♰ 「”蒸留された話”は、彼らの想像を絶する苦難を伝えない」-”移民・難民の島”訪問7周年で

教皇フランシスコ、イタリア・ランペドゥーサ島訪問から7年を記念するミサで 2020年7月8日教皇フランシスコ、イタリア・ランペドゥーサ島訪問から7年を記念するミサで 2020年7月8日  (Vatican Media)

(2020.7.8 バチカン放送)

 教皇フランシスコが初のバチカン外・司牧訪問としてイタリア南部・ランペドゥーサ島を訪問されて7年となる8日、記念のミサをバチカンのサンタ・マルタ館で捧げられた。

 ミサ中の説教で教皇はまず、「主とその力を求めよ。常にその顔を尋ねよ」というミサの答唱詩編で唱えられた箇所(詩編105章4節)を観想された。

 主の御顔を尋ね求める態度は「神を信じる人の生活の根本。この世を歩み、約束の地、天の祖国に向かう私たちの旅路の良い結末を保証します」とされ、神の御顔は「私たちの最終目的であると同時に、私たちを道に迷わせることのない”案内星”でもあるのです」と語られた。

 また、この日のミサの第一朗読、「ホセア書」(10章1-3節、7-8節、12節)で語られているのは「約束の地へのビジョンを見失い、発展と豊かさによって主から遠ざかり、心を偽りと不正義で満たされた、当時のイスラエルの民の状態」とし、この状態を今日のキリスト教の信徒たちに投影されて、「快適さを求める文化は、自分のことだけを考えるように私たちを仕向け、他者の叫びに無感覚にさせ、”無関心のグローバル化”をもたす」と警告された。

 そして、ホセアの呼びかけは「眼差しを主に向け、その御顔に気づくように」との、回心への招きであり、神の御顔の追求は「主と、その限りない愛、救いの力との出会いの熱望から生まれるのです」と話された。

 さらに、この日の福音(マタイ福音書10章1-7節参照)が語る12使徒について、「神の御子イエス・キリストとの実際の出会い、という恵みを得た人々であり、イエスは使徒たち一人ひとりの名前を呼び、目を見つめられ、その一方で、使徒たちはイエスの御顔を見つめ、その声に耳を傾け、その奇跡を目の当たりにしました」とされ、主との個人的な出会いは、「恵みと救いの時」であるとともに「使命を受けること」。それは「行って、『天の国は近づいた』と宣べ伝えなさい」(10章7節)というイエスの言葉に示されている、と指摘された。

 イエス・キリストとの個人的な出会いは、「第三の千年期の弟子」である私たちにも可能、とされる教皇は、「私たちも、人生で出会う貧しい人、病者、見捨てられた人、外国人たちの中に、主の御顔を見出すことができるのです」と強調され、7年前のランペドゥーサ島訪問を思い起こしながら、「他者との出会いは、キリストとの出会いでもあります」と語られた。

 そして、キリストご自身が言われたように「私たちの扉をたたき、出会いと助けを求める、飢えた人、のどの渇いた人、旅の人、裸の人、病気の人、牢にいる人たちは、イエスご自身」とされ、「この最も小さな者の一人にしたのは、すなわち、私にしたのである」(マタイ福音書25章40節)というイエスの言葉を、「私たちの日々の良心の糾明の出発点とせねばなりません」と説かれた。今、現実に起きている事に目を向けられ、リビアの収容所で虐待や暴力の犠牲となっている難民・移民たち、彼らが希望を求める旅の中で出会う救いの手、そして拒絶に思いをはせられた。

 また教皇は、7年前のランペドゥーサ島訪問を振り返られた-現地で難民・移民たちの苦しみの体験を聴いた時、通訳者を通してある男性が語った言葉はとても短かかった。だが、その後でで知り合いのエチオピア人女性から「通訳者は、男の人が味わった拷問や苦しみの四分の一もあなたに伝えていない」と注意され、自分が「蒸留された話」を聞いたに過ぎなかったことを知った。

 そして、今、リビアで起きていることも、私たちに伝えられるのは「蒸留された話」だけ、「戦争が悲惨なものだ、ということは分かっていても、収容所で人々が体験している地獄は想像を絶します」と、間接的に伝えられる情報の限界を、ランペドゥーサ島での体験をもとに語られた。

 最後に、教皇は、”難民・移民たちの慰め”である聖母マリアに、世界を苦しませ続ける数多くの不正行為のために故郷を捨てざるを得なかった全ての兄弟姉妹の中に、あなたの息子である方の御顔を見出すように、私たちを助けてください、と祈られた。

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 2013年7月8日のランペドゥーサ島訪問では、教皇は地中海を漂流、救助された難民・移民たちとお会いになり、移民・難民代表、救助・支援にあたった関係者、地元市民たちと野外でミサを捧げられた。また、遭難し命を失った多くの移民たちのために祈り、海に花輪を捧げられた。

(編集「カトリック・あい」南條俊二=聖書の引用箇所の日本語訳は「聖書協会・共同訳」を使用)

 

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2020年7月9日