◎教皇一般謁見講話「神は、苦しみの時、祈る私たちの側にいてくださる」

Pope Francis holds the weekly General Audience in the Paul VI HallPope Francis holds the weekly General Audience in the Paul VI Hall  (Vatican Media)

(2020.10.14 Vatican News Devin Watkins)

 教皇フランシスコは14日の水曜恒例の一般謁見での講話で、旧約聖書の詩編に示されている祈りの証しを取り上げ、「神の心の扉は、私たちの痛みの時に、常に開かれている」と話された。

 教皇は旧約聖書を「数えきれない男性と女性の祈りの体育館であり家」と呼ばれた。

*どのように祈るか

 知恵の書物の一部として、詩篇は「祈り方を知っている」信徒たちに伝わる。

 教皇は、「私たちは、詩篇の中に、私たちの生活を彩る喜び、悲しみ、疑い、希望、苦味など、すべての人間の感情を見出します… 神は、それらを読む人々が神を賛美し、感謝し、懇願し、そして呼び出す方法を学ぶことができるように、この中で祈りの言葉に閃きを吹き込みました」と述べ、「つまるところ、詩篇は、私たち人間が神と話すために使う神の言葉なのです」と語られた。

 そして、詩篇の祈りは「象的な考えではなく、生きた経験から生まれたもの。詩編を祈ること、それは、私たちにとって、問題と不確実性のすべてと共に、自分であることで十分なのです」と述べられた。

*苦しみについて

 教皇はさらに、詩編作者が苦しみの問題にどのように立ち向っているかについて考察し、苦しみが人生の一部として受け入れられ、そうして「問い」に変えられた、とされた。「『いつまで?』という問いには、答えがないままです。すべての苦しみは、それからの解放を求め、すべての涙は慰めを求め、すべての傷は癒しを待ち、すべての誹謗中傷は赦免の判決を待ちます」。 また教皇は、詩篇は、「苦しみが癒されない限り、命は救われないことを、私たちに思い起こさせます」とし、祈る人は「自分たちが神の目にはかけがえのない存在であり、叫ぶのは理にかなっていることを知っています」と説かれた。

 

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

Pope Francis: God is close to us when we pray

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2020年10月14日