・「バチカンの沈黙は、信仰軽視の”政治的迎合”」-陳枢機卿、香港国家安全維持法導入に(CRUX)

‘We need a miracle,’ retired Hong Kong cardinal says on security law

Retired archbishop of Hong Kong Cardinal Joseph Zen is pictured in Hong Kong, Feb. 9, 2018. (Credit: Vincent Yu/AP.)

  ROMEー香港の陳日君・枢機卿は、中国が導入しようとしている香港国家安全維持法が「香港人の自治を危険にさらしている」とし、この問題をバチカンが批判せず、黙っているのは、「キリストへの信仰を軽視した政治的迎合」と強く批判した。

*「天からの奇跡が必要」

    枢機卿は「私たちは心配しています。とても心配しています」と中国の国家安全法の香港への導入に強い懸念を示し、 「私たちには奇跡が必要。天からの奇跡が必要なのです」と訴えた。

    陳枢機卿は現在、88歳。2002年から2009年まで香港司教を務めた。中国本土での布教活動の経験を持ち、中国政府・共産党によるキリスト教など宗教弾圧、人権抑圧に対する最も率直な批評家の1人として世界的に知られている。

    香港はこの1年、民主化を求める大規模デモの現場であり続けてきた。中国政府とその指示を受けた香港政庁の”香港引き渡し”の法案が香港議会に上程されて激しさを増し、法案が最終的に撤回された後も、再上程などを警戒する抗議活動は続けられたが、今年の初めからの新型コロナウイルスの世界的大感染で一時、休止していた。

   だが、先月末に、中国の全国人民代表大会(全人代)が、香港を対象とする「国家安全法」の導入を決定。香港市民がかろうじて守ってきた自治や自由は決定的に侵害され、香港の英国から中国への返還の条件だった、言論と信教の自由などを保証する「一国二制度」は実質的な終焉を迎えかねない状況になっている。抗議行動は再開され、北京で民主化デモが弾圧され、大量の若者が殺害、逮捕された天安門事件から31年目となる4日には、香港のビクトリア公園で警察の禁止を振り切って数千人が集まる追悼集会が開かれた。

*香港返還の際に約束された自主権は完全破壊へ

  中国政府、香港政庁は2003年に今回の法律に類する立法を試み、市民の強い反対に遭って断念しているが、今回の法律は、「それよりもはるかに酷いものになる」と枢機卿は懸念する。「詳細な内容は、例えば、法律の執行主体はどこなのか、違法行為者とされた人は香港で裁かれるのか、それとも中国本土に連れて行かれるのか、など定かでないが、いずれにしても、中国政府が英国と香港返還の際に約束した自主権が完全に破壊されるのは、避けられそうにない」とし、「こうしたことすべてが、私たちを不安にさせています」。

 その一方で、枢機卿は、香港が重要な国際金融の結節点であり、内外の投資家たちが新法の影響を心配していることから、中国共産党内部にも同法について異論が出ている可能性がある、と指摘。党内の穏健派が「国際社会からの批判に注意を払い、国家安全法に内容に修正を加える」よう党指導部に進言するすることを期待したいが、その実現性は低いとし、「私たちは北京の判断にあまり影響を与えていない。彼らは私たちの言うことに耳を傾けず、私たちを敵だと考えています。それが問題なのです… ですから、実際には、とても酷いことになるでしょう」と述べた。

 

*バチカンの長い沈黙

 枢機卿は、かねてからバチカンの対中国政策について、とくにその主導権を握るピエトロ・パロリン国務長官の対応に異議を唱え、一昨年秋に中国政府の国内の司教任命について暫定合意しながら、いまだに詳細が公表されないことを批判してきたが、今回の国家安全法の導入にカトリック信徒も含め香港市民が抗議の声を上げていることに対して、バチカンが彼らを支えるどころか、沈黙を続けていることに、強い怒りを感じている。

 「残念ですが、バチカンに期待することは何もありません。過去数年間、彼らは中国に対し、迫害をいさめるようなことを何も言いませんでした… 教会を中国の支配者に”降伏”させてしまったのです」とし、「香港では今、多くの若者が警察当局の残虐行為に苦しめられているのです。それなのに、バチカンは中国政府を喜ばせようとしている」と訴え、「バチカンの中国への対応は愚かです。なぜなら共産主義者は、バチカンに何も与えるつもりはない。ただ教会を支配下に置きたいだけなのです」と批判した。

 そして、「香港は結局、中国本土の他の都市と同じようになり、特別な地位を失うでしょう。宗教的迫害と言論や集会の自由などの基本的権利のはく奪がすぐにされるはないとしても、徐々に、確実に、私たちの自由は侵食されていることになる」と、教会や世界の民主主義国に警告した。

*香港司教が空席一年半-政治的配慮を優先のバチカン

 バチカンは沈黙し、何もしないことで、すでに中国、香港における信教の自由や人権侵害に手を染めている、と批判する枢機卿は、実例として、昨年1月に楊鳴章・司教が急死したあと、バチカンが1年半にわたって香港の教会リーダーである香港司教を空席のままにしていることを指摘。「バチカンが後任として誰かを見つけるのは容易なはず」とし、すでに公認候補が決まっていたにもかかわらず、昨年の香港市民による抗議活動を巡って香港政庁に批判的立場をとり、市民の権利を支持することを明言、香港政庁に穏健な態度を取るよう求めていたことを理由に、バチカンが、この候補を司教に任命しようとしない可能性を示唆した。

 枢機卿はまた、中国政府・共産党にとって好ましい司教候補が現在、検討されているが、まだ任命に至っていないが、それは、北京が同意する司教の任命は「現時点で、カトリック教会に好ましくない」ということに、バチカンがある程度、気付いていることを示している、とも指摘。「司教の選択が政治的理由によってなされるべきではない。だから、私たちは心配しているのです… 恐らく、聖座は信仰を基準にせず、政治的配慮によって判断しようとしています。それは私たち香港教区にとって極めて危険なことなのです」とバチカン”首脳部”の姿勢を強く批判した。

(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)

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2020年6月5日