設立から10年、バチカンの未成年者・弱者保護委員会が29日、5大陸にまたがる広範な調査を行った作業グループの報告書を発表した。報告書では、調査で明らかになった聖職者など教会内での性的虐待への対応の実態と、虐待被害のデータ収集の透明性を高めるなど、今後取るべき措置を明らかにした。また、虐待被害の報告体制や被害者支援の体制などについて、現地の教会の間に大きなばらつきがあることを指摘している。
「年1回、未成年者と社会的弱者の保護に関する教会の取り組みについて報告書を作成してください。最初のうちは難しいかもしれないが、現在何が行われていて、何を変える必要があるのかについて信頼できる情報を提供し、管轄当局が行動できるようにするために、必要なところから始めてください」-教会内での虐待を防止するための最も適切な取り組みを提案するために2014年に教皇によって設立された同委員会は、2022年4月の全体会議での、以上のような教皇の要請を受け、内部に設置した研究グループの2年半にわたる調査結果をもとに、今回の初の年次報告書をまとめた。
報告書は約50ページで、4つのセクションに分かれており、各大陸、さまざまな宗教団体、修道会、さらにはバチカンから多くのデータが集め、分析と提言をしている。未成年・弱者保護委員会の委員で、児童保護の分野で豊富な経験を持つブール=ブキッキオ氏が率いる作業グループによって作成されたが、報告書の表紙にはバオバブの木が描かれている。これは「回復力」の象徴であり、何千人もの被害者が、こうした犯罪によって失われた信頼を取り戻す努力と同時に、教会をより安全な場所にするために声を上げ、努力してきた回復力を象徴したものだ。
報告書の第1部は、「被害者、被害者の苦しみ、癒し」を中心に据え、虐待を「人間の尊厳の侵害」として非難する最近の教会法の改訂に沿い、人権に立脚し、被害者中心の「厳格な」対応を提供する、という教会の責務を促進することを目的とし、子どもたちや弱者を守るための教会の努力におけるリスクと進歩の両方を重視し、未成年・弱者保護委員会が、教皇、被害者、現地の教会、神の民に対して、調査結果と勧告を体系的に報告するための手段としての役割を果たすことを狙いとしている。
提言としてはまず、さらなる被害を防ぐために、被害者が関係の情報にアクセスしやすくする必要性を強調。データ保護に関する法律や要件を尊重しつつ、「個人に関するあらゆる情報に対する個人の権利を提供する方策を検討すべきである」とし、バチカンに報告された虐待被害の案件を効率的、タイムリーかつ厳格に管理するために、バチカンの諸部局の管轄権を統合し、明確にする必要性も強調している。
さらに、「処罰が正当化される場合、責任ある立場にある者の解任や罷罷免する手続き」を合理化することも提案、保護に関する「教会の社会教説」をさらに発展させ、賠償への厳格なアプローチを促進するために方策について検討するよう求めている。被害者保護の専門家を目指す人々に対して、学術的な機会と十分な人的、物的資源を提供することを奨励している。
*世界の教区、司教協議会の被害防止・被害者保護の対応にバラつき、体制を欠くところも
報告書の第2部は、世界の現地の教会に焦点を移し、いくつかの教会組織の分析結果を示している。未成年・弱者保護委員会は、予防的かつ効果的な対策を実施する責任において、現地教会の指導者に同行することの重要性を指摘。「世界各地の司教や修道院長たちとの標準化されたデータ交換」を約束し、司教たちによる保護方針と手順の見直しは、司教団のバチカン定期訪問における協議や、各国・地域の司教協議会や委員会の地域グループの一つからの特別な要請によって行われることになる、と説明している。
未成年・弱者保護委員会は毎年15から20の世界の現地教会を審査し、5-6回の年次報告書を通して、世界全体の教会を審査することを目指すが、今回の報告書には、メキシコ、パプアニューギニアとソロモン諸島、ベルギー、カメルーンの司教協議会が審査対象となり、さらにこの調査期間中にバチカンに定期訪問をしたルワンダ、コートジボワール、スリランカ、コロンビア、タンザニア、コンゴ民主共和国、ジンバブエ、ザンビア、ガーナ、コンゴ共和国、南アフリカ、ボツワナ、エ・スワティニ、トーゴ、ブルンジの司教協議会も審査された。修道会も、コンソラータ宣教会(女性)と聖霊修道会(男性)が対象となった。
その調査・分析結果によると、「教会組織や教会当局の中には、虐待被害の予防や被害者保護に対する明確な責任体制をとるところがある一方、虐待に対処する責任を引き受け始めたばかりのところもある」と、国や教区などによって対応に未だにバラつきがあることを指摘。そして、教皇が2019年5月に出された「虐待や暴力を届け出るための新しい手続きを定め、司教や修道会の長上らにとるべき態度を周知させる」自発教令「Vos estis lux mundi」で指示していた「虐待被害の報告体制や被害者に対するケアの体制」を欠いているところもある、と批判している。
*中南米、アフリカ、アジアの多くの地域で被害予防・被害者保護のための資源が不足
作業グループが収集した大陸レベルのデータでも、虐待への対応にバラつきがあり、米大陸、欧州、そしてオセアニアの一部は、被害の予防、被害者保護などに使うことのできる「(人的・物的)資源」が「相当にある」が、中南米、アフリカ、アジアの多くの地域では、そのような資源が「不足している 」ことが明らかになった。
委員会は報告書で、「司教協議会間の連帯」を強め、「保護における普遍的な基準のために資源」を動員し、「虐待被害者に関する報告と彼らを(精神的、身体的に)支援するセンター」を設け、「真の保護文化を発展させることが不可欠だ」と言明している。
*バチカン関係部局は世界の現地教会との被害防止ネットワークの要の役割を果たせ
報告書の第3部は、バチカンの教理省など関係部局に焦点を当て、バチカンは 「ネットワークの中のネットワーク 」として、「虐待予防と被害者保護の最良の慣行を世界の現地の教会と共有するハブとしての役割を果たすことができる」と強調。バチカンの担当部局は、バチカンの手続きと虐待事件に関する判例において、透明性を高めるために、共有された展望に立って、信頼できる情報を収集しようとしている、としている。
またバチカン教理省で虐待案件を扱う規律部門がその活動に関する限られた統計情報を公に共有していることを指摘したうえで、外部関係者の情報へのアクセスを増やすよう求めている。その他の対応として、「様々な教区の保護責任の伝達」、「教皇庁全体で共有された基準の促進」、「教区の業務に、被害が原因の心的障害を考慮した被害者中心の対応を取り入れる 」ことを挙げている。
*国際カリタス、地域カリタス、国レベル・カリタスでも被害防止・被害者保護の対応にバラつき
報告書では、カトリックの慈善事業団体、カリタスに関する事例研究調査の結果も紹介されている。対象とされたのは、 世界レベルの国際カリタス、地域レベルのカリタス・オセアニア、国レベルのカリタス・チリ、教区レベルのカリタス・ナイロビだ。報告書は、カリタスの使命の 「非常な複雑 」さと、被害の防止およち被害者保護の体制の最近の進歩を認める一方で、「それぞれのカリタスで被害防止・被害者保護の実践に大きなばらつきがある 」ことも指摘し、懸念事項として挙げている。
*虐待問題に対応する資源が不足する教会を支援するMemorare運動に司教協議会、修道会などから援助金
また報告書は、虐待問題に対応する人的・物的資源が足りない現地教会を支援するため、過去10年にわたって、世界の司教協議会や修道会から資金を集めてきたMemorare運動にも言及。
運動の目的は、虐待の報告・被害者支援センター、現地での研修事業、”グローバル・サウス”における虐待防止・被害者保護の専門家のネットワークを発展させることにあり、2023年にはイタリア司教協議会から50万ユーロ(総額150万ユーロの支援を約束)、修道会から3万5千ユーロ、バチカンの財団から10万ドル(3年間に総額30万ドル)の年次寄付を受けた。
さらに、スペイン司教協議会は、未成年者・弱者保護委員会が選定したプロジェクトを支援し、年間30万ドル(3年間で総額90万ドル)を拠出することを約束している、としている。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)