☩教皇フランス訪問初日:「私たちの戦いの唯一の武器は、自己を捧げる愛だ」-8万人の若者参加の祈りの集いで

(2026.9.25 Vatican News   Jean-Charles Putzolu – Paris)

   教皇レオ14世のフランス訪問初日は25日夜の、約8万人の若者が参加した祈りの集いで幕を閉じた。教皇は若者たちの質問に答え、「恐れずにキリストに従うように」と励まされた。

 フランス最大のスタジアムであるパリの「スタッド・ド・フランス」が1998年の開場以来これほどの大規模な集まりを迎えたのは、初めてのことだった。

 収容人数8万人のスタジアムは、25日の金曜の夜、パリはじめフランス全土から集まった若者たちと教皇の祈りの集いにより、満員になった。彼らは、地方や都市、労働者、学生、若手社会人と肉体労働者など、実に多様な背景を持つ者たちだったが、信仰と教皇の言葉を聞きたいという願いによって一つに結ばれていた。

 夕べは、証言や歌、芸術的なパフォーマンスからなる祝祭的なプログラムで幕を開けた。若者たちは祝賀の雰囲気から一転し、モンローと2500人の合唱団員が歌うカッチーニの『アヴェ・マリア』に耳を傾けた。

 スタジアムに到着した教皇を歓迎する挨拶で、エティエンヌ・ギエ司教は、この場所を「全フランスのスタジアム」と表現し、自身の教区およびそこに集まった8万人の若者たちの、国際的で多民族・多文化的な特徴を強調した。

 ”祝祭”は、スタジアムの屋根での花火と、「レオ、レオ」と唱和する若者たちの喜びの爆発で幕を閉じた。教皇は笑顔で手を振って応えた。

*「他の宗教の人たちと、どのように信仰を分かち合ったらいいか」

 その後、教皇と若者代表との対話があり、2人が発言した。恵まれない地域での活動に携わる薬学部の学生、クロエは、「他の宗教を信じる人たちと、どのように信仰を分かち合えばいいのでしょう」と教皇に質問した。

 教皇は「私たちは皆、この霊的な動きの一部なのです。とても多くの人々が『神』という問いに無関心であることは、確かに問題ですが、多くの人々が『人間性』という問いに無関心であることも、同じように問題なのです」とされ、多くの人々が周囲の人々に無関心で、貧しい人々を軽蔑し、弱者や病人を拒絶していることを嘆かれた。「一人ひとりの価値は、その人が生み出すものだけにある、と考えているからです」とも語られた。

 そして、「恵まれない地域での活動を続けるように。そこ、つまり日々の生活の現実の中で、時には困難の真っ只中でこそ、あなたの信仰は希望の生き生きとした証しとなるのです」とされ、キリスト教の信仰を共有しない人たちと兄弟愛の精神をもって接することを勧められた。

 また、近年組織されている地中海諸国の若者たちとの交流を例に挙げ、「このような動きは、兄弟愛の励みとなる兆しです」と述べられた。

*「自分の人生の方向性をいかに見極め、献身すればいいのか」

 もう一人の若者、農村出身のフランソワは、農学を専攻し、スカウトのリーダーを務めている。献身したいと強く願う彼は、「自分の人生の方向性をどのように見極め、それに忠実に身を捧げればいいのでしょうか」と教皇に尋ねた。

 教皇は、「私たちを成長させてくれる平和の奉仕に身を捧げなさい… 献身は、恐れを希望へ、不満を責任ある関与へと変え、そこに私たちの傷は慰めと贖いを見出すのです」と勧められ、「不安や不確実性は、熱意の妨げと感じられることもありますが、それらは、将来への計画の不安定さ、感情的な関係の暫定的な性質、人間関係の脆さ、スクリーン疲れ(スマホやパソコンの画面を長時間見続けることで、目や体に慢性的な負担がかかる症状)、そして気候変動や経済・国際情勢への懸念を浮き彫りにするもの」と指摘。

 「私たちは、こうした感情をもつ人たちに注意深く耳を傾けなければなりません。仲間たちの苦しみに心を開いておく必要があります」と語られた。

 最後に、教皇は、司祭職や奉献生活を通じて「イエスに従う召命を聞いている」と信じる人々に向かって語りかけられた。「フランスの教会は、あなた方を、とても必要としています。その召命を恐れてはなりません!」と強く念を押された。

 

 

*アルジャントイユの聖衣と十字架は、希望のしるし

 この後、集まった若者たちは沈黙し、彼らのために特別に会場に運ばれてきた「アルジャントイユの聖衣」*を崇敬する時を、祈りの中で過ごした。

 教皇は、「私たちの目の前にある二つの聖遺物、すなわち聖衣と十字架を見つめましょう。受難のこの二つのしるし、そして 死の道具である十字架は、希望のしるしとなります」とされ、「チュニックと十字架は、私たち、すなわち世界に与えられた神の命から生まれた教会を象徴しています」と語られた。

 *注*アルジャントゥイユの聖衣は、キリスト教においてイエス・キリストが受難(十字架刑)の際に身に着けていたとされる、縫い目のない下着(チュニック)の聖遺物。パリ近郊にあるアルジャントゥイユのサン=ドニ聖堂に1200年以上前から保管されている。

*若者たちへの三つの戒めは「避ける、手を伸べる、戦う」

 教皇は、若者たちへの呼びかけを「避ける、手を伸べる、戦う」の三つの戒めに基づいてなさり、次のように述べられた。

 「第一に、高慢、虚栄、暴力、貪欲を避けること。私たちを捉え、支配する感情だからです」。

 「第二に、正義、敬虔、信仰、愛、忍耐、柔和に手を伸べること。より良いものへと向かい、徳を求め、私たちを善き真実にする力を求め、聖性へと歩んでいくためです」。

 「第三の戒めは、以上の二つから導かれるもの。『避けること』と『向かうこと』こそが、信仰の戦いであり、イエスの弟子として福音に従って生きるという決意なのです」。

 そして「これは決して、他者に対する戦いではありません。この戦いには、暴力や軽蔑、抑圧という武器は使わない。唯一の武器は、自己を捧げる愛です。そして、神との関係を阻む力や、人々や民族を分断しようとする権力に直面しても、聖霊の光は私たちを照らし、慰めてくれます」と説かれた。

 最後に教皇は、集まった8万人の若者たちに対し、「主に従うために、私たちが育むべき美徳を共に選ぼう!」と呼びかけられた。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

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2026年9月26日