♰「恐れるな、天の父が私たちを慈しんでくださる」日曜正午の祈りで

 

Pope Francis during the AngelusPope Francis during the Angelus  (Vatican Media)

(2020.6.21 Vatican News Christopher Wells)

 教皇フランシスコは21日、日曜日の正午の祈りの中の説教で、敵対され、迫害され、神から見放されたと感じる時も、「恐れてはなりません」と、キリストの弟子である信徒たちに訴えかけられた。

*イエスの弟子が出遭う三つの危険

 この説教で、教皇はこの日、第12主日のミサで読まれたマタイ福音書10章26節から33節を取り上げられた。

 そして、この箇所の冒頭で、イエスが弟子たちに、「恐れてはならない」(26節)と言われたことを受けて、「イエスは彼らに『恐れるな』と執拗に告げ、彼らがこれから出遭うことになる三つのことについて説明なさいます」と語られた。

*敵意に遭う

 その一つは「神の御言葉に砂糖をまぶすことで、あるいは御言葉を宣言する人を黙らせることで、御言葉を抑え込もうとする人々」の敵意だが、イエスは、弟子たちに、御言葉を「多くの人の前で、隠すことなく語るように」と促されている、と教皇は説明された。

*迫害に遭う

 二つ目にイエスが弟子たちに予告されるのは「直接的で暴力的な迫害」。教皇は「この予告は、あらゆる時代において実際に起きること」であり、多くのキリスト教徒が世界中で、現在においても迫害に遭っていることを指摘。

 そのうえで、「福音のゆえに、愛を持って、迫害を受けるなら、そうした人々は現代の殉教者です… しかし、傲慢さと暴力をもって福音宣教の力を消し去ろうとする人々を恐れることはありません」とされ、私たちイエスの弟子が持つべき唯一つの恐れは「神の賜物を失い、福音に従った生きることを諦めることで、道徳的な死、罪の結果を受け入れることです」と説かれた。

 

*「神に見捨てられた」という思いに襲われる

 そして三つ目は、弟子たちがしばしば襲われる「神は私をお捨てになった」という恐れと不安の気持ち。しかし、このような状態になっても、「私たちは、恐れてはなりません… 弟子たちの人生は、私たちを愛され、慈しんでくださる神の御手の中にあるのですから… 御父は私たちを慈しんでくださいます。それは、神の目には私たちが価値あるものだからです」と教皇は語られ、大事なことは、「私たちの信仰の証しの率直さ… それが救いー天の国で主と共に永遠の命を生きることーを得る条件です」と強調された。

 最後に教皇は、聖母マリアの取り次ぎを願う次の祈りで説教を締めくくられた。「聖母マリア、神への信頼と献身の鑑。逆境と危険に瀕する時に、失望に屈するのではなく、いつも自身を主に委ね、悪に勝る力である主の賜物に委ねるように、私たちをお助けください」。

 

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2020年6月21日