(2026.6.4 Crux Suman Naishadham|AP)
マドリード発 — 1970年代、独裁者フランシスコ・フランコが依然として支配していたカトリック国スペインで、パウラ・アロンソ=ピメンテルは8歳の時、北部の都市バリャドリッドにある宗教学校へカテキズム(教理教育)を受けるために送られた。
彼女はそこで、マリスト会の神父から1年間にわたり、学校の玄関ホールで繰り返し性的虐待を受けた、と語る。神父は彼女を膝の上に座らせ、生徒たちが出入りする中でスカートをめくったという。それから50年以上が経った今、彼女は賠償を求めている。
カトリック教会内での性的虐待に対するスペインの、長らく先送りされてきた清算は、今年、アロンソ=ピメンテル氏のケースのように、被疑者である聖職者がすでに死亡し、時効により起訴不能となっている事例を対象とした賠償制度の開始で、新たな段階に入っている。
スペイン司教協議会とスペイン政府は、かつて圧倒的多数がカトリック信者だった人口5000万人のこの国への、教皇レオ14世の土曜日に始まる予定の訪問の数か月前に、このプログラムを承認した。
特筆すべきは、賠償金の支払いについて、政府が最終決定権を持つ点だ。聖職者による性的虐待や隠蔽スキャンダルが世界中のカトリック教会を揺るがし、西側諸国でこの危機が初めて公になった30年以上経った今も、教会の評判を傷つけ、教皇の人気に疑問を投げかけている。
*長い間、問題を避けて来た教会に「代償を払わせねばならない」
スペインでは、この賠償制度を一部の被害者は歓迎しているが、他の一部の被害者はその有効性に懐疑的であり、「賠償請求の期間が短すぎる、と主張。強制力や透明性のないこの制度が成功するかどうか疑問視している。
この制度では、被害者は申請に1年の期間が与えられており、これまでに420人が申請を行った。これは、教会の沈黙の中でスペインの日刊紙『El País』が虐待被害の実態を暴露し、教会自身の被害者への補償試みに対する批判が続いた後の、長年にわたる論争を受けての措置だ。
アロンソ=ピメンテル氏も多少の懐疑心を抱いているが、数十年にわたり克服しようと努めてきた虐待が、ついに解決されることを望んでいる。「教会には、代償を払わせねばなりません。莫大な代償を払わずに、彼らが同じことを続けられるようなことがあってはならないからです」。
長年にわたり、彼女は記憶を心の奥底に押し込めていた。時が経つにつれ、彼女は友人やパートナー、心理学者、そして最終的には聖職者から虐待を受けたと語る他の人々にも被害について打ち明けるようになった。
2019年に教皇フランシスコが聖職者による虐待問題に関する世界サミットを招集した後、アロンソ=ピメンテル氏はバジャドリードのマリスト修道会に手紙を書き、自分を虐待した神父に関する詳細の説明を求めたが、修道会の返事は、その神父の名前だけだった。
今回の賠償制度では、スペイン政府の人権擁護官が独立した専門家チームを通じて、申告された被害事例を審査し、象徴的、心理的、あるいは経済的な補償を提案し、教会側がその内容を検討する。政府と教会が合意に至らない場合、教会、政府の人権擁護官事務所、被害者団体の代表者によつ合同委員会に付託され、それでも合意が得られない場合、政府の人権擁護官が最終判断を行う。
*被害者の数、政府の「推定数十万人」に対して、司教団は「特定728人」と大きな食い違い
2018年に『El País』紙が聖職者による性的虐待事件のデータベースを構築したのを契機に、スペインの教会は、ようやく、司祭による虐待と、何世代にもわたる司教や修道院長らによる隠蔽という過去の遺産と向き合い始めた。米国、アイルランド、オーストラリアなど他の西欧諸国に比べ、その対応は大幅に遅れていた。
データベースが拡大するにつれ、世論の怒りも高まり、スペイン政府の人権擁護官は議会から、この問題がどれほど広範囲に及んでいるかを調査するよう命じられた。2023年、人権擁護官は800ページに及ぶ厳しい報告書を提出し、8000人を対象とした調査に基づき、「過去数十年間に、スペイン国内で教会による性的虐待の被害者が数十万に上る可能性がある」と推定した。
これに対して、スペインの司教団はこの推計を否定。「自分たちの調査では1945年以降の教会内での性的虐待被害者として特定されたのは728人」だとし、「犯罪の大部分は1990年以前に発生しており、容疑者の60%はすでに死亡している」とも主張した。
*スペインの司教団は独自の被害者支援制度を作ったが…
そして司教団は2024年、スペイン政府が教会に対し被害者への補償を義務付ける意向を表明してから数か月後になって、一方的に「被害者を個々のケースに応じて支援する制度」を創設した。だが、政府は、「教会は、問題を過小評価している』と批判。「教会の内部システムには外部からの監視が欠如している点などから、制度の効果が不十分だ」と指摘した。
アロンソ=ピメンテル氏を含む多くの被害者たちも、「教会は、自分が関わる事案に対して、“裁判官”と“陪審員”を兼ねることはできない」と、この教会の制度に強い不信感を示していた。
スペインのカトリック司教協議会は今年初め、これまでに虐待被害者に対し約200万ユーロ(約3億7000万円)を支払った、とする一方、「一部の被害者が抱く不快感も理解している』と述べ、新たな国家と教会の協力モデルの有用性を認めた。同協議会の広報責任者ホセトショ・ベラ氏は「これは、教会が過去2年間にわたり進めてきたプロセスに新たな扉を開くもの」と説明している。
また、バチカンは、性的虐待被害者への補償について、より明確に言及するようになってきた。教皇レオ14世は、「性的虐待の被害者に耳を傾けることには、『加えられた虐待を認めること』と『正当な賠償』が含まれる」と語っている。
だが、スペインの司教たちは、「聖職者による虐待が組織的なものであること」を長年、否定し続け、「性的犯罪の多くは教会の外で発生している」と責任の外部転嫁を図ってきた。ベラ氏も、「確かに、人間の本性は欠陥があり、悪への傾向があり、多くの和解と赦しを必要としていると思う。しかし、それが組織的な問題だとは言えません」とし、「私たちは社会の一員。社会の美徳の一部を共有しているのと同様に、その悪徳や犯罪の一部も共有しているのです」と言う。
*政府が最終決定権を持つ新被害賠償制度にも効果を懸念する声
スペインの性的被害者や支援者たちの中には、新賠償制度が不十分なものに留まることを懸念する向きも合う。主な懸念は、虐待の深刻度に応じた賠償の基準がなく、教会と政府が個々のケースごとに評価することに合意していることだ。賠償実施の法的拘束力もない。
米国に本部を置くNPO「Bishop Accountability」の共同代表、アン・バレット・ドイル氏は「この制度を、実際にはかなり脆弱なものだと見ています。被害の申告期間が非常に短い。様々な種類の被害に対する最低補償額を定める基準がない。公平性は、一貫性はあるだろうか?」と制度の実効性に疑問を投げかける。
教皇のスペイン訪問を前に、同国の活動家ミゲル・ウルタド氏は、自身の虐待被害の経験をもとに、この制度の潜在的な弱点を指摘する。
20年以上前、ウルタド氏は、バルセロナ郊外の山間にある11世紀のベネディクト会のモンセラート修道院で、当時16歳のボーイスカウトだった自身が、アンドレウ・ソレールという名の修道士から性的虐待を受けた。
当初、修道院は彼の両親に対し、この疑惑の虐待を「当局に通報しないように」と言いくるめた。彼は、通報をあきらめたが、数年後に聖職者による虐待に対する賠償を求める動きが表面化し、『El País』紙を含むメディアに、修道士から虐待被害を受けたことを告発を公表した。
メディア報道を受け、モンセラート修道院は、2019年に独立調査報告書をまとめ、ソレール修道士が数十年にわたって犯した複数の性的虐待を認めたものの、修道院側は「刑事上も民事上も時効が成立している」とし、正式な賠償を行う責任は拒否したままだ。
同修道院側はAPの取材に対して、ウルタド氏の件や、新たな賠償制度を通じて浮上する可能性のある他の事例への協力の可否について、コメントを控えている。
ウルタド氏は、「自分がバチカンや他の教会当局に詳細を報告した虐待疑惑があるにもかかわらず、教皇が修道院を訪問することに失望している」とし、新賠償制度によって、逆に多くの被害者が置き去りにされるのではないかと懸念している。「問題は、それが砂の上に築かれているということです」と。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)