
(2025.6.27 Vatican News Deborah Castellano Lubov)
イエスの聖心の祝日の27日、教皇レオ14世は聖ペトロ大聖堂で、司祭叙階のミサを捧げられ、32人の新司祭に対し、「常に主の近くにとどまり、主の愛によって自らを絶えず形づくられるように」と促された。
32人の出身地は欧州(イタリア、ウクライナ、ルーマニア、他)アジア(韓国、スリランカ、インド、ベトナム、他)、アフリカ(ナイジェリア、中央アフリカ、カメルーン、アンゴラ、他)南米(メキシコ、ブラジル、他)オセアニア(オーストラリア、他)の五大陸。
ミサ中の説教で教皇は、「私たちの希望は、『主が決して、私たちをお見捨てにならない』とう確信に根差しています。 主はいつも私たちの側におられるのです」と強調。
そのうえで、使徒ペトロの墓で祈るために聖なる扉をくぐり、「礼衣と司祭衣をもう一度救い主の御心に浸すことは、「兄弟司祭たちと、新しく司祭に叙階された32人の司祭たちにとって特別な意味があります」と指摘。
そして、教皇は、司祭たちに「自分が、主の受肉、死、復活の秘義全体を世に現わすことを委ねられていること」を思い起こさせ、さらに、司祭たちが、どのように救いの業に貢献するかについて考察された。
*神の愛があなたを形づくる
教皇は、ミサで読まれた第一朗読の中で、預言者エゼキエルが、神を「羊の群れを見守り、羊を一頭ずつ数え、迷える者を探し、傷ついた者を癒し、弱く病んだ者を強くする羊飼い」として描写していることを思い起された。
そして、「エゼキエルの言葉は、今のように広域的で壊滅的な紛争の時代に、神の愛に限界がないことを、私たちに思い起させます… 私たちは、自分自身をその愛に抱擁させ、形成させ、『神の目には、そして私たち自身の目にも、いかなる種類の分裂や憎悪の場所もない』ことを、理解するように求められている… 神の愛に限界はない。私たちは、その愛に抱かれ、その愛によって形作られるように召されているのです」と強調された。
*日々の回心の道 続いて教皇は、第二朗読で、聖パウロが「私たちがまだ弱く」、「罪深い 」うちに、「神が、私たちをご自分と和解させてくださったこと」を思い起こされ、「この自覚をもって、聖パウロは、日々の回心の道に沿って、私たちの心に宿っておられる『主の霊の変容の力』に私たち自身を委ねるように、勧めています」と述べた。
そして、「私たちの希望は、『主が、決して私たちをお見捨てにならない』という確信に根ざしている。 主は、いつも私たちの側におられます。そして同時に、私たちは、聖体に協力するよう求められている。聖体は 『キリスト者の生活の源であり、頂点』なのですから、聖体を生活の中心に置くことです」と語られた。
この責任の一部として、「祈り、神の御言葉を黙想し、慈愛を実践し、私たちの心をよりいっそう神に近づけるだけでなく、秘跡を実り豊かに受けること、特に秘跡的な苦行を頻繁に実践することが必要です」とされた。
*すべての人がキリストを知るように
*誰一人取り残されることがないように
また教皇は、「司祭の務めは、キリストの体を一致のうちに築き上げるための、聖化と和解の務め」とされ、第二バチカン公会議は司祭に対し、「すべての人を慈愛の一致へと導き」、「誰一人取り残されたと感じることがないように 」相違を調和させるためにあらゆる努力をせよ、勧告している、と指摘。
ご自身が先の教皇就任ミサで、「和解した世界のための澱となる一致と交わりのしるしである一致した教会 」への大きな望みを語ったことを思い起こされ、「今日、再び、この望みを皆さんと共有しています… 互いに和解し、キリストの御心から豊かに流れ出る愛によって結ばれ、変容させられ、信仰を堅く保ち、慈愛のうちにすべての人に心を開いて、キリストの足跡を謙虚に、断固として共に歩みましょう…互いに和解し、キリストの御心から豊かに流れ出る愛によって結ばれ、変容され、謙虚に、断固としてキリストの足跡をたどり、信仰を堅く保ち、慈愛のうちにすべての人に心を開いて共に歩みましょう」、さらに「私たちは御父に愛され、選ばれ、遣わされている、という確信から生まれた自由をもって、復活した主の平和を私たちの世界にもたらそうではありませんか」と呼びかけられた。
*新司祭へのシンプルだが重要なアドバイス
教皇は次に、新司祭たちに、「私が言わなければならないことは単純なことですが、あなた方の将来と、あなた方に委ねられた魂たちの将来にとって重要なことだと考えていることがあります」とされ、第一に「神と兄弟姉妹を愛し、彼らに惜しみなく自らを捧げなさい」、第二に、「秘跡を祝うこと、祈ること、特に聖体の前で礼拝すること、そして宣教することに熱心になりなさい 」、そして、「十字架につけられたイエスの刺し貫かれた脇腹と聖人の模範が私たちに教えているように、あなたの群れに寄り添いなさい。十字架につけられたイエスの刺し貫かれた側面と聖人たちの模範が私たちに教えているように、遠慮なく、偏見なく、すべての人に時間とエネルギーを惜しみなく与えなさい」、さらに第四に、「教会は、その二千年の歴史の中で、司祭の聖性の素晴らしい模範を持ち、そして今日も持ち続けていることを思い出しなさい」と願われた。
*数世紀にわたる堅固で聖なる司祭の宝を大切にすること
さらに教皇は、教会が初期の共同体から、殉教者、疲れ知らずの使徒、宣教師、慈善の擁護者である司祭を育ててきたことを思い起され、次のように呼びかけられた。
「司祭の宝を大切にしなさい。彼らの物語を学び、彼らの生涯と仕事を研究し、彼らの美徳を模倣し、彼らの熱意に触発され、彼らの執り成しをしばしば、強く求めなさい!」。
「今日の世界では、成功や名声の見本となるようなものが、怪しげで短命に終わることがあまりにも多い。そのようなものに踊らされてはならない!むしろ、信仰と献身をもって、主と兄弟姉妹のために生涯を捧げてきた人々の、しばしば隠れた、控えめな、確かな模範と使徒的な実りに目を向けなさい。あなた自身の忠実さの模範によって、彼らの思い出を生かし続けなさい 」。
「信仰と献身をもって、主と兄弟姉妹のために生涯を捧げた人々の、しばしば隠れた、控えめな、確かな模範と使徒的な実りに目を向けなさい」。
そして説教の最後に、教皇は、司祭の母であり、希望の母である聖なるおとめマリアの愛に満ちた保護に自らを委ねるよう、新司祭たちに求められた。「聖母マリアが私たちの歩みを導き、支えてくださることによって、私たちの心が日々、至高にして永遠の羊飼いであるキリストの心に、さらに近づくことができますように」。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)