2世は「平和に対する最大の脅威は、核兵器の備蓄だけでなく、利己的な目的のために平和そのものの概念を操作することである」と述べている。

 さらに翌年、同大学関係者との会合で、パウロ6世の言葉を引用し、「弱さ(物理的な弱さだけでなく、道徳的な弱さも含む)を伴う平和、真の権利や公正な正義を放棄した平和、リスクや犠牲を回避した平和、臆病さや他者の横暴に対する服従を伴う平和、そして従属を甘受する平和。これらは真の平和ではありません。抑圧は、平和ではない。臆病は、平和ではない。恐怖によって強制された和解は、平和ではありません」と言明している。

 ロシアは2014年に初めてウクライナに侵攻し、2022年には全面侵略を開始した。ロシアの攻撃は残忍で、都市部の民間地域に対する無差別爆撃や、数千人の民間人の死をもたらしている。バンス副大統領が演説を行っている最中、トランプ政権は、ウクライナとロシアに戦争の終結について話し合いをする、と発表した。トランプ大統領は今週、ロシアのプーチン大統領、そしてウクライナのゼレンスキー大統領と電話会談を行い、ロシアが現在ウクライナの国土の約20%を侵略・支配している中で、戦争を終結させるための「取引」をしたいと述べた。

 これに対し、米ロ主導でロシア側に有利な“終結”がなされることを懸念するゼレンスキー大統領は、バンス副大統領との会談で、和平合意を結ぶためには「真の安全保障の保証」が必要であることを強調している。そして、多くの外交専門家は、現時点での、(米ロ主導の)和平は、ウクライナにとっての平和、すなわちヨハネ・パウロ2世が言われた「物理的にも道徳的にも脆弱な平和」「他者の横暴に対する臆病さと服従、そして従属への甘受」となることを懸念している。

 バンス副大統領は「欧州はヨハネ・パウロ2世の言葉を聴くべきだ」と言うが、聖人となったヨハネ・パウロ2世は、この時点では、ロシアとウクライナ間の交渉による解決を「真の平和」とは考えていなかっただろう。

 

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2025年2月16日