・「神の目をごまかすことはできない」菊地・東京大司教の年間第26主日メッセージ

2026年9月26日 (土)週刊大司教第270回:年間第26主日A

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 9月の最後の主日となりました。 メッセージでも触れていますが、9月最後の主日は「世界難民移住移動者の日」と定められています。今年の教皇様のメッセージは、こちらのリンクからご覧頂けます。

 以下本日午後6時配信、週刊大司教第270回、年間第26主日のメッセージとビデオです。

【年間第26主日A 2026年9月27日】

 教会は、9月最後の主日を、「世界難民移住移動者の日」と定め、「各小教区とカトリック施設が、国籍を超えた神の国を求めて、真の信仰共同体を築き、全世界の人々と『共に生きる』決意を新たにする日」(中央協HP)としています。

 難民や移住者への配慮を繰り返し呼びかけられ、また行動された教皇フランシスコは、ご自身の使徒的勧告「福音の喜び」に、「そこにおられるキリストに気づくよう、私たちは招かれているのです。

 すなわち、家のない人、依存症の人、難民、先住民族、孤独のうちに見捨てられてしまう高齢者などのことです」と記され、神の慈しみそのものである主イエスに倣い、教会が、そして私たちが慈しみの無償で無尽蔵な提供者となるように、呼びかけられていました。

 今年の世界難民移住移動者の日にあたり、教皇レオ14世は、「これらの小さな者を一人でも」という言葉をマタイ福音書から選ばれ、テーマとされています。

 メッセージで教皇は、特に過酷な環境にさらされている未成年者に目を向けて、次のように呼びかけておられます。

 「彼らは具体的な顔と固有の歴史をもっており、私たちの良心に訴えかけます。・・・残念ながら、未成年の移住者は、彼らを保護し支える大人がいないために、無視されがちです。それゆえ、通過する国や目指す国において保護し受け入れるだけでなく、出身国においても、彼らが避難せざるをえない原因を取り除くための対応が必要です」

 その上で教皇は、「議論の軸を、単なる移住の管理から、人権の完全かつ即時的な保護へと移さねばなりません」と指摘し、「移住者の保護と受け入れと真の統合の機会を保障しうる、協調的・連帯的・実効的な対応をするようにと呼びかけておられます。私たち自身には、「これらの小さな者」のために何ができるでしょうか。

 マタイ福音は、父親の命令に対する兄と弟の答えと、それに続く具体的な行動についてのイエスのたとえ話を記します。兄は命令を拒んだものの、実際には父親の望み通りにした。しかし弟は、命令に従うそぶりを見せ父親を喜ばせた者の、実際には従うことはありませんでした。

 「どちらが父親の望み通りにしたか」とイエスは尋ねます。当たり前ですが、兄の方です。すなわち神にとって大切なのは、結果として神の望み通りに行動することであって、表向きに神を喜ばせるようなジェスチャーをすることではないのです。

 残念ながら私たちは、表向きのジェスチャーに簡単にだまされます。かぶった仮面の内側を見抜くことができません。そして時に、目に見え他者から評価される表向きの表現や行動をよりよく見せることが、信仰心を表現することだとすら勘違いします。しかしそれは、神には通用しません。人の目をごまかすことは容易でも、残念ながら神の目をごまかすことはできません。

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2026年9月26日