(2023.2.17 Vatican News Christopher Wells)
教皇フランシスコは17日、22日の灰の水曜日に始まる四旬節に向けたメッセージを発表。その中で教皇は、「四旬節の旅」と「”シノドス”の旅」を関係づけられ、この二つが、伝統に根ざし、新しいものに開かれた旅であることを強調。「個人として、そして教会の「変容」は、四旬節の禁欲的な旅の目標であり、同様に”シノドスの道”の歩みの目標でもあります」と語られた。
*四旬節の旅と”シノドス”の旅は、師イエスと歩みを共にする旅
聖パウロの回心の晩の祈りの中で署名されたメッセージには、「Lenten Penance and the Synodal Journey(仮訳=四旬節の苦行とシノドスの旅)」というタイトルが付けられている。
メッセージで教皇はまず、毎年四旬節の第 2 主日に読まれている福音の箇所(マタイ福音書17章=イエスの変容」を引用され、「イエスは四旬節の間、 変容される際に選ばれた弟子たちと同じように、私たちを”離れた場所”に連れて行ってくださいます… 四旬節の苦行の旅は、信仰の欠如と、十字架の道でイエスに従うことへの抵抗を克服するための、恵みによって支えられた、私たちの責務です」と強調。
そして、この旅には、「努力、犠牲、集中力が求められますが、それは、”シノドスの旅”の要件でもあります。 私たちの四旬節の旅は”sinodal(共働的)”なものと言うことができる。なぜなら、イエスという師の弟子たちとして、同じ歩みを共にするからです… 四旬節の典礼の旅と”シノドス”の旅の両方で、教会は、救い主キリストの神秘にこれまで以上に深く、十分に浸ることのみに徹するのです」と説かれた。
*”旅”は、神の意志と私たちの使命を理解するのに役立つ
教皇はまた、「イエスに連れられてタボール山を登る弟子たちの旅のように、”シノドス”の旅が難しく見え、落胆する可能性」があることを認めつつ、「最後に私たちを待ち受けているのは、間違いなく素晴らしいもの。神の意志と世界における私たちの使命をよりよく理解するのに役立つのです」と励まされた。
そして、モーセとエリヤが律法と預言者を代表してイエスの変容の場面に登場したことを指摘され、「同じように、”シノドス”の旅は、教会の伝統に根ざしており、同時に新しさにも開かれています… 伝統は、新しい道を模索するための、静止と即席の実験という相反する誘惑を避けるための、インスピレーションの源です」と語られた。
*キリストと兄弟姉妹に耳を傾け、日々の生活に向き合う
個人として、また教会としての変容あるいは回心という目標を達成するために、教皇は、イエスの変容に触発された 2 つの道を提案された。
一つは、神の御言葉と兄弟姉妹に耳を傾けること。「キリストに耳を傾けることは、教会の兄弟姉妹に耳を傾けることの中になされることが、しばしばあります」と教皇は語られた。
もう一つは、特別な出来事や体験にとらわれず、日々の生活の苦労と向き合うこと。教皇は、「四旬節の道も”シノドスの道”もそれ自体が目的ではなく、主の復活の体験へと私たちを導く歩みなのです」と強調され、メッセージの最後に、こう述べられている。
「それでは(注:イエスの変容を体験した山から)平地に降りて行きましょう。体験した恵みが、私たちの周りの社会の普段の生活の中で『artisans of synodality(共働性の職人)』となるよう励ましてくれますように」
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)