☩「勇敢に、心を尽くして神に向かえ」教皇、年間30主日の正午の祈り

(2021.10.24  Vatican News staff writer)

   教皇フランシスコは24日、年間第30主日の正午の祈りの説教で、この日のミサで読まれたマルコ福音書(10章46-52節)を取り上げ、イエスに「ダビデの子のイエスよ、私を憐れんでください」と叫んだ盲人のバルティマイのように、主に祈るように励まされ、「私たちが、堅固で、決然とし、勇気ある信仰をもって、その言葉をたびたび繰り返すことができるように」と願われた。

 教皇は、イエスがバルティマイの叫びに応えて彼の目が見えるようにされた場面を思い起こされ、「イエスは、彼の叫びを聴かれて、立ち止まられました。神は貧しい人たちの叫びをいつもお聴きになるからです。周りの人々がイエスに向かって叫ぶのを止めるように咎めたにもかかわらず、勇気のある信仰と希望をもって、神に呼びかける彼に、イエスは、視力を回復する奇跡をなさいました。『あなたの信仰が、あなたを救った』と」と語られた。

*神の慈悲を訴える

 そして、バルティマイが、イエスをメシアとして認識し、自信を持って、心から、イエスを名で呼び、慈悲を求めたことに注意を向けられ、 「彼は、すべてを行うことができる方から、すべてを求めますー神の思いやり、憐れみ、そして優しさくださるように、と訴えます」とし、「彼は、わずかな本質的な言葉を使って、視力回復の奇跡を求めるだけでなく、身体的な傷、屈辱、壊れた夢、過ちによって引き起こされた人生の苦しみに打ちひしがれた心を癒やしてくださるように、『神の愛』に信頼してその身をゆだねたのです」と説かれた。

 また、教皇はご自身が母国のアルゼンチンで、ある父親が9歳の娘さんが重い病気にかかって入院した時のことを思い起こされた。病院の医師から「お嬢さんは、明日の朝まで生きていられないでしょう」と告げられた父親は、救いを求めて、バスで70 km離れた聖母マリア聖堂まで行ったが、深夜で、扉が閉まっており、中に入れなかった。彼は聖堂の外に立ち、夜が明けるまで神に、娘を救ってくださるように祈り続けた。朝になって、病院に戻ると、娘は奇跡的に回復していた。

 「なぜ回復したのか、説明できない、と医師は言いました。私たちも、すべてを与えることがおできになる神にすべてのことを願うために、この父親のような勇気と信仰を持つべきです」と訴えられた。

 

*「ダビデの子イエス、私を憐れんでください!」

 さらに教皇は、「ダビデの子イエスさま、私を憐れんでください!…今日、この祈りを私たち自身のものにしましょう。繰り返しましょう」と語られる一方で、「私たちも(バルティマイやこの父親のように)、勇気をもって、執拗に祈り、近くにおられる主を感じ、呼びかけることができるでしょうか」「私たちは主の前で、心を正直に開くでしょうか、それとも気後れして、あるいは十分に信頼せず、距離を置くでしょうか」と会衆に問いかけられた。

 そして、「信仰が生きたものであるなら、祈りは心からのものとなります」とされ、「私たちは、すべてのことを私たちのためになさることのできるイエスからすべてのことをいただけるように願う必要があります。イエスは、私たちの心に恵みと喜びを注ぐのを待っていることができないのです」と強調。

 最後に、「バルティマイの強固で、執拗で、勇気のある信仰が、私たちも同じことができるように気づかせてくれるように。そして、神がすべての祈りに注意深く耳を傾けてくださることを確信し、心を尽くして神に立ち帰るよう、聖母マリアが私たちを導いてくださいますように」と祈られ、説教を締めくくられた。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

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2021年10月24日