(評論)ルプニク事件で明らかにされたバチカンの秘密主義、”法律家”の教皇はどう対応するか(Crux)

(2026.7.24 Crux Editor クリストファー・R・アルティエリ)

 著名な芸術家で司祭、元イエズス会士による性的虐待裁判でのバチカンの透明性の欠如に対する長年の不安が今週爆発し、統治上の重大な問題が鮮明に浮き彫りになった。この問題は、一言で言えば、「教会法における刑事裁判はなぜ秘密裏に行われるのか?」。教会の司法制度で活動する刑事弁護士、刑事司法の専門家、そして改革推進者たちを長年悩ませてきた問題だ。

 長年にわたり数十人の被害者を性的に虐待していたとされる、スロベニア出身の元イエズス会司祭、モザイク画家および精神的指導者として世界的に名声を得たマルコ・イヴァン・ルプニク神父の裁判は、この問題の縮図と言えるだろう。

 21日、ルプニク氏を告発した5人の弁護士の一人、ローラ・スグロ氏は、教会がこの事件で正義を実現しようとする努力を痛烈に批判し、手続き上の不備、遅延、そしてほとんど”カフカ的”な透明性の欠如に抗議した。これと前後して、広まり始めたルプニク氏の無罪判決の噂を受ける形で、バチカン報道局は、翌日、声明を出し、「秘密保持は、手続きそのものへの敬意と、関係者へのさらなる苦痛を避けるために必要だ」と説明した。

 問題は、この説明が、必ずしも「真実を語っていない」ということ、少なくとも「必ずしもそうとは限らない」ということであり、バチカンもそれを承知している、ということにある。バチカン市国の刑事裁判制度(厳密には「民事」管轄)は、その紛れもない証拠だ。バチカン市国の刑事裁判所における裁判は、長年にわたり公開されているのだ。

 ジョヴァンニ・アンジェロ・ベッチウ枢機卿が汚職と横領の容疑で裁判にかけられたことは、「公開」の一例だ。枢機卿は2021年に初めて裁判にかけられ有罪判決を受けたが、自身は無罪を主張しており、現在進行中の控訴審で事件は大きく進展している。バチカンはベッチウ枢機卿に対する具体的な告発内容を公表し、証人たちは公の場で証言を行い、認定を受けたジャーナリストたちが審理の様子を取材した。

 2021年から2024年にかけてバチカン市国で行われたガブリエレ・マルティネッリ神父とエンリコ・ラディーチェ神父の裁判もその一例だ。マルティネッリは、当時バチカン敷地内にあった聖ピウス10世小神学校の学生だった際に、同級生への虐待容疑で起訴された。一方、ラディーチェは、これらの犯罪が疑われた当時、同神学校の学長を務めており、共犯の容疑で起訴された。マルティネッリは「未成年者へのわいせつ行為」というより軽い罪で有罪判決を受け、ラディチェは無罪となった。

 ”バチリークス”で名高い2件の機密漏洩裁判も同様に公開され、ベネディクト16世の元執事、国務省のIT専門家、ファム・ファタールのPRコンサルタント、そして2人のイタリア人ジャーナリスト(いずれも一般人)が、スペイン人司教とその助手(こちらも一般人)とともにバチカン市国の裁判所で裁かれた。執事のパオロ・ガブリエーレは文書窃盗の罪で有罪判決を受け、18か月の禁固刑を言い渡され、バチカンで服役した。また、費用負担も命じられた。IT担当のシアペレッティも有罪判決を受け、最終的に2か月の執行猶予付き禁固刑と5年間の保護観察処分となった。

 ファム・ファタールのフランチェスカ・チャウキは有罪判決を受け、執行猶予付きの10か月の禁錮刑を言い渡された。司教のアンヘル・ルシオ・バジェホ・バルダは有罪判決を受け、18か月の禁錮刑を言い渡された。バジェホの助手である信徒のニコラ・マイオは無罪となった。ジャーナリストのジャンルイージ・ヌッツィとエミリアーノ・フィッティパルディに関しては、裁判所は、被告らがバチカン領内で容疑とされる犯罪行為を一切行っていないとして、被告らに対する正当な管轄権はないとの判決を下した。

 これらの裁判はすべて、メディアで大きく報道された。ジャーナリストたちは、証言(中には非常に高位の聖職者によるものもあった)を聞き、動議や判決を検討するために現場に駆けつけた。人々は報道で裁判の進行状況を知り、裁判の進め方について意見を述べた。裁判は、決して完璧ではなかったが、意義深い形で一般に公開された。

 教会法に基づく裁判が、原則として有意義な形で公開されない理由は何もない。教会が秘密主義に固執する姿勢は、教会法における司法手続きの公正さを損ない、被害者を積極的に苦しめている。被害者の多くは何年も、中にはルプニクの被害者のように数十年も、加害者とされる人物に正義が下されるのを待ち続けているのだ。

 バチカン報道局は声明で、ルプニク氏の無罪判決の噂を「全く根拠のないもの」と断じ、「この事件はまだ裁判官の判断に委ねられている」と述べた。だが、どのように説明しようとも、バチカンにおける司法秘密主義の根拠の弱さを露呈しているという事実は変わらない。

 レオ14世が教皇に選ばれたコンクラーベで、彼が候補者として魅力的だったのは、教会法に関する訓練と経験があったからだ。枢機卿たちはまた、彼が生来の制度主義者であることも理由の一つとして挙げた。教会の司法制度全体を、根本から改革することは、いかなる人間にも、そしておそらく、いかなる教皇も在位期間に成し遂げられない、途方もない事業となるだろう。

 とはいえ、教皇の手の届く範囲で実行可能な対策はいくつか存在する。彼は、ルプニク神父に対する具体的な容疑を公表するよう命じることができし、担当裁判官の名前を公表するよう命じることもできる。弱い立場にある人々や正当な機密情報を保護するため、報道内容を事前審査することなどを条件に、記者に申し立てや判決へのアクセスを許可することができる。

 証言者へのアクセスは確かに難しい問題だ。なぜなら、教会法における裁判は、ほとんどが「書類に手続き」であり、証人尋問が行われる場合でも、法廷ではなく、アメリカの法曹界における証言録取のような場で行われることが多いからだ。

 いずれにせよ、たとえ裁判が、非常に不完全な制度と規則の下で行われているとしても、「法学者レオ」が既に進行中の裁判に介入することをためらう気持ちは、理解でき、共感でき、さらには”称賛に値する”と言える。だが、先に筆者が述べたような措置は、裁判のプロセスへの干渉には当たらないだろう。これらは、最低限の透明性を確保するための常識的な措置であり、それがなければ、正義を執行する能力に対する教会に対する信頼はますます損なわれるばかりだろう。

 いずれにせよ、教皇レオ14世のもとで、今後のバチカンにおける裁判は、フランシスコ教皇がこの問題に関与していたこととは、全くかけ離れたものとなるだろう。

 フランシスコ教皇はベッチウ枢機卿の裁判中に法律をいくつか改正したが、その中には枢機卿をバチカン市国の刑事裁判所で裁くことを認める特別勅令も含まれていた。ルプニク事件でレオ教皇ができる最も重要なことは、正義が実現されること、そしてそれが実現されたことが人々に認識されるようにすることだ。

 教皇はルプニク事件を引き起こしたわけでも、虐待と隠蔽の危機を長引かせる指導者文化のより広範な問題を作り出したわけでも、教会が正義を実現する能力に対する国民の信頼を損なう秘密のシステムを設計したわけでもない。彼はペテロの司教座への就任を受諾した際、それら全てを文字通り丸ごと買い取った。今、我々は、彼がそれらに対処するための措置を講じるかどうかを見守っているところだ。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

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2026年7月27日