☩「紛争の時でさえ、平和は可能だ」-教皇、聖母月を締めくくる「平和のためのロザリオの祈り」

(2026.5.30 Vatican News  Kielce Gussie) 

 マリアの月を締めくくるにあたり、教皇レオ14世は5月30日、バチカン庭園内のルルドの洞窟で平和を祈願してロザリオの祈りを捧げ、すべての人に対し、平和を実現するための日々の取り組みを呼びかけれた。「平和を奪われた人々の叫びに耳を傾けることを選ぶとき、平和は可能になる」と述べられた。

Pope Leo prays a Rosary for peace at the Grotto of Lourdes in the Vatican GardensPope Leo prays a Rosary for peace at the Grotto of Lourdes in the Vatican Gardens  (@Vatican Media)

 世界中の人々やマリアの聖地と心を一つにし、教皇はバチカン庭園内のルルドの洞窟でロザリオの「喜びの神秘」を祈され、特に戦争や暴力の影響下にある地域に住む人々のことを心に留められた。

 「主なる神が何を語られるか、私に聞かせてください。主は、御民に、御信徒に、心をもって主に向き合う者たちに、平和を語られるからです」(詩編85章8節)。

 教皇は5連のロザリオを終えた後、この詩編を用いて黙想され、この詩編は「特に現在の困難や暴力に直面する中で、私たちが必要としている希望」を表していると述べられた。

About 2,000 pilgrims prayed in front of the Grotto of Lourdes

(About 2,000 pilgrims prayed in front of the Grotto of Lourdes   (@Vatican Media))

 教皇は、バチカン庭園に集まった人々、そして世界中でこの祈りに結ばれているすべての人々に対し、神の御言葉を聞くために「心を整え」、祈りを通して「歴史の出来事の意味を理解し」、私たちを導き支えてくださる神の摂理を見出すよう促された。

マリアを通して

 教皇は、聖母マリアこそが、「神が語られること」に耳を傾ける信者の模範である、と強調された。「イエスを胎内に迎え入れたマリアは、私たちにとって従順の模範です」。

 そして「マリアと共にロザリオの神秘を見つめることは、イエスの中に、父が語られた唯一の最終的な言葉、悔い改めた心で父のもとに戻るすべての人への平和の言葉を見出す助けとなる。つまり、たとえ私たちが神を無視したり、忘れ去ったり、あるいは道に迷ったりしたとしても、神は決して私たちをお見捨てにならないのです。神は私たちを探し求め、御自身のもとへと連れ戻してくださるのです」と強調された。

 

一言:平和!

 教皇は、平和とは「実験室で検証される理論でも、素朴な幻想でも、自己利益のために追求すべきものでもない」と強調。「それは誠実な心をもって求められなければなりません。それは日々の取り組みなのです。平和は正義と愛から生まれる。それは、家族、人々、共同体、そして国家を一つに結びつける調和です」と指摘。

 「暴力、戦争、紛争といった現在の世界情勢の只中であっても、平和は、それを奪われた人々の叫びに耳を傾けることを選んだ時に可能となる。無垢な子供たち、苦悩する父母、虐待される囚人、難民、そしてあらゆる年齢で苦しむ人々。これらすべての人々が口にする言葉はただ一つ、平和です!」と強調された。

  そして「平和は常に可能。なぜなら、それは神からの賜物だからです。神の平和には顔がある。それは神の子イエス・キリストの顔。敵意の壁を打ち砕き、傲慢を謙遜をもって打ち負かすのはイエスです。イエスはすべての被造物を罪から贖われます」と説かれた。

 

人間的には不可能なことを可能にする

 さらに教皇は、「イエスが私たちと共にいて、私たちがその愛の真の弟子として生きる時、聖霊は人間的には不可能と思われることを可能にしてくださいます。逆に、私たちが神から距離を置く時、私たちは他者からも遠ざかり、彼らの苦闘や苦しみに対して無関心になってしまいます」と注意され、「私たちが主に立ち返るたびに、それぞれの人の義務や任務に応じて、主の平和は私たちの責任となるのです。私たちの祈りは単なる祈り以上のもの。私たちの使命であり、預言となるのです」と訴えられた。

 続けて、「都市で無実の人々の叫びが聞こえるようなことがあってはなりません。爆弾の脅威によって、誰も自宅を離れることを強いられてはなりません。権力への渇望と「言葉の暴力」は止まなければならず、正義と真実のための場所を空けなければなりません」とされ、「平和を実現するために誰もが自分の役割を果たすことができ、また果たさなければならないと訴えた。それは「小さくとも重要なことから始めなければなりません。日常生活において、またソーシャルメディア上においても、あらゆる形態の言葉による暴力や身体的暴力を控えることからです」と強調。

 「真の平和は、愛に満ちた心から始まる。人々が和解の言葉を発し、私たちが優しさと知恵を持って世界を見つめる時、真の平和が生まれる。これこそが真の強さ、すなわち真理と愛の強さなのです」と人々に訴えられた。

 結びに、教皇は、「神が平和の使者を求めておられる」とされ、聖母マリアに対し、「私たちが言葉だけでなく行動をもって、毎日『はい、ここにいます』と神に応えられるよう助けてください」と祈られた。

 

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

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2026年5月30日