(2026.8.16 Global Catholic David Timbs)
聖書の「道」に根差し、初期教会が実践してきたシノダリティ(共働性)は、単なる「手続き」ではなく、「傾聴、識別、そして責任の共有」という本質的な姿勢だ。
シノダリティの道は、イザヤとイエスの先駆者である洗礼者ヨハネを結びつける預言の伝統に深く根ざした聖書的伝統を持っている。ヨハネはイザヤの預言「主の道を備え、その道をまっすぐにせよ」(イザヤ40:3)を成就した。「私は荒野で叫ぶ者の声である。『主のために道をまっすぐにせよ』と」(ヨハネ1章23節)。
「道」は福音書における重要なモチーフだ(マルコ8章22-26節、9章12節、10章46-52節、12章14節、マタイ22章16節、ルカ20章21節)。イエスは弟子たちと共に歩み、彼らを教え、正し、励まし、慰めた。ヨハネ14章5-7節では、イエス自身が「道であり、真理であり、命である」とされている。部外者は初期のキリスト教徒を「道に属する者たち」 (ギリシャ語でhodos 、使徒行伝9:12; 19:9, 23; 22:4; 24:14, 22)と認識した。
シノダリティ(共働性)は、初期教会の信徒や、3世紀から4世紀の原始修道院制度から現代に至るまでの修道会にとって、ごく自然なものであった。しかしながら、概して、教会においては近年までほとんど機能していなかった。
第二バチカン公会議後、一部の枢機卿はパウロ六世教皇に対し、「教皇職は一人の人物にとって重荷になりつつあり、共同指導体制が望ましい」と進言した。しかしパウロ六世は、教皇職の尊厳が損なわれることを恐れ、この提案を却下し、代わりに、常設の世界代表司教会議(「シノドス」と呼ぶ)の設立を約束した。これまでに29回のシノドスが開催されている。
バチカンのシノドス事務局長であるマリオ・グレック枢機卿は、「シノドスは受動的な話し合いの場ではなく、すべてのメンバーが継続的なプロセスに積極的に関与することを必要とする」とし、「神の民によるこの協議の根本原則は、『すべての人に関わることは、すべての人によって承認されなければならない』という古代の原則に基づいている」と説明した。
フランシスコ教皇は、シノダリティは「司牧活動における一時的な特徴ではなく、教会全体の生活における恒久的な特徴だ」と教えられた。彼は前任者たちとは異なり、新しいシノドスの参加者には聖職者ではない男女も含まれるように指示された。
聖霊の導きによるシノダリティとは、「一部の司教が一時的に参加するのではなく、教会全体が常に参加する」ことを意味する。
2023年から2024年にかけて開かれた、シノダリティに関する世界代表司教会議(シノドス)を最も率直に批判した人物の一人が、故ジョージ・ペル枢機卿(オーストラリア出身)だった。
彼は、2022年の四旬節の間、「デモス」というで、シノドスを非難し、2023年1月には、シノドスを「有害な悪夢」と呼び、その議題を「ローマから送られた文書の中で最も支離滅裂なものの1つ」、「新マルクス主義の専門用語で表現されている」、「使徒伝承に敵対的」、「最後の四つの事柄などの基本的なキリスト教の教義に反する」と酷評した。ペルはオックスフォード大学で教会史の博士号を取得していたが、それは彼にとって大きな失敗だった。彼の神学も同様だった。
*第二バチカン公会議は最終会期の終了で終わったのではなく、解釈と受容の継続的な作業で今もなお続いている
著名な歴史神学者である故リチャード・マクブライエンは、「カトリックの伝統において正式に啓示された教義はごくわずかであり、残りはすべて神学的解説や意見だ」と述べている。人々が「教会の教義」と呼ぶもののほとんどは、実際には「中核」となる教えや確立された教義ではなく、互いに矛盾する様々な意見の集まりだ。マクブライエンは、「歴史を研究すると、『教会に関して変化できないことはほとんどない』ということが分かる」と明言している。
ビル・グリム神父は、2012年の記事「事実を正そう」で、こう述べている。「第二バチカン公会議は最終会期の終了をもって終わったのではなく、解釈と受容のプロセスという継続的な作業において、今もなお続いている」と。
11世紀から12世紀にかけてカンタベリー大司教を務めたアンセルムスは、「信者の心は、より深い人間的理解のレベルで信仰を表現しようと絶えず努力している」と説いた(Fides quaerens intellectum)。理解と実践の過程は、教会の本質であり、教会の活動様式そのものなのである。
*「シノダリティ(共働性)こそが全教会の進むべき道」とレオ教皇も明言
レオ教皇は、シノダリティ(共働性)とは「教会が世界における主要な役割、すなわち宣教、福音の宣べ伝えという役割を果たすのを助けるものである」と断言し、「神の言葉に耳を傾けることから始まり、互いに耳を傾け、男性と女性、教会員、そしてまだ教会員ではないかもしれない探求者の中に見出す知恵に耳を傾けることの価値を思い起こさせる」と述べた。
6月27日に開かれた臨時枢機卿会議総会の開会式で、レオ教皇は、「シノダリティ(共働性)こそが全教会の進むべき道だ」と強調し、次のように語っておられる。
「世界の傷、共通善の構築、そして教会の使命に直面する中で、シノダリティは前進への道を示しています。それは、主が私たちに託された選択に、共に耳を傾け、識別し、責任を負っていくことです。シノダリティは、何よりもまず、一連の手続きではありません。私が幾度となく述べてきたように、シノダリティとは、姿勢であり、開かれた心であり、理解しようとする意志なのです。時には、権威の縮小と解釈されることもありますが、実際には、それは、交わりを守り、すべての人々の参加を促し、教会の共通の歩みを導くために存在する権威そのものの意味を、より深く理解する助けとなります」。
*David Timbsは、オーストラリアの聖書学者。長年にわたりオーストラリアの神学校で教鞭を執った。研究は主にパウロ書簡、共観福音書、聖書解釈学、釈義法に焦点を当てていた。豪州の教会における参加、説明責任、透明性の向上を推進する「カトリック刷新運動」の活動的なメンバーだった。
・・・・・・・・・・・・・・・
*Global Catholicはフランスに本拠を置くカトリックの独立系評論・ニュースサイト。バチカンと世界の教会を形作る動向について、詳細な分析と洞察力に富んだ解説を提供、優秀なライターチームは、無数のニュースサイトやソーシャルメディアプラットフォームに溢れる雑音の中から真実を見抜き、明瞭さ、文脈、そして誠実さを基盤とした、思慮深く独立したジャーナリズムを提供することに尽力している。質の高いカトリック系ジャーナリズムは、情報を提供し、人々にインスピレーションを与え、有意義な対話を促進するものであるべきだと考えており、広告や商業的な影響を一切、排除し、カトリック教会を含めて外部機関、企業からの財政支援は受けていない。このような趣旨を理解してくださる方の寄付が求められている。「カトリック・あい」もまさに、同様の趣旨のもとに発行しており、今回、Global Catholid の同意を得て、記事の翻訳、掲載をさせていただくことになった。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)