(2026.6.11 Vatican News Joseph Tulloch)
スペイン訪問中の教皇レオ14世は11日午前、カナリア諸島のグラン・カナリア島に着かれ、移民支援団体との面会、司教や司祭など聖職者たちとの面会の後、同日夕、グラン・カナリア・スタジアムで数万人参加のミサを捧げられ、「愛、苦しみ、そして謙虚さ」について語られるとともに、「大げさで、至る所に存在し、落ち着きのない『私』の叫び」に対して警告、島へたどり着こうとして命を落とした移民たちを偲ばれた。
アフリカ西海岸のすぐ沖にあるスペイン領の島、グラン・カナリアは、欧州で新たな生活を求めようとする移民にとって主要な到着地となっている。説教で教皇は、「この地が証しする苦しみ」を偲びたいと述べ、聴衆に対し、「海で命を落とした兄弟姉妹」のために共に祈るよう呼びかけられた。
*援助は、困窮する人の霊的、知的、そして身体的な成長を促す努力につながるべき
教皇は説教の冒頭、このミサの第一朗読、『申命記』の一節について考察された。そこでは、イスラエル人に対する神の「無条件の」愛が描かれている。教皇は「この愛こそが、私たちの存在全体に浸透するものであり、魂のための炎、精神のための光、平和、自由への抗いがたい衝動… そして心の苦しみです」と指摘。「私たち自身の愛することへの召命は、この無条件の神の愛に根ざしています」と語られた。
続いて教皇は、ヨハネの第一の手紙から取られた、その日の第二朗読について考察された。教皇は、「使徒ヨハネの言葉には、『母の慈しみをもって苦しむ人々を受け入れるように』とのメッセージが込められています」とされたうえで、「だが、私たちの慈しみは、物質的な援助にとどまるべきではない。困っている人々の霊的、知的、そして身体的な成長を促す努力へとつながるべきです」と説かれた。
*多くの人が「落ち着きのない『私』の喧騒に幻惑されている」
この日のミサは、イエスの聖なる御心の祝日の前夜祭にあたっていた。説教の締めくくりとして、教皇は、キリストの御心の特質の一つである「謙遜」について考察され、「今の多くに人たちは、大げさで、至る所に存在し、落ち着きのない『私』の喧騒に眩惑され、自らの内にある… 隠された、『愛の鼓動する心』を聴くために必要な沈黙を欠いています」と、ミサに参加した信者たちに警告。
そして、「イエスは、私たちに解決策を示しおられます… 私たちを分断する傲慢の台座から降り、私たちを結びつける謙遜さの中で自分自身を見なければなりません」と諭された。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)