
(2026.6.8 Deborah Castellano Lubov)
スペイン訪問中の教皇レオ14世は8日午前、マドリードの司教協議会事務所で、司教団と面談。
「教会の力は、その資源の多さから来るのではなく、その子らの聖性、司牧者たちの交わり、そして御霊に導かれることを受け入れる人々の謙虚で忍耐強い忠実さから来る」と述べ、「キリストを愛し、祈りに根ざした『素朴な司祭たち』にとって、父のような存在となるように」と促された。
司教たちへの挨拶で、教皇は、多くの困難を抱えた彼らの信仰と献身を励まされ、「あなた方の使命は、一致を守り、対話を育み、分裂を癒やし、あなた方の世話に委ねられた人々の歩みを伴走することにあります」と説かれた。
*主と私たちの深遠な絆が、「多様性における一致を証しすること」と教会に求めている
そして、「私たちを導くのは主であり、主こそが歴史の主であり、私たち一人ひとりの物語の主」であることを、司教たちに想起させ、「主こそが、”リズム”を決められる方。私たちは主の後を歩みます。いや、一つの体の成員として、主と共に歩むのです」と語られ、「この深遠な絆こそが、『二極化と分裂が深まるこの時代に、多様性の中での一致の証しを示すこと』を教会に求めているのです」と強調。
スペインの教会に対し、「賜物、カリスマ、感性の豊かさを包み込むことのできる交わりを育むように。この任務において司教の務めが特に重要な意味を持ちます」と念を押された。
*司教たちは、一致を促進し、信徒たちと共に歩み、宣教の活力に貢献するように
「私たちは、交わりの目に見えるしるしとなるよう召されています。何よりもまず、キリストとの交わりのしるしとして、神の御言葉と教会の生きた伝統に従順であり、受け継いだ信仰を愛をもって守り抜くのです」と司教たちを励まされ、「これには、ペトロの後継者や普遍教会、そして、司祭団や教区共同体そのもの、奉献生活、運動団体、協会、そして共通の善のために聖霊が授けるあらゆる真のカリスマとの交わりを、目に見える形で生きることを必要とします」と説かれた。
そして教皇は司教たちに対して、「一致を促進し、信徒たちと共に歩み、宣教の活力に貢献するように。内的に平和な教会は、他のキリスト教派や他宗教の兄弟姉妹、信者でない人々、市民当局、そして共通の善のために働くすべての善意の人々に対して、より自由に語りかけることができます。そして、若者、神学生、移民に寄り添うように」と強く促された。
*司教たちの司牧活動を聖母に委ねる
教皇はさらに、聖ヨハネ・パウロ二世がスペインを「マリアの地」と呼んだことを想起され、聖母マリアを「交わりと希望の母」と呼び、「あなたがた司教たちにとって、マリアは『旅路における最初の伴侶であり、最大の宝』」とされた。
そして、「マリアは、信者たちに、御言葉をどのように受け入れ、心に留め、弟子たちの歩みを伴走し、教会の旅路の全過程において常に共にいるべきかを示してくださる。そして、私はマリアに、あなたがたの司牧を委ねます。そうすれば、彼女が、あなたがたの世話に委ねられた人々のただ中で、あなたがたを助けてくださるでしょう」と述べられた。
*すべての司教は、司祭たちを守り、育むよう召されている
また教皇は、今年がスペインの聖職者の守護聖人である「アビラの聖ヨハネ」の司祭叙階500周年にあたることを取り上げ、彼について、聖パウロ6世が「霊的生活の慈愛に満ちた賢明な教師であり、教会生活とキリスト教の慣習の模範的な刷新者」であると同時に「質素な司祭」であると評したことを指摘。
「この聖なる教会の博士において、教会は、すべての司教が自らの司祭団の中で守り、育むよう召されている司祭の生活を認めています。この文脈において、この旅路における司教たちの最も身近な伴走者こそが、まさに『単純な司祭』―この言葉の最も高貴かつ厳しい意味において―であり、彼らは『キリストを愛し、祈りに根ざし、教会に忠実で、民衆に近く、健全な教義、使徒的熱意、そして司牧的愛を結びつけることができる者たち』です」と強調された。
*司教は、司祭たちと共に歩む父でなければならない
挨拶の最後に教皇は、司教たち、司祭たちに、「司祭たちは司教の中に、単に『認められた権威者』ではなく、『共に歩む父』を見出し、同僚の司祭たちの中に『出会いに満ちた巡礼の道の、苦難と喜びを分かち合う兄弟』を見出すべきです」と促された。
また、信徒たちに対しては、「『あらゆる教会の刷新は、キリストに倣う心から生まれる』と説いた聖人の祈りで締めくくりたいと思います。『主よ、もしあなたが私に対し、あなたがなさったことを行えと命じられるなら、あなたの心をお与えください』」。
そして、「私たちも同様に、『主よ、あなたの心を私たちに与えてください。あなたへと視線を上げ、旅立ち、耳を傾け、見極め、仕え、愛をもって正し、忍耐をもって寄り添い、喜びをもって宣べ伝えることのできる心を』と祈ります。キリストの心を受け入れる教会は、自身を導き、支え、守り、慰める火の柱を携えている。それはあらゆる試練に立ち向かうために必要な糧でです」と述べて説教を締めくくられた。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)