
Archive photo of Nobel Peace Prize laureate Professor Muhammad Yunus (second from left)

(2020.5.16 Vatican News)
ノーベル平和賞受賞者、ムハンマド・ユヌス氏が14日、教皇庁立ラテラノ大学で「後戻りはない-新型コロナウイルス大感染後の世界経済」と題して講演した。
(注:ムハマド・ユヌスは1940年6月生まれのバングラデシュの経済学者、実業家。同国の途上国の女性の自立を金融面から支援するグラミン銀行と、貧困層に少額のローンを提供するマイクロクレジットの創始者として知られ、「貧困との闘いにおいてこれまで以上に重要な手段」を開発、普及させたとして、2006年にノーベル平和賞を受賞した。国連のSDG Advocatesの一人)
*必要なのは、大感染前に戻ることではない
講演で、ユヌス氏はまず、学術と金融の分野に課せられているのは、「新型コロナウイルスの世界的大感染の前の状態に戻ることではなく、日常の生活・活動を考え直し、再設計する必要がある」と述べた。
そして、大感染終結後の立ち直りはチャンスに満ちているが、そのチャンスを有効に活用するためには、私たちが社会的、環境的な自覚をしっかりと持ち、経済を単に利益の極大化に役立つわざ、ではなく、個人と共同体社会の最大幸福を達成するための道具として使う必要がある、と強調。「それには、人を中心に戻し、過去ではなく未来に目を向けて、明日を再建するために、皆が協力せねばなりません」と語った。
*対応失敗の原因は、自己の保身に走り、”種族主義”に陥っていることにある
そして、現在の世界の状況を見ると、新型ウイルスの大感染への対応に失敗している、とし、その原因は「共通の敵との戦いで団結することができなかった」ことにあり、「自分たちの生存だけを考えて別々に行動し、感染拡大の危機によって引き起こされた苦痛と絶望感を増大させています」と指摘。新しい世界を作るには「”種族主義”を克服する強い道徳的、宗教的リーダーシップが必要であり、私たちのこれまでのやり方から脱却し、新たな道、新たな方向性を追求し、新たな目的を達成するための新たな手段を用いる必要があります」と訴えた。
また、(注:中国寄りの対応が目立ち、処理対応が遅れたことなどに事務局長への国際的な批判が強い)世界保健機関(WHO)を擁護しつつ、命を救う共通の手段としてよりも、利益を生む商品としてワクチンを考える最近の傾向を嘆き、いくつかの製薬会社が、ワクチンの開発を宣言し、それを米国に独占的に供給する、としたことを、”憂鬱”と表現した。そして、教皇フランシスコの考え方に倣い、全ての人に対する治療を可能にし、いかなる製薬会社、いかなる国による独占、特許による囲い込みなどがあってはならない、と強調した。
*ソーシャルビジネスを展開するチャンス
世界の経済的、社会的回復のために、ユヌス氏は、抗新型コロナウイルス・ワクチンを含む薬品の製造と供給は当然として、「ソーシャル・ビジネス」の展開を挙げた。(注:「ソーシャル・ビジネス」は氏が創った用語で、子育て・高齢者・障がい者の支援や、地方活性、環境保護、貧困、差別問題などの様々な社会問題の解決に向け、ビジネスの手法を活かして取り組むことを指す)。
そして、企業が正当な選択肢を示すことができるように、より多くの場を創出し、投資を推進し、信頼性と効率性を保つことが、各国政府の務めとなる、とし、各国政府は、助けを求める人々、職のない人々、家庭のための支援プログラムをもって、最も貧しい人々のケアを続けながら、自らの役割を再考せねばならない、と訴えた。その際に忘れてならないことの一つが、古い、誤った量産型に戻らないようにすること、と付け加えた。さらに、命の根本的な重要性、命を守るための社会正義の道の重要性を強調した。
*大感染発生以前からの地球的課題解決の契機にも
またユヌス氏は、新型コロナウイルスは、数多くの問題とともに、多くのチャンスも、もたらしている、全面封鎖が物事を行う通常のやり方を変えさせたように、世界がリセットし、もう一度やり直すように仕向けている、と指摘した。これは、我々が新型ウイルスの大感染から立ち直る時に、同じ土台の上に経済・社会を再建できるかどうかの問題にもつながる。私たちは、大感染の発生以前から、すでに、地球温暖化と気候変動のもたらす危機、大量失業、富の不平等、そして、仕事と創造力を奪うAI(人工知能)などの問題に直面している。ユヌス氏が描く「新世界」で、私たちは、これらの問題に対する、新しい、創造的な解決策を見つける、先例のないチャンスともなる、と語った。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)